【R18】月に叢雲、花に風。

蒼琉璃

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第二部 天魔界編

拾弐、雌雄を決する―其の弐―

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 そんなやり取りをしていると、西の空から輝く閃光せんこうと数人の式神が見えた。若菜はその気配を感じて空を見上げる。
 半神として霊力を解放した安倍晴明の銀の髪は結われ空に流れるようになびく。金と青の瞳は、いつぞやの鞍馬山でみた祟り神のような出で立ちだった。
 神々しく、神木のように凛として優しいその笑顔を見た瞬間、若菜は安堵あんどした。天界に連れ去られてから彼とは離れ離れになり、安否あんぴも分からず酷い目にあっていないかと心配していた。

「晴明様………!!」
「若菜! 無事だったか。待っておれ、今助けてやる」
「八百万の神か。一人でのこのことやってくるなんて飛んで火に入る夏の虫だ!」

 厳しい表情をしていた晴明も、若菜の無事を確認すると安堵しいつものように優しい眼差しを向けて名前を呼んだ。だが、面識めんしきの無い藍雅や波旬たちにとって、半神である晴明は敵だ。
 条件反射で、藍雅を守ろうと波旬たちは晴明に襲いかかる。そして藍雅や、第六天魔王の復活に貢献こうけんした霧雨もそれに加勢した。

「どけ! 私は若菜を救いにきたのだ」
「安倍晴明か、魔王の邪魔はさせん」
「ま、待って!! みんなっ、その人は敵じゃないよっ! 落ち着いてっ!」

 若菜は慌てて声をかけた。
 しかし、彼女の周りにいた天魔を敵とみなした晴明も式神を操り、戦闘態勢せんとうたいせいに入っている。彼らのように翼があるわけでも無く、宙を飛べるような陰陽術を習得しゅうとくしているわけでもない彼女には彼らの争いを中断させることは出来なかった。
 この場に式神たちを呼び寄せれば、話を聞いてもらえるかもしれない。
 この混乱のさなかでも彼らは生きていると若菜は信じていた。

「由衛と吉良をここに呼び寄せたら………」
「若菜ちゃん。そんなことしても意味が無いよ」

 突然背後から声をかけられ、全く気配を感じなかった若菜は心臓が止まりそうになった。それも、いつの間にかぴったりと寄り添うように後ろに立たれ腰を抱かれていた。
 反射的に振り返ると、見知らぬ人に口を塞がれ声を失った。輝く白金の癖毛の髪、小さな赤い角、そして荘厳な装飾が施された軽鎧けいがいを身にまとった、しなやかな双子の美青年が二人いる。

「むぐっ……!?!」
「ああ、やっぱり僕たちによく似てるよ。僕はこの子を可愛い妹にしたいな、羅漢兄さん」
「俺は、性奴隷にしたいな、羅刹。だが今はこの『神の繭』を阿修羅王のもとに連れて行くことが任務だぜ」

 羅刹は宝物を見るように熱っぽい瞳で若菜を見つめた。羅漢も興味深く自分を見ていて、背中に生えている純白の翼からして天界側の存在だと言う事は理解したが、どことなく狂気を感じる。
 必死に羅刹の腕から逃れようとするが、細身のわりにはびくともしないほど力強い。
 二人は翼を大きく広げると空へ飛び立とうとした。

『おい、てめぇら何してやがる!』
『天鬼の双子か、お姫さんをどうするつもりやねん! 離さんかぁ!』

 ようやく修羅場を切り抜け、晴明を追って駆けつけた由衛と吉良は叫ぶと、大きな白狐と黒狗になって天鬼に襲いかかろうとした。
 双子はチラリとそちらを見ると興味のない様子で浮き上がり高速で飛び始めた。若菜は、振り落とされないようにこの見知らぬ天界兵に抱きつくほか無い。
 悲鳴をあげることすらでぎず目を瞑るしか無かった。何のために自分をさらうのか分からないが嫌な予感がする。

「あの子たち、僕たちに追いつけるかな? 羅漢兄さん」
「それは無理だろう、羅刹。俺たちは誰よりも早く空を飛べるんだぜ」

 流星りゅうせいのように式神たちとの距離を離す二人の天鬼を見失うと、由衛も吉良も呼吸を乱して互いに顔を見合わせた。
 空を飛べない紅雀と白露を置いてきてしまったが、何より晴明の力が無ければあの天鬼たちに追いつく事も止める事も出来ないだろう。
 
『なんてぇ、逃げ足の早い奴らなんだ。あの速度にゃさすがの俺も追いつけん』
『っはー!! 仲間割れしとる場合ちゃうで! 今のところ共通の敵はあいつらなんやさかい』

 二人はそう言うと、今来た場所を戻って安倍晴明と天魔たちの争いの仲裁ちゅうさいに入ることにした。
 急いで戻ってみるとまだ激しい戦闘を繰り返している。呆れたように腕を組む紅雀と必死に呼びかける白露が地上にいた。
 若菜を見失ったという事を確認するかのように頭を横に降った。
 由衛と吉良は二人の元へ行きそれぞれ背中に乗せると白露が疲れ果てたように言う。

『あかん、追いつかへんわ。あいつらとんでもない速さや』
『すみません、僕では全く話を聞いてもらえなくて……。ようやく若菜様をお探しすることが出来ましたのに』
『ちょいと、私をあいつらの真上にあげてちょうだい』

 吉良があいよ、と紅雀を乗せて天まで駆け上がると目を真紅に光らせる。
 霊力を声帯に宿すと力の限り叫ぶ。
 蛇の妖魔は他の妖魔よりも芸達者げいたっしゃと言われるが、雷のような大きな声になっていた。

『あんたら、いい加減におし!! 若菜が天界兵に拐われちまったよ。敵は誰なのさ……! 若菜に危害を加える奴らじゃあないの。若菜を救うのが目的のはずだよ!』

 その言葉に、ハッとして晴明が止まりついで霧雨と藍雅が手を止まると、波旬と式神たちも主人に続いて動きを止める。それぞれ、目的の根底にあるものは違うが、若菜の身の安全を脅かす者は共通の敵だ。

「――――若菜を拐った者は、羅漢と羅刹か?」
『あぁ、いけすかねぇあいつらだ。俺たちにも見向きもしねぇで嬢ちゃんを連れていきやがった!』
「急がねば。朔の弱みを知っておるのだ。一番激しい戦火の中に連れて行かれるぞ!」

 晴明はこの時初めて心臓が潰されるような恐怖を感じた。詩乃の死を何度も見てきたが、若菜に関してはそれ以上に恐怖を感じる。
 恋仲だった前世の彼女より、今はそれ以上に現世の若菜を愛し大切に思っていた。
 もう二度と、愛する人を護れなかったという後悔こうかいはしたくない。

✤✤✤

「………っ!!」

 空中では、第六天魔王と阿修羅王が激しくぶつかりあっていた。激しい攻撃で地面に叩きつけられた阿修羅王の胸を朔が踏みつけた。
 魔王が沈黙を続けていたのは、完全に力を取り戻していないせいだろうと思っていたが、サクの力はいつの間にか前回、戦った時よりも上回っている。
 たがいに切り傷を作りながら呼吸を乱す阿修羅とは対象的に、息も上げずに朔は冷たい視線で見下ろしていた。

「貴様は直ぐに殺さねぇよ。積年せきねんの恨みがあるからな。俺を封印したあと、無抵抗な女子どもを虐殺したらしいな。お前の天国くにへ行ったら、三人の妻を殺し民を同じ目に合わてやるのが筋だよなぁ?」
「フン……、天魔などこの世に不要よ。人間たちはお前たちの数が減って俺に感謝をするだろう。貴様のような若造ガキに殺されるほど落ちぶれておらん」

 朔は舌打ちすると、刀で腹を深々と突き刺した。硬い鎧を突き抜けて地面にまで達すると吐血して呻いた。

「俺の城で拷問し、その首を永遠に野ざらしにしてやろう。この第六天魔王様に楯突いた奴は未来永劫みらいえいごう愚か者として語り継いでやるよ」
「ぐっはっ……はぁ、くくく、はぁっ……効かぬな……そのような事も言って………おれぬぞサク……! ようやく俺の犬たちが帰ってきた」

 阿修羅がそう呻くと、赤紫色と白く光り輝く雲が混じった不穏な空にまるで竜巻が巻き起こるように、羅漢と羅刹がくるくると旋回せんかいしながら地面に着地した。
 若菜の体を拘束こうそくしながら羅刹は細い喉もとに剣を添えた。
 さきほどの対応とは打って変わり、羅刹は少しでも動けば喉を切り裂くような仕草に、若菜の背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じた。
 大人しくしていてね、と羅刹が行動とは裏腹に優しく耳元で囁きかける。
 
「若菜……!」
「朔ちゃん……っ」

 若菜が阿修羅王の部下が最愛の若菜を拘束こうそくしているのを見た瞬間、魔王の気が緩んだ。そこを見逃さず、阿修羅は朔の腹を蹴りつけると腹に刺さった剣を抜き、素早く斬りつけた。
 真二つになる寸前で避けたが、ザックリと胸元は斬れて血が滴り落ちた。出血の量から見ても浅い傷ではないと言うことがわかる。
 愛用の刀を取られ深く斬りつけられると、思わず朔は片膝をついて呻いた。

「どうした、サク。第六天魔王の貴様が人間の女に気を取られるとはな。その器の情が移ったのか? それともこの若菜という娘は特別な『神の繭』なのか」
「その女に……気安く触れるな!」

 阿修羅王が合図をすると、羅刹は主人の元へと若菜を連れて行き、強引に荒々しく手首を掴まれた。朔はこの男の残虐さを良く知っており、敵側の女を陵辱りょうじょくして殺す事などなんとも思わないような凶神だ。
 首に腕を回され、若菜は苦しそうにしながら抵抗していた。

「この俺に跪け、そして神々の攻撃を受けるが良い。十分に弱らせてから封印せねばな。いや、今回は多くの神々が死んだのだ。均等を崩したその報いとしてお前を消滅させる」
「や、やめて……、やめて!! 朔ちゃんに酷いことをしないで」

 若菜は泣きながら叫んだ。
 魔王の攻撃が収まり、西洋問わず神々が集まり始めている。朔は自分を見つめながら微笑むと抵抗する様子もなく跪いていた。
 義弟なら、自分のために器を明け渡すほど若菜を愛している。最愛の義姉のためならば肉体を傷つけられる事も厭わないだろう。

「ハッ……相変わらず卑劣な男だな。俺にかなわねぇと思ったら人質を取って神々に攻撃をさせるわけだ。その女の命と引き換えにくれてやるよ……。それがこいつと交わした約束だ」


 ――――朔が器を明け渡す時、そう約束した。 

 彼女を全てから護り、永遠に愛するという事を。
 朔の言葉に阿修羅王は呆れたように笑った。まさかあの冷酷非道な第六天魔王が、人間の女の命を助けてくれと懇願こんがんしているのだ。
 憎悪しながらも、自分と似ていると思っていたはずの男の言葉に少々失望する。

「ふん、軟弱なんじゃくになりおって」
「てめぇとは違うんだよ」

 第六天魔王に向かって天界兵が空から弓を構えた。神々も地上に降りて、これから朔に向かって槍や剣で一斉に攻撃をするつもりなのだと思うと若菜は青ざめる。


 ――――私は足手まとい。
 ――――朔ちゃんを救いたい。
 ――――朔ちゃんを守りたい。
 ――――義弟を傷つけないで。
 ――――私がいなければ。
 ――――離して、離して、離して!


「離して」

 若菜がそう呟いた瞬間、眩い光に包まれその場にいた者が全員目を覆った。
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