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第三部 天界編
弐、それぞれの罪―其の壱―
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八百万の神々は、ありとあらゆるものに神様が宿るというが、それは嘘偽りない。高天原の神々は他の天国よりも多く、晴明も全てを把握できないほどだ。
数えきれないほどの数多の神々の存在を取りまとめる天照大御神が、立場の弱い半神で裏切り者の判を押された晴明を気にかけ、お付の神をつけずに単独でやってくるとに驚きを隠せなかった。
その心中を知ってか、天照大御神は口を開いた。
「本来ならば、天魔側に味方をし第六天魔王と褥を共にした、天之木花若菜姫と関わりの深い裏切り者の半神に逢う道理も無い。お主は、我ら八百万の神々の邪魔をしたという話も耳にしておる」
中性的な凜とした声で、張り詰めたような緊張感を漂よわせながら、天照大御神は晴明に言い放った。性別を超越したような陽の美しさをもつ天照大御神は、瀬織津姫の他に十二人の妻を持つ。人間界にいるころは女神だとばかり思っていたが、古代男神として伝えられてきた天照としての神格が強いようだ。
最も彼自身、信仰する人間や神々の前で、その姿を男にも女にも必要に合わせ自由自在に変えているのかもしれないが。
「……あの妖魔は、若菜姫の式神で天魔に味方をしているわけではありませぬ。彼女も同じく魔王とともに、天界の転覆を企てるような邪悪な女神ではない。それは、天照大御神様もよくご存知なはず」
不敬にあたるような物言いだったが、晴明は若菜のためならば、たとえ最高神でも天帝にでも、歯向かう覚悟はできていた。晴明の言葉で張り詰めた空気が、さらに緊迫するかと思われたが、天照大御神は、ふぅ、と深いため息をついて肩の力を抜いた。
「佐久夜から、若菜姫のことは幾度と無く聞いている。私が嫉妬するほどだが、目にかけた人間を、我が子のように可愛く思うのは、どの神も同じだ。佐久夜はあの『神の繭』の命を救うために、己の命の欠片を使って神性を引き出し、女神へと羽化させた。これは自然の理に反するやり方だ……。ましてや、若菜姫は第六天魔王と通じている」
木花之佐久夜毘売命は、晴明の願いを叶えるため、また子供の頃から、彼女を信仰していた若菜を助けるために禁忌を犯した。直接的でないにしろ、掟をやぶった者として扱われているのだろうか。
それにしても、彼の口調からして木花之佐久夜毘売命とは、親密な関係のようだ。彼女は天界に戻ってから、女性にしか興味を持たないようになった聞いたが、野暮なことは考えないでおこうと、晴明は想像をかき消す。
「木花之佐久夜毘売命様は、私の声を聞いて願いを叶えられました。それが掟に背くことになるならば、その責任は私にもある。天照大御神様がこの場に参られたのは、私を断罪するためであろうか?」
「そうではない。正直に言えば、己の立場を利用し、帝王気取りで女神たちを傷つけ、他の天国を荒らしまくる阿修羅王のほうが、我々は第六天魔王よりも、厄介に感じている。前回、第六天魔王の処遇を任せて失敗しているし、あいつの評判は悪いものだ」
砕けたような口調から、天照大御神が腹を割って晴明と話そうとしていることを知り、ふと顔をあげた。彼は自分を責めに来たわけでは無いのだろうか。
「それでは何故、貴方様は私の元に来られたのか?」
「私は八百万の神々の長だぞ。佐久夜も、阿修羅王に囚われた若菜姫も、お前もその一員だ。佐久夜を救うためにはお前たちが、天帝に反する者ではないと証明する必要がある。そのために、人肌脱ごうというわけだ。私の弟よりもお前たちはまだ可愛げがあるからな」
皮肉を込めて、そう言うと晴明は目を見開き深々と頭を垂れた。この檻から動けぬ晴明に代わりに、天照大御神が二人の無実を天帝に訴えるという。八百万の神々の長の器の大きさに、晴明はこれほど感謝したことはないだろう。自分はともかく若菜が心配で、早く阿修羅王の魔の手から救い出したい。
「天照大御神様、深く恩にきります」
「勘違いするな、私情を含んでいるからな」
ふん、と笑う天照大御神が踵を返して立ち去ろうとすると、ふと晴明は朔のことが気になり訪ねた。
「一つお尋ねしたい。第六天魔王……朔はどうなったのですか。もう封じられたのか、それとも」
「知らん。少なくとも処遇が公にされていないのでお前と同じように拘留されているのだろう。天魔界も、いまごろ混乱を極めているし、なにより直に影響を受け過ぎたキョウの均等をもとに戻すために、天界人ならず我々も飛び回っている」
そう言うと、光りを放ちながら天照大御神は姿を消した。天地のバランスが大きく崩れると人間界にも影響が出る。
第六天魔王が復活したことで、妖魔が活気づいたが、それにより争いが起これば、天変地異が起こる。均等を崩す覚悟で戦を起こしてまで、第六天魔王を阿修羅王より先に捕まえようとする天帝の思惑は、晴明に分からなかった。あの男に魔王が殺されてしまっては、さらに均等を崩すということなのだろうか?
たしかに、魔王復活で人間界にいる妖魔は活気づいたが、それもある時期を境に徐々に収まりつつあるように感じていた。決定打は再び僅かに扉が開いたことになっているが、晴明はなにか引っかかるものを感じていた。
晴明は、ため息をつくと全ての音が消えた部屋で胡座をかいた。
✤✤✤
朔の首元には大きな首輪がされ、四方八方に繋げられた鎖が伸び、天界兵の中でも精鋭部隊の屈強な者たちが、まるで犬の散歩をするかのように鎖を引いて持っている。
本来の第六天魔王の力なら、この人数でも瞬殺できるが、今は忌々しい天帝が霊力を込めて用意した首輪のお陰で、やすやすと、この鎖を引き千切って逃げおおせることはできなかった。
『だらだら歩くな、天帝様がお待ちだ』
「へいへい」
朔は気怠そうにしながら足を引きずり歩いた。顔は殴られ痣になり、懐かしい白亜の故宮を歩きながらおどけたように返事をする。
ひとまず、若菜が死なずに済んだことでなんとか、朔は気持ちを落ち着かせることができた。いまごろ、天魔界は混乱を極めているだろうが、芯の通った幼馴染みの霧雨が生きているのならばあの世界も一先ず、なんとかなるだろうと、楽観的に考えていた。
しばらく何もない白い壁を見ながらようやく天帝の御前までくると、天界兵たちが恭しく頭を下げる。世界中の神々と同じく彼らもこの天帝の姿ははっきりと認識することがでず、朧げで男なのか、女なのか、どんな顔をしているのかすら正しく認識できないのだろう。
自分たちの創造主、宇宙の万物を管理するという天帝は、その光の概念だけがそこに漂っていて、彼らはただ番犬のように忠誠を尽くしているだけだ。
「お前たちは下がると良い。この場は、第六天魔王と私だけにせよ」
その言葉に天界兵は一瞬互いの顔を見合わせた。
第六天魔王が、天帝を傷つけるほどの力を発揮することはないだろうと判断し、命令されるままにその場を後にした。朔は、気怠そうにしながら黄金の玉座から立ち上がる天帝を見る。
地面までつく、白銀の髪にどの世界の素材ともつかない白い服には豪華な刺繍が施されている。全てを見通す真紅の目元を隠すように、陰陽を印した面布をつけられた姿が、朔だけには確認することができた。
「…………久しぶりだな、朔。ずいぶんと痛めつけられたようだ。長い間、虚無の世界に封じられ反省したかと思ったが」
「うるせぇな、親父。あんたと阿修羅王のジジィの歪み合いに俺を巻き込んでおいて、その言い草かよ」
階段を降りると、天帝は久しぶりに息子の前まで来ると痣のついた頬を撫でた。気まずそうにしながら、まるで反抗期のように視線をそらすと触れた指から離れるように胡座をかく。
天帝は相変わらず感情の読めない視線を、朔に向けるとそっとため息をついた。
「あの男はまだ私を許せんようだな」
「そりゃ、自分の娘を強引に誘拐されりゃあ、阿修羅王もキレるだろ。ってもあのオッサンの側にいたって、お袋が幸せだったかは知らねぇけど。つーか、何回目のやり取りだよこれ」
「そなたの母親と私は愛しあっていた。それは揺るぎようのない事実であるし、いまだに阿修羅王は、私に成り代わり宇宙の万物を管理することを狙っているようだが」
血の関係だけいえば、阿修羅王は朔の祖父にあたり第六天魔王は、阿修羅王にとって娘を誘拐した憎き天帝の息子で、孫という立ち位置だ。もちろん、そんなことは古今東西の神々も天界人も、天魔界の住人たちも誰も知ることのない出生の秘密だ。
その秘密を知るのは、天帝と、我が娘の恥だと頑なに認めない阿修羅王、そして祖母にあたるあの鉄仮面のような第一夫人の藍婆だけだ。
「そのためにお袋を犠牲にしやがって。俺はあんたも、阿修羅王も許してねぇからな。俺の家族は死んだお袋と天魔界のやつらだけだ」
「…………残念だな。そなたの反抗期はまだ終わらぬらしい。だが今回は阿修羅王には任せぬ、そなたを殺すつもりのようだからな。もし、そなたが、本当に誰かを愛することができたなら、私の気持ちもわかるだろう。その時は……」
天帝は言葉を切ると、緩やかに王座へと向かっていく。天魔界も元々は阿修羅王が支配する天国と同じ位置にあったが前回の戦で堕ちた。
母親が目の前で死んだ時の記憶、かつて天魔界に君臨した先代の第六天魔王のもとに預けられたこと、霧雨や藍雅に出会った記憶、戦の記憶が走馬灯のように蘇ってきたが、それらを押し退けるようにして、若菜の柔らかな笑顔を思い出した。
離れ離れになった若菜の行方を、天帝に聞くつもりでいたのだ。天からするすると降りる光の緞帳の先に消えゆく天帝に向かって、朔は慌てて声をかけた。
「親父、あの女は……若菜はどうした! あいつは無事なのかよ!」
「残念ながら、阿修羅王に捕まっている。朔、お前ならどうする?」
緞帳の中に姿が消える寸前、振り向きざまに天帝がそう言うと、その気配は跡形もなく消える。
謁見の時間が終わり、朔の首輪がぐっと後方に引かれた。天界兵が第六天魔王を立たせて、彼を、厳重警備の独房へと連れて行くつもりなのだろう。
『…………行くぞ』
「ってぇな。お前ら、ちっとは丁寧に扱えよ。俺が自由になったら真っ先に殺すぞ」
朔はそう言って無言の天界兵を睨みつけると、体を強張らせる兵士たちに引きずられる。どうやら今回は天帝も、問答無用で虚無の世界に第六天魔王を封じるつもりはないらしい。
前回、阿修羅王に第六天魔王の処遇を任せて、封じさせたことを失敗だと認めているのだろうか。ともかく、最悪なことに若菜はあの阿修羅王に囚われてしまっている。なんとか、ここから抜け出して、彼女を救い出す手を見つけなければならない。それには、この天界で唯一の味方となりうる安倍晴明の力が必要だ。
自分と晴明の目的は同じ、最愛の若菜を救出する事だ。今は恋仇だということを休戦して、二人にとって最愛の女を護るのが最優先だ。
「なぁ、朔。お前だったら、最愛の義姉さんを助けるにはどうする」
ふと、第六天魔王は自分の器に問いかけるように呟いた。
数えきれないほどの数多の神々の存在を取りまとめる天照大御神が、立場の弱い半神で裏切り者の判を押された晴明を気にかけ、お付の神をつけずに単独でやってくるとに驚きを隠せなかった。
その心中を知ってか、天照大御神は口を開いた。
「本来ならば、天魔側に味方をし第六天魔王と褥を共にした、天之木花若菜姫と関わりの深い裏切り者の半神に逢う道理も無い。お主は、我ら八百万の神々の邪魔をしたという話も耳にしておる」
中性的な凜とした声で、張り詰めたような緊張感を漂よわせながら、天照大御神は晴明に言い放った。性別を超越したような陽の美しさをもつ天照大御神は、瀬織津姫の他に十二人の妻を持つ。人間界にいるころは女神だとばかり思っていたが、古代男神として伝えられてきた天照としての神格が強いようだ。
最も彼自身、信仰する人間や神々の前で、その姿を男にも女にも必要に合わせ自由自在に変えているのかもしれないが。
「……あの妖魔は、若菜姫の式神で天魔に味方をしているわけではありませぬ。彼女も同じく魔王とともに、天界の転覆を企てるような邪悪な女神ではない。それは、天照大御神様もよくご存知なはず」
不敬にあたるような物言いだったが、晴明は若菜のためならば、たとえ最高神でも天帝にでも、歯向かう覚悟はできていた。晴明の言葉で張り詰めた空気が、さらに緊迫するかと思われたが、天照大御神は、ふぅ、と深いため息をついて肩の力を抜いた。
「佐久夜から、若菜姫のことは幾度と無く聞いている。私が嫉妬するほどだが、目にかけた人間を、我が子のように可愛く思うのは、どの神も同じだ。佐久夜はあの『神の繭』の命を救うために、己の命の欠片を使って神性を引き出し、女神へと羽化させた。これは自然の理に反するやり方だ……。ましてや、若菜姫は第六天魔王と通じている」
木花之佐久夜毘売命は、晴明の願いを叶えるため、また子供の頃から、彼女を信仰していた若菜を助けるために禁忌を犯した。直接的でないにしろ、掟をやぶった者として扱われているのだろうか。
それにしても、彼の口調からして木花之佐久夜毘売命とは、親密な関係のようだ。彼女は天界に戻ってから、女性にしか興味を持たないようになった聞いたが、野暮なことは考えないでおこうと、晴明は想像をかき消す。
「木花之佐久夜毘売命様は、私の声を聞いて願いを叶えられました。それが掟に背くことになるならば、その責任は私にもある。天照大御神様がこの場に参られたのは、私を断罪するためであろうか?」
「そうではない。正直に言えば、己の立場を利用し、帝王気取りで女神たちを傷つけ、他の天国を荒らしまくる阿修羅王のほうが、我々は第六天魔王よりも、厄介に感じている。前回、第六天魔王の処遇を任せて失敗しているし、あいつの評判は悪いものだ」
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「それでは何故、貴方様は私の元に来られたのか?」
「私は八百万の神々の長だぞ。佐久夜も、阿修羅王に囚われた若菜姫も、お前もその一員だ。佐久夜を救うためにはお前たちが、天帝に反する者ではないと証明する必要がある。そのために、人肌脱ごうというわけだ。私の弟よりもお前たちはまだ可愛げがあるからな」
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「天照大御神様、深く恩にきります」
「勘違いするな、私情を含んでいるからな」
ふん、と笑う天照大御神が踵を返して立ち去ろうとすると、ふと晴明は朔のことが気になり訪ねた。
「一つお尋ねしたい。第六天魔王……朔はどうなったのですか。もう封じられたのか、それとも」
「知らん。少なくとも処遇が公にされていないのでお前と同じように拘留されているのだろう。天魔界も、いまごろ混乱を極めているし、なにより直に影響を受け過ぎたキョウの均等をもとに戻すために、天界人ならず我々も飛び回っている」
そう言うと、光りを放ちながら天照大御神は姿を消した。天地のバランスが大きく崩れると人間界にも影響が出る。
第六天魔王が復活したことで、妖魔が活気づいたが、それにより争いが起これば、天変地異が起こる。均等を崩す覚悟で戦を起こしてまで、第六天魔王を阿修羅王より先に捕まえようとする天帝の思惑は、晴明に分からなかった。あの男に魔王が殺されてしまっては、さらに均等を崩すということなのだろうか?
たしかに、魔王復活で人間界にいる妖魔は活気づいたが、それもある時期を境に徐々に収まりつつあるように感じていた。決定打は再び僅かに扉が開いたことになっているが、晴明はなにか引っかかるものを感じていた。
晴明は、ため息をつくと全ての音が消えた部屋で胡座をかいた。
✤✤✤
朔の首元には大きな首輪がされ、四方八方に繋げられた鎖が伸び、天界兵の中でも精鋭部隊の屈強な者たちが、まるで犬の散歩をするかのように鎖を引いて持っている。
本来の第六天魔王の力なら、この人数でも瞬殺できるが、今は忌々しい天帝が霊力を込めて用意した首輪のお陰で、やすやすと、この鎖を引き千切って逃げおおせることはできなかった。
『だらだら歩くな、天帝様がお待ちだ』
「へいへい」
朔は気怠そうにしながら足を引きずり歩いた。顔は殴られ痣になり、懐かしい白亜の故宮を歩きながらおどけたように返事をする。
ひとまず、若菜が死なずに済んだことでなんとか、朔は気持ちを落ち着かせることができた。いまごろ、天魔界は混乱を極めているだろうが、芯の通った幼馴染みの霧雨が生きているのならばあの世界も一先ず、なんとかなるだろうと、楽観的に考えていた。
しばらく何もない白い壁を見ながらようやく天帝の御前までくると、天界兵たちが恭しく頭を下げる。世界中の神々と同じく彼らもこの天帝の姿ははっきりと認識することがでず、朧げで男なのか、女なのか、どんな顔をしているのかすら正しく認識できないのだろう。
自分たちの創造主、宇宙の万物を管理するという天帝は、その光の概念だけがそこに漂っていて、彼らはただ番犬のように忠誠を尽くしているだけだ。
「お前たちは下がると良い。この場は、第六天魔王と私だけにせよ」
その言葉に天界兵は一瞬互いの顔を見合わせた。
第六天魔王が、天帝を傷つけるほどの力を発揮することはないだろうと判断し、命令されるままにその場を後にした。朔は、気怠そうにしながら黄金の玉座から立ち上がる天帝を見る。
地面までつく、白銀の髪にどの世界の素材ともつかない白い服には豪華な刺繍が施されている。全てを見通す真紅の目元を隠すように、陰陽を印した面布をつけられた姿が、朔だけには確認することができた。
「…………久しぶりだな、朔。ずいぶんと痛めつけられたようだ。長い間、虚無の世界に封じられ反省したかと思ったが」
「うるせぇな、親父。あんたと阿修羅王のジジィの歪み合いに俺を巻き込んでおいて、その言い草かよ」
階段を降りると、天帝は久しぶりに息子の前まで来ると痣のついた頬を撫でた。気まずそうにしながら、まるで反抗期のように視線をそらすと触れた指から離れるように胡座をかく。
天帝は相変わらず感情の読めない視線を、朔に向けるとそっとため息をついた。
「あの男はまだ私を許せんようだな」
「そりゃ、自分の娘を強引に誘拐されりゃあ、阿修羅王もキレるだろ。ってもあのオッサンの側にいたって、お袋が幸せだったかは知らねぇけど。つーか、何回目のやり取りだよこれ」
「そなたの母親と私は愛しあっていた。それは揺るぎようのない事実であるし、いまだに阿修羅王は、私に成り代わり宇宙の万物を管理することを狙っているようだが」
血の関係だけいえば、阿修羅王は朔の祖父にあたり第六天魔王は、阿修羅王にとって娘を誘拐した憎き天帝の息子で、孫という立ち位置だ。もちろん、そんなことは古今東西の神々も天界人も、天魔界の住人たちも誰も知ることのない出生の秘密だ。
その秘密を知るのは、天帝と、我が娘の恥だと頑なに認めない阿修羅王、そして祖母にあたるあの鉄仮面のような第一夫人の藍婆だけだ。
「そのためにお袋を犠牲にしやがって。俺はあんたも、阿修羅王も許してねぇからな。俺の家族は死んだお袋と天魔界のやつらだけだ」
「…………残念だな。そなたの反抗期はまだ終わらぬらしい。だが今回は阿修羅王には任せぬ、そなたを殺すつもりのようだからな。もし、そなたが、本当に誰かを愛することができたなら、私の気持ちもわかるだろう。その時は……」
天帝は言葉を切ると、緩やかに王座へと向かっていく。天魔界も元々は阿修羅王が支配する天国と同じ位置にあったが前回の戦で堕ちた。
母親が目の前で死んだ時の記憶、かつて天魔界に君臨した先代の第六天魔王のもとに預けられたこと、霧雨や藍雅に出会った記憶、戦の記憶が走馬灯のように蘇ってきたが、それらを押し退けるようにして、若菜の柔らかな笑顔を思い出した。
離れ離れになった若菜の行方を、天帝に聞くつもりでいたのだ。天からするすると降りる光の緞帳の先に消えゆく天帝に向かって、朔は慌てて声をかけた。
「親父、あの女は……若菜はどうした! あいつは無事なのかよ!」
「残念ながら、阿修羅王に捕まっている。朔、お前ならどうする?」
緞帳の中に姿が消える寸前、振り向きざまに天帝がそう言うと、その気配は跡形もなく消える。
謁見の時間が終わり、朔の首輪がぐっと後方に引かれた。天界兵が第六天魔王を立たせて、彼を、厳重警備の独房へと連れて行くつもりなのだろう。
『…………行くぞ』
「ってぇな。お前ら、ちっとは丁寧に扱えよ。俺が自由になったら真っ先に殺すぞ」
朔はそう言って無言の天界兵を睨みつけると、体を強張らせる兵士たちに引きずられる。どうやら今回は天帝も、問答無用で虚無の世界に第六天魔王を封じるつもりはないらしい。
前回、阿修羅王に第六天魔王の処遇を任せて、封じさせたことを失敗だと認めているのだろうか。ともかく、最悪なことに若菜はあの阿修羅王に囚われてしまっている。なんとか、ここから抜け出して、彼女を救い出す手を見つけなければならない。それには、この天界で唯一の味方となりうる安倍晴明の力が必要だ。
自分と晴明の目的は同じ、最愛の若菜を救出する事だ。今は恋仇だということを休戦して、二人にとって最愛の女を護るのが最優先だ。
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