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死の世界と光の神①
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太陽の光があまり届かないこの場所は、薄暗く寒々としていた。馬の蹄が雪を踏みしめる度に、真新しい跡をつけていく。
凍てついた大地に根を下ろす木々は曲がりくねって、生命の息吹を感じる事は出来ない。
――――ここは死者の国
世界樹の下層部に存在する薄暗く冷たい氷の世界でありまた、死者の国でもある。ここは宮殿に行けない一般の人々の魂が行き着く場所である。
悪人達が投げ込まれる、地獄とは異なり、刑罰のようなものは無く、ロキの娘であるヘルの支配下のもと生活を送る。
漆黒のローブを深く被り、粗末な鎧を身に着けた片目の騎士が、揺らめく死者達の間を通り抜け、森へと入っていった。
空から落ちてくる小さな雪と、馬の白い息が重なり小さな嘶きが静かな世界に響いている。
暫くして、開けた場所に出ると氷の墓標が見え、ヴィズルは白い吐息を吐きながらそれを見下ろした。
「冥界の巫女よ、お前に聞きたい事がある」
その声が森に響くと、冷たい雪の上にぼんやりと黒のローブを纏った青白い顔の美女が現れた。愛馬に乗ったままのヴィズルを見上げると無表情のまま問い掛ける。
「貴方は誰ですか? 私の眠りを妨げてまで聞きたい事と言うのはなんでしょうか」
「俺の名前はヴェグタム。この辛気臭い死者の国が、随分と賑やかに黄金で飾られているのは何故だ?」
ヴィズルは、最高神という身分を隠して死の世界へと向かった。随分と門番の女には怪しまれ、死者の国を守る狂犬には容赦なく吠えられが、無視して死者の国までやってきた。
それもこれも、息子バルドルの為である。夫婦の仲は冷めきっていても、父親として息子の事は気に掛けている。
ヴィズルはバルドルが見た、不吉な夢に一体何の意味があるのか預言者として名高い冥界の巫女を訪ね、真相を探ろうとした。
「――――それは、もう直ぐバルドルが冥界に下るからでしょう。光の神はオーディンの息子ですから、人々に歓迎されるのです」
「なるほどな。バルドルを手にかける命知らずな奴は一体誰だと言うのだ」
無表情だった冥界の巫女はうっすら冷たい笑みを浮かべていった。
「ふふ、光の神を手にかける者は哀れな盲目の神です。バルドルの弟でありながら、母親に愛されぬ子です」
「ヘズ……だと?」
ヴィズルは絶句した。フリッグとの間には二人の子宝に恵まれたが、光の神であるバルドルとは正反対に、ヘズは盲目として生まれ影のような存在として生きていた。
母親のフリッグは、長男のバルドルを目に入れても痛くない程に溺愛していたが、ヘズが産まれ盲目だと分かった瞬間に彼を手放した。
弓の名手で、自分と同じく戦神として生まれたが温厚で物静かな性格の彼が、バルドルを殺すようには思えなかった。ヴィズルも他の神々とはあまり交流を持たない彼を心配し、小さな館を与え不自由のないようにしてきたつもりだったが、一体何が起こると言うのか。
「それで、盲目の神に復讐する者は誰なのか? オーディンなのか?」
「いいえ。ヘズに復讐するのは貴方が元愛人に産ませたヴァーリです。そしていずれエマが産む子供と共に世界の終わりに挑むでしょう」
冥界の巫女は瞬きもせずに、ヴィズルを見つめていた。正体を知られぬようにしたつもりだったが、見破られてしまった。白い吐息を吐きながらヴィズルはフードを脱いだ。
「貴方はオーディンでしょう? 最高神の貴方はここに居るべきではないのです。貴方は我が子を我が子によって奪われる事を絶望しながら、美しい神々が住まう天国にお帰りなさい。これ以上、貴方と話す事はございません」
「はっ……、言ってくれるな。お前は冥界の巫女ではなくヘルの母親だろう。ロキとの間に三人の怪物を産み落とした女な?」
ロキとの子供を産み落としたと言われると、女は口元をニッと釣り上げて笑った。
「オーディンよ、光の神は死に暗黒が訪れ世界の終わりは必ず起きる。そしてお前は死に、世界は混沌の渦に巻き込まれる。私にも未来が視えるのだ」
「――――下らん。俺はもう預言通りに死ぬつもりは無い」
吐き捨てるようにヴィズルは言うと、愛馬の手綱を引いてその場から去った。一人残された冥界の巫女として、この死者の世界で身を隠していた女は、去っていく隻眼の神々の王の背中を見ると呟いた。
「ああ、けれど……。オーディンの背中から光が見える。巫女達の予言には存在しなかった人間の娘が、運命を変えると言うのか……神々とは違い人は幾通りの未来を掴む事ができる。まさか最高神の命をちっぽけな人間の娘が握っているとはな」
青白い顔の女はどこか自嘲気味に笑った。
ロキの愛人である女は、三人の子供を生んだ事でこの冷たい世界へと追いやられた。何れ子供たちが神々の驚異になると知り、ヘルは死の世界に追いやられ、毒蛇のヨルムンガンドは人間の世界にある海に捨てられ、狼のフェンリルは地中深くに囚われたのだ。
だが、我が子を助ける気もなく傍観者を決め込むロキの事を、正妻になれずとも彼女は愛していた。
オーディンに対して憎しみはあるが、傲慢で貪欲な神々の王が美しい女神達を差し置いて、人間の娘を本気で愛した事に僅かに心が動いた。
「運命の女か……」
そう呟くと、冷たい氷の墓標の中へと吸い込まれていく。
何れ神々の死と滅亡、新しい世界が生まれるという戦が始まるまで、女は深い眠りについた。
✤✤✤
光輝く美男子バルドルは、宮殿のヴァルキリー達には大人気の様子だった。フギンとムニンに聞けば、どうやら彼は雄弁で優しく好青年だと言う事で、天界の神々に非常に愛されていると言う。
正直に言えばエマは両親の性格をどちらも継承していない、似ても似つかない親子だと感じた。
「エマよ、そう固くなる必要は無いぞ。父上の愛人に動じるような事では天界ではやって行けぬからな。私は人間に興味があるのだ。実は私の妻も人間の娘でね。君のように美しい娘なんだぞ」
「――――まぁ、奥様は私と同じ人間なのですね」
宴会場にずっといる訳にも行かず、かと言って不在の全知全能の神の部屋に息子を呼ぶような権限はエマには無い。
ロキの件があってからと言うもの、フギンもムニンは庭園を厳戒態勢にして、ヴァルキリー達で警護を固めている。そんな物々しい場所に、バルドルを招くのも気が引けたエマは、自室でお茶をする事にした。
窓から少し視線を落とせば、美しい様々な色をした可憐な花と妖精が飛び交う様子が見え、景色は申し分ないだろう。
バルドルは、この天界に来て出逢った神の中では、唯一まともな神だったが、不敵で狡猾で不器用な神々の王に馴れすぎてしまったせいか、何故か居心地が悪い。
そもそも、元の世界に居た時もそれほど男性と親しく話すような事は無かった。農作業の休憩の合間に挨拶をしたり、日曜日に教会に集まって祈りを終えた後に話をする程度だ。
「随分と無口なのだな。母上は君はとても弁が立つ人間の娘だと褒めていたよ。なんでも君の歌声は天界の神々を虜にする程だとか……?」
「少し、緊張しているのです。ヴィズル様と執事以外とは普段は話さないので。フリッグ様がそのような事を仰っていたんですの?
弁が立つかは分かりませんけれど、死せる戦士達には喜んで貰えています」
フリッグが本当にその様に思っていたのならば、安心できるがあの時の彼女は、内心は怒りを抑えているように思えた。
あの淫らな遊戯を思い出すと、エマは無意識に赤面する。あの日の出来事はフギンとムニンからヴィズルに伝わっていたようで、彼女のたちの悪い悪戯に、呆れたように苦笑していた。
そしてフリッグにそんな事は、二度とさせないと誓わせるとエマに言い切った。
「ああ、それを聞いては尚更、私は君の歌声が聴きたくなったな! 父上の心を動かす歌を聴いてみたい。私の為に歌ってはくれないか。そうだ、私の歌を作って欲しい」
突然、バルドルは興奮したように目を輝かせテーブルに置かれていたエマの手を握りしめた。その明るい表情からは下心があるのか無いのかさえ判断がつかないが、戸惑うように彼の手の平から手を引いた。
「は、はい。それでは歌いましょう。けれどバルドル様の曲を作るには少しお時間を頂きたいですわ」
「それは嬉しいな、君の得意な曲でいい。なんだ、即興で作れる訳では無いのだなぁ。神ならば一瞬だが、人間には難しいものか」
残念そうな表情をする彼に、エマは少し肩を竦めたが、バルドルはなんの悪気も無く本当に残念そうにしていたので、エマは彼の問い掛けにまるで子供に教えるかのように言った。
「人間には、神様よりも沢山の時間が必要なんです。その代わり沢山の愛情を込めて物を作り出すのですよ。バルドル様の奥様も人間ならば、思い当たる所があるのではありませんか?」
紅茶を置くと、エマはそう言ってゆっくりと立ち上がるとバルドルはエマの言葉に目を見開いてじっと見つめる。
そんな彼の視線を、気に止めずエマは神経を集中させると歌い始めた。得意な曲はいくつかあれど、どうせなら最近作ったお気に入りの曲をお披露目することにする。
運命の導きで出逢った恋人達の歌だ。
住む場所も、身分も違う二人が反発しながら惹かれあって互いを愛すると言う良くある話ではあるが、エマはこの歌に隻眼の戦神を重ね合わせていた。
いつの間にか、彼の存在は自分の中で日に日に大きくなって自分の書く歌詞にまで登場するようになってしまっている。以前ならそんな自分を恥じたが、今は自分の素直な気持ちを受け入れる事が出来たように思う。
透き通る声と、切ない歌詞にバルドルはうっとりとした様子で目を閉じて聞き入っていた。
「――――、はぁっ……ありがとうごさいます」
エマが歌い終わると、いつの間にか真横に立っていたバルドルが拍手をして感動したように頷き、不意に背後からエマを抱きしめた。突然の事で歌姫の体は硬直し、肩越しに彼を見つめたが好青年の優しい微笑みは崩される事無く輝いていた。
「素晴らしい歌だったエマ。まるで私と妻の出会いを歌っているかのようだったぞ。ありがとう! 君には褒美の寵愛を授けたい。ああ、もちろん父上が帰ってくるまでの期限付きだけどね。神に愛されるという事は、人間にとって最高の名誉だ」
その言葉にエマは背中が寒くなるのを感じた。
凍てついた大地に根を下ろす木々は曲がりくねって、生命の息吹を感じる事は出来ない。
――――ここは死者の国
世界樹の下層部に存在する薄暗く冷たい氷の世界でありまた、死者の国でもある。ここは宮殿に行けない一般の人々の魂が行き着く場所である。
悪人達が投げ込まれる、地獄とは異なり、刑罰のようなものは無く、ロキの娘であるヘルの支配下のもと生活を送る。
漆黒のローブを深く被り、粗末な鎧を身に着けた片目の騎士が、揺らめく死者達の間を通り抜け、森へと入っていった。
空から落ちてくる小さな雪と、馬の白い息が重なり小さな嘶きが静かな世界に響いている。
暫くして、開けた場所に出ると氷の墓標が見え、ヴィズルは白い吐息を吐きながらそれを見下ろした。
「冥界の巫女よ、お前に聞きたい事がある」
その声が森に響くと、冷たい雪の上にぼんやりと黒のローブを纏った青白い顔の美女が現れた。愛馬に乗ったままのヴィズルを見上げると無表情のまま問い掛ける。
「貴方は誰ですか? 私の眠りを妨げてまで聞きたい事と言うのはなんでしょうか」
「俺の名前はヴェグタム。この辛気臭い死者の国が、随分と賑やかに黄金で飾られているのは何故だ?」
ヴィズルは、最高神という身分を隠して死の世界へと向かった。随分と門番の女には怪しまれ、死者の国を守る狂犬には容赦なく吠えられが、無視して死者の国までやってきた。
それもこれも、息子バルドルの為である。夫婦の仲は冷めきっていても、父親として息子の事は気に掛けている。
ヴィズルはバルドルが見た、不吉な夢に一体何の意味があるのか預言者として名高い冥界の巫女を訪ね、真相を探ろうとした。
「――――それは、もう直ぐバルドルが冥界に下るからでしょう。光の神はオーディンの息子ですから、人々に歓迎されるのです」
「なるほどな。バルドルを手にかける命知らずな奴は一体誰だと言うのだ」
無表情だった冥界の巫女はうっすら冷たい笑みを浮かべていった。
「ふふ、光の神を手にかける者は哀れな盲目の神です。バルドルの弟でありながら、母親に愛されぬ子です」
「ヘズ……だと?」
ヴィズルは絶句した。フリッグとの間には二人の子宝に恵まれたが、光の神であるバルドルとは正反対に、ヘズは盲目として生まれ影のような存在として生きていた。
母親のフリッグは、長男のバルドルを目に入れても痛くない程に溺愛していたが、ヘズが産まれ盲目だと分かった瞬間に彼を手放した。
弓の名手で、自分と同じく戦神として生まれたが温厚で物静かな性格の彼が、バルドルを殺すようには思えなかった。ヴィズルも他の神々とはあまり交流を持たない彼を心配し、小さな館を与え不自由のないようにしてきたつもりだったが、一体何が起こると言うのか。
「それで、盲目の神に復讐する者は誰なのか? オーディンなのか?」
「いいえ。ヘズに復讐するのは貴方が元愛人に産ませたヴァーリです。そしていずれエマが産む子供と共に世界の終わりに挑むでしょう」
冥界の巫女は瞬きもせずに、ヴィズルを見つめていた。正体を知られぬようにしたつもりだったが、見破られてしまった。白い吐息を吐きながらヴィズルはフードを脱いだ。
「貴方はオーディンでしょう? 最高神の貴方はここに居るべきではないのです。貴方は我が子を我が子によって奪われる事を絶望しながら、美しい神々が住まう天国にお帰りなさい。これ以上、貴方と話す事はございません」
「はっ……、言ってくれるな。お前は冥界の巫女ではなくヘルの母親だろう。ロキとの間に三人の怪物を産み落とした女な?」
ロキとの子供を産み落としたと言われると、女は口元をニッと釣り上げて笑った。
「オーディンよ、光の神は死に暗黒が訪れ世界の終わりは必ず起きる。そしてお前は死に、世界は混沌の渦に巻き込まれる。私にも未来が視えるのだ」
「――――下らん。俺はもう預言通りに死ぬつもりは無い」
吐き捨てるようにヴィズルは言うと、愛馬の手綱を引いてその場から去った。一人残された冥界の巫女として、この死者の世界で身を隠していた女は、去っていく隻眼の神々の王の背中を見ると呟いた。
「ああ、けれど……。オーディンの背中から光が見える。巫女達の予言には存在しなかった人間の娘が、運命を変えると言うのか……神々とは違い人は幾通りの未来を掴む事ができる。まさか最高神の命をちっぽけな人間の娘が握っているとはな」
青白い顔の女はどこか自嘲気味に笑った。
ロキの愛人である女は、三人の子供を生んだ事でこの冷たい世界へと追いやられた。何れ子供たちが神々の驚異になると知り、ヘルは死の世界に追いやられ、毒蛇のヨルムンガンドは人間の世界にある海に捨てられ、狼のフェンリルは地中深くに囚われたのだ。
だが、我が子を助ける気もなく傍観者を決め込むロキの事を、正妻になれずとも彼女は愛していた。
オーディンに対して憎しみはあるが、傲慢で貪欲な神々の王が美しい女神達を差し置いて、人間の娘を本気で愛した事に僅かに心が動いた。
「運命の女か……」
そう呟くと、冷たい氷の墓標の中へと吸い込まれていく。
何れ神々の死と滅亡、新しい世界が生まれるという戦が始まるまで、女は深い眠りについた。
✤✤✤
光輝く美男子バルドルは、宮殿のヴァルキリー達には大人気の様子だった。フギンとムニンに聞けば、どうやら彼は雄弁で優しく好青年だと言う事で、天界の神々に非常に愛されていると言う。
正直に言えばエマは両親の性格をどちらも継承していない、似ても似つかない親子だと感じた。
「エマよ、そう固くなる必要は無いぞ。父上の愛人に動じるような事では天界ではやって行けぬからな。私は人間に興味があるのだ。実は私の妻も人間の娘でね。君のように美しい娘なんだぞ」
「――――まぁ、奥様は私と同じ人間なのですね」
宴会場にずっといる訳にも行かず、かと言って不在の全知全能の神の部屋に息子を呼ぶような権限はエマには無い。
ロキの件があってからと言うもの、フギンもムニンは庭園を厳戒態勢にして、ヴァルキリー達で警護を固めている。そんな物々しい場所に、バルドルを招くのも気が引けたエマは、自室でお茶をする事にした。
窓から少し視線を落とせば、美しい様々な色をした可憐な花と妖精が飛び交う様子が見え、景色は申し分ないだろう。
バルドルは、この天界に来て出逢った神の中では、唯一まともな神だったが、不敵で狡猾で不器用な神々の王に馴れすぎてしまったせいか、何故か居心地が悪い。
そもそも、元の世界に居た時もそれほど男性と親しく話すような事は無かった。農作業の休憩の合間に挨拶をしたり、日曜日に教会に集まって祈りを終えた後に話をする程度だ。
「随分と無口なのだな。母上は君はとても弁が立つ人間の娘だと褒めていたよ。なんでも君の歌声は天界の神々を虜にする程だとか……?」
「少し、緊張しているのです。ヴィズル様と執事以外とは普段は話さないので。フリッグ様がそのような事を仰っていたんですの?
弁が立つかは分かりませんけれど、死せる戦士達には喜んで貰えています」
フリッグが本当にその様に思っていたのならば、安心できるがあの時の彼女は、内心は怒りを抑えているように思えた。
あの淫らな遊戯を思い出すと、エマは無意識に赤面する。あの日の出来事はフギンとムニンからヴィズルに伝わっていたようで、彼女のたちの悪い悪戯に、呆れたように苦笑していた。
そしてフリッグにそんな事は、二度とさせないと誓わせるとエマに言い切った。
「ああ、それを聞いては尚更、私は君の歌声が聴きたくなったな! 父上の心を動かす歌を聴いてみたい。私の為に歌ってはくれないか。そうだ、私の歌を作って欲しい」
突然、バルドルは興奮したように目を輝かせテーブルに置かれていたエマの手を握りしめた。その明るい表情からは下心があるのか無いのかさえ判断がつかないが、戸惑うように彼の手の平から手を引いた。
「は、はい。それでは歌いましょう。けれどバルドル様の曲を作るには少しお時間を頂きたいですわ」
「それは嬉しいな、君の得意な曲でいい。なんだ、即興で作れる訳では無いのだなぁ。神ならば一瞬だが、人間には難しいものか」
残念そうな表情をする彼に、エマは少し肩を竦めたが、バルドルはなんの悪気も無く本当に残念そうにしていたので、エマは彼の問い掛けにまるで子供に教えるかのように言った。
「人間には、神様よりも沢山の時間が必要なんです。その代わり沢山の愛情を込めて物を作り出すのですよ。バルドル様の奥様も人間ならば、思い当たる所があるのではありませんか?」
紅茶を置くと、エマはそう言ってゆっくりと立ち上がるとバルドルはエマの言葉に目を見開いてじっと見つめる。
そんな彼の視線を、気に止めずエマは神経を集中させると歌い始めた。得意な曲はいくつかあれど、どうせなら最近作ったお気に入りの曲をお披露目することにする。
運命の導きで出逢った恋人達の歌だ。
住む場所も、身分も違う二人が反発しながら惹かれあって互いを愛すると言う良くある話ではあるが、エマはこの歌に隻眼の戦神を重ね合わせていた。
いつの間にか、彼の存在は自分の中で日に日に大きくなって自分の書く歌詞にまで登場するようになってしまっている。以前ならそんな自分を恥じたが、今は自分の素直な気持ちを受け入れる事が出来たように思う。
透き通る声と、切ない歌詞にバルドルはうっとりとした様子で目を閉じて聞き入っていた。
「――――、はぁっ……ありがとうごさいます」
エマが歌い終わると、いつの間にか真横に立っていたバルドルが拍手をして感動したように頷き、不意に背後からエマを抱きしめた。突然の事で歌姫の体は硬直し、肩越しに彼を見つめたが好青年の優しい微笑みは崩される事無く輝いていた。
「素晴らしい歌だったエマ。まるで私と妻の出会いを歌っているかのようだったぞ。ありがとう! 君には褒美の寵愛を授けたい。ああ、もちろん父上が帰ってくるまでの期限付きだけどね。神に愛されるという事は、人間にとって最高の名誉だ」
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