13 / 36
十三話 永山達也①
しおりを挟む
――――時は、一週間前まで遡る。
俺は、裕二と秋山さんと共に愛ちゃんを車に押し込んだ。
錯乱状態だった愛ちゃんが、廃村を離れるに連れて大人しくなり、ブツブツと小声で何かを呟いたかと思うと、痙攣し始めた。焦った俺達は、近くのコンビニの前で停車し、慌てて救急に電話するように、秋本さんへ頼んだ。
その間も冷静にカメラを回して、本田さんって、業界のやべぇおっさんて感じだったなぁ。
騒ぎを聞きつけたコンビニの店員が不審に思って出て来るし、あやうく警察呼ばれそうになったけど、なんとかやり過ごせて良かったわ。
裕二が、最悪不法侵入で捕まる可能性があるから、お前は大人しくしとけって言ってたけどよ、監視カメラなんてねぇ場所だし、許可取ってなくても大丈夫でしょ。
つーか俺は、連れて来られただけだしな!
それに、病院で友達が心霊スポットに行って、いきなり錯乱しただなんて言ったら、俺達の方が薬でもやってるのかと思われそうだ。
救急車の中で思いあたる原因はないかと聞かれたが、ドライブに行ってる途中で、突然愛ちゃんの気分が悪くなったと言い、発作を起こしたという事で押し切ってやった。
実際、その通りだったしな。病院について来てくれた本田さんが、上手い事、俺達に話を合わせてくれたお陰で、なんとかやり過ごせた。
薄情だけど、今の職場は気に入っているし、俺達が犯罪者みたいな扱いをされて、警察に厄介になるのは困る。
梨子が、病院から愛ちゃんの両親に連絡して、この病院に来るまで付き添うと言っていたが、辰子島からじゃ明日の夕方になってしまう。
ひとまず俺達は、後の事は親御さんに任せて帰る事にした。
「ね、ねぇ、達也……。それ、何? さっき本田さん達と話してたけど、神隠しの家から持って来たの?」
「あぁ、これ、格好いいだろ? 本田さんがさ、後で俺のインタビューつきで撮影するってよ。今回はいつもより尺取って、スペシャル版の動画上げるらしいから、すげぇぞ。本田さんってさ『真恐動画』っていうホラードキュメンタリーの監督もやってるらしい。そっちでも、この『呪物』を取り上げてくれるらしいわ」
病院から帰る道中、あのボロ屋敷の神棚から持ち出した、小さな子猿の頭蓋骨を見て、梨子は真っ青になっていた。もともと梨子は、ホラーや怪談が苦手なので、本気でビビってて笑っちまった。
あんなの、信じる奴いるんだ。
絶対俺達より先に来た奴らが置いてった、悪戯じゃね? それか、本田さん達が昼にロケハンに行って、偽物の小物仕込んだんだろ。
裕二から、心霊スポット配信に出ないかと誘いがあった後、飲みの席で会社の同僚達に話したんだよな。
『ええ……お前、あのゆうじぃと友達なの? 本当かよ? じゃあさ、戦利品として、なんか持ち帰って来てよ。ついでに、サインつきグッズもよろしく!』とからかわれて頭に来た。
その飲みの席で、最近気になっている後輩の佳奈も呼ばれていたので、ついムキになってしまったのもある。あいつもどうやら、俺に気があるらしく、最近俺達はかなり親密になっていた。
積極的だし、頑張ればワンちゃんやれそうなんだよな。
梨子は可愛いし、好きだけど、ああ見えて昔からガードが固い。なかなかやらせてくれないのが萎えるんだよなぁ。
都会で働くようになってから、俺は辰子島にいた子達とは、比べものにならないくらい可愛い子と出会えるようになって、世界が変わった。
「お前それさすがにやべぇって! 愛ちゃん、あんな状態になってんだぞ」
「そんな怒んなよ、裕二。これが本物かどうかも分かんねぇーし。本田さんも動画で使ったら、バズるって言ってたじゃん。ぶっちゃけさ、お前に黙って、本田さんや秋本くんが置いた小道具かも知んねぇ。それにさぁ、お前今から、あの廃村に戻れんの?」
裕二が俺をバックミラー越しに非難する。確かにあの鳥頭村にある、噂の神隠しの家は、雰囲気ありまくりで怖かったけど、大袈裟過ぎんだろ。
愛ちゃんのあれもパニック症状とかじゃねぇの。それに、こんな時間に今からあの場所に戻るのは、正直だるい。
梨子も裕二も不安と恐怖が入り混じった表情で俺を見ている。
「梨子はともかく、お前はオカルトで飯食ってんだろ。しっかりしろよ」
「まぁ……そうだけど。検証も出来るし良いか! オカルトネタとしては最強だよな」
俺が強い口調で詰めると、裕二はモゴモゴと口籠る。
実は、マッチングアプリで女の子と会い、浮気してたのがバレた。必死に謝ったけど、梨子との関係はシコリが残ったままだ。最近、家に泊まりにこない梨子も、今日はかなりビビってるし、誘ったらイケるかも知れねぇな。
断られたら佳奈に連絡しようか、と思いながら梨子の肩に手を回すと、俺は小声で囁いた。
「なぁ、梨子。一人じゃ怖いだろ。明日は休みだし、今日は泊まりに来いよ」
「私……帰りたい。達也の家にそれを置くなら、もう怖くて遊びにいけないから」
梨子は頭を降って項垂れた。俺は内心舌打つと、肩に回した腕を引っ込める。
裕二が、俺達のやり取りをバックミラー越しに、チラチラと伺っていて、俺は馬鹿にされたような気がした。
ようやく見慣れた繁華街の交差点まで来ると、苛ついた俺はぶっきらぼうに言う。
「大丈夫だって、俺は愛ちゃんみたいになってねぇし。裕二停めてくれ。俺はここから、コンビに寄って家まで歩くわ。梨子の事送ってやれよ」
「ああ。じゃあまた連絡するわ」
「達也、本当に……大丈夫なの?」
梨子と裕二の心配を振り払うかのように、俺は陽気に笑って手を降ると、車から降りた。
もう夜中の三時半だ。
馬鹿騒ぎをしている、陽キャ達の集団の横を通り過ぎ、信号が点滅する横断歩道を渡ると、俺は佳奈にメッセージを送った。
『佳奈ちゃん、起きてる?』
『起きてまーす! 明日休みだから自宅でゲームして、オール宅飲みしてます笑』
『元気だねーー、急に佳奈ちゃんの声聞きたくなって。今から電話してもいい?』
『うん。もちろん……朝まで話したいです』
少し間があって、返信が返ってきた。
佳奈は、分かりやすくて可愛い。顔は量産系で普通だが、小柄で胸がでかく、クラスにいたら、付き合いたくなるような女だ。
俺は心霊スポットへ行った事などすっかり忘れて、発信ボタンを押した。コール音が鳴って、アイドル並の可愛い声を出した佳奈が、はにかむように電話に出る。
「夜中にごめんな。今まで、高校ん時の友達とブラブラしてたんだけどさぁ。帰りに佳奈ちゃん、どうしてるかなと思って気になったんだよ」
『えー、そうなんですか? 今夜は友達が遊びに来る予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったんです。寂しく宅飲みしながら、ゲームやってて。永山さんの声聞けて嬉しぃ……』
少し酔いが回っているようだが、上機嫌で佳奈は話し始めた。上手い具合に佳奈の部屋に転がり込んで、飲みてぇな。
顔は梨子の方が可愛いが、佳奈は俺の好きな芸能人と雰囲気が似てる。そろそろあいつと別れて、佳奈と付き合ってもいい。
そんな事を考えていると、不意に佳奈の口数が少なくなり、急に押し黙ったので、不審に思って声を掛ける。
「佳奈ちゃん、眠くなってきちゃった?」
『――――ねぇ、永山さんの隣に誰かいるの?』
「え?」
深夜帯でも騒がしい都会だが、横断歩道を抜ければ、一気に人通りが少なくなる。
この道を抜ければ、小さなオフィスビルが立ち並び、そこを抜けるとマンションや住宅街に出る。
俺は、周囲を見渡してみた。
終電を逃した客が入り浸っている、小さなラウンジがある。そこから、酔っ払いのおっさんの笑い声が、聞こえたが電話をしていて、隣に誰かいると感じるような距離じゃない。
前方にはじゃれついている酔っ払いのカップルがいる。だけどそいつらとの距離もかなり離れているしな。そいつらは俺の小指程度の大きさで、遠くに目視出来るくらいだ。
背後は切れかかった街灯に、シャッターの降りた店、小さなラウンジ、24時間営業のコンビニ、そしてアーケードの手前にある、夜間点滅する信号機しかない。
「ラウンジの横通ったから、酔っ払いの声でも入ったんじゃねぇ?」
『そう、なんか……、女の人の声だったから彼女さんかなと思ったけど。かごめかごめの歌が聞こえたような気がしたから、お店のBGMかな? それに、ざわざわって人の声も聞こえる』
俺は一気に気味が悪くなった。
こんな夜中に、そんな不気味な童謡を使うような、悪趣味な店があるわけねぇよ。
二十四時間営業の、入店音の音が遠くから聞こえてくるが、こんなネオンのけばけばしい歓楽街の外れに、幼稚園や小学校なんてあるはずもなく、俺を怖がらせる為にそんな冗談を言って、佳奈の部屋まで来いっていう魂胆じゃねぇだろうな。
俺は笑いながら佳奈に言った。
「いやいや、恐ぇって。俺以外誰もいねぇのにやめてよ。家帰っても一人なんだから。ほんと怖すぎだから。責任とってよ。今から佳奈ちゃん家に転がり込んでもいい?」
『えーー? 本当かなぁ。別に泊まりに来てもいいけど……永山さん、結構怖がりなんですか? かわ…………え? なに?』
突然悲鳴を上げた佳奈は、ブツリと電話を切った。
何事かと思い、俺は再び佳奈に電話を掛け直したが、コール音が虚しく響くだけで、出る事もなく無視された。
さすがに、佳奈の身に何かあったのかと心配になった俺は、メッセージを送る。いや、単純に俺が距離を詰め過ぎたせいかな?
セクハラで訴えられたら、やべぇ事になるぞ。
『ごめん、ちょっと俺、調子に乗り過ぎたかな』
『永山さん。やっぱり隣に女の人いますよね? 彼女さんですか? 私の事からかってます? 返せ返せ殺すって……物凄いキレてるじゃない。めっちゃ怖いし、もう私に連絡しないで下さい』
青褪めて辺りを見渡したが、幾ら見渡しても、人の気配はない。寂れた看板の明かりに、客が入った様子のないコンビニが、何度も執拗に開閉する音が聞こえる。
前方にいたはずのじゃれつくカップルだと思っていた人影も、闇に溶けてしまったようだ。
喉の奥でヒュウ、と空気が漏れたかと思うと、俺は全速力で自宅まで走った。
俺は、裕二と秋山さんと共に愛ちゃんを車に押し込んだ。
錯乱状態だった愛ちゃんが、廃村を離れるに連れて大人しくなり、ブツブツと小声で何かを呟いたかと思うと、痙攣し始めた。焦った俺達は、近くのコンビニの前で停車し、慌てて救急に電話するように、秋本さんへ頼んだ。
その間も冷静にカメラを回して、本田さんって、業界のやべぇおっさんて感じだったなぁ。
騒ぎを聞きつけたコンビニの店員が不審に思って出て来るし、あやうく警察呼ばれそうになったけど、なんとかやり過ごせて良かったわ。
裕二が、最悪不法侵入で捕まる可能性があるから、お前は大人しくしとけって言ってたけどよ、監視カメラなんてねぇ場所だし、許可取ってなくても大丈夫でしょ。
つーか俺は、連れて来られただけだしな!
それに、病院で友達が心霊スポットに行って、いきなり錯乱しただなんて言ったら、俺達の方が薬でもやってるのかと思われそうだ。
救急車の中で思いあたる原因はないかと聞かれたが、ドライブに行ってる途中で、突然愛ちゃんの気分が悪くなったと言い、発作を起こしたという事で押し切ってやった。
実際、その通りだったしな。病院について来てくれた本田さんが、上手い事、俺達に話を合わせてくれたお陰で、なんとかやり過ごせた。
薄情だけど、今の職場は気に入っているし、俺達が犯罪者みたいな扱いをされて、警察に厄介になるのは困る。
梨子が、病院から愛ちゃんの両親に連絡して、この病院に来るまで付き添うと言っていたが、辰子島からじゃ明日の夕方になってしまう。
ひとまず俺達は、後の事は親御さんに任せて帰る事にした。
「ね、ねぇ、達也……。それ、何? さっき本田さん達と話してたけど、神隠しの家から持って来たの?」
「あぁ、これ、格好いいだろ? 本田さんがさ、後で俺のインタビューつきで撮影するってよ。今回はいつもより尺取って、スペシャル版の動画上げるらしいから、すげぇぞ。本田さんってさ『真恐動画』っていうホラードキュメンタリーの監督もやってるらしい。そっちでも、この『呪物』を取り上げてくれるらしいわ」
病院から帰る道中、あのボロ屋敷の神棚から持ち出した、小さな子猿の頭蓋骨を見て、梨子は真っ青になっていた。もともと梨子は、ホラーや怪談が苦手なので、本気でビビってて笑っちまった。
あんなの、信じる奴いるんだ。
絶対俺達より先に来た奴らが置いてった、悪戯じゃね? それか、本田さん達が昼にロケハンに行って、偽物の小物仕込んだんだろ。
裕二から、心霊スポット配信に出ないかと誘いがあった後、飲みの席で会社の同僚達に話したんだよな。
『ええ……お前、あのゆうじぃと友達なの? 本当かよ? じゃあさ、戦利品として、なんか持ち帰って来てよ。ついでに、サインつきグッズもよろしく!』とからかわれて頭に来た。
その飲みの席で、最近気になっている後輩の佳奈も呼ばれていたので、ついムキになってしまったのもある。あいつもどうやら、俺に気があるらしく、最近俺達はかなり親密になっていた。
積極的だし、頑張ればワンちゃんやれそうなんだよな。
梨子は可愛いし、好きだけど、ああ見えて昔からガードが固い。なかなかやらせてくれないのが萎えるんだよなぁ。
都会で働くようになってから、俺は辰子島にいた子達とは、比べものにならないくらい可愛い子と出会えるようになって、世界が変わった。
「お前それさすがにやべぇって! 愛ちゃん、あんな状態になってんだぞ」
「そんな怒んなよ、裕二。これが本物かどうかも分かんねぇーし。本田さんも動画で使ったら、バズるって言ってたじゃん。ぶっちゃけさ、お前に黙って、本田さんや秋本くんが置いた小道具かも知んねぇ。それにさぁ、お前今から、あの廃村に戻れんの?」
裕二が俺をバックミラー越しに非難する。確かにあの鳥頭村にある、噂の神隠しの家は、雰囲気ありまくりで怖かったけど、大袈裟過ぎんだろ。
愛ちゃんのあれもパニック症状とかじゃねぇの。それに、こんな時間に今からあの場所に戻るのは、正直だるい。
梨子も裕二も不安と恐怖が入り混じった表情で俺を見ている。
「梨子はともかく、お前はオカルトで飯食ってんだろ。しっかりしろよ」
「まぁ……そうだけど。検証も出来るし良いか! オカルトネタとしては最強だよな」
俺が強い口調で詰めると、裕二はモゴモゴと口籠る。
実は、マッチングアプリで女の子と会い、浮気してたのがバレた。必死に謝ったけど、梨子との関係はシコリが残ったままだ。最近、家に泊まりにこない梨子も、今日はかなりビビってるし、誘ったらイケるかも知れねぇな。
断られたら佳奈に連絡しようか、と思いながら梨子の肩に手を回すと、俺は小声で囁いた。
「なぁ、梨子。一人じゃ怖いだろ。明日は休みだし、今日は泊まりに来いよ」
「私……帰りたい。達也の家にそれを置くなら、もう怖くて遊びにいけないから」
梨子は頭を降って項垂れた。俺は内心舌打つと、肩に回した腕を引っ込める。
裕二が、俺達のやり取りをバックミラー越しに、チラチラと伺っていて、俺は馬鹿にされたような気がした。
ようやく見慣れた繁華街の交差点まで来ると、苛ついた俺はぶっきらぼうに言う。
「大丈夫だって、俺は愛ちゃんみたいになってねぇし。裕二停めてくれ。俺はここから、コンビに寄って家まで歩くわ。梨子の事送ってやれよ」
「ああ。じゃあまた連絡するわ」
「達也、本当に……大丈夫なの?」
梨子と裕二の心配を振り払うかのように、俺は陽気に笑って手を降ると、車から降りた。
もう夜中の三時半だ。
馬鹿騒ぎをしている、陽キャ達の集団の横を通り過ぎ、信号が点滅する横断歩道を渡ると、俺は佳奈にメッセージを送った。
『佳奈ちゃん、起きてる?』
『起きてまーす! 明日休みだから自宅でゲームして、オール宅飲みしてます笑』
『元気だねーー、急に佳奈ちゃんの声聞きたくなって。今から電話してもいい?』
『うん。もちろん……朝まで話したいです』
少し間があって、返信が返ってきた。
佳奈は、分かりやすくて可愛い。顔は量産系で普通だが、小柄で胸がでかく、クラスにいたら、付き合いたくなるような女だ。
俺は心霊スポットへ行った事などすっかり忘れて、発信ボタンを押した。コール音が鳴って、アイドル並の可愛い声を出した佳奈が、はにかむように電話に出る。
「夜中にごめんな。今まで、高校ん時の友達とブラブラしてたんだけどさぁ。帰りに佳奈ちゃん、どうしてるかなと思って気になったんだよ」
『えー、そうなんですか? 今夜は友達が遊びに来る予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったんです。寂しく宅飲みしながら、ゲームやってて。永山さんの声聞けて嬉しぃ……』
少し酔いが回っているようだが、上機嫌で佳奈は話し始めた。上手い具合に佳奈の部屋に転がり込んで、飲みてぇな。
顔は梨子の方が可愛いが、佳奈は俺の好きな芸能人と雰囲気が似てる。そろそろあいつと別れて、佳奈と付き合ってもいい。
そんな事を考えていると、不意に佳奈の口数が少なくなり、急に押し黙ったので、不審に思って声を掛ける。
「佳奈ちゃん、眠くなってきちゃった?」
『――――ねぇ、永山さんの隣に誰かいるの?』
「え?」
深夜帯でも騒がしい都会だが、横断歩道を抜ければ、一気に人通りが少なくなる。
この道を抜ければ、小さなオフィスビルが立ち並び、そこを抜けるとマンションや住宅街に出る。
俺は、周囲を見渡してみた。
終電を逃した客が入り浸っている、小さなラウンジがある。そこから、酔っ払いのおっさんの笑い声が、聞こえたが電話をしていて、隣に誰かいると感じるような距離じゃない。
前方にはじゃれついている酔っ払いのカップルがいる。だけどそいつらとの距離もかなり離れているしな。そいつらは俺の小指程度の大きさで、遠くに目視出来るくらいだ。
背後は切れかかった街灯に、シャッターの降りた店、小さなラウンジ、24時間営業のコンビニ、そしてアーケードの手前にある、夜間点滅する信号機しかない。
「ラウンジの横通ったから、酔っ払いの声でも入ったんじゃねぇ?」
『そう、なんか……、女の人の声だったから彼女さんかなと思ったけど。かごめかごめの歌が聞こえたような気がしたから、お店のBGMかな? それに、ざわざわって人の声も聞こえる』
俺は一気に気味が悪くなった。
こんな夜中に、そんな不気味な童謡を使うような、悪趣味な店があるわけねぇよ。
二十四時間営業の、入店音の音が遠くから聞こえてくるが、こんなネオンのけばけばしい歓楽街の外れに、幼稚園や小学校なんてあるはずもなく、俺を怖がらせる為にそんな冗談を言って、佳奈の部屋まで来いっていう魂胆じゃねぇだろうな。
俺は笑いながら佳奈に言った。
「いやいや、恐ぇって。俺以外誰もいねぇのにやめてよ。家帰っても一人なんだから。ほんと怖すぎだから。責任とってよ。今から佳奈ちゃん家に転がり込んでもいい?」
『えーー? 本当かなぁ。別に泊まりに来てもいいけど……永山さん、結構怖がりなんですか? かわ…………え? なに?』
突然悲鳴を上げた佳奈は、ブツリと電話を切った。
何事かと思い、俺は再び佳奈に電話を掛け直したが、コール音が虚しく響くだけで、出る事もなく無視された。
さすがに、佳奈の身に何かあったのかと心配になった俺は、メッセージを送る。いや、単純に俺が距離を詰め過ぎたせいかな?
セクハラで訴えられたら、やべぇ事になるぞ。
『ごめん、ちょっと俺、調子に乗り過ぎたかな』
『永山さん。やっぱり隣に女の人いますよね? 彼女さんですか? 私の事からかってます? 返せ返せ殺すって……物凄いキレてるじゃない。めっちゃ怖いし、もう私に連絡しないで下さい』
青褪めて辺りを見渡したが、幾ら見渡しても、人の気配はない。寂れた看板の明かりに、客が入った様子のないコンビニが、何度も執拗に開閉する音が聞こえる。
前方にいたはずのじゃれつくカップルだと思っていた人影も、闇に溶けてしまったようだ。
喉の奥でヒュウ、と空気が漏れたかと思うと、俺は全速力で自宅まで走った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
神送りの夜
千石杏香
ホラー
由緒正しい神社のある港町。そこでは、海から来た神が祀られていた。神は、春分の夜に呼び寄せられ、冬至の夜に送り返された。しかしこの二つの夜、町民は決して外へ出なかった。もし外へ出たら、祟りがあるからだ。
父が亡くなったため、彼女はその町へ帰ってきた。幼い頃に、三年間だけ住んでいた町だった。記憶の中では、町には古くて大きな神社があった。しかし誰に訊いても、そんな神社などないという。
町で暮らしてゆくうち、彼女は不可解な事件に巻き込まれてゆく。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる