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三十ニ話 天野梨子④
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「それって、どういう意味?」
僕は思わずばぁちゃんに聞き返した。あの髑髏本尊を壊しても、本田さんが依代になってしまうなんて事が、あり得るのか?
そう言えば、成竹芳恵さんと正雄さんは、親子ほど歳が離れているけれど、実の姉弟だ。
改めてその事を思い出し、僕はばぁちゃんを見つめる。
『血縁関係だよ』
「血縁関係?」
僕とばあちゃんは、同時に言葉を発した。芳恵さんと正雄さんは、実の姉弟だからこそ、波長が合い彼女が憑きやすくなるのか?
または彼を通して、接した人間に呪詛をかけやすくなるんだろうか。
さらにあの鳥頭村は、近親婚をしていた過去があるので、村人たちが遺伝的に特殊な霊媒体質だったり、霊能力を強く受け継ぐ可能性はあるな。
「それなら、あの本尊がなくても彼と関わっていたら、逃げ切れないのか」
疑問が浮かんで、僕は落胆しそうになる。だけどあの髑髏本尊と接した時、禍々しい力を感じたし、浄化した時の手応えはあった。
『それでも、あの髑髏本尊は信仰の一部だよ。力の源である物を一つ壊した事で、弱まっているはずだ』
ばぁちゃんが視えない梨子は、不思議そうに僕を見ている。
「健くん、どういう事?」
しまった。
周りの人がこうなってしまうから、極力人前では、ばぁちゃんの問いに対して、心の中で答えるようにしているんだが、今は仕方ない。
「えっと……ばぁちゃんが、髑髏本尊を壊しても、本田さんが依代になっているんじゃないかって言うんだ。血筋だから憑依しやすいとか、器を通して呪詛をかけやすいとか」
なるべく、オカルトに疎い梨子に分かりやすいように説明しようとすると、頭の中で色々と考えが纏まってくる。
「これは僕の推測なんだけど、二人が姉弟である事、そして鳥頭村は近親婚で、血が濃くなっているなら、離れて暮らしていても、因習の記憶から逃れられないんじゃないかって」
霊視の中で、彼の婚約者と思われる女性が、亡くなっていた。もしかして彼女も、妊娠していたんじゃないだろうか。
だけど、霊視を通して彼女と過ごす時間は、少なくとも楽しそうだったし、殺す為に近付いたようには思えなかった。
「間宮先生が言ってた血脈だね。姉弟だから芳恵さんがあの人の体を媒介して、干渉出来る……って事? ねぇ、それじゃあ秋本さんは」
「本田さんは、知らないと言っていたけど、彼が呼び出した可能性はあると思う」
その先は僕が言わなくても、この場にいる全員が、同じ事を思っただろう。だけどもしこの推測や、霊視が真実なら、彼は少なくとも二人の人間を手に掛けている事になる。
死んだ人間より、生きている人間の方が恐い。
だけど、その物的証拠はなく、あくまで僕の霊視だけで、本人に真相を確かめるしかないだろう。
『とりあえず、何か武器になる物でも拾って、頭かち割る気持ちでいなさい』
「………」
「間宮先生に、一応連絡入れとこうかな。先生なら信じてくれそう」
過激なばぁちゃんの言葉は無視して、梨子の提案に僕は頷いた。彼なら僕達の話を知っているし、動いてくれるかもしれないな。
僕達は頷くと、地下道を通り抜けて地上に出た。
✤✤✤
地下道の出口は、鳥居の左右の獣道に繋がっていたようだ。ここも随分荒れていて、かなり身の危険を感じた。
僕達は緊張しながら、寂れた鳥居までやって来たが、本田さんの姿はなかった。
長い間雨風にさらされ、いつ倒壊してもおかしくない鳥居。
その先には、廃寺の影があり、背中に伸し掛かるような異様な気配を感じる。再び遠くから、風に乗って真言を唱える声がすると、梨子が僕の服を掴んだ。
『――――来たよ。この村を破滅に導いた淫祠邪教の悪僧共だ』
密教の呪具を持ち、黄色い袈裟を着た僧侶達の青白い顔が、ぽつぽつと滲むように闇の中に浮かび上がって来る。落ち窪んだ目は異様にギラギラとしていて、顔はゲッソリと頬が痩けていた。
この僧侶達が、生きた人間だったとしても、対峙した瞬間、その異様な雰囲気に、逃げ出したくなるような形相だ。
「た、健くん……」
「り、梨子……大丈夫だ。僕がいるよ」
悪僧達から、殺気のようなものを感じる。やがて彼等の顔は急速にミイラ化し、地響きのような低い声で、あの独自の密教を唱えると、急に強烈な頭痛に襲われてしまった。
こいつらに、視線を向けるのもつらくなるほど、強烈な頭痛で息苦しい。物理的に頭が割れてしまいそうだ。
「こんなにっ……きつい、霊障は初めてだ」
梨子も顔色が悪く、嘔吐しそうになっていた。
「気持ち悪い……、健くん」
『健、この坊主達の声に耳を傾けるんじゃないよ。こいつらは、霊力の強いあんたに取り憑こうとしてるんだ』
僕が苦しんでいるその間にも、悪僧達は密教の呪具を前方に向け、瞬きする度に、かなり距離を縮めて来て、僕は焦った。
式神を使おうとするが、吐き気でそれを取り出すのもままならない。
ばぁちゃんが結界を張ると、頭痛と吐き気が緩和されていくが、素人の僕からしても修行をつんだ、数体の悪僧を浄霊するのは難しい気がした。
「ありがとう、ばぁちゃん。でもこいつらどうしたらいいんだ」
この結界も、いつまで持つか分からない。
『こいつらは、ばぁちゃんがなんとかする。健、あんたらは先を進みなさい。すぐに追い付くからね。式神、護符、龍神祝詞、真言祝詞。一通りばぁちゃんと一緒に使ったんだ。なんとかなるよ』
ばぁちゃんがそう言って微笑んだ。
悪霊に負けた守護霊は、一体どうなってしまうんだろう。
ばぁちゃんがこのまま消えてしまったら、僕は二度もばぁちゃんを失う事になってしまう。僕は梨子の背中を擦りながら、ばぁちゃんに言った。
「ばぁちゃん、本当に大丈夫なの?」
『健は大事な孫だ。なんとしてでもあんたらを、ばぁちゃん達で護るよ』
ばぁちゃん達、と言う言葉に僕は違和感を覚えて目を丸くする。ばぁちゃんの背後から、どこか僕に面影の似た若い男性が現れたからだ。
なんだか懐かしい感じがする。
そうだ、ばぁちゃんが写っていたオカルト研究部の学生時代の写真に、一緒に写っていた人だ。
海野先輩、のちにばぁちゃんの結婚相手になる、僕のじいちゃんにそっくりじゃないか。
「もしかして……じ、じぃちゃん?」
僕の問い掛けに、じいちゃんがにっこりと笑った。まさかじいちゃんまで、若返ってきて、僕の前に現れるとは思わなかった。
だけど、じぃちゃんが霊能者として仕事をしていた記憶はないんだが。
『楓ちゃんと孫の危機だ。じぃちゃんも手を貸さないわけにはいかないよ。楓ちゃんみたいにはいかないが、じぃちゃんも寺生まれだからね』
『ふふ、誠さんは謙遜するけどねぇ、霊力は強いんだ。昔は一緒に払ったりした事もあるんだよ。坊主には坊主をぶつけろ、それが家訓だ』
そんな家訓あったっけ……?
ともかく、ばぁちゃんは意気揚々として、腕まくりするとじいちゃんと共に、結界の中から出ていく。
顎が外れるほど口を大きく開けて、空中をツバメのように飛ぶ、悪僧達に向って二人は反撃を始めた。
「健くん、少し気分が良くなったよ。あ、ありがとう。あのお坊さん達、私達を避けてるみたい。もしかしてあの女の人が、楓おばあちゃんなの?」
「うん、ばぁちゃん達がなんとかしてくれるみたいだから、僕達は先を進もう。あの本堂に、御神体のオハラミ様があるはずなんだ」
もしかしたら、そこに本田さんもいるかもしれないと言うと、梨子は青褪めて頷いた。念の為にその辺に転がっていた、木の棒を握りしめ僕達は先を進む。
廃寺に近付くにつれて、気分は重くなり、禍々しくなっていった。ご本尊が安置されているだろう本堂は、意外としっかりと残っていて、倒壊する危険はなさそうだ。
懐中電灯で入り口を照らすと、思わず二人同時に息を呑む。
「やぁ」
そこには、本堂の入り口の階段に静かに座っている本田さんの姿があった。彼は、懐中電灯を点けずに、暗がりの中で待ち伏せていたんだろうか。
僕達が疑っているのを、知ってか知らずか、手を上げ無害そうに微笑んでいた。
「遅かったねぇ。俺は一足先に行って、君達を待ってたんだ。驚かせたかな?」
妙になれなれしい態度で、本田さんは話し掛けてきた。
「そうですか、本田さん。いいえ、成竹正雄さんと、お呼びした方が良いですか?」
僕は思わずばぁちゃんに聞き返した。あの髑髏本尊を壊しても、本田さんが依代になってしまうなんて事が、あり得るのか?
そう言えば、成竹芳恵さんと正雄さんは、親子ほど歳が離れているけれど、実の姉弟だ。
改めてその事を思い出し、僕はばぁちゃんを見つめる。
『血縁関係だよ』
「血縁関係?」
僕とばあちゃんは、同時に言葉を発した。芳恵さんと正雄さんは、実の姉弟だからこそ、波長が合い彼女が憑きやすくなるのか?
または彼を通して、接した人間に呪詛をかけやすくなるんだろうか。
さらにあの鳥頭村は、近親婚をしていた過去があるので、村人たちが遺伝的に特殊な霊媒体質だったり、霊能力を強く受け継ぐ可能性はあるな。
「それなら、あの本尊がなくても彼と関わっていたら、逃げ切れないのか」
疑問が浮かんで、僕は落胆しそうになる。だけどあの髑髏本尊と接した時、禍々しい力を感じたし、浄化した時の手応えはあった。
『それでも、あの髑髏本尊は信仰の一部だよ。力の源である物を一つ壊した事で、弱まっているはずだ』
ばぁちゃんが視えない梨子は、不思議そうに僕を見ている。
「健くん、どういう事?」
しまった。
周りの人がこうなってしまうから、極力人前では、ばぁちゃんの問いに対して、心の中で答えるようにしているんだが、今は仕方ない。
「えっと……ばぁちゃんが、髑髏本尊を壊しても、本田さんが依代になっているんじゃないかって言うんだ。血筋だから憑依しやすいとか、器を通して呪詛をかけやすいとか」
なるべく、オカルトに疎い梨子に分かりやすいように説明しようとすると、頭の中で色々と考えが纏まってくる。
「これは僕の推測なんだけど、二人が姉弟である事、そして鳥頭村は近親婚で、血が濃くなっているなら、離れて暮らしていても、因習の記憶から逃れられないんじゃないかって」
霊視の中で、彼の婚約者と思われる女性が、亡くなっていた。もしかして彼女も、妊娠していたんじゃないだろうか。
だけど、霊視を通して彼女と過ごす時間は、少なくとも楽しそうだったし、殺す為に近付いたようには思えなかった。
「間宮先生が言ってた血脈だね。姉弟だから芳恵さんがあの人の体を媒介して、干渉出来る……って事? ねぇ、それじゃあ秋本さんは」
「本田さんは、知らないと言っていたけど、彼が呼び出した可能性はあると思う」
その先は僕が言わなくても、この場にいる全員が、同じ事を思っただろう。だけどもしこの推測や、霊視が真実なら、彼は少なくとも二人の人間を手に掛けている事になる。
死んだ人間より、生きている人間の方が恐い。
だけど、その物的証拠はなく、あくまで僕の霊視だけで、本人に真相を確かめるしかないだろう。
『とりあえず、何か武器になる物でも拾って、頭かち割る気持ちでいなさい』
「………」
「間宮先生に、一応連絡入れとこうかな。先生なら信じてくれそう」
過激なばぁちゃんの言葉は無視して、梨子の提案に僕は頷いた。彼なら僕達の話を知っているし、動いてくれるかもしれないな。
僕達は頷くと、地下道を通り抜けて地上に出た。
✤✤✤
地下道の出口は、鳥居の左右の獣道に繋がっていたようだ。ここも随分荒れていて、かなり身の危険を感じた。
僕達は緊張しながら、寂れた鳥居までやって来たが、本田さんの姿はなかった。
長い間雨風にさらされ、いつ倒壊してもおかしくない鳥居。
その先には、廃寺の影があり、背中に伸し掛かるような異様な気配を感じる。再び遠くから、風に乗って真言を唱える声がすると、梨子が僕の服を掴んだ。
『――――来たよ。この村を破滅に導いた淫祠邪教の悪僧共だ』
密教の呪具を持ち、黄色い袈裟を着た僧侶達の青白い顔が、ぽつぽつと滲むように闇の中に浮かび上がって来る。落ち窪んだ目は異様にギラギラとしていて、顔はゲッソリと頬が痩けていた。
この僧侶達が、生きた人間だったとしても、対峙した瞬間、その異様な雰囲気に、逃げ出したくなるような形相だ。
「た、健くん……」
「り、梨子……大丈夫だ。僕がいるよ」
悪僧達から、殺気のようなものを感じる。やがて彼等の顔は急速にミイラ化し、地響きのような低い声で、あの独自の密教を唱えると、急に強烈な頭痛に襲われてしまった。
こいつらに、視線を向けるのもつらくなるほど、強烈な頭痛で息苦しい。物理的に頭が割れてしまいそうだ。
「こんなにっ……きつい、霊障は初めてだ」
梨子も顔色が悪く、嘔吐しそうになっていた。
「気持ち悪い……、健くん」
『健、この坊主達の声に耳を傾けるんじゃないよ。こいつらは、霊力の強いあんたに取り憑こうとしてるんだ』
僕が苦しんでいるその間にも、悪僧達は密教の呪具を前方に向け、瞬きする度に、かなり距離を縮めて来て、僕は焦った。
式神を使おうとするが、吐き気でそれを取り出すのもままならない。
ばぁちゃんが結界を張ると、頭痛と吐き気が緩和されていくが、素人の僕からしても修行をつんだ、数体の悪僧を浄霊するのは難しい気がした。
「ありがとう、ばぁちゃん。でもこいつらどうしたらいいんだ」
この結界も、いつまで持つか分からない。
『こいつらは、ばぁちゃんがなんとかする。健、あんたらは先を進みなさい。すぐに追い付くからね。式神、護符、龍神祝詞、真言祝詞。一通りばぁちゃんと一緒に使ったんだ。なんとかなるよ』
ばぁちゃんがそう言って微笑んだ。
悪霊に負けた守護霊は、一体どうなってしまうんだろう。
ばぁちゃんがこのまま消えてしまったら、僕は二度もばぁちゃんを失う事になってしまう。僕は梨子の背中を擦りながら、ばぁちゃんに言った。
「ばぁちゃん、本当に大丈夫なの?」
『健は大事な孫だ。なんとしてでもあんたらを、ばぁちゃん達で護るよ』
ばぁちゃん達、と言う言葉に僕は違和感を覚えて目を丸くする。ばぁちゃんの背後から、どこか僕に面影の似た若い男性が現れたからだ。
なんだか懐かしい感じがする。
そうだ、ばぁちゃんが写っていたオカルト研究部の学生時代の写真に、一緒に写っていた人だ。
海野先輩、のちにばぁちゃんの結婚相手になる、僕のじいちゃんにそっくりじゃないか。
「もしかして……じ、じぃちゃん?」
僕の問い掛けに、じいちゃんがにっこりと笑った。まさかじいちゃんまで、若返ってきて、僕の前に現れるとは思わなかった。
だけど、じぃちゃんが霊能者として仕事をしていた記憶はないんだが。
『楓ちゃんと孫の危機だ。じぃちゃんも手を貸さないわけにはいかないよ。楓ちゃんみたいにはいかないが、じぃちゃんも寺生まれだからね』
『ふふ、誠さんは謙遜するけどねぇ、霊力は強いんだ。昔は一緒に払ったりした事もあるんだよ。坊主には坊主をぶつけろ、それが家訓だ』
そんな家訓あったっけ……?
ともかく、ばぁちゃんは意気揚々として、腕まくりするとじいちゃんと共に、結界の中から出ていく。
顎が外れるほど口を大きく開けて、空中をツバメのように飛ぶ、悪僧達に向って二人は反撃を始めた。
「健くん、少し気分が良くなったよ。あ、ありがとう。あのお坊さん達、私達を避けてるみたい。もしかしてあの女の人が、楓おばあちゃんなの?」
「うん、ばぁちゃん達がなんとかしてくれるみたいだから、僕達は先を進もう。あの本堂に、御神体のオハラミ様があるはずなんだ」
もしかしたら、そこに本田さんもいるかもしれないと言うと、梨子は青褪めて頷いた。念の為にその辺に転がっていた、木の棒を握りしめ僕達は先を進む。
廃寺に近付くにつれて、気分は重くなり、禍々しくなっていった。ご本尊が安置されているだろう本堂は、意外としっかりと残っていて、倒壊する危険はなさそうだ。
懐中電灯で入り口を照らすと、思わず二人同時に息を呑む。
「やぁ」
そこには、本堂の入り口の階段に静かに座っている本田さんの姿があった。彼は、懐中電灯を点けずに、暗がりの中で待ち伏せていたんだろうか。
僕達が疑っているのを、知ってか知らずか、手を上げ無害そうに微笑んでいた。
「遅かったねぇ。俺は一足先に行って、君達を待ってたんだ。驚かせたかな?」
妙になれなれしい態度で、本田さんは話し掛けてきた。
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