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第五話 霊視調査②
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僕と雨宮さんは、同時に鏡の中にある物に視線を向けた。そこには、僕が今頭の中で視えたあの女性が、鏡の中で首吊りをしている。
首は不自然に折れ曲がり、両手はダランと地上に向かって下がっていた。縄が軋み、体の重みでゆっくりと揺れて一回転したかと思うと、まるで振り子のように、左右に大きく揺れ始めた。
ギシ、ギシと嫌な音を立てながら、大きく揺れている死者の姿は、とてつもなく恐怖を感じる。
「っ……揺れっ……!」
『久美……ちゃん』
『はぁ……はぁ……見ちゃ駄目よ、典子』
僕の声に混じって、二人の女の子の怯える声がして、反射的に振り向いた。
そこには腰を抜かしている赤城さんと、飯田さんの二人が、ガタガタと震え青褪めながら踊り場の姿見を凝視している。
あの時、やっぱり彼女達は踊り場に現れた女の霊を視ていたんだ。だとすると、雨宮さんの霊視は、過去の起きた事を視ている事になるんじゃないか?
しかし、そんな考察をする暇もなく、女は次の行動に移った。
「あっ……あぁ! うわぁぁ!」
鏡の中の世界で振り子のように揺れていた女が、突然ナイフで縄を切られたかのように、ドサリと地面に落ちる。
もごもごと女の背中がぎこちなく動くのが見えた。四つん這いになった女の両腕がナナフシのように直角に曲げられると、まるで犬のように首に縄を巻きつけた女が、グググと顔を上げる。
――――怒り、苦しみ、痛み、悔しさ。
そんな物が入り混じったかのような青白い憤怒の表情で、こちら側に向かって手を伸ばしてきた。首吊りをしたせいなのか、喉の骨が折れてしまっているようで、女は潰れたような声で、耳障りに呻く。
彼女には白目はなく、黒目だけで、まるで人間に模倣しようとした、別の生き物のようで、恐ろしい。
「あ、あぁ……や、やばい!」
波紋が水面に広がるかのように、首吊り女の両手が鏡から出てくると、なにかを掴むようにバタバタと動く。
そして、とうとう女の顔がニュッと出てきた瞬間に、雨宮さんが素早く御札を取り出して、五芒星の印を切った。
「急急如律令」
女の顔に、そっとそれが貼られた瞬間、僕は恐怖の頂点まで上り詰めてしまい、意識を失った。
❖❖❖
目を覚ますと、知らない部屋……じゃなくて、そこは見慣れた保健室だった。なんで僕はここで伸びていたんだろう。そうだ、雨宮さんの力を借りて踊り場の鏡に現れる女の霊を視たのだ。
「あ、あのまま僕は気を失ってしまったのか」
「大丈夫?」
突然、ニュッと雨宮さんの顔が出てきて、危うく僕は、またしても絶叫しそうになったが、喉まで出かかった悲鳴を飲み込んだ。
保健医の先生は、席を外しているのか何処にも見当たらない。あの強烈な恐ろしい幽霊を目の当たりにして、僕はどれくらい気を失っていたんだろう。本当に救急車を呼ばれなくて良かった。
「うん。貧血だって言ったら体育の金山先生がここまで運んでくれたよ。頭は打ってないから、安心して海野先輩」
「そうか。いや、あれさ……あまりにも怖すぎるよ。君が視たのは過去の霊視なのか?」
「そうだね。近日の過去を探ってみたんだ。しかし、私が思っていたよりも、あの鏡の中に居る幽霊は怨みを持っていたみたいだねぇ。過去を霊視して、私達に向かってくるって事は、怨霊になりかけてるんだと思う」
さっぱり僕の理解が追いついていない。
飯田典子と赤城久美はあの日、踊り場の悪霊を目撃したんだ。そのせいで一人は自殺し、もう一人は心を病んでしまった。
あれは、怨みを持った地縛霊だと言う話だったけど、雨宮さんがあのお札のような物を取り出してから、その後一体どうなったんだろう。
「それで、あの悪霊はどうなったんだ。君が退治したのか?」
「あの手の悪霊は例え除霊をしても、また場所に戻ってくる。それだけ、強い思いを残しているっていう事でもあるけど。それでもあれは、そんなに力の強い悪霊じゃないんだけどね。強制的に浄化するには少し引っ掛かるから、とりあえず応急処置として封じてみたんだよ」
妙に引っ掛かるような言い回しだな。あの悪霊を、強制的にあの世に送るには、なにか不都合な事でもあるのか。
「応急処置でも、封じたって言う事は、もう辰子島高等学校の生徒に、危害は加えないのか?」
「それは大丈夫だよ。だけど、今まで生徒に襲いかかるような事なんてなかった。それなのに、どうして急に彼女の怨みの念が強くなってしまったのかが、分からない」
「確かに。もっと実害があってもおかしくないよな」
もし、何人もの生徒があの霊を見てしまって亡くなったり、怪我をするような事があれば、もっと学校で騒ぎになっていただろう。うちの親父や、それこそ雨宮神社から神主さんを呼んで、お祓いをしているはずだ。
今井先輩が見せてくれたノートに書かれていた証言は、正直なところありきたりな目撃情報ばかりが大半で、危害を加えられたというような証言をしている、体験者は居なかった。
「それにあの霊、明らかに私達より年上だった。でも保護者って年齢じゃないねぇ。そう言えば、私達が入学する前に、本州から赴任してきた新任の女教師が、自殺したっていう話をお母さんから聞いた事がある」
先輩達が話していた噂と繋がるな。
僕達が入学する前ならば、あまり公にならないように処理していたのかもしれない。亡くなったのが島の人間じゃないのなら、尚更学校で自殺なんていう不祥事は、揉み消されるだろう。
「雨宮さん、ちょっと僕も気になる事があるんだ。今度の日曜日、僕に付き合ってくれないか?」
「いいけど、その前に確認したい事があるから、私にも付き合って。今日の放課後に図書室に集合だよ」
「分かった」
彼女もなにか確認したい事があるのだろうか。雨宮さんは、初めて僕に笑みを浮かべると立ち上がり、教室を出る瞬間にさり気なく手を振った。
普段はクールで、凛とした印象の美人な彼女だけど、笑うと可愛いんだな。
彼女は人を寄せ付けないような尖った雰囲気だから、男が気軽に声をかけずらいというか、高嶺の花のような感じはある。
だけど僕と彼女は阿吽の呼吸というか、気負わずに自然に話ができた。
短い期間だけどこんな物騒な心霊事件を追っているが、彼女と過ごす時間は、新しい発見も多くて楽しい。
「寺生まれの僕が、神社の跡取り娘の事がちょっと気になるなんて言ったら、親父とお袋はひっくり返るだろうなぁ」
僕は先生が居ないのをいい事に、そう呟いてベッドに転がった。
首は不自然に折れ曲がり、両手はダランと地上に向かって下がっていた。縄が軋み、体の重みでゆっくりと揺れて一回転したかと思うと、まるで振り子のように、左右に大きく揺れ始めた。
ギシ、ギシと嫌な音を立てながら、大きく揺れている死者の姿は、とてつもなく恐怖を感じる。
「っ……揺れっ……!」
『久美……ちゃん』
『はぁ……はぁ……見ちゃ駄目よ、典子』
僕の声に混じって、二人の女の子の怯える声がして、反射的に振り向いた。
そこには腰を抜かしている赤城さんと、飯田さんの二人が、ガタガタと震え青褪めながら踊り場の姿見を凝視している。
あの時、やっぱり彼女達は踊り場に現れた女の霊を視ていたんだ。だとすると、雨宮さんの霊視は、過去の起きた事を視ている事になるんじゃないか?
しかし、そんな考察をする暇もなく、女は次の行動に移った。
「あっ……あぁ! うわぁぁ!」
鏡の中の世界で振り子のように揺れていた女が、突然ナイフで縄を切られたかのように、ドサリと地面に落ちる。
もごもごと女の背中がぎこちなく動くのが見えた。四つん這いになった女の両腕がナナフシのように直角に曲げられると、まるで犬のように首に縄を巻きつけた女が、グググと顔を上げる。
――――怒り、苦しみ、痛み、悔しさ。
そんな物が入り混じったかのような青白い憤怒の表情で、こちら側に向かって手を伸ばしてきた。首吊りをしたせいなのか、喉の骨が折れてしまっているようで、女は潰れたような声で、耳障りに呻く。
彼女には白目はなく、黒目だけで、まるで人間に模倣しようとした、別の生き物のようで、恐ろしい。
「あ、あぁ……や、やばい!」
波紋が水面に広がるかのように、首吊り女の両手が鏡から出てくると、なにかを掴むようにバタバタと動く。
そして、とうとう女の顔がニュッと出てきた瞬間に、雨宮さんが素早く御札を取り出して、五芒星の印を切った。
「急急如律令」
女の顔に、そっとそれが貼られた瞬間、僕は恐怖の頂点まで上り詰めてしまい、意識を失った。
❖❖❖
目を覚ますと、知らない部屋……じゃなくて、そこは見慣れた保健室だった。なんで僕はここで伸びていたんだろう。そうだ、雨宮さんの力を借りて踊り場の鏡に現れる女の霊を視たのだ。
「あ、あのまま僕は気を失ってしまったのか」
「大丈夫?」
突然、ニュッと雨宮さんの顔が出てきて、危うく僕は、またしても絶叫しそうになったが、喉まで出かかった悲鳴を飲み込んだ。
保健医の先生は、席を外しているのか何処にも見当たらない。あの強烈な恐ろしい幽霊を目の当たりにして、僕はどれくらい気を失っていたんだろう。本当に救急車を呼ばれなくて良かった。
「うん。貧血だって言ったら体育の金山先生がここまで運んでくれたよ。頭は打ってないから、安心して海野先輩」
「そうか。いや、あれさ……あまりにも怖すぎるよ。君が視たのは過去の霊視なのか?」
「そうだね。近日の過去を探ってみたんだ。しかし、私が思っていたよりも、あの鏡の中に居る幽霊は怨みを持っていたみたいだねぇ。過去を霊視して、私達に向かってくるって事は、怨霊になりかけてるんだと思う」
さっぱり僕の理解が追いついていない。
飯田典子と赤城久美はあの日、踊り場の悪霊を目撃したんだ。そのせいで一人は自殺し、もう一人は心を病んでしまった。
あれは、怨みを持った地縛霊だと言う話だったけど、雨宮さんがあのお札のような物を取り出してから、その後一体どうなったんだろう。
「それで、あの悪霊はどうなったんだ。君が退治したのか?」
「あの手の悪霊は例え除霊をしても、また場所に戻ってくる。それだけ、強い思いを残しているっていう事でもあるけど。それでもあれは、そんなに力の強い悪霊じゃないんだけどね。強制的に浄化するには少し引っ掛かるから、とりあえず応急処置として封じてみたんだよ」
妙に引っ掛かるような言い回しだな。あの悪霊を、強制的にあの世に送るには、なにか不都合な事でもあるのか。
「応急処置でも、封じたって言う事は、もう辰子島高等学校の生徒に、危害は加えないのか?」
「それは大丈夫だよ。だけど、今まで生徒に襲いかかるような事なんてなかった。それなのに、どうして急に彼女の怨みの念が強くなってしまったのかが、分からない」
「確かに。もっと実害があってもおかしくないよな」
もし、何人もの生徒があの霊を見てしまって亡くなったり、怪我をするような事があれば、もっと学校で騒ぎになっていただろう。うちの親父や、それこそ雨宮神社から神主さんを呼んで、お祓いをしているはずだ。
今井先輩が見せてくれたノートに書かれていた証言は、正直なところありきたりな目撃情報ばかりが大半で、危害を加えられたというような証言をしている、体験者は居なかった。
「それにあの霊、明らかに私達より年上だった。でも保護者って年齢じゃないねぇ。そう言えば、私達が入学する前に、本州から赴任してきた新任の女教師が、自殺したっていう話をお母さんから聞いた事がある」
先輩達が話していた噂と繋がるな。
僕達が入学する前ならば、あまり公にならないように処理していたのかもしれない。亡くなったのが島の人間じゃないのなら、尚更学校で自殺なんていう不祥事は、揉み消されるだろう。
「雨宮さん、ちょっと僕も気になる事があるんだ。今度の日曜日、僕に付き合ってくれないか?」
「いいけど、その前に確認したい事があるから、私にも付き合って。今日の放課後に図書室に集合だよ」
「分かった」
彼女もなにか確認したい事があるのだろうか。雨宮さんは、初めて僕に笑みを浮かべると立ち上がり、教室を出る瞬間にさり気なく手を振った。
普段はクールで、凛とした印象の美人な彼女だけど、笑うと可愛いんだな。
彼女は人を寄せ付けないような尖った雰囲気だから、男が気軽に声をかけずらいというか、高嶺の花のような感じはある。
だけど僕と彼女は阿吽の呼吸というか、気負わずに自然に話ができた。
短い期間だけどこんな物騒な心霊事件を追っているが、彼女と過ごす時間は、新しい発見も多くて楽しい。
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