余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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曰く付きの屋敷

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「この辺りは、かつて一番人気の地区だったんだ。だが、高騰する土地や税で、手放す者が増えてきた。それを買い取った者は額より低く売りたくないと、売り手の付かない土地ばかりが増えた。やがて大きな負債となり、次代が売りに出したがはした金。放置され過ぎて言わく付きの建物も多くできてしまったこともあり、買い手も現れない。周囲に道が美しく整備された、新しい高級住宅街ができてしまったのも痛手だったんだろう……ってフェルディナンド殿下が言っていたな」

 親公認の脳筋なリヒターが説明してくれた。意外と物知りだと言ったら、まんま他人からの受け売りらしい。
 フェルディナンドは第一王子にして、王太子である。
 端正なルックスに紳士的な性格、そして優秀な頭脳。神は彼に一物も二物も与えたが、素晴らしい婚約者だけはまだお与えになっていないと言うのが、もっぱらの噂である。
 現在、王家も国も安定しているからか、政略的なものは強く求められていない。代々愛妻家の多いティンパイン王族なので、好きに選んでよいと放任されている。だが、本人はこれだと言う人がいないらしい。王妃の座を狙う、欲望を滾らせた不適合者ばかりなのだろう。

「そんなアカンなん?」

 ビャクヤの言葉にもうなずける。多少の難があっても、買い手が付きそうなのだ。
 荒廃した空気はあるが、立地は悪くない。学園にも近いし、王城や繁華街にだって行きやすい。貴族が屋敷を構えるのにちょうど良さそうだ。
 もとは栄えていた貴族街だけあって条件がいい。

「あっちのガーゴイルが飾ってあるところは犯罪組織のアジトになって、あの茶色い屋根は元連続殺人犯が潜んでいた、あっちの壁の崩れかけた屋敷は禁呪に手を出した魔法使いが死体合成の人工魔物を作ってたらしい。素材は魔物以外にも、墓地から掘り返してそうだ」

 外の建物を指さし、リヒターが説明してくれる。
 人が立ち寄らない大きな廃屋だ。薄暗い場所を好むゴーストや鼠系のモンスターが勝手に巣くっていることも多い。
 街中であっても、人の負の思念が魔物を呼び込むことがある。そして、人の気配がなくなると下水道などか小さな魔物が侵入する。

(そういえば掃除の依頼で水路に行ったとき、虫や鼠、ゴースト系の魔物がいたな)

 外壁に囲まれている場所でも意外と油断ならない。
 高級住宅街は普通の民家より敷地が大きいこともあり、魔物や害獣に住みつかれると大変なことになるのだそうだ。

「更地にでもしたほうが良いのではないでござろうか……」

 あまりの曰く付き物件の多さに、引いたカミーユが呟く。何もないところのほうが少ない。

「こっちとしてもそうしたいけど、貴族の資産だと面倒なんだよ。相続絡みで揉めているところもあるし」

 普通に伴侶や子供たちが引き継げばいいが、どの家も平穏で仲良しなわけではない。
 親子や兄弟で骨肉の争いが起こることだってある。妻や子供がいなかった場合、相続人候補が増えまくって一族がまとめて大炎上してしまうパターンもあった。
 リヒターは法律にそこまで詳しくないし、説得も苦手だ。周りもそれを知っていて、リヒターに任せると悪化しかねないと頼まない。その分、体力勝負なフィールドワークを任される。

「ああ、あれだ。あの屋敷……うん、廃墟っぽいけれど、あそこにエリシア嬢がいるはずだ」

 深い緑に苔むした屋根を指さすリヒター。大きな建物だが、完全に手入れがされていない幽霊屋敷である。蔦が生い茂り、壁も緑だ。門扉のフェンス越しに見える屋敷の庭は、シンよりも高い背丈の雑草で覆われていた。目を凝らせば庭のアーチや石像らしき白っぽい影が少し見える。
 見たところ、人の気配がない。でも、そう見せるために一切手入れをしていないと考えることもできる。
 一度は屋敷を通り過ぎ、斜め向かいの角を曲がって姿を隠す。
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