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連載
暫定の名前
しおりを挟む学園を出てすぐ、鳩に似た鳥がやってきた。姿かたちは鳩なのだが、魔力で仄かに輝いている。
その鳥は迷いなく開いていた御者席の隙間から馬車の中に飛び込んできた。緊急連絡の魔法で文が届いたのだ。
レニがそれを素早く展開すると、一枚のメモが落ちてくる。そのメモによれば、高級住宅街にエリシアを乗せて向かっているようだ。
「相手は貴族?」
「そこまでは分からない。高級住宅街も再開発が進んでいるから、場所によってかなり変わるんだ。新興住宅地は治安がいいが、古いところは半分空き家で老朽化した家屋が目立つ。浮浪者や孤児が勝手に住み着いてる場合や、犯罪者が根城にしていることもある」
シンの声に、リヒターが答える。御者に手綱を返し、作戦会議に加わっているのだ。
王宮勤めであるが、そこに缶詰ではない。王都の警備にも当たっている。周辺の事情に詳しいのは嬉しい誤算だ。
王都としても、そういった場所をただ放置しているわけではない。再開発に伴い土地や建物の整備を行っている。犯罪の温床になるので、手入れがされていない場所はなるべく減らそうとしているのだ。
だが、疚しい連中はその目をかい潜って住み着くものである。
「あのエリシアという女子生徒は、何か恨みを買っているのか? 貴族なら、本人より親や家のしがらみの可能性が高いか……」
「エリシアちゃんは今、変なロリコンのオッサンに求婚されとるんや。兄ちゃんが詐欺に遭ってなぁ」
「遭いかけてるって言ってやれ。セブラン様、何とかギリギリのところは回避してるから」
ビャクヤのストレートな説明に、思わずシンがなけなしのフォローを入れた。
シンが米の存在を渇望してあの場に居なかったら、間違いなくカモにされていた。セブランやエリシアだけではジーニーにたどり着けなかっただろう。
「そういえば、ロリコンの名前を知らんでござるな」
「僕も、ジーニー先輩から『永遠の生き恥』としか聞いてない」
カミーユの何気ないつぶやきに、シンも名前を思い出そうとするが出てこない。インパクト強すぎる呼び方が頭に残っていた。
「完全にマラミュートのお宅では存在が黒歴史やん。名前も出したらアカン感じの」
「暫定的に生き恥ロリコンと呼びます?」
ドン引きしたビャクヤに、とりあえず分かっている情報を繋げて案を出すレニ。酷い案になったが、今の手元にある情報が悪いものしかないのである。
やっていることが大概なので、誰も止めない。今、馬車の中で生き恥ロリコンの人権は排泄物より低い。
名前を知らないので、とんでもない仮の名前が決定してようとしていた。
「では、誘拐犯の生き恥ロリコン……ちょっと長くないか? それに、もし誘拐犯と生き恥ロリコンが別人だったらどうする?」
リヒターが微妙な顔をした。字面の最悪さにツッコミを入れないあたり、彼は少しずれている。
「少なくともエリシアを誘拐したのは事実でござるよ?」
「じゃあ今はまだ誘拐犯って呼んでおこうか」
何とか普通の呼び方に落ち着いた。会話の内容が少し漏れ聞こえていた御者は、安心した。
緊迫した状況で生き恥ロリコンというパワーワードが飛び交っていたら、どんなシリアスも台無しだ。
馬車は最初、綺麗で閑静な高級住宅ばかりの立ち並ぶ道を走っていた。だが、だんだんと手入れがまばらな場所になり、庭に鬱蒼と草木が生い茂るような場所も目立ってきた。人が住んでいるか分からないような状況だ。
王都であるエルビア、ましてや高級住宅街にこのような荒れ果てた場所が存在するのが驚きだ。
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