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連載
迎えの馬車
しおりを挟む「い、今さ……エリシア、誘拐された?」
シンが己の見た光景を疑い、思わず隣のビャクヤに声をかける。
「俺もそう見えたで」
あんぐりと口を開けたまま、ビャクヤも同意する。
「された……でござるな」
「何ぼさっとしているんですか! 追いますよ! シン君、グラスゴーとピコをお借りしても!?」
「追いかけるって、もう見失ったのにどうやって!」
「シン君がいるなら、絶対『影』がいます! 誰か追いかけてください! ミリア様のお客様ですよ!」
レニの言葉は脅しに近かった。
反応はすぐにあった。がさりと木が動いて誰かが降りる。そのままこちらにぺこりと頭を下げると、凄まじい速度で馬車の消えたほうへ走って行った。陸上選手も真っ青な速度である。
「速い! 人間だったよね!?」
「恐らく、身体強化でござるな。やはりプロはすごいでござるな!」
魔法バフを使用してこその技だったのか。カミーユの説明に、シンも納得する。
そして、自分の周囲にはやはり護衛がいたのかとちょっと微妙な気持ちになった。森や山だったら見抜ける自信があったが、不特定多数が集まった学園内だと気づかなかった。
「彼らなら、緊急用の伝令魔法を持っているはず。誘拐犯の行き先を突き止めた後、殴り込みますよ」
「殴りこむって……レニちゃん。相手はまだ分かっとらんのやで?」
レニの過激な言葉に、カミーユが困惑している。
「今、エリシアを誘拐したがるのなんて例のロリコンくらいでしょう。マラミュート家にバレそうになって、焦って学園まで来たのでは? ここまでだったら、一般人も潜り込みやすいのを失念していました……シン君は滅多に使いませんからね」
以降、警備の見直しも含めて考えなくてはとレニが呟く。苦々しさが滲んでいた。レニも目の前で友人が誘拐され、焦っているのだろう。
シンは取りあえずグラスゴーたちを取りに厩舎へ向かおうとしたが、そこにドーベルマン伯爵家の馬車が入ってきた。
絶妙にタイミングが悪い。
「やあ、後輩たち! 母より頼まれて迎えに上がったのだが……いつもの四人だね? 今日はもう一人レディがいると聞いたのだけれど」
さわやかな笑顔で御者席から手を振ったのは、黒髪と若草色の瞳の青年。リヒター・フォン・ドーベルマンだ。
以前見た王宮騎士の制服ではなく、かっちりとした貴族服を着ている。なのに御者席に座り、本当の御者は隅っこに座っていた。どうやら、手綱を奪われたらしい。
首を傾げているリヒターを見て、四人は考える。
彼ならいけるのでは、と。
勢いで推せるし、行動力がある。直感で動くタイプなので、特に考えずに従ってくれそうだ。
「大変です、リヒター様! そのレディが今、目の前で誘拐されてしまったのです!」
パンチのある言葉で、相手の注意を引いて優先順位を入れ替えさせる。シンの先制口撃が決まった。一気にリヒターの顔が険しくなる。
「誘拐? レディが!? どこの不埒者だ!」
「それが、辻馬車のような地味な見た目で家紋らしきものはなかったのでござる! エリシアの近くで停車したと思ったら、急に男が降りてきてエリシアを引きずり込んだでござるよー!」
「それはいかん! 今すぐ追いかけよう!」
カミーユのちょっと棒読みなセリフにも、全く気にする様子もなくリヒターは即答した。即決である。その判断の早さに、こちらが困惑してしまうくらいだ。
「ちょろ過ぎやん」
「黙ってください、ビャクヤ」
微妙な顔をしたビャクヤの呟きを拾ったレニが、ぴしゃりと諭める。今はエリシアが優先だ。
エリシアは騎獣には乗れるが、戦闘能力のない普通の女の子。誘拐されれば、抵抗できない可能性も十分にある。
協力を得られたのはありがたいが、こんなにあっさりと行き先を変えていいのだろうか。ミリアに大目玉を食らうのではないだろうか。色々と脳裏を過ぎる可能性を頭の隅に追いやり、四人は馬車に乗り込んだのだった。
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