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連載
誘拐
しおりを挟むエリシアに招待状を渡して一週間後。
嘘吐き偽神子たちがさらしあげられる前日、シンたちは学園の停留所でドーベルマン家の馬車を待っていた。朝や夕方は王都やその近郊に住んでおり、馬車通学している生徒でにぎわっているが、今は閑散としている。
何せ昼食の時間帯だ。大半の生徒は各々で食事をとり、学友などと過ごしている。
「ななな、なんでドーベルマン伯爵家からお迎えが来るの!? ドレスを貸していただけるなんて光栄だけれど、本当に訳が分からなくてよ!?」
急な催しで、着ていくドレスがあるか心配していたエリシアだが、予想外のアシストに困惑している。伯爵家と辺境伯家。爵位的に見れば近いが、ドーベルマン家は王の側近たる宰相を輩出した名家で、マルチーズ家は田舎の斜陽ぎりぎりの貴族である。
「ミリア様、若者を着飾るのが好きだから。僕たちもリヒター様やユージン様のお下がりでおめかしさせられるだろうし」
「させられるなんて贅沢よ! 何でシンは普通にしていられるの?」
「あー、慣れ?」
最初はびっくりしたが、もう慣れた。天狼祭でこれでもかとおめかしさせられ、衆目にさらされたので度胸がついたのかもしれない。
今回はシン以外も巻き込んだが、ミリアのちょっとしたお遊びなのだろう。唯一その遊び心を止められそうなのはチェスターだ。しかし、彼は愛妻家。ミリアに甘かった。
(まあ、こういった場所のドレスコードは知らないし……ありがたいはありがたいか。)
エリシアは初めてなので、興奮のあまり周囲をぐるぐる回っている。気持ちを落ち着けたいが、どうにもならず足が動いてしまうのだろう。
「嬉しいのだけれど、あまりに都合が良すぎて後で悪いことがいっぱい起こりそうな気がして怖いわ!」
幸せ過ぎて怖い。そういった類の感情だろうか。
シンからしてみればミリアはお茶目な貴婦人だが、エリシアから見れば憧れの殿上人である。エリシアを見ると、落ち着きなく歩きすぎて少し離れたところまで行っていた。
「エリシア、あまり離れないほうが……」
見かねたレニが声をかける。
このままだと、馬車用の道路にまで飛び出してしまいそうな迷走ぶりだ。淑女としての振る舞いを気にかけている彼女にしては珍しい動転ぶりである。
その時、馬車がこちらに向かってくるのが見えた。木製の馬車で装飾も少なく見える。下級貴族や商家の馬車だろうか。少なくとも、ドーベルマン伯爵家の紋章はないから目当ての馬車ではない。
「おーい、馬車がきているでござるからフラフラするのは危ないでござるよー!」
レニの声が届かなかったのか、エリシアはまだ落ち着きなくうろついている。見かねたカミーユが先ほどのレニより大きな声で注意を呼び掛けた。
ようやく気付いたのか、エリシアは一人離れていたことに気付いた。すぐにこちらへ戻ろうと駆けだした時、エリシアの隣に着いた馬車が開く。その中から男性らしき人影がエリシアの腕を掴むと、引きずり込んで乱暴に馬車を閉めた。
御者に何かを命じ、本来一方通行の道を無視して馬車を強引に回転させた。大型馬車なら無理だったが、小ぶりの馬車だからこそできた。乱暴な動きをしたので、車輪が一瞬歩道に乗り上げ掛け、大きな音を立てたが無理やり馬を走らせてそのまま走り去っていった。
一瞬の出来事である。
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