余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ

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怖い花畑

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 目の前は百花繚乱だ。各々に研究した化粧とドレスでめかしこんだ美女という、絢爛な花が揃っている。美容の話題に花を咲かせ、新作の化粧水を手に塗ってその使い心地を楽しむご婦人たち。
 製作者が言うのもなんだが、理解できない熱狂だ。
 隣で、同じように少し気圧されているエリシアがいる。

「そうだ。エリシアにも少しあげるよ。多くは無理だけれど、君と君のお母さんの分くらいなら融通が利くよ」

「……これって高価な品じゃないの?」

 シンが小さな声で言うと、同じくボリュームを落として答える。
 貴族や豪商のマダムがこぞって欲しがるようなもの、もらっていいのだろうか。悪魔のささやきのように、裏があるのではと勘繰ってしまう。

「素材はほぼ温室で事足りるし……その代わりにお願いがある」

「お願い?」

 ふいに顔が近づき、ドキリとしたエリシア。

「現地……マルチーズ領でお米を買い付けたい」

 鼓動もテンションも一気に下がった。盛り上がった乙女心を返して欲しい。思わず、シンの足を踏む。シンの鈍いうめきに、そっぽを向いた。
 その靴は確かドーベルマン伯爵令息たちのお下がりとか言っていた気がするが、気にしていられない。
 それにシンの周囲には地味にノンデリ系男子が多い。カミーユだけでなく、リヒターもそうだった。シンまで同類になっては困る。エリシアとしては切実な願いだった。

「シンってコメコメコメって……そればっかりね」

「二度と会えないと思っていた、故郷の味なんだ。これは譲れない」

 呆れたエリシアの言葉に、至極真面目な表情でシンは断言する。いつもはクールというか、割とドライなのに食べ物が絡むと執着心が見え隠れする。
 それに故郷の味と言われてしまえば、エリシアも強く出れない。エリシアは生まれ育った場所を失ったことがない。国も領地も健在だ。シンの喪失感は、量り知れないのである。
 きっと自分の今までの過ごした時間が詰まった場所。それがなくなる。足元がごっそり抜け落ちるような、心許ない気分になるのだろう。
 エリシアがシンを見ると、もくもくとケーキを食べていた。空になった皿には、サンドイッチや小魚のフライ、マッシュポテトがあったはずだ。
 ミリアが男の子だからと、食事に近い料理を用意していたのである。
 何気なくシンだけでなく、女性陣も摘まんでいる。おしゃべりしながら甘いものとしょっぱいものの無限ループに突入していた。
 その様子には過去の憂愁に囚われているようには見えない。
 目の前の食べ物に、己の食欲をぶつけている。優雅なおしゃべりより、シンの目的はこっちなのだろう。

「エリシアも食べる?」

 頬に注がれる視線に気づいたのか、シンがクッキーを手に声をかけてきた。

「遠慮する……見ているだけでお腹いっぱいになるわ」

 以前は些細なことに苛立って、お菓子袋を漁っていた。当然、そんな暴飲暴食を繰り返していたエリシアは太っていた。あの頃は認識していなかったが、今のシン以上に食べていただろう。
 あの頃は食べても食べても満たされなかった。
 満たされたくて甘いお菓子を口に入れて、咀嚼して飲み込んで。お腹が膨れて気持ち悪くなっても、満たされないからまた食べた。
 人目を避けるよう一人でいたけれど、寂しくて虚しかった。
 今はエリシアの名を呼び、ピンチの時は助けに来てくれる友人がいる。

「お腹いっぱいなのよ、今は」

 そう言って微笑んだエリシアは、空を見上げた。
 今日の天気は、今のエリシアの心を映したように晴れやかだ。もうすぐ冬休みが来るし、雪も降る日だってくるだろう。

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