世話焼き転生者が完璧騎士を甘やかした結果

こざかな

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前世では恋をする余裕すらなかった。恋愛としての好きという感情は、こんなにも存在感が強いものなんだな。ぎゅっと胸が圧しつぶされてしまいそうな感覚を覚えて、俺は無意識に服の胸元を掴んでいた。

「どうした?」
「っ! いえ、なんでもないです!」

知らぬ間にキュッと噛みしめていた唇を慌てて開いて、胸を抑えていた手は不自然にならないようにそっと外した。

「えっと、明日も森に行かれるのですか?」
「いや。酒も入れてしまったし、明日は全員休みにする。気になる所は見つけたが、明後日まとめて確認する」
「そうですか。クレディア様も、ごゆっくりお休みくださいね」

浮かべた笑みは、いつも通りにできているだろうか。気になってそわそわしてしまう気持ちをぐっと抑えるように、俺は右手の手首を反対の手で掴んだ。

「もし良ければ君に剣の指導をと思ったのだが」
「ダメですよ。休める時に休まないといけません。それに、上司が休まないと部下も気楽に休めないんですよ。皆さんの為を思うなら、クレディア様が率先して休息を取らないとダメです」
「なるほど……それもそうか」

前世で聞いた話の受け売りだけど、王都では副団長という立場のクレディア様は納得してくれたようだ。
ビズリーの息子達を相手にしながらの調査での疲労は相当なものだっただろう。クレディア様に気を遣われていた騎士様達でさえ、あんなに疲れ切っていたのだ。間に挟まれることになったクレディア様の疲労は相当濃いに違いない。
今日はもう下がらせてもらおう。ハロル達の様子も気になるし、クレディア様へのこの気持ちについても整理したい。
そう考えて口を開こうとした俺を遮ったのは、休み下手な性格の持ち主の言葉だった。

「では、昼食後に少しだけ時間をくれないか? 元々、剣を振るのは日課なんだ。それに君が付き合ってくれるのなら、私としては新鮮で嬉しいのだけれど」

どうだろうか?
なんて、ズルい人だ。これで無自覚なのだということが恐ろしい。
遠慮がちに甘えるようにそう問われてしまっては、彼への生まれたての恋心を抱えている俺はもう、無言でこくこくと何度も頷くことしかできない。
真っ赤になっているだろう俺を満足げに見て「楽しみだ」と微笑むクレディア様に、俺の胸は先ほどよりもずっと強く痛んだ。
本当に、なんて恐ろしい人だろう。
俺は、芽生えたばかりの初めての恋心が報われずにしぼんで枯れてしまうことに、自分のことながら憐れみを覚えずにはいられなかった。

「そ、それでは、ま、また明日!」
「待て」

柔らかい声音ながらも鋭く発せられた命令に、俺の意思を無視して身体は従順に反応してしまった。ドアに向かって歩き始めていた足を止め、けれど振り向くことができないまま立ち尽くしてしまった俺の背中に、クレディア様が再びあの甘い声で話しかけてくる。

「もう一つ、頼みたいのだが」
「な、なんでしょうか……?」

緊張となんだか分からない焦燥感で、心臓がバクバクと煩い。思わず上ずってしまった声を揶揄うような笑いを滲ませながら、クレディア様はとんでもない頼み事を口にした。

「寝かしつけてくれ」
「…………エッ!? ハッ!? エッ!!??」

あまりの衝撃に一瞬思考を止めてしまった頭を再起動してみても、聞こえた言葉の意味を理解するのに数秒を要し、素っ頓狂な声が飛び出てしまった。
飛び跳ねるように振り返った俺の全てが面白かったのか、クレディア様は口に手を当ててそっぼを向きながらも、その美しい顔に見たことがないほどの笑みを浮かべて身体を振るわせていた。
大笑いするクレディア様って、かなりレアなのでは?
そう思ったものの、俺を驚愕させた張本人に大笑いされるのは、なんだかちょっとムッとするわけで。

「……揶揄うのは止めてください。俺、ダッドさんに心配されるほど素直な性格なので、本気にしちゃいますよ」
「ふふっ、揶揄ってなどいない。今日も眠れそうにないんだ。ユウヒの手を借りることができれば、嫌な事も忘れられそうなほど明日の目覚めは良くなると思う。もちろん、強制はしないが」

……なんだろう。なんだか凄く手のひらで転がされているような感じだ。かと言って、俺のおせっかい癖を利用されているとか親切心を弄ばれているという感じでもなく。
騎士様は人心掌握の心得も必要なのかな。
これが他の人なら、そんなサービスはうちではやっておりません! って感じで断固お断りなのだけど……これが惚れた弱みというやつか。
気が付いたら俺は「やらせていただきます……」と呟いていた。
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