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騎士様達は、空が暗くなった頃に宿に帰ってきた。
やはり王都の騎士とはいえ、一日掛かりの魔獣退治は疲れるのだろう。ほぼ全員疲れた顔をして、食事は部屋に運んでほしいと言って大浴場に吸い込まれていった。
彼らが歩いて行った床には森の土らしきものがかなり落ちている。いったいどんな魔獣と戦っていたんだろうか。
「……ユウヒ、だったか」
「っ!? あっ、し、失礼いたしました……ッぁ!?」
床にこびりつきそうな湿り気を帯びた黒土をどうやって掃除しようかとしゃがみこみながら考えていて、背後に立たれていたことに気が付かなかった。
頭上からの呼びかけに思わず飛び上がりそうになった俺は、足元の土で滑りバランスを崩して転びかけた。
「おっと」
このままだとズボンのお尻が泥だらけになるなぁと、コンマ数秒くらいの間に諦めと覚悟を決めた。しかし、想像していた冷たくて硬い床の衝撃が来ることはなく代わりに弾力のある硬さの壁が俺を受け止めてくれていた。
慌てて振り返ると、今日も街の女性陣の噂の的になっていた美形の顔がかなり近くにあって思わず固まってしまう。
「大丈夫か?」
「ハッ! だ、大丈夫です!!」
クレディア様の心配そうな声に、フリーズ状態になっていた頭と身体をなんとか動かして俺は慌てて彼から離れた。同時に、腰を支えてくれていた腕も離れていった。
どうやらバックハグのような感じで身体を受け止めてもらっていたようだと気が付いて、じわっと耳が熱くなった。
もしかして、背中に当たっていたのは胸筋……やめよう。これ以上考えたら茹だったタコのように赤面してしまいそうだ。
バクバクと脈打つ心臓を落ち着けるように息をゆっくり吸って吐くと、俺はクレディア様を振り返った。
「ありがとうございます、クレディア様。助かりました」
「いや、急に声をかけてすまなかった。それに、床も」
クレディア様の視線の先は、今しがた転びかけた原因の一つでもある泥だらけの床。その道しるべが向かう先の大浴場までを目で辿った彼は、もう一度「すまない」と呟いた。
「謝らないでください。皆さんが頑張られた証拠です」
「……そう言ってもらえると助かる」
「本当のことですよ。あ、皆さん、お食事はお部屋に運んでほしいと伺っているのですが、クレディア様はいかがされますか?」
「そうだな……では俺も部屋に運んでもらえるか」
「かしこまりました。……あの、本日はお酒はどうされますか? お食事と一緒にお持ちいたしましょうか」
昨夜のことを思い出して、聞くのは少し躊躇われた。朝も何も言われなかったから大丈夫だと分かっているけれど、かなり差し出がましい真似をしてしまった自覚がある分、自分から昨夜のことを思い出させるようなお酒の話題は気まずかった。
「酒か……では、グラス一杯分だけ持ってきてもらえるだろうか。ああ、私の分は最後でかまわない。あいつらの方が先に出てくるだろうから」
「かしこまりました。では、後程お部屋にお運びいたしますね」
「ああ。それと……いや、いい」
「そうですか。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう。もう、だいぶよくしてもらっている。食事も美味いし、何より浴場があることもありがたい」
「このあたりではよく温かい地下水が湧き出るそうです。ダッドさんが昔、この宿を改装した時に裏庭からも湧き出たらしく、ついでに大浴場も作ったのだと聞きました。クレディア様もぜひゆっくり浸かって疲れを癒してくださいね」
「ああ。ありがとう」
ふっと微笑みを浮かべて大浴場に入って行った彼の後ろ姿を惚けながら見送り、俺は両頬に手を当てた。顔が熱い。
「ほんっとうに……綺麗な人だなぁ……」
おっと、ぼうっとしてる場合じゃないや。彼らがお風呂に入っている間に靴の泥を落とさせてもらわないと宿中泥だらけになってしまう。
俺は慌ててブラシとバケツを取りに物置に向かった。
やはり王都の騎士とはいえ、一日掛かりの魔獣退治は疲れるのだろう。ほぼ全員疲れた顔をして、食事は部屋に運んでほしいと言って大浴場に吸い込まれていった。
彼らが歩いて行った床には森の土らしきものがかなり落ちている。いったいどんな魔獣と戦っていたんだろうか。
「……ユウヒ、だったか」
「っ!? あっ、し、失礼いたしました……ッぁ!?」
床にこびりつきそうな湿り気を帯びた黒土をどうやって掃除しようかとしゃがみこみながら考えていて、背後に立たれていたことに気が付かなかった。
頭上からの呼びかけに思わず飛び上がりそうになった俺は、足元の土で滑りバランスを崩して転びかけた。
「おっと」
このままだとズボンのお尻が泥だらけになるなぁと、コンマ数秒くらいの間に諦めと覚悟を決めた。しかし、想像していた冷たくて硬い床の衝撃が来ることはなく代わりに弾力のある硬さの壁が俺を受け止めてくれていた。
慌てて振り返ると、今日も街の女性陣の噂の的になっていた美形の顔がかなり近くにあって思わず固まってしまう。
「大丈夫か?」
「ハッ! だ、大丈夫です!!」
クレディア様の心配そうな声に、フリーズ状態になっていた頭と身体をなんとか動かして俺は慌てて彼から離れた。同時に、腰を支えてくれていた腕も離れていった。
どうやらバックハグのような感じで身体を受け止めてもらっていたようだと気が付いて、じわっと耳が熱くなった。
もしかして、背中に当たっていたのは胸筋……やめよう。これ以上考えたら茹だったタコのように赤面してしまいそうだ。
バクバクと脈打つ心臓を落ち着けるように息をゆっくり吸って吐くと、俺はクレディア様を振り返った。
「ありがとうございます、クレディア様。助かりました」
「いや、急に声をかけてすまなかった。それに、床も」
クレディア様の視線の先は、今しがた転びかけた原因の一つでもある泥だらけの床。その道しるべが向かう先の大浴場までを目で辿った彼は、もう一度「すまない」と呟いた。
「謝らないでください。皆さんが頑張られた証拠です」
「……そう言ってもらえると助かる」
「本当のことですよ。あ、皆さん、お食事はお部屋に運んでほしいと伺っているのですが、クレディア様はいかがされますか?」
「そうだな……では俺も部屋に運んでもらえるか」
「かしこまりました。……あの、本日はお酒はどうされますか? お食事と一緒にお持ちいたしましょうか」
昨夜のことを思い出して、聞くのは少し躊躇われた。朝も何も言われなかったから大丈夫だと分かっているけれど、かなり差し出がましい真似をしてしまった自覚がある分、自分から昨夜のことを思い出させるようなお酒の話題は気まずかった。
「酒か……では、グラス一杯分だけ持ってきてもらえるだろうか。ああ、私の分は最後でかまわない。あいつらの方が先に出てくるだろうから」
「かしこまりました。では、後程お部屋にお運びいたしますね」
「ああ。それと……いや、いい」
「そうですか。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「ありがとう。もう、だいぶよくしてもらっている。食事も美味いし、何より浴場があることもありがたい」
「このあたりではよく温かい地下水が湧き出るそうです。ダッドさんが昔、この宿を改装した時に裏庭からも湧き出たらしく、ついでに大浴場も作ったのだと聞きました。クレディア様もぜひゆっくり浸かって疲れを癒してくださいね」
「ああ。ありがとう」
ふっと微笑みを浮かべて大浴場に入って行った彼の後ろ姿を惚けながら見送り、俺は両頬に手を当てた。顔が熱い。
「ほんっとうに……綺麗な人だなぁ……」
おっと、ぼうっとしてる場合じゃないや。彼らがお風呂に入っている間に靴の泥を落とさせてもらわないと宿中泥だらけになってしまう。
俺は慌ててブラシとバケツを取りに物置に向かった。
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