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第一部
夢の欠片Ⅱ
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ぼくらはずっと 目を開けたまま 悪夢を見ている
───────
夢を、見ていた。
いや、ちがう。
己の細胞がすぐにそれを否定する。
夢でも幻でもない。
それは幾度も訪れる、擦り切れるほど見た現実だった。
過去の、まだ名前も持たない道具だった頃の、暗い水底に映る灰色の記憶。
天を衝く勢いでそびえ立つビルの群れ。権力と暴力と欲望と、人の持つありとあらゆる膿が蔓延する都市の中央。巨大な壁で周りを囲い込み、厳重に隔離されている施設の一角で、養成は行われていた。
そこはエデンと呼ばれる教育機関であり、研究施設であり、つまりは牢獄だった。
少年は検査着のような最低限の衣服だけを身につけ、同じ服を着た子どもたちと一緒に列をなしていた。陳列棚の商品みたいに整然と並べられる彼らに感情の色はない。ひとつあるとするならば、瞳の中に暗い暗い黒があるだけだ。
白衣を身にまとった大人たちが、起伏のないのっぺとした声で番号を呼ぶ。子どもを椅子に座らせ、頭部に円型の装置を装着して端末を操作する。装置からは幾多ものケーブルが生えており、それは巨大な機器に繋がっていた。
装置から機器へとデータが送られ、子どもの能力数値がディスプレイに弾きだされる。それが終わると次の子どもが呼ばれて、同じことが延々と繰り返される。
色のない部屋で、大きな虫が蠢いているみたいだった。
天井から垂れ下がる照明の乾いた光が、虫たちの瞳の奥底の黒を浮かび上がらせていた。
そこでは、子どもたちは鬼甲化少兵──通称ドールと呼称され、番号で管理されていた。
大人は彼らを物だと思っていたし、子どもたちも自らが人であるとは微塵も思っていなかった。少年にとってもそれは同じだった。自身も他者も道具に過ぎない。自身の有用性を証明することが全てだった。
この世界は結果だけが全てで、結果とはつまり、自分が勝つことだった。
まばたきもせず前だけを見ていると、ふいに右肩をたたかれた。かすかに首を回して、目の端で右側を確認する。
「ねえ、少し話そうよ」
真横に並ぶ少女が顔を寄せながら小声で言った。少年は少女を一瞥したあと、当然それを無視して正面に向き直る。
再び肩に走る柔らかな感触。無視を続けていたが、何度も何度も繰り返されるその無意味な行動に終止符をうつため、彼は端的に述べた。
「断る」
「ちょっとくらい悩んでもいいんじゃない?」
少女が、断られることなど考えもしなかった、というような顔をした。
「黙れ。処分されたいのか?」
「へえ、心配してくれるんだ。優しいんだね」
少女の声は、この冷たい地獄で唯一、柔らかな温度を持っていた。
少年は、少女の言っていることの意味が理解できず、やはり無視することに決める。少女が少年のすげない態度にもめげることなく、さらに交流を試みようとしたところで。
「そこ!許可なく話すな!」
私語に気づいた大人から叱責が飛ぶと、少女はやっと断念した。
大人が少年と少女に近寄り、識別番号を確認する。手に持つ端末を操作して、それが終わると所定の位置へと戻っていった。
評価点が減点されたに違いない。少年は鋭い目つきで隣の少女をひと睨みした。
「次はもっとたくさん話そうね」
少女は全く気にした素振りもなく、言った。
このとき少年は初めて、水滴の落ち水面のように、自分の中で何かが生まれるのを感じた。それがいったい何であるのか、少年には全く理解が及ばない。少しばかりの違和感は、やがて霧のように広がりすぐに消えていった。
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夢を、見ていた。
いや、ちがう。
己の細胞がすぐにそれを否定する。
夢でも幻でもない。
それは幾度も訪れる、擦り切れるほど見た現実だった。
過去の、まだ名前も持たない道具だった頃の、暗い水底に映る灰色の記憶。
天を衝く勢いでそびえ立つビルの群れ。権力と暴力と欲望と、人の持つありとあらゆる膿が蔓延する都市の中央。巨大な壁で周りを囲い込み、厳重に隔離されている施設の一角で、養成は行われていた。
そこはエデンと呼ばれる教育機関であり、研究施設であり、つまりは牢獄だった。
少年は検査着のような最低限の衣服だけを身につけ、同じ服を着た子どもたちと一緒に列をなしていた。陳列棚の商品みたいに整然と並べられる彼らに感情の色はない。ひとつあるとするならば、瞳の中に暗い暗い黒があるだけだ。
白衣を身にまとった大人たちが、起伏のないのっぺとした声で番号を呼ぶ。子どもを椅子に座らせ、頭部に円型の装置を装着して端末を操作する。装置からは幾多ものケーブルが生えており、それは巨大な機器に繋がっていた。
装置から機器へとデータが送られ、子どもの能力数値がディスプレイに弾きだされる。それが終わると次の子どもが呼ばれて、同じことが延々と繰り返される。
色のない部屋で、大きな虫が蠢いているみたいだった。
天井から垂れ下がる照明の乾いた光が、虫たちの瞳の奥底の黒を浮かび上がらせていた。
そこでは、子どもたちは鬼甲化少兵──通称ドールと呼称され、番号で管理されていた。
大人は彼らを物だと思っていたし、子どもたちも自らが人であるとは微塵も思っていなかった。少年にとってもそれは同じだった。自身も他者も道具に過ぎない。自身の有用性を証明することが全てだった。
この世界は結果だけが全てで、結果とはつまり、自分が勝つことだった。
まばたきもせず前だけを見ていると、ふいに右肩をたたかれた。かすかに首を回して、目の端で右側を確認する。
「ねえ、少し話そうよ」
真横に並ぶ少女が顔を寄せながら小声で言った。少年は少女を一瞥したあと、当然それを無視して正面に向き直る。
再び肩に走る柔らかな感触。無視を続けていたが、何度も何度も繰り返されるその無意味な行動に終止符をうつため、彼は端的に述べた。
「断る」
「ちょっとくらい悩んでもいいんじゃない?」
少女が、断られることなど考えもしなかった、というような顔をした。
「黙れ。処分されたいのか?」
「へえ、心配してくれるんだ。優しいんだね」
少女の声は、この冷たい地獄で唯一、柔らかな温度を持っていた。
少年は、少女の言っていることの意味が理解できず、やはり無視することに決める。少女が少年のすげない態度にもめげることなく、さらに交流を試みようとしたところで。
「そこ!許可なく話すな!」
私語に気づいた大人から叱責が飛ぶと、少女はやっと断念した。
大人が少年と少女に近寄り、識別番号を確認する。手に持つ端末を操作して、それが終わると所定の位置へと戻っていった。
評価点が減点されたに違いない。少年は鋭い目つきで隣の少女をひと睨みした。
「次はもっとたくさん話そうね」
少女は全く気にした素振りもなく、言った。
このとき少年は初めて、水滴の落ち水面のように、自分の中で何かが生まれるのを感じた。それがいったい何であるのか、少年には全く理解が及ばない。少しばかりの違和感は、やがて霧のように広がりすぐに消えていった。
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