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第一部
ひと狩り行こうぜ
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草木をかきわけ、森の中を四つの影が駆ける。
行く手を遮る木の枝や足場の悪さなどものともせずに各々の影たちは獣じみた速度で森を疾走する。
一つの影は小さな民家ほどもある巨体で、木々をへし折り、なぎ倒しながら進んでいる。
アウルベアと呼ばれる、フクロウの嘴とクマの体躯を併せ持つ魔獣で、森の中の生態系では上位に位置している。そしてそれを追う影が三つ。
影のうちひとつが魔獣にむかって短剣を飛ばす。
魔獣は自分の頭部めがけて凄まじい速度で飛ぶそれを大きく横に跳んでかわした。ズドン、と巨体が着地した衝撃で周囲の地面が軽く揺れる。
「そちらに行きました」
冷静な声で女性が告げる。彼女はその場においては明らかに不釣り合いな給仕服を身にまとった、いわゆるメイドだった。
「ああ、心得た!」
大剣を持った男が渋みのある声でそれに答える。
身の丈ほどもある大剣を片手で軽々と振るい、アウルベアの横合いから斬りかかった。魔獣の巨大な爪と大剣とがぶつかり合って、キィン、と甲高い音が鳴って火花が散った。
大剣と巨爪とが鍔迫り合い、魔獣が重量にまかせて男を押しつぶそうとするが。
「ハッ──!」
男が力を込めると、人間の胴ほどもある鋭利な爪が両断される。
魔獣はその力を流しきれずに吹き飛んだ。
「グガアアアアアアアアア!!」
痛みに魔獣がうめき声をあげ、周囲の木々がざわめいた。男とやりあうのは分が悪いと判断したか、魔獣は標的を変更する。
最も小さな影を獲物と定め、木々をなぎ倒しながら突進する。
「アル!」
叫ぶ男性の声が、魔獣のけたたましい咆哮で塗りつぶされた。
「グルアアアアアア!!」
普通の人間ならばそれだけで気絶しそうなほどの魔獣の威圧。それを真正面から浴びる、アルと呼ばれた少年──アルテア・サンドロットは体を魔力で鎧い、臆することなく剣を構えて立ち向かう。
人を肉塊にするには十分な威力をもって振り下ろされる巨大な腕を、少年は自らそれに飛び込むことでかいくぐった。
チッ、と魔獣の腕先が髪を掠めた音が耳をつく。
一瞬の交錯。
魔獣の懐へと潜り込んだ少年は剣に魔力を通わせ、魔獣の首元に刃を放った。刃は何の抵抗もなく魔獣の硬化した体毛を切り裂き、肉を裂いて骨を断ち、弧を描いて振り抜かれた。
首から上を失った魔獣の巨体が慣性で少しだけ前進したあと、糸が切れたように崩れ落ちた。ズン、と重い音が周囲に響き、斬り飛ばされたされた首が転がった。
「ふぅ……」
少年は剣を振って付着した血を払ってから剣を鞘に納めた。
「お見事です、坊ちゃん」
メイド姿の女性、ターニャが木から飛び降りて言う。
「やったな、アル!」
赤銅色の髪の、大剣を携えた男──アルゼイドも駆けよってくる。
「……ありがとう」
そう返しながら少しだけ目を逸らし、森の中の影を見やった。
気持ちと言葉の間にできたわずかな隙間。それを埋めるように、矢継ぎ早に言葉を継いだ。
「でも、一発もらった」
「なにっ!?どこか怪我したか!?」
アルゼイドは慌てふためいて少年の身体をまさぐった。普段は強く頼りがいのある男だが、こと息子のこととなると途端にあたふたするのが玉に瑕だとアルテアは思っていた。それだけアルゼイドが息子のことを大切に思っているということの裏返しなのだが、アルテアはそれに気づいていない。
だからアルテアは父に対してこんな時にどう接していいかわからなくなった。
「旦那様、坊ちゃんにお怪我はありませんよ」
「あ、ああ……紛らわしくてごめん。魔獣の腕が髪を掠めただけだよ」
見かねたターニャが助け舟を出し、彼女の言葉を受けてアルテアも自分の赤毛を指先で触りながら遠慮がちに伝えた。
「な、なんだ。そういうことか」
アルゼイドは、ふう、と息をついて分厚い胸をなでおろした。
「ややこしい言い方をしないでくれ。もしお前に怪我させたら父さんが母さんにボコボコにされる」
この屈強な剣士である父が勝負で負けるところは想像つかないが、母に叱られる姿なら容易に想像することができた。
「坊ちゃん、旦那様を困らせてはいけませんよ」
「ターニャの云う通りだぞ、アル」
メイドの言葉にうんうんとアルゼイドが大げさに首を揺らして見せる。
「ただでさえ奥様の尻に敷かれているのです。これ以上、旦那様の肩身を狭くしてはいけません」
助けているのか貶しているのかよくわからないフォローにアルゼイドはがくっと肩を落とした。そんな二人のやり取りを見て使用人なのに遠慮がないよな、と思うアルテアだった。
アルテアがサンドロッド家で育ち五年ほど経つが、我が家のパワーバランスは女性二人に大きく傾いていることは既に察していた。そしてターニャは使用人にもかかわらず、アルゼイドをからかうことも多いし、アルゼイドやティアも彼女を咎めることはしない。
きっと彼らには自分の知らない繋がりがあるのだろうと思いながら二人のやり取りを眺めていると、今もメイドにからかわれているアルゼイドと目が合った。アルゼイドはちょうどいい逃げ道を見つけたというような口調で話題をかえた。
「しかしアル、また腕を上げたな」
かつてアウルベアだったものを見下ろしながら感嘆する。その切り口の鮮やかさは、熟練の剣士たるアルゼイドからみても美しいと感じるほどだった。
「……父さんが爪を落としてくれたからね。だから安心して飛び込めた」
「はは、嬉しいことを言ってくれるな。だがそれにしてもこれは見事だ」
アルゼイドは同意を求めるようにターニャに視線をうつした。
「ええ、お見事です。アウルベアは冒険者ギルドの定めるランクによればD級上位の魔物。この個体は魔素溜りの影響で魔素を多く集めていたようですし、通常の個体よりも強力だと思われます。これだけ鮮やかに首を落とせる子供はそういないでしょう」
大人でも滅多にいませんが、という言葉を彼女は呑み込んだ。
「ありがとう。でもまだまだ足りない」
前に立つ二人と自分とを交互に見比べてから、アルテアはそうこぼした。
「あれだけ激しく動いたのに、二人とも息が一切乱れてないし服に汚れもない」
森の中で激しく動き回ったというのに二人には傷ひとつなく、それどころか服に汚れもない。アルゼイドは動きやすい軽装なのでまだ納得できたがターニャは違った。
彼女は何故か戦闘時でも常にメイド服を着ていた。そもそも彼女がメイド服以外の服を着用しているところをアルテアは見たことがなかった。
「動きにくくないか?」と彼女に聞いたことがあるが、その時彼女は
「この服は万能なのです」と意味のよくわからないことを言っていたことを覚えている。
そして今もメイド服であるし、服には一切の汚れや乱れすらなかった。
対するアルテアの服には木の葉や細かな泥が付着していた。木々をかき分け疾走したからか身体のところどころに細かいかすり傷を負っていた。
「父さんたちは年季が違うからな。なあに、お前も慣れればこれくらいのことは目をつむったままでもできるようになるさ」
励ますように言って、大きいな手でガシガシとアルテアの頭をなでた。
「今の坊ちゃんなら現役の冒険者や兵士に混ざってもおそらく遜色ないでしょう。十分にお強いですよ」
「だといいけどね。じゃあ俺、村の皆を呼んでくるよ」
「では、私も一緒に参りましょう」
「俺ひとりで大丈夫。もう子供じゃないんだ」
供を申し出たターニャを制して、アルテアはひとりで村に向かって歩いて行った。
ターニャが横目でアルゼイドを伺うと、彼は黙って頷き返した。
「どうも最近、あいつの様子が変ではないか?」
どんどん前へ進んで遠くなる息子の背を見つめる彼の顔は、息子を心配する父親の顔だった。
「変というならば、ずっとです。子どもならもっとわがままを言うものですし手がかかりますよ。坊ちゃんは物分りが良すぎます」
「……そうだな。だが、それとは別だ。どうもあいつは力──こと戦闘能力に対して執着が強い」
「アーカディア領は魔獣や魔の者が跋扈する地です。危機意識や志が高いのは良いことだと思いますが」
「その気持ちが良い方向に向いていればな。今のあいつからはどこか危うさを感じる」
声を低くしてアルゼイドが言う。アルテアの中に潜む復讐心を、彼はぼんやりとだが見抜いていたのかもしれない。そして息子が間違った道に進むのなら、自分が正してやらねばならないとも思っていた。
「ご心配ですか?」
「まあな」
珍しく気遣う素振りを見せるターニャに短く返して嘆息したあと、アルゼイドはさらに続けた。
「村の子たちと喧嘩をした件もあるしな」
「子どもなら喧嘩くらいしますよ」
「普通の喧嘩ならな」
アルゼイドが渋い顔で唸る。
「アルは魔法を使ったそうじゃないか。それも地形が変わるほどの威力だ……山が抉れているのを見た時は腰を抜かしそうになったぞ。あれほどの魔法……おそらく上級魔法だろう。一線級の術師レベルだ、子供の喧嘩の範疇を越えてる。まあ幸いにも怪我人はなくお互いに謝罪を済ませ穏便に終わったが……下手をすれば死傷者が出ていたかもしれん。しかも肝心の喧嘩の理由をまるで言おうとせん」
「何か理由があるのでは」
「俺だってそう思っているさ!……しかし、俺にくらい話してくれてもいいんじゃないか」
アルゼイドは大きな肩をすっかりと落として、すねたようになる。
「信頼されていないのだろうか……」
ぽつりと弱音をこぼす。普段の精強な姿からは想像できないほど弱弱しかった。
「坊ちゃんは旦那様のことを尊敬しておられます。それが見えづらいだけです」
「なぜそう思う?」
メイドはクスっと微笑みながら言った。
「坊ちゃんは旦那様によく似てらっしゃいます」
メイドの言葉を聞いて、アルゼイドの頭の中に疑問が乱れ飛んだ。大人顔負けの剣技と魔法技術に加えて子供とは思えない落ち着きを見せる、非の打ち所のない息子が自分と似ているとはとても思えなかった。
やがてアルテアが村人を率いて戻ってくるまで、アルゼイドは頭を悩ませていた。
行く手を遮る木の枝や足場の悪さなどものともせずに各々の影たちは獣じみた速度で森を疾走する。
一つの影は小さな民家ほどもある巨体で、木々をへし折り、なぎ倒しながら進んでいる。
アウルベアと呼ばれる、フクロウの嘴とクマの体躯を併せ持つ魔獣で、森の中の生態系では上位に位置している。そしてそれを追う影が三つ。
影のうちひとつが魔獣にむかって短剣を飛ばす。
魔獣は自分の頭部めがけて凄まじい速度で飛ぶそれを大きく横に跳んでかわした。ズドン、と巨体が着地した衝撃で周囲の地面が軽く揺れる。
「そちらに行きました」
冷静な声で女性が告げる。彼女はその場においては明らかに不釣り合いな給仕服を身にまとった、いわゆるメイドだった。
「ああ、心得た!」
大剣を持った男が渋みのある声でそれに答える。
身の丈ほどもある大剣を片手で軽々と振るい、アウルベアの横合いから斬りかかった。魔獣の巨大な爪と大剣とがぶつかり合って、キィン、と甲高い音が鳴って火花が散った。
大剣と巨爪とが鍔迫り合い、魔獣が重量にまかせて男を押しつぶそうとするが。
「ハッ──!」
男が力を込めると、人間の胴ほどもある鋭利な爪が両断される。
魔獣はその力を流しきれずに吹き飛んだ。
「グガアアアアアアアアア!!」
痛みに魔獣がうめき声をあげ、周囲の木々がざわめいた。男とやりあうのは分が悪いと判断したか、魔獣は標的を変更する。
最も小さな影を獲物と定め、木々をなぎ倒しながら突進する。
「アル!」
叫ぶ男性の声が、魔獣のけたたましい咆哮で塗りつぶされた。
「グルアアアアアア!!」
普通の人間ならばそれだけで気絶しそうなほどの魔獣の威圧。それを真正面から浴びる、アルと呼ばれた少年──アルテア・サンドロットは体を魔力で鎧い、臆することなく剣を構えて立ち向かう。
人を肉塊にするには十分な威力をもって振り下ろされる巨大な腕を、少年は自らそれに飛び込むことでかいくぐった。
チッ、と魔獣の腕先が髪を掠めた音が耳をつく。
一瞬の交錯。
魔獣の懐へと潜り込んだ少年は剣に魔力を通わせ、魔獣の首元に刃を放った。刃は何の抵抗もなく魔獣の硬化した体毛を切り裂き、肉を裂いて骨を断ち、弧を描いて振り抜かれた。
首から上を失った魔獣の巨体が慣性で少しだけ前進したあと、糸が切れたように崩れ落ちた。ズン、と重い音が周囲に響き、斬り飛ばされたされた首が転がった。
「ふぅ……」
少年は剣を振って付着した血を払ってから剣を鞘に納めた。
「お見事です、坊ちゃん」
メイド姿の女性、ターニャが木から飛び降りて言う。
「やったな、アル!」
赤銅色の髪の、大剣を携えた男──アルゼイドも駆けよってくる。
「……ありがとう」
そう返しながら少しだけ目を逸らし、森の中の影を見やった。
気持ちと言葉の間にできたわずかな隙間。それを埋めるように、矢継ぎ早に言葉を継いだ。
「でも、一発もらった」
「なにっ!?どこか怪我したか!?」
アルゼイドは慌てふためいて少年の身体をまさぐった。普段は強く頼りがいのある男だが、こと息子のこととなると途端にあたふたするのが玉に瑕だとアルテアは思っていた。それだけアルゼイドが息子のことを大切に思っているということの裏返しなのだが、アルテアはそれに気づいていない。
だからアルテアは父に対してこんな時にどう接していいかわからなくなった。
「旦那様、坊ちゃんにお怪我はありませんよ」
「あ、ああ……紛らわしくてごめん。魔獣の腕が髪を掠めただけだよ」
見かねたターニャが助け舟を出し、彼女の言葉を受けてアルテアも自分の赤毛を指先で触りながら遠慮がちに伝えた。
「な、なんだ。そういうことか」
アルゼイドは、ふう、と息をついて分厚い胸をなでおろした。
「ややこしい言い方をしないでくれ。もしお前に怪我させたら父さんが母さんにボコボコにされる」
この屈強な剣士である父が勝負で負けるところは想像つかないが、母に叱られる姿なら容易に想像することができた。
「坊ちゃん、旦那様を困らせてはいけませんよ」
「ターニャの云う通りだぞ、アル」
メイドの言葉にうんうんとアルゼイドが大げさに首を揺らして見せる。
「ただでさえ奥様の尻に敷かれているのです。これ以上、旦那様の肩身を狭くしてはいけません」
助けているのか貶しているのかよくわからないフォローにアルゼイドはがくっと肩を落とした。そんな二人のやり取りを見て使用人なのに遠慮がないよな、と思うアルテアだった。
アルテアがサンドロッド家で育ち五年ほど経つが、我が家のパワーバランスは女性二人に大きく傾いていることは既に察していた。そしてターニャは使用人にもかかわらず、アルゼイドをからかうことも多いし、アルゼイドやティアも彼女を咎めることはしない。
きっと彼らには自分の知らない繋がりがあるのだろうと思いながら二人のやり取りを眺めていると、今もメイドにからかわれているアルゼイドと目が合った。アルゼイドはちょうどいい逃げ道を見つけたというような口調で話題をかえた。
「しかしアル、また腕を上げたな」
かつてアウルベアだったものを見下ろしながら感嘆する。その切り口の鮮やかさは、熟練の剣士たるアルゼイドからみても美しいと感じるほどだった。
「……父さんが爪を落としてくれたからね。だから安心して飛び込めた」
「はは、嬉しいことを言ってくれるな。だがそれにしてもこれは見事だ」
アルゼイドは同意を求めるようにターニャに視線をうつした。
「ええ、お見事です。アウルベアは冒険者ギルドの定めるランクによればD級上位の魔物。この個体は魔素溜りの影響で魔素を多く集めていたようですし、通常の個体よりも強力だと思われます。これだけ鮮やかに首を落とせる子供はそういないでしょう」
大人でも滅多にいませんが、という言葉を彼女は呑み込んだ。
「ありがとう。でもまだまだ足りない」
前に立つ二人と自分とを交互に見比べてから、アルテアはそうこぼした。
「あれだけ激しく動いたのに、二人とも息が一切乱れてないし服に汚れもない」
森の中で激しく動き回ったというのに二人には傷ひとつなく、それどころか服に汚れもない。アルゼイドは動きやすい軽装なのでまだ納得できたがターニャは違った。
彼女は何故か戦闘時でも常にメイド服を着ていた。そもそも彼女がメイド服以外の服を着用しているところをアルテアは見たことがなかった。
「動きにくくないか?」と彼女に聞いたことがあるが、その時彼女は
「この服は万能なのです」と意味のよくわからないことを言っていたことを覚えている。
そして今もメイド服であるし、服には一切の汚れや乱れすらなかった。
対するアルテアの服には木の葉や細かな泥が付着していた。木々をかき分け疾走したからか身体のところどころに細かいかすり傷を負っていた。
「父さんたちは年季が違うからな。なあに、お前も慣れればこれくらいのことは目をつむったままでもできるようになるさ」
励ますように言って、大きいな手でガシガシとアルテアの頭をなでた。
「今の坊ちゃんなら現役の冒険者や兵士に混ざってもおそらく遜色ないでしょう。十分にお強いですよ」
「だといいけどね。じゃあ俺、村の皆を呼んでくるよ」
「では、私も一緒に参りましょう」
「俺ひとりで大丈夫。もう子供じゃないんだ」
供を申し出たターニャを制して、アルテアはひとりで村に向かって歩いて行った。
ターニャが横目でアルゼイドを伺うと、彼は黙って頷き返した。
「どうも最近、あいつの様子が変ではないか?」
どんどん前へ進んで遠くなる息子の背を見つめる彼の顔は、息子を心配する父親の顔だった。
「変というならば、ずっとです。子どもならもっとわがままを言うものですし手がかかりますよ。坊ちゃんは物分りが良すぎます」
「……そうだな。だが、それとは別だ。どうもあいつは力──こと戦闘能力に対して執着が強い」
「アーカディア領は魔獣や魔の者が跋扈する地です。危機意識や志が高いのは良いことだと思いますが」
「その気持ちが良い方向に向いていればな。今のあいつからはどこか危うさを感じる」
声を低くしてアルゼイドが言う。アルテアの中に潜む復讐心を、彼はぼんやりとだが見抜いていたのかもしれない。そして息子が間違った道に進むのなら、自分が正してやらねばならないとも思っていた。
「ご心配ですか?」
「まあな」
珍しく気遣う素振りを見せるターニャに短く返して嘆息したあと、アルゼイドはさらに続けた。
「村の子たちと喧嘩をした件もあるしな」
「子どもなら喧嘩くらいしますよ」
「普通の喧嘩ならな」
アルゼイドが渋い顔で唸る。
「アルは魔法を使ったそうじゃないか。それも地形が変わるほどの威力だ……山が抉れているのを見た時は腰を抜かしそうになったぞ。あれほどの魔法……おそらく上級魔法だろう。一線級の術師レベルだ、子供の喧嘩の範疇を越えてる。まあ幸いにも怪我人はなくお互いに謝罪を済ませ穏便に終わったが……下手をすれば死傷者が出ていたかもしれん。しかも肝心の喧嘩の理由をまるで言おうとせん」
「何か理由があるのでは」
「俺だってそう思っているさ!……しかし、俺にくらい話してくれてもいいんじゃないか」
アルゼイドは大きな肩をすっかりと落として、すねたようになる。
「信頼されていないのだろうか……」
ぽつりと弱音をこぼす。普段の精強な姿からは想像できないほど弱弱しかった。
「坊ちゃんは旦那様のことを尊敬しておられます。それが見えづらいだけです」
「なぜそう思う?」
メイドはクスっと微笑みながら言った。
「坊ちゃんは旦那様によく似てらっしゃいます」
メイドの言葉を聞いて、アルゼイドの頭の中に疑問が乱れ飛んだ。大人顔負けの剣技と魔法技術に加えて子供とは思えない落ち着きを見せる、非の打ち所のない息子が自分と似ているとはとても思えなかった。
やがてアルテアが村人を率いて戻ってくるまで、アルゼイドは頭を悩ませていた。
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