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第一部
そうだ、領主に会おう
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アウルベアの死体を村人が取り囲んでいた。
「おお、こいつはすげえや!」
魔獣の死体を見て村人のひとりが驚愕の声を出す。
特徴的な髭面を見て、アルテアは彼の名前を思い出した。村の中心的な人物でテオという名前だったはずだ。有事の際に男衆を率いて事に当たるのはだいたい彼らしく、口調は荒っぽいが人望もあり頼りになる男だった。
「こんなに損傷が少ない死体は、ここらじゃめったに見ることがないな。さすがはアルゼイドの旦那だな!」
テオに続いて村人たちが口々に賞賛の言葉をかけて囃し立てた。
「……いや、それをやったのは息子だよ」
アルゼイドの言葉に、一瞬村人たちが息を呑み、緊張がはしった。そして誤魔化すように村人のひとりがねぎらいの言葉をかけた。
「お、おお……そうだったのか。てっきりアルゼイド様がやったとばかり。さすがはアルゼイド様のご子息だな……」
彼のまなざしには恐怖が混じっていた。アルテアはそれに気づかぬふりをして曖昧な言葉で返した。
腹を立てるでも咎めるでもなく、仕方がないと受け入れた。むしろそれで良かった。他人と深く関わるのはよそうと思っていたから。
それに、五歳にして大人の何倍も大きな魔獣の首を切り落とす子どもなど不気味な存在に違いない。自分でも自分の異質さは自覚している。
気まずい沈黙があたりを覆い始めたところで、霧が晴れるようにテオの歓声が空気を一変させた。。
「大したもんだ!ここまで見事にアウルベアの首を落とすなんざあ、子供はおろか大人でもできるやつはなかなかいねえよ!」
テオが豪快に笑いアルテアの背中を軽く叩く。 少年は、その重さの向こうにある彼の好意を測りかねて、ほんの少しだけ息を呑んだ。
他の村人たちは、先ほどの空気に尾を引かれながらも、テオに同意するように頷きあっていた。
「あ、ありがとう……」
「はは、自慢の息子だよ」
空気が弛緩するのを感じて、アルゼイドも安心したように口元を緩めた。
「それにしても旦那たちがいてくれて助かったぜ。まさかここまで強いアウルベアが出るとは思わなかったからよ。ギルドに依頼を出してもここは辺境だから来るのが遅えし、のんびり待ってたら犠牲者が出てたかもしれねえ」
魔獣の死体を荷車に運びながらテオが言う。辺境の畑仕事で鍛えているだけあり、見た目どおりの見事な馬鹿力だった。
「ああ。どうやら魔素溜りができていたらしいな。そこから魔素を大量に取り込んでしまったんだろう」
魔素溜り──魔力の巡りが途切れ、ひとところに沈殿する場所。
どこかで世界の流れが滞ったとき、静かに、だが確実に生まれる異常。
超高密度の魔素溜りは特異点と呼ばれ、世界法則を無視した現象が頻発する。そのことを知っている者はアルテアを含め少ない。
「魔素溜りときたか……さいきん随分と多いんじゃねえか?」
テオが声を落として険しい顔をした。
「……ここ数か月のうちに確認されただけで六件ほどだからな」
アルゼイドもそれに首肯し、ある可能性について言及した。
「ここまで多いと人為的に引き起こされている可能性も考えねばいかんな」
「魔素溜りを人為的につくる?」
興味深い話題に思わずアルテアも口をはさむ。大人の会話に子供が口を出すな、などと無粋なことは言わずにアルゼイドは息子の疑問にも真摯に答えた。
「できない……はずだが、断言することもできんな。自然発生にしては件数が多すぎる。どちらにせよ異常だ」
深刻な顔で目線を落とし思案するアルゼイドだったが、少し考えたあとに
「ふむ」と呟いてから話し出した。
「領主様に相談してみるか」
「領主様ってえと、アーカディア様か。確かに博識なお方だが……」
途中まで言ってテオが口ごもってしまう。何にでもはっきりとものを言う男なのでこう歯切れの悪いのは珍しかった。
「領主様に何か問題が?」
「そういえばお前はまだ領主様とお会いしたことがなかったのだったか」
答えともなんともつかぬ物言いにアルテアはますます事情を呑み込めない。
そしてアルゼイドがメイドを呼んだ。
「ターニャ、この場は任せて良いか?」
「はい。テオ様以下数名、私が責任をもって村までお送り致します」
ターニャが二つ返事で引き受ける。
「では任せた。テオも、皆をよろしく頼む。アル、お前は私と共に来い」
「おうよ、旦那も気ぃつけてな」
挨拶を返すテオを背中に、アルゼイドは森の奥へと進んでいった。
アルテアはわけもわからず、村の者たちに別れを告げてから父の背を追った。
「おお、こいつはすげえや!」
魔獣の死体を見て村人のひとりが驚愕の声を出す。
特徴的な髭面を見て、アルテアは彼の名前を思い出した。村の中心的な人物でテオという名前だったはずだ。有事の際に男衆を率いて事に当たるのはだいたい彼らしく、口調は荒っぽいが人望もあり頼りになる男だった。
「こんなに損傷が少ない死体は、ここらじゃめったに見ることがないな。さすがはアルゼイドの旦那だな!」
テオに続いて村人たちが口々に賞賛の言葉をかけて囃し立てた。
「……いや、それをやったのは息子だよ」
アルゼイドの言葉に、一瞬村人たちが息を呑み、緊張がはしった。そして誤魔化すように村人のひとりがねぎらいの言葉をかけた。
「お、おお……そうだったのか。てっきりアルゼイド様がやったとばかり。さすがはアルゼイド様のご子息だな……」
彼のまなざしには恐怖が混じっていた。アルテアはそれに気づかぬふりをして曖昧な言葉で返した。
腹を立てるでも咎めるでもなく、仕方がないと受け入れた。むしろそれで良かった。他人と深く関わるのはよそうと思っていたから。
それに、五歳にして大人の何倍も大きな魔獣の首を切り落とす子どもなど不気味な存在に違いない。自分でも自分の異質さは自覚している。
気まずい沈黙があたりを覆い始めたところで、霧が晴れるようにテオの歓声が空気を一変させた。。
「大したもんだ!ここまで見事にアウルベアの首を落とすなんざあ、子供はおろか大人でもできるやつはなかなかいねえよ!」
テオが豪快に笑いアルテアの背中を軽く叩く。 少年は、その重さの向こうにある彼の好意を測りかねて、ほんの少しだけ息を呑んだ。
他の村人たちは、先ほどの空気に尾を引かれながらも、テオに同意するように頷きあっていた。
「あ、ありがとう……」
「はは、自慢の息子だよ」
空気が弛緩するのを感じて、アルゼイドも安心したように口元を緩めた。
「それにしても旦那たちがいてくれて助かったぜ。まさかここまで強いアウルベアが出るとは思わなかったからよ。ギルドに依頼を出してもここは辺境だから来るのが遅えし、のんびり待ってたら犠牲者が出てたかもしれねえ」
魔獣の死体を荷車に運びながらテオが言う。辺境の畑仕事で鍛えているだけあり、見た目どおりの見事な馬鹿力だった。
「ああ。どうやら魔素溜りができていたらしいな。そこから魔素を大量に取り込んでしまったんだろう」
魔素溜り──魔力の巡りが途切れ、ひとところに沈殿する場所。
どこかで世界の流れが滞ったとき、静かに、だが確実に生まれる異常。
超高密度の魔素溜りは特異点と呼ばれ、世界法則を無視した現象が頻発する。そのことを知っている者はアルテアを含め少ない。
「魔素溜りときたか……さいきん随分と多いんじゃねえか?」
テオが声を落として険しい顔をした。
「……ここ数か月のうちに確認されただけで六件ほどだからな」
アルゼイドもそれに首肯し、ある可能性について言及した。
「ここまで多いと人為的に引き起こされている可能性も考えねばいかんな」
「魔素溜りを人為的につくる?」
興味深い話題に思わずアルテアも口をはさむ。大人の会話に子供が口を出すな、などと無粋なことは言わずにアルゼイドは息子の疑問にも真摯に答えた。
「できない……はずだが、断言することもできんな。自然発生にしては件数が多すぎる。どちらにせよ異常だ」
深刻な顔で目線を落とし思案するアルゼイドだったが、少し考えたあとに
「ふむ」と呟いてから話し出した。
「領主様に相談してみるか」
「領主様ってえと、アーカディア様か。確かに博識なお方だが……」
途中まで言ってテオが口ごもってしまう。何にでもはっきりとものを言う男なのでこう歯切れの悪いのは珍しかった。
「領主様に何か問題が?」
「そういえばお前はまだ領主様とお会いしたことがなかったのだったか」
答えともなんともつかぬ物言いにアルテアはますます事情を呑み込めない。
そしてアルゼイドがメイドを呼んだ。
「ターニャ、この場は任せて良いか?」
「はい。テオ様以下数名、私が責任をもって村までお送り致します」
ターニャが二つ返事で引き受ける。
「では任せた。テオも、皆をよろしく頼む。アル、お前は私と共に来い」
「おうよ、旦那も気ぃつけてな」
挨拶を返すテオを背中に、アルゼイドは森の奥へと進んでいった。
アルテアはわけもわからず、村の者たちに別れを告げてから父の背を追った。
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