両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

言葉の意味

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しばらく話してみて、少女のペースに付き合ってゆっくりと喋れば意思の疎通は可能だった。
アルテアは少女と並んで瓦礫に腰掛けていた。

「ええと……名前は?」

「いーりす」

「いーりす。いい名前だな」

アルテアは一文字ずつ、大切な宝物を引き出しにしまうみたいに、丁寧に喋った。

「おれは、あるてあ」

顔を指さしながら、名前を教えた。
あるてあ……と少女が噛みしめるように繰り返して、
こくん、と小さな顔を上下させた。

「いいなまえ……だ?」

真似のつもりか、無表情に加えて無感情な声で、少女が言った。

「……むりしてほめなくていいぞ」

アルテアは困ったように乾いた声を出した。

「どうしてここに?村の人じゃないよな?」

「いし……もらいに」

いし、と言われてアルテアはすぐには何のことかわからなかったが、少し考えて魔鉱石のことだと思い当たった。
それから話を続けて、年は同じだということ、
行商の連れでこの村を訪れたこと、二ヶ月ほどはこの村に滞在することがわかった。

「それで、どうしてここにきたんだ?」

「まほう……みえた」

何かを探すように、あるいは思い出すように少女は空を見上げた。相変わらず無表情でたどたどしい口調だったが、少女の中にも感情があるのことをアルテアは確かに感じた。

「ああ、魔法か」

「うん。まほう」

「まほう、すきなのか?」

「……?」

少女は首を傾げた。
「きらい?」と聞いても同じだった。そして少し考えたような素振りで、また口をもごもごと動かしたあとに言った。

「わからな……い。すき……ってな、に?」

「すき、っていうのはだな……」

と言ってから言葉を切った。
彼自身にもどう説明していいのかわからなかった。
改めて考えてみると言葉が出てこない。

「意外と難しいな」

「すき、は、むずかし、い……?」

「あ、ああ。そうなんだけど、そうじゃない」

「……?」

少女はますますわからないと言った様子で首を傾げた。

「たとえば。何か料理を食べたとき。むねの中があったかくなったりすることはないか?」
 
「わからな、い」

「おいしいって思う食べ物は?」

「わからな、い」

「……まいったな」

少女はなかなか強敵で思わず頭を抱えてしまう。
一方で少女をみているとどこか懐かしい。昔の自分に重ねてしまう。アルテアはむかしを思い出して、少しだけ声を柔らかくした。

「いーりす。あしたもここにこられるか?」

気づけばそう口にしていた。
言った後、はっとなって我に返った。
他人とは関わらずに生きていこうと決めていたはずなのに。
しかし吐いた言葉が口の中に戻るわけもない。

「うん。どうして?」

自分からいっておいて、やっぱりなしで、とはとても言い出せなかった。勢いにまかせて話をすすめる。

「まあ、明日のおたのしみだ」

そう言うと、不思議そうな顔をしながらも彼女は頷いた。
その日はそこで少女とわかれ、屋敷に戻ったアルテアは翌日に向けて特訓を始めた。

翌日。アルテアは昨日と同じ場所にいた。
昨日のことを思い返していた。
懐かしさを覚える少女のこと考えながら一通り鍛錬をこなしたところで、少女が姿を見せた。昨日とほぼ同じ時間だった。
ぼんやりしているように見えて意外と几帳面なのかもしれない。

「きたか」

来ない、とは思っていなかった。
来てしまった事実を受け止める、覚悟を帯びた声だった。
剣を置いて足元に視線をうつす。
彼の足元にはこじんまりとしたバスケットが置かれていた。

「うん。やくそく、した……から」

やはり律儀な少女なのだと感じた。
足元のバスケットを手に取って、少女の方へ歩いて行った。
昨日と同じように瓦礫に座って肩を並べて、手に持ったバスケットを彼女の前に差し出しす。

「な、に?」

「食べてみて」

事態を全く呑み込めていない様子の少女にそれだけを告げて、バスケットの蓋をあけた。
中には色とりどりのサンドイッチが詰められていた。
カットされた断面から肉厚なステーキやみずみずしい野菜が覗いていて、見る者の食欲をそそらせた。

「……おお……?」

少女から感嘆の声、のようなものが漏れた。

「いい、の……?」

こちらをチラチラと伺いながら聞く少女に

「ああ」

と、短く伝えてから

「おっと、その前に手洗いだな」

と思い出したかのように付け足した。

「て、あらい……?」

「そうだ。食事の前には手を洗うんだ」

「なん……で?」

意味がわからないのか、少女は首を傾げたまま紅い瞳でじっと
アルテアを見つめていた。吸い込まれそうなほど深い紅色に思わず見とれてしまいそうになる。
しかし、その瞳はどこか機械的で、人形のように意思を感じられない。いったい彼女はこの瞳に何を映すのか。もしかしたら、何も映っていないさとしれない。
ふとそんな事を思った。

「手にはたくさんのウイルスがついてるからな。そのまま物をつかんで食べると病気になったりしてしまうんだ」

「うい……る……?」

ますますわからないといった様子で少女が呟いた。

「まあ、毒のようなものだ。お腹が痛くなったりしたらいやだろ?そうなることを防ぐために手を洗うんだよ」

「ほおお……」

理解できたのかはわからないが、少女がこくこくと頷いた。

「手、だしてみて」

少女に両手をださせてから、水の魔法で彼女の手を洗う。

「そして手をこするんだ。指と指の間、付け根、手首の方までしっかりとな」

彼が水を出しながら手をこする動きをしてみせると、彼女も真似るように手をごしごしと動かした。
うまいぞ、と褒めると、少女は少しくすぐったそうにした。
そのあと風魔法と火魔法を応用して温風をつくりだして濡れた手を乾かしてやり、今度こそ食べてよいと伝える。

少女はサンドイッチと少年の顔を何度か見比べてから、
サンドイッチにおそるおそる手を伸ばしもそもそと食べ始めた。
小さな両手でパンをつかんでチビリチビリ食べていく様は小動物のようで愛らしかった。
少女はたっぷり時間をかけて全て食べきったあと、空になったバスケットをじっと見つめていた。

「おいしかった?」

アルテアは物言わぬ少女に料理の感想を求めた。
母やメイドに何度か味見をしてもらい及第点をもらっていたのでまずい、ということはないはずだった。
しかし少女のあまりに無反応な様子に不安を覚えた。

「……わか、らない」

少女は視線を空のバスケットから丘の向こうの景色にうつしてから

「でも……」と続けた。

「このあたり、ふわふわ、した」

少女は自分の中に芽生えたものを確かめるように、胸に手を当てた。

「そうか。ならよかったよ」

少女が何かを感じてくれた。
アルテアはそのことに安堵と達成感とを感じて、ほっと息をついた。その様子で少女は察したのだろう。

「あるてあが、つくった?」

「まあ、な」

アルテアが頬をかきながら頷いた。

「その、ふわふわした感じが……たぶん好きだってことだ。俺もうまくは説明できないけどね」

「これが、すき……」

噛み締めるように少女が言った。
少女は満足しているように見えた。
だからアルテアはこれで終わりだと思った。
そのつもりだった。

「……また、たべたい」

水滴のようにぽつりと零れた少女の言葉。
それはアルテアの中にすっと入りこみ、乾いた地面に水がしみむみたいに広がっていった。

「なら、あしたもつくってみるか」

気づけばそう言っていた。理屈に沿わない自分の言葉にハッとするアルテアの傍らで、
少女は嬉しそうにしていた。少なくともアルテアにはそう見えた。
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