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第一部
驚愕
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森を歩くのには意外とコツがいる。
足元に木の根が浅く盛り上がっていて、踏みしめ度に重心がぐらつく。
視線は自然と地面に落ちるが、周りをよく観察する広い視野と歩きやすい場所を瞬時に見つけ出す判断力も必要になる。
そしてその二つを兼ね備えた熟練者が先頭を歩き、後続のものは同じ道を辿ることになる。だから先導者は後に続く者たちに道を示し続けなければならない。
アルテアは今まさに列の先頭で皆を率いて歩いていた。
すぐうしろにイーリスがぴたりとついて、殿をターニャが受け持つ。
獣の唸り声に虫や鳥の鳴き声、風に揺れる木々のざわめき。森の中は様々な音に満ちていた。
もし自分たちに襲いかかる獣や魔獣がいれば即座に反応できるよう、アルテアは意識を張り巡らせてそのほとんどの音を聞き分け、さらに魔力探知の魔法を常時展開している。
そこらの魔獣程度ではその包囲網は抜けられない。まさに万全の態勢、むしろ歩き慣れた森を歩くにしては過剰な程だ。
「大丈夫ですか、坊ちゃん。今からあまり気を入れすぎてもバテてしまいますよ」
あまりに過剰な警戒ぶりを見てターニャが声をかける。
「大丈夫だよ。毎日訓練してるんだ、この程度じゃ疲れない」
「なら良いのですが……まあ、イーリス様の前でかっこつけたくなる気持ちは理解します」
ターニャがからかうように言い、イーリスがそれを受けて少しの好奇心を覗かせた。
「そうなの……?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「だいじょうぶ。アルはいつもかっこいい……よ?」
イーリスは、そっとアルテアの服の袖口をつまんで身体を寄せる。
少女の大胆な行動に不意を突かれてアルテアの胸がどくんと跳ねた。しかし、それをおくびにも出さずに冷静に返す。
「ありがとよ……でも歩きにくいから少し離れてくれないか」
「……つめたい」
じとっと張り付くような視線でイーリスが訴える。
アルテアは困ったように、空いている方の手で顔をぽりぽりとかいてため息を吐いた。
「わかったよ。そのままでいい」
「坊ちゃんは尻に敷かれるタイプなのですね。旦那様とよく似ていらっしゃる」
ターニャはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて感心したようにしきりに頷いていた。
そんなターニャの言葉で、確かにアルゼイドはティアやターニャによくからかわれていることを思い出した。
「……俺としてはもう少し違うところで血のつながりを感じたいな」
アルテアは元気なさげにつぶやいた。そうして談笑しながら道なき道を進むこと半刻程、アルテアたちは目的の場所にたどり着いた。
ふう、と一息ついて辺りを観察する。魔力の流れに不自然なところはなく強力な魔獣の気配もない。
「大丈夫そうだな。安全に作業できそうだ」
「そのようですね」
そう言って安全を確認し合う二人に、きょろきょろと視線をさまよわせてイーリスが尋ねる。
「着いた……?」
結構な距離を歩いてきたというのに、意外にも少女に息の乱れや疲れなどは感じられなかった。
「ああ、着いたよ。それにしても、お前結構タフだな。
わりと速いペースで歩いたのにまるで疲れた様子がない」
「……行商だから。普段から、歩くのは……慣れてる」
感心するアルテアに、少女はけろりとした顔でそう答えた。
「なるほど。商人ってのも大変なんだな」
納得だと言わんばかりに大きく頷き、咳払いをひとつ挟んでから作業の開始を告げた。
「さて、お喋りはこのくらいにしてそろそろ始めるか」
首をぐるりと回して周りの景色を観察しながらどのあたりに魔道具を設置したのか記憶を探る。
「確かあの辺だな」
アルテアがそう言って少し先の木の根元を指差してから歩き出すと、あとの二人もそれに続いた。
「この木の根元に埋めたんだ」
ターニャはアルテアが示す箇所に目をやってから感心したように呟いた。
「なるほど……隠蔽の魔法がかけてありますね。全ての場所に魔法を?」
「まあな。何もせずに設置して魔獣に荒らされてりしても困るだろ」
「それはその通りなのですが……一人でやるにはなかなか骨が折れたのでは?」
「暇だったからな。それに一応、母さんも手伝ってくれたよ」
「奥様が?珍しいですね」
「確かにね」
ターニャが少し驚いたように言い、アルテアもそれに頷く。
「ここ、掘ればいい?」
話す二人にイーリスが待ちあぐねたように声をかける。
「ああ、すまん。わざわざ手で掘らなくても大丈夫だ。魔法で土を動かすから」
そしてアルテアが呪文を唱える。
「地よ裂けろ」
呪文に応じるように、木の根元の土がひとりでに動き出して地割れのように裂けていき、地中から魔道具が顔を出した。
掘り返した魔道具の状態を見て、アルテアとターニャが驚愕に目を見開いた。
「これは……」
「破壊、されていますね」
魔道具は粉々に粉砕されていた。
足元に木の根が浅く盛り上がっていて、踏みしめ度に重心がぐらつく。
視線は自然と地面に落ちるが、周りをよく観察する広い視野と歩きやすい場所を瞬時に見つけ出す判断力も必要になる。
そしてその二つを兼ね備えた熟練者が先頭を歩き、後続のものは同じ道を辿ることになる。だから先導者は後に続く者たちに道を示し続けなければならない。
アルテアは今まさに列の先頭で皆を率いて歩いていた。
すぐうしろにイーリスがぴたりとついて、殿をターニャが受け持つ。
獣の唸り声に虫や鳥の鳴き声、風に揺れる木々のざわめき。森の中は様々な音に満ちていた。
もし自分たちに襲いかかる獣や魔獣がいれば即座に反応できるよう、アルテアは意識を張り巡らせてそのほとんどの音を聞き分け、さらに魔力探知の魔法を常時展開している。
そこらの魔獣程度ではその包囲網は抜けられない。まさに万全の態勢、むしろ歩き慣れた森を歩くにしては過剰な程だ。
「大丈夫ですか、坊ちゃん。今からあまり気を入れすぎてもバテてしまいますよ」
あまりに過剰な警戒ぶりを見てターニャが声をかける。
「大丈夫だよ。毎日訓練してるんだ、この程度じゃ疲れない」
「なら良いのですが……まあ、イーリス様の前でかっこつけたくなる気持ちは理解します」
ターニャがからかうように言い、イーリスがそれを受けて少しの好奇心を覗かせた。
「そうなの……?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「だいじょうぶ。アルはいつもかっこいい……よ?」
イーリスは、そっとアルテアの服の袖口をつまんで身体を寄せる。
少女の大胆な行動に不意を突かれてアルテアの胸がどくんと跳ねた。しかし、それをおくびにも出さずに冷静に返す。
「ありがとよ……でも歩きにくいから少し離れてくれないか」
「……つめたい」
じとっと張り付くような視線でイーリスが訴える。
アルテアは困ったように、空いている方の手で顔をぽりぽりとかいてため息を吐いた。
「わかったよ。そのままでいい」
「坊ちゃんは尻に敷かれるタイプなのですね。旦那様とよく似ていらっしゃる」
ターニャはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて感心したようにしきりに頷いていた。
そんなターニャの言葉で、確かにアルゼイドはティアやターニャによくからかわれていることを思い出した。
「……俺としてはもう少し違うところで血のつながりを感じたいな」
アルテアは元気なさげにつぶやいた。そうして談笑しながら道なき道を進むこと半刻程、アルテアたちは目的の場所にたどり着いた。
ふう、と一息ついて辺りを観察する。魔力の流れに不自然なところはなく強力な魔獣の気配もない。
「大丈夫そうだな。安全に作業できそうだ」
「そのようですね」
そう言って安全を確認し合う二人に、きょろきょろと視線をさまよわせてイーリスが尋ねる。
「着いた……?」
結構な距離を歩いてきたというのに、意外にも少女に息の乱れや疲れなどは感じられなかった。
「ああ、着いたよ。それにしても、お前結構タフだな。
わりと速いペースで歩いたのにまるで疲れた様子がない」
「……行商だから。普段から、歩くのは……慣れてる」
感心するアルテアに、少女はけろりとした顔でそう答えた。
「なるほど。商人ってのも大変なんだな」
納得だと言わんばかりに大きく頷き、咳払いをひとつ挟んでから作業の開始を告げた。
「さて、お喋りはこのくらいにしてそろそろ始めるか」
首をぐるりと回して周りの景色を観察しながらどのあたりに魔道具を設置したのか記憶を探る。
「確かあの辺だな」
アルテアがそう言って少し先の木の根元を指差してから歩き出すと、あとの二人もそれに続いた。
「この木の根元に埋めたんだ」
ターニャはアルテアが示す箇所に目をやってから感心したように呟いた。
「なるほど……隠蔽の魔法がかけてありますね。全ての場所に魔法を?」
「まあな。何もせずに設置して魔獣に荒らされてりしても困るだろ」
「それはその通りなのですが……一人でやるにはなかなか骨が折れたのでは?」
「暇だったからな。それに一応、母さんも手伝ってくれたよ」
「奥様が?珍しいですね」
「確かにね」
ターニャが少し驚いたように言い、アルテアもそれに頷く。
「ここ、掘ればいい?」
話す二人にイーリスが待ちあぐねたように声をかける。
「ああ、すまん。わざわざ手で掘らなくても大丈夫だ。魔法で土を動かすから」
そしてアルテアが呪文を唱える。
「地よ裂けろ」
呪文に応じるように、木の根元の土がひとりでに動き出して地割れのように裂けていき、地中から魔道具が顔を出した。
掘り返した魔道具の状態を見て、アルテアとターニャが驚愕に目を見開いた。
「これは……」
「破壊、されていますね」
魔道具は粉々に粉砕されていた。
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