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第一部
初めてだよ
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アルテアは夢を見ていた。
鈍色の重苦しい雲の下、見渡す限りに荒廃した大地が広がる前世の故郷ーー地球だ。
ずっと見続けていると自分も腐敗しきった景色に塗りつぶされそうなほどそな景色は重かった。
荒れ果てた不毛の大地を、巨大な壁に覆われた都市が這うようにゆっくりと移動している。
その壁の中には人類の繁栄の象徴である天を衝かんばかりの高層ビル群が立ち並び、常に欲望に満ちた怪しい光を放っていた。
その欲望の中心に、殊更に強固な壁に囲まれた施設が存在していた。
それは驚くほど白く無機質で、建物というよりかは大きな棺とでも言った方が正しいとさえ思えた。
巨大な白い棺桶の中で、かつてのアルテアは10年ほどを過ごした。
ただ化け物を殺すための兵器としての日々。
化け物共を殺し終わったあと、くすんだ鉛のような雲をぼんやりと見上げながら、本当の空の色は何色なんだろうかと、ふと考えたことがあった。
その答えは前世のうちではついぞ知ることが出来なくて、それはとても哀しいことだとアルテアは思った。
だからこそ、アルテアは前世の世界を変えたいと思っている。
いつか必ず、以前の夢で見たような緑溢れる地球にしてみせる。
アルテアは夢の中で改めてそう誓いを立てた。
ーーーーーーーーーーーー
「んん……」
かたい感触に寝苦しさを覚えて少年は目覚めた。
むくりと起き上がり枕元に目をやると灰色の本が置いてあった。
どうやらこいつを枕替わりにしていたようだと思い至る。
「どうりで寝心地が悪いわけだ」
かたくなった首を手でほぐしながら独りごちる。
「勝手に頭の下に敷いておいてなんたる言い草だ」
「うおっ……!起きてたのかよ……」
突然聞こえた声にびくりと身体が震えた。
アルテアは気まずげに頭をぽりぽりとかいた。勝手に枕にしておいて、本人を目の前に文句を言い続ける図太さを彼はまだ持ち合わせていなかった。
「悪い。今のは失言だった」
「やけに素直だな。まさか怖い夢でも見たのかのぅ?」
素直に非を認める少年の顔の前で、本がからかう様に震えた。
アルテアはいつものように売り言葉に買い言葉でこたえるでもなく、目を伏せてベッドの一点を見つめていた。
遠く離れた故郷を想うような、哀愁めいた気持ちがじわりと胸を染めていく。
「いや……久しぶりに昔のことを思い出しただけだよ」
「ほぉ。それでホームシックというわけか。意外と可愛いところがあるのだな」
気落ちした様子のアルテアにハクはいつもの調子を崩さずに返す。アルテアにとってはそれが有難くもあった。それがハクなりの優しさなのだともわかっていた。
「はは……ホームシックになるほど良い所でもなかったけどな」
悪態をつく口調とは裏腹に、長いまつ毛を伏せて笑う顔は昔を懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも、ハクには見えた。
なぜだか、ハクは彼のそんな顔を見ていたくはなくて、「ハンっ!」と乱暴に鼻を鳴らす。
「うじうじと暗い男だのぅ。言いたいことがあるのなら言ってみれば良かろう」
手厳しくも聞く姿勢を見せる不器用なハクの振る舞いに、アルテアは少し口元を緩ませて話し始めた。
「欲望という海に、血で灰を固めたものを浮かべたような、そんな世界だった。
俺たちはいつだってその灰の上にいて、そして気づけばそれの一部になっていた」
アルテアはぽつりぽつと、水滴が滴り落ちるように話し始めた。
「俺はひとりだった。世界は俺か俺以外かで、俺以外の全てが敵だった。でもある日、俺の世界が変わった。少しずつ敵が減っていってその代わりに仲間が増えた。俺の世界をかえてくれたやつがいたんだ」
アルテアは慈愛にみちた声でそういった後あと、照れくさそうに頬をぽりぽりとかいた。
その安らかな表情が、彼とその人物との絆の深さをあらわしていた。
初めて見る少年の顔に、ハクは嬉しいような、モヤがかかったような、自分でもはっきりとわからない気持ちになった。
それが無性に腹立たしくて、わざとすげない態度をとってしまう。
「ふん……お主の湿っぽい話のせいですっかり興が削がれてしまったな」
「悪かったよ。でも前世の話をしたのはお前が初めてだよ」
「ふ、ふん。だからなんだというのだ」
初めて、という言葉に妙にハクの心がわずかに揺さぶられた。
「褒めてるんだよ。なんだかお前には色々と気兼ねなく話せる気になるんだ」
「そ、そのような煽てたことを言って靡くなどと思うなよ!」
アルテアがハクに笑いかけると、
ハクは突然飛び上がって空中を激しく弧を描いて回転しながら乱暴に言う。
「勘違いするなよ!お主とは契約の都合上、行動を共にするだけだ!最も都合の良い者がお主だったという、それだけのことなんだからな!」
そう言って、ぷいと顔を逸らすような仕草であらぬ方向に表紙を向けた。
「あ、ああ……わかってるよ」
アルテアは物凄い剣幕に唖然として答えながら、やはり一応そちらが顔なんだろうかと、わりとどうでもいいことを気にしていた。
「わ、わかればよい」
ふわふわと所在なさげに宙を漂い、声を詰まらせるハクを見て、アルテアがベッドから立ち上がって浮遊する本を手に取った。
「まあ、よろしく頼むよ」
表紙を見つめてアルテアが言った。
ハクは照れ隠しのように鼻を小さく鳴らしてそれに答えた。
鈍色の重苦しい雲の下、見渡す限りに荒廃した大地が広がる前世の故郷ーー地球だ。
ずっと見続けていると自分も腐敗しきった景色に塗りつぶされそうなほどそな景色は重かった。
荒れ果てた不毛の大地を、巨大な壁に覆われた都市が這うようにゆっくりと移動している。
その壁の中には人類の繁栄の象徴である天を衝かんばかりの高層ビル群が立ち並び、常に欲望に満ちた怪しい光を放っていた。
その欲望の中心に、殊更に強固な壁に囲まれた施設が存在していた。
それは驚くほど白く無機質で、建物というよりかは大きな棺とでも言った方が正しいとさえ思えた。
巨大な白い棺桶の中で、かつてのアルテアは10年ほどを過ごした。
ただ化け物を殺すための兵器としての日々。
化け物共を殺し終わったあと、くすんだ鉛のような雲をぼんやりと見上げながら、本当の空の色は何色なんだろうかと、ふと考えたことがあった。
その答えは前世のうちではついぞ知ることが出来なくて、それはとても哀しいことだとアルテアは思った。
だからこそ、アルテアは前世の世界を変えたいと思っている。
いつか必ず、以前の夢で見たような緑溢れる地球にしてみせる。
アルテアは夢の中で改めてそう誓いを立てた。
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「んん……」
かたい感触に寝苦しさを覚えて少年は目覚めた。
むくりと起き上がり枕元に目をやると灰色の本が置いてあった。
どうやらこいつを枕替わりにしていたようだと思い至る。
「どうりで寝心地が悪いわけだ」
かたくなった首を手でほぐしながら独りごちる。
「勝手に頭の下に敷いておいてなんたる言い草だ」
「うおっ……!起きてたのかよ……」
突然聞こえた声にびくりと身体が震えた。
アルテアは気まずげに頭をぽりぽりとかいた。勝手に枕にしておいて、本人を目の前に文句を言い続ける図太さを彼はまだ持ち合わせていなかった。
「悪い。今のは失言だった」
「やけに素直だな。まさか怖い夢でも見たのかのぅ?」
素直に非を認める少年の顔の前で、本がからかう様に震えた。
アルテアはいつものように売り言葉に買い言葉でこたえるでもなく、目を伏せてベッドの一点を見つめていた。
遠く離れた故郷を想うような、哀愁めいた気持ちがじわりと胸を染めていく。
「いや……久しぶりに昔のことを思い出しただけだよ」
「ほぉ。それでホームシックというわけか。意外と可愛いところがあるのだな」
気落ちした様子のアルテアにハクはいつもの調子を崩さずに返す。アルテアにとってはそれが有難くもあった。それがハクなりの優しさなのだともわかっていた。
「はは……ホームシックになるほど良い所でもなかったけどな」
悪態をつく口調とは裏腹に、長いまつ毛を伏せて笑う顔は昔を懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも、ハクには見えた。
なぜだか、ハクは彼のそんな顔を見ていたくはなくて、「ハンっ!」と乱暴に鼻を鳴らす。
「うじうじと暗い男だのぅ。言いたいことがあるのなら言ってみれば良かろう」
手厳しくも聞く姿勢を見せる不器用なハクの振る舞いに、アルテアは少し口元を緩ませて話し始めた。
「欲望という海に、血で灰を固めたものを浮かべたような、そんな世界だった。
俺たちはいつだってその灰の上にいて、そして気づけばそれの一部になっていた」
アルテアはぽつりぽつと、水滴が滴り落ちるように話し始めた。
「俺はひとりだった。世界は俺か俺以外かで、俺以外の全てが敵だった。でもある日、俺の世界が変わった。少しずつ敵が減っていってその代わりに仲間が増えた。俺の世界をかえてくれたやつがいたんだ」
アルテアは慈愛にみちた声でそういった後あと、照れくさそうに頬をぽりぽりとかいた。
その安らかな表情が、彼とその人物との絆の深さをあらわしていた。
初めて見る少年の顔に、ハクは嬉しいような、モヤがかかったような、自分でもはっきりとわからない気持ちになった。
それが無性に腹立たしくて、わざとすげない態度をとってしまう。
「ふん……お主の湿っぽい話のせいですっかり興が削がれてしまったな」
「悪かったよ。でも前世の話をしたのはお前が初めてだよ」
「ふ、ふん。だからなんだというのだ」
初めて、という言葉に妙にハクの心がわずかに揺さぶられた。
「褒めてるんだよ。なんだかお前には色々と気兼ねなく話せる気になるんだ」
「そ、そのような煽てたことを言って靡くなどと思うなよ!」
アルテアがハクに笑いかけると、
ハクは突然飛び上がって空中を激しく弧を描いて回転しながら乱暴に言う。
「勘違いするなよ!お主とは契約の都合上、行動を共にするだけだ!最も都合の良い者がお主だったという、それだけのことなんだからな!」
そう言って、ぷいと顔を逸らすような仕草であらぬ方向に表紙を向けた。
「あ、ああ……わかってるよ」
アルテアは物凄い剣幕に唖然として答えながら、やはり一応そちらが顔なんだろうかと、わりとどうでもいいことを気にしていた。
「わ、わかればよい」
ふわふわと所在なさげに宙を漂い、声を詰まらせるハクを見て、アルテアがベッドから立ち上がって浮遊する本を手に取った。
「まあ、よろしく頼むよ」
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ハクは照れ隠しのように鼻を小さく鳴らしてそれに答えた。
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