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第一部
再戦
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思いのほか長く話し込んでしまったアルテアたちは、そろそろ帰ろうかと腰を上げてたところで、暗闇にまぎれた人影を認めた。
暗く顔までは視認できないが、背格好や体格から見てどうやら男のようだと当たりをつける。
「この時間に人を見かけるとは珍しいのぅ」
「ああ……」
自分たちのように夜風にでもあたっているのだろうかと思ったがそうでもないようで、その男の足取りに迷いはなく、目的地を定めて歩いていることは明白だった。
どこか不穏な空気を感じ取ったアルテアは気配を消して男のあとを尾行することにした。
面倒事に首を突っ込むアルテアに、ハクはやれやれとため息をつく。
アルテアはハクをなだめるように本の表紙をそっと撫でて男を追う。
男は村の中央広場を突っ切って村外れまで移動し、さらに森の中へと足を進めた。
夜の森は人を寄せ付けない獣の世界だ。
危険な魔獣も跋扈しているため何の心得もなく夜に森に入るのはまさに自殺行為と言ってもいい。
だが男は自分の腕によほど自信があるのか、一切の躊躇なく森の中を進んでいく。
まるで自分の庭だというように、その歩みには迷いがない。
アルテアも男を見失わないように一定の距離を保ちながら後ろを追う。
闇で満ちた森の中を進みながらアルテアは少しの違和感を覚えた。
いやに静かだった。
夜行性の魔獣の気配もなく、それどころか虫の声すらも聞こえない。
まるで森全体が死んでいるように物音ひとつしなかった。
それにも関わらず、肌が焼け付くような危機感が体にまとわりついていた。
この感覚には覚えがあった。
いつか、異端教徒やイーヴルが現れた時の感覚と同じだった。
何が起きても対処できるよう気を引き締めて尾行を続けていると、やがて森を抜けてある場所にたどり着いたところで男は足を止めた。
アーカディア大黒穴。深淵を思わせる大穴の前に何人か、黒衣を身にまとった異端者が集まっていた
「ふむ……異端の信徒共か」
「あいつら、なんで……!」
その姿を認めるや頭がかっとなりすぐさま飛びかかろうとするアルテアに、ハクが制止の声をかける。
「待て、バカもの。考え無しに手を出してどうするのだ。だいたいお主、今は得物も持っておらんだろ。少し様子を見た方がよかろう」
「ぐっ……」
ハクの声で我に返ってなんとか踏みとどまり、木陰に体を隠して異端者たちを注視する。
彼らは大穴の前で足を止めたまま動かずになにやら囁きあっているようだった。
やがて黒衣の者達の中心に、闇からしみだすようにぬっとひとりの男が現れた。
「あいつは……森で戦った……」
その姿には見覚えがあった。
異様の装飾がほどこされた仮面で顔の半分を隠した男。
全てを飲み込むような漆黒のローブを身にまとい、それでもなお覆いきれないほどの死の気配を全身から漂わせていた。
遠目から見ているだけでぴりぴりと肌が焼け付く感覚。
間違えようがなかった。
「なんだ、顔見知りか?」
「ああ……少し前に戦ったことがある。おそらく異端者たちが属する組織の幹部だろう」
「ふむ……周りの者は別として、なかなか厄介そうだな。どうするつもりだ?」
「そうだな……ここは一度家に戻って父さんたちとーー」
言葉は最後まで続かなかった。
「ッーー!!」
突如、背中に悪寒を感じた。
直感に従って咄嗟に横に跳ぶと、その直後に自分の立っていたところに刃が振り下ろされた。銀の剣閃がはしり、アルテアが身を隠していた木を両断した。
あのまま立っていれば真っ二つになっていたところだ。
「気づかれたか……!」
受身を取ってから体を翻してすぐさま離脱を試みるも既に遅かった。
「ほう……あの時の小僧か。久しいな」
いつの間にか目の前には仮面の男が立っていた。
この男が移動した気配はまるで感じなかった。
とてつもない速さと隠密に加えて、感情を感じさせない無機質な声が男の底知れなさを増長させていた。
じわりと背中が湿っていくのを感じた。
「ちっ」
「どうやら囲まれているようだのぅ」
アルテアは自分の目の前に立つ仮面の男と、囲むように周りに立つ黒衣の異端者たちを睨みつけながら舌打ちする。
そんな彼とは対照的にどこか間延びした気の抜けた様子のハク。
そんなハクに少しイラッとしながらも男に言葉を返す。
「ああ……出来れば二度と会いたくなかったけどな」
「そうツレないことを言うな。お前には腕の借りを返したいと思っていたのだからな」
そう言って男は片方の腕を掲げて見せた。
かつてアルテアは戦いの末に男の腕を切り落としたはずだが、どういうわけか腕は二本とも揃っている。内心では驚愕したが顔には出さないように努めた。
「返す必要はない、ずっと貸しておいてやるよ。まぁ、こんな子供に腕を斬られたんだ……悔しい気持ちもわかるけどな」
「ふっ……小賢しい小僧だ。あえて挑発して隙を作ってからの逃げの一手か?」
バレていた。
自分の考えが見通されていたことに冷や汗が頬を伝う。
もはや小細工は無意味。
(……やるしかないか)
そう決断して魔力を励起させ、ただ目の前の敵を倒すことだけに意識を洗練させていく。
「ほう……やる気になったか。
だが、この人数だ……勝ち目は無いに等しいぞ」
今度は男が挑発的な口調で言う。
アルテアはブックホルダーの留め具を外し、
合図をするように魔導書を軽く撫でながら告げる。
「……なめるなよ」
氷のように冷たい声を残してアルテアの姿が消えた。
直後。
アルテアを囲んでいた異端者たちがほぼ同時に、突風にでも吹かれたように吹き飛んだ。
アルテアがまさに疾風のような速度でもって全員に拳撃を叩き込んだのだ。
蜘蛛の子を散らすように四方に弾け飛んでいった異端者たちは木々に体を打ち付けてくぐもった悲鳴を上げ、ぴくりとも動かなくなった。
そしてアルテアがまた元の位置に姿を現す。
「これで一対一……いや、二対一だ」
「……面白い」
仮面の男はわずかに興が乗った声でそう言いながら、アルテアとその背後に浮かぶ魔導書を見据えて、腰に提げた剣を抜いた。
暗く顔までは視認できないが、背格好や体格から見てどうやら男のようだと当たりをつける。
「この時間に人を見かけるとは珍しいのぅ」
「ああ……」
自分たちのように夜風にでもあたっているのだろうかと思ったがそうでもないようで、その男の足取りに迷いはなく、目的地を定めて歩いていることは明白だった。
どこか不穏な空気を感じ取ったアルテアは気配を消して男のあとを尾行することにした。
面倒事に首を突っ込むアルテアに、ハクはやれやれとため息をつく。
アルテアはハクをなだめるように本の表紙をそっと撫でて男を追う。
男は村の中央広場を突っ切って村外れまで移動し、さらに森の中へと足を進めた。
夜の森は人を寄せ付けない獣の世界だ。
危険な魔獣も跋扈しているため何の心得もなく夜に森に入るのはまさに自殺行為と言ってもいい。
だが男は自分の腕によほど自信があるのか、一切の躊躇なく森の中を進んでいく。
まるで自分の庭だというように、その歩みには迷いがない。
アルテアも男を見失わないように一定の距離を保ちながら後ろを追う。
闇で満ちた森の中を進みながらアルテアは少しの違和感を覚えた。
いやに静かだった。
夜行性の魔獣の気配もなく、それどころか虫の声すらも聞こえない。
まるで森全体が死んでいるように物音ひとつしなかった。
それにも関わらず、肌が焼け付くような危機感が体にまとわりついていた。
この感覚には覚えがあった。
いつか、異端教徒やイーヴルが現れた時の感覚と同じだった。
何が起きても対処できるよう気を引き締めて尾行を続けていると、やがて森を抜けてある場所にたどり着いたところで男は足を止めた。
アーカディア大黒穴。深淵を思わせる大穴の前に何人か、黒衣を身にまとった異端者が集まっていた
「ふむ……異端の信徒共か」
「あいつら、なんで……!」
その姿を認めるや頭がかっとなりすぐさま飛びかかろうとするアルテアに、ハクが制止の声をかける。
「待て、バカもの。考え無しに手を出してどうするのだ。だいたいお主、今は得物も持っておらんだろ。少し様子を見た方がよかろう」
「ぐっ……」
ハクの声で我に返ってなんとか踏みとどまり、木陰に体を隠して異端者たちを注視する。
彼らは大穴の前で足を止めたまま動かずになにやら囁きあっているようだった。
やがて黒衣の者達の中心に、闇からしみだすようにぬっとひとりの男が現れた。
「あいつは……森で戦った……」
その姿には見覚えがあった。
異様の装飾がほどこされた仮面で顔の半分を隠した男。
全てを飲み込むような漆黒のローブを身にまとい、それでもなお覆いきれないほどの死の気配を全身から漂わせていた。
遠目から見ているだけでぴりぴりと肌が焼け付く感覚。
間違えようがなかった。
「なんだ、顔見知りか?」
「ああ……少し前に戦ったことがある。おそらく異端者たちが属する組織の幹部だろう」
「ふむ……周りの者は別として、なかなか厄介そうだな。どうするつもりだ?」
「そうだな……ここは一度家に戻って父さんたちとーー」
言葉は最後まで続かなかった。
「ッーー!!」
突如、背中に悪寒を感じた。
直感に従って咄嗟に横に跳ぶと、その直後に自分の立っていたところに刃が振り下ろされた。銀の剣閃がはしり、アルテアが身を隠していた木を両断した。
あのまま立っていれば真っ二つになっていたところだ。
「気づかれたか……!」
受身を取ってから体を翻してすぐさま離脱を試みるも既に遅かった。
「ほう……あの時の小僧か。久しいな」
いつの間にか目の前には仮面の男が立っていた。
この男が移動した気配はまるで感じなかった。
とてつもない速さと隠密に加えて、感情を感じさせない無機質な声が男の底知れなさを増長させていた。
じわりと背中が湿っていくのを感じた。
「ちっ」
「どうやら囲まれているようだのぅ」
アルテアは自分の目の前に立つ仮面の男と、囲むように周りに立つ黒衣の異端者たちを睨みつけながら舌打ちする。
そんな彼とは対照的にどこか間延びした気の抜けた様子のハク。
そんなハクに少しイラッとしながらも男に言葉を返す。
「ああ……出来れば二度と会いたくなかったけどな」
「そうツレないことを言うな。お前には腕の借りを返したいと思っていたのだからな」
そう言って男は片方の腕を掲げて見せた。
かつてアルテアは戦いの末に男の腕を切り落としたはずだが、どういうわけか腕は二本とも揃っている。内心では驚愕したが顔には出さないように努めた。
「返す必要はない、ずっと貸しておいてやるよ。まぁ、こんな子供に腕を斬られたんだ……悔しい気持ちもわかるけどな」
「ふっ……小賢しい小僧だ。あえて挑発して隙を作ってからの逃げの一手か?」
バレていた。
自分の考えが見通されていたことに冷や汗が頬を伝う。
もはや小細工は無意味。
(……やるしかないか)
そう決断して魔力を励起させ、ただ目の前の敵を倒すことだけに意識を洗練させていく。
「ほう……やる気になったか。
だが、この人数だ……勝ち目は無いに等しいぞ」
今度は男が挑発的な口調で言う。
アルテアはブックホルダーの留め具を外し、
合図をするように魔導書を軽く撫でながら告げる。
「……なめるなよ」
氷のように冷たい声を残してアルテアの姿が消えた。
直後。
アルテアを囲んでいた異端者たちがほぼ同時に、突風にでも吹かれたように吹き飛んだ。
アルテアがまさに疾風のような速度でもって全員に拳撃を叩き込んだのだ。
蜘蛛の子を散らすように四方に弾け飛んでいった異端者たちは木々に体を打ち付けてくぐもった悲鳴を上げ、ぴくりとも動かなくなった。
そしてアルテアがまた元の位置に姿を現す。
「これで一対一……いや、二対一だ」
「……面白い」
仮面の男はわずかに興が乗った声でそう言いながら、アルテアとその背後に浮かぶ魔導書を見据えて、腰に提げた剣を抜いた。
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