両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

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第一部

この世界に神はいるか?

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夜の森を二つの影が疾走する。

二つの影が交錯するごとに剣閃が煌き、また爆音が轟いては影たちは距離を取るように離れていく。

そして一定の距離を開け、わずかばかりの間お互いが探るように睨み合ってから、影のひとつが低い声を漏らした。


「ずいぶんと腕を上げたようだな、小僧」


仮面の男は戦いが始まる前のひどく無機質な印象とは打って変わって、どこか戦いを楽しんでいる様子が見受けられた。

男はアルテアの脇を浮遊する魔本に興味深げな視線を向ける。


「その奇怪な魔導書も面白い。

それは宝具か?」


「……宝具なんて大それたものじゃない。これは家の本棚で見つけたただの骨董品だ」


「お前からはその魔導書を操っている気配は感じられぬ。魔導書自身の自律機動による魔法行使……明らかに一般的な魔道具の範疇を逸脱している。ただの魔道具と言い張るには無理があるぞ?」


そう言われても本当に家の本棚に挟まっていただけなのだから仕方ない。

だいたいアルテア自身も、ハクが何であるのか、ということについてわかっていないのだ。

本人曰く1万年以上生きているらしく、加えて現在は本の中に生息している不思議存在の説明などできるずもない。存在がバグのようなものだとすら思っていた。


「ふん……わざわざお前に本当のことを教えてやる義理もない」


本当は教えたくてもできないのだが、それこそわざわざ本当のことを言う必要は無い。


「そうツレないことを言うな。こう見えて魔道具の蒐集は私の趣味でな。珍しい魔道具には興味をそそられるのだ。……ここはひとつ、講義といこうではないか」


仮面の男は構えをといて両手をだらりと垂らした。

まるで別人だと錯覚するほどに饒舌だった。


「さて、お前は魔道具とはどういうものだと認識している?」


「……魔力を帯びた道具や武具の総称だろ。魔力を流し込むか、魔道具じたいの魔力を使って様々な効果を発生させることができるものだ」


問われた赤毛の少年は油断なく男を捉えながらその問いかけに応じた。

本来なら付き合ってやる義理もないのだが、今回ばかりは時間稼ぎは望むところだった。

アルゼイドやターニャが加勢に来てくれるかもしれない。


「勤勉なことだ。お前の言う通り、魔道具とは魔力を宿した物体の総称だ。その中でも取り分け強力な効果を発揮するもの、それが宝具と呼ばれている」


「そして……宝具のほとんどは各地に点在する迷宮を制覇した際に制覇者の前に現れる。そのどれもが強大無比な力を宿し、時には一国を左右するほどの一騎当千の力を与える、だろ」


「その通り。その定義に則るとお前の魔導書は宝具であると言えるし、宝具でないとも言える。いずれにせよ興味深い存在だ。それを差し出すと言うなら、この場は見逃してやっても良いぞ?」


男は酷薄な笑みを浮かべながら手を差し出した。
その直後、男は危険を察知して後ろに跳ぶと、男のいた場所に魔力弾が飛来して地面を穿った。


「どうやらこいつはお前のことが嫌いらしい」


アルテアがハクを片手に取り白紙のページを男の方へ向けると、
もう片方の手で、合図をするように表紙を何度か指でこつこつと叩いた。

ハクの前に幾何学模様の魔法陣が幾重にも展開されて、
そこから雨のように魔力弾が打ち出された。


「……ふむ」


男は気だるげに呟くと、常人離れした体さばきで押し寄せる魔力弾の間をひらひらと縫うようにかわし、また剣で弾いた。

男は全ての魔力弾を難なくいなしたがそれは計算済みだった。

魔力弾はただの目くらまし。男の背後に回ったアルテアは、男が最後の魔力弾をかわしたところで、すかさず魔法を発動させる。


風陣爪ヴィンナーゲル!」


無数の風の刃が地面に爪痕を刻みながら男に迫る。

着地際を狙った絶妙なタイミングの一撃だった。

だが、それが男の体を切り刻むことはなかった。

男は空中で巧みに体を回転させ、迫る風刃を正面に捉えて魔法を唱えた。


風陣爪ヴィンナーゲル


同様の魔法が二人の立つちょうど真ん中の地点でぶつかり合い、

その余波で周囲の木々が紙のようにズタズタに切り飛ばされた。

アルテアは吹き荒れる突風から身を守ように腕を顔の前に掲げつつ、腕の隙間から男の姿を捉えていた。

男は風に乗るように衝撃を受け流してふわりと着地した。


アルテアの放った魔法は完璧に相殺されたようで、男はところどころにかすり傷を負ってはいるものの大きなダメージを与えられてはいなかった。


あたり一帯の木々が切り倒され、深い緑に覆われていた森はすっかり円形に開けて、そこに月光が差し込んでいた。


わずかな月明かりの下で、男はホコリを払うような仕草で服をはたきながらアルテアを見た。


「交渉は決裂だな。まあ、またの機会としよう」


何事もなかったのように先程の会話の先を続けながら剣を鞘に納めた。

戦いは終わったとでも言いたげな男の態度にアルテアは怪訝な面持ちを浮かべる。

まさか諦めて投降するわけではあるまい。


「どういうつもりだ?」


「俺の目的は達成された。それだけのことだ。お前は何やら時間を稼ぎたかった様子だったが、それは俺も同じ。まさかなんの考えもなしに、本当にただ興が乗ったから魔道具についての講釈をしたと……そう思っているのか?」


「なんだと……?」


アルテアが声を発した少し後。

闇夜を眩い光が照らした。


「なんだっ……!?」


突然の異常事態に敵と相対していることにも気に留めず、まるで太陽の輝きのよう白光に目を細めながら、その光源の方へ顔を向ける。


アーカディア大黒穴からまさに天を穿つほどの光の柱が立ち昇っていた。

そしてそれに呼応するように森の各所から黒い魔力の柱が空に向かって吹き出し始めた。


「お前……いったい何をした!」


何が起きているのかは全く定かではないが、この事態の原因は目の前にいるのだ。

何としてでも目の前の男にこの事態を止めさせなければ。

すぐさま取り抑えようと再び魔力を励起させたところで、男がわずかに口を開いた。


「天蓋が開く」


男の低い声に合わせて大黒穴から発されていた光と黒い魔力の柱がぴたりと収まった。

そしてわずかな静寂のあと、周囲の空間がひしゃげたようにひび割れる音が響いた。


いつか感じた肌が焼けつくような感覚。

全身の細胞が危険だと訴えかけてきていた。


「これは……まずい!」


突如、ハクが叫んだ。


アルテアも瞠目して上空を見据える。

ガラスを割ったような亀裂が闇にはしり、

その向こうから異形の怪物が姿をあらわそうとしていた。


「イーヴル……!」


それも一体や二体ではない。

いたるところから空間を引き裂く不吉な音が響き渡り、次々と異形の怪物が這い出そうとしていた。


「特異点か……!」


横からハクの緊迫した声が聞こえた。

特異点とはなんだ。

そう聞こうとしたところで、感心したような落ち着いた声がもう一方から聞こえてくる。


「ほう。まさかとは思ったが……意志を持ち人語を話すとはな。それに見識も深いようだ。やはり興味深いな」


「俺は何をしたか聞いてるんだよ……!」


「待て、アル!」


呼び止めるハクの声を置き去りに、激高に駆られたアルテアが地を蹴り仮面の男に飛びかかった。

男に無数の殴打を繰り出すが、怒りと焦りのせいか精彩をかいた攻撃は全くかすりもしない。


「この地に空いている歪みを少し広げただけだ」


ひらひらとアルテアの繰り出す拳打をかわしながら男が言う。


「そんなことより……俺に構っていていいのか?」


「お前を倒してこの現象を止めればいいだけだ……!」


「無駄だ。既に歪みは致命的なまでに広がっている。ここは帝国との境……大黒穴を巡って争いの絶えぬ地だ。蓄積された負の想念の大きさは他の土地の比ではない。言うなれば、俺は川の水を塞き止める堰を崩しただけ……解き放たれた水は濁流となり全てを飲み込み進んでゆく。俺が手を下さずともいずれは同じことが起きていたし、俺を倒したところでこの事態は止まりはしない」


「だったらお前にーー」


止め方を聞くだけだ。

その言葉が最後まで発せられることはなかった。

大地を震わせるほどの轟音がアルテアの言葉を塗りつぶした。


「くそっ……今度はなんだ!」


立て続けに起きる事態に頭が追いつかないでいた。

攻撃の手を止めて音源の方向に顔を向け、

村の方角から濛々と巻き上がる黒煙を見て心臓が大きく跳ねた。

上空には空間を引き裂いて現出したイーヴルが群れをなす鳥のようにひしめいていた。


「なっ……」


言葉が出なかった。

呆然とその光景を眺めるアルテアの後ろから男が声をかける。


「家族が心配だろう。助けに行った方がいい」


自分がこの事態を引き起こしておいて、まるで他人事のように言う男の口ぶりに、抑ていたアルテアの怒りがまたふつふつとわきあがっていく。


「お前はなんでこんな……お前ら異端者はいったい何がしたいんだよ!」


「何が、か……」


男は呟いて、怒りに震えるアルテアを見ながら何かを考えるように黙り込んだ。


「お前は……神を信じるか?」


唐突な問いかけだった。

そして男の纏っていた他者を威圧する重苦しい雰囲気が霧散していた。

その思わぬ変化にアルテアも黙り込む。


神。


そう言われて真っ先に思い浮かんだのは、転生する前に出会った女神のことだった。


何も無い真っ白な空間で、何千年もずっとひとりで世界を見守っている女神。

見守ることしかできない自分の無力さと、死に呑まれてゆく人々を見て心を痛める優しい女神だ。


「神はいる。遠いところから俺たちを見守ってくれている」


アルテアははっきりと答えた。

男がその答えをどう捉えたのか、仮面の奥にある深く黒い光を宿した男の目が、一瞬哀しみで伏せられたように感じた。


「……だからこそ、この世界は歪んでいるのだ」


怒りと哀しみとがないまぜになったような声だった。

そして何かを探しているようにも見えた。


「お前──」


「アル!横だ!」


男のあまりの変わりように呆気にとられるアルテアの横面にハクの叱咤が飛んだ。

我に返ったアルテアはそのまま横に跳ねると、そのすぐ真横を黒い光線が通り過ぎて森の奥で爆発、木々を焼き払った。

イーヴルの放った魔力攻撃だった。


「す、すまん。助かった」


「戦闘中に気を抜くな、バカものめ」


ハクはそう言って、叩くように頬に体当たりする。

アルテアはわずかに頭を振って気を引き締め直し、自分に襲いかかってくるイーヴルをカウンターの要領で殴り飛ばして周囲の状況を確認する。


目前には仮面の男。そして全方位のいたるところにイーヴルが現出していた。

男はイーヴルを制御しているというわけではないようで、男自身もイーヴルから攻撃を受けているようだった。


四方から襲い来るイーヴルの攻撃を難なく交わし、虫を払うように素手であしらっていた。

やはりとてつもなく強い。

敵ながら見とれてしまいそうなほど流麗な動きだ。


「頃合だな」


イーヴルをあしらいながら男が言い、ふわりと空中に浮かび上がった。


「……待て!逃がすと思ってるのか!」


「もう一度言うぞ。俺に構っていていいのか?家族が心配だろう。助けに行くといい」


後を追おうとするアルテアに、男は声をかけた。


「くっ……!」


男の言葉にアルテアは苦悶の表情を浮かべてわずかに逡巡し、飛び上がろうと脚に込めていた魔力をといた。


「……お前が生きていれば、いずれまた会うだろう」


そう言い残し、男はイーヴルが開けた空間の亀裂に消えていった。


「くそっ……!」


アルテアは忸怩たる思いで地面に拳を打ち付けた
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