両親に殺された俺は異世界に転生して覚醒する~未来の俺は世界最強になっていたのでちょっと故郷を滅ぼすことにしました~

あぶらみん

文字の大きさ
121 / 123
第二部

美しい花にはトゲがある

しおりを挟む
「すまない。助けてはもらえないだろうか」
 
 小綺麗な貫頭衣に身を包んだ、長い黒髪を後ろで一本に束ねた女性だった。鼻筋がくっきりと通っていて、その左右には切れ長の目がバランスよく配置されている。立っているだけで空気がピリッと引き締まりそうな理知的な顔をしていた。
 相手が女性だとわかったからか、それまで緊張していたリードの顔つきが少し和らいだ。

「おう、どうしたんでぃ」

「荷車がゆかるみにはまってしまってな」

 女が実直そうなよく通る声で言いながら、目だけで後ろの荷車を指す。
 見ると、確かに荷車は大きく傾き、車輪がすっかり泥に沈みこんでしまっていた。

「何度か押してみたんだが、いっこうに抜け出せそうにない」

 そう続ける女の額には汗が浮かび、綺麗な黒髪が数本、額に張り付いていた。

「仲間が助けを呼びに行っているのだが、この辺りでは賊が出ると聞く。あまり長居はしたくないんだ。すまないが、荷車を押し出すのを手伝ってはもらえないだろうか」

 女が軽く頭を下げると、リードはがしがしと頭をかき混ぜたあと、仕方ないというようにため息を吐いた。

「そりゃあ災難だったな。あいわかった。てめえ等、荷車押し出すから何人かこっちに来な!」

「応よ! 俺らにまかせときなぁ!」

 相手が女性だとはいえ、少し不用心すぎやしないだろうか。アルテアがそう思ったのもつかの間、口を挟む暇もなく、リードの呼びかけに屈強な男たちが勇んで集まってくる。美しい女性の頼みとあってか、男たちはいやに張り切っていた。

「……アルくんも行ってくれば?」

 いつの間にか、ノエルが馬車から降りてきていた。彼女の隣にはリリネットが、親の後ろをついていく雛鳥みたいに、彼女の服の袖にしがみついている。

「行かなくていいの?」

 ノエルが、じっとりとした目でアルテアと男たちを交互に見やる。どこか呆れているようにも見える。なんとなく、視線が痛い。

「いや……俺はいい」

「別に無理しなくてもいいと思うけど」 

「無理してない。行きたくない。人喰いの魔女かもしれんからな」

「魔女?」

 何の話? とノエルが首を傾げる。

「深い森の中で、ああやって言葉巧みに油断させ、近づいてくる。まさに御伽噺の魔女という感じじゃないか」

 アルテアが先程の御伽話を持ち出すと、ノエルは、あぁ、となんとも曖昧に頷き返した。

「ほほう……あれが迷わずの森の魔女というやつか」

 周りにひと気がないこともあって、ハクも話に混じる。アルテアの肩から顔をのぞかせるように、浮遊して本の角を突き出していた。はたから見ればかなり奇妙な光景だろう。

「お前、もしかしてそれで隠れてるつもりか?」

「ふぅむ、見た感じ特にかわったところはないのぅ。本当に魔女なのか?」

 ハクはアルテアの問いを無視した。アルテアは少しイラッとしたが、面倒なので追求はせずにハクに応じる。

「いや、本気にするなよ。あんな感じだろうなというだけで、別にあれが本物だと言ったわけじゃない」

 そもそも魔女とは魔法を極めた魔道の頂点。魔女と呼ばれる者は世界に四人存在し、そのいずれもが外見から能力、住処にいたるまで全てが詳細不明の謎の存在だ。それがこんな辺鄙な田舎道にいるわけがないだろう。居るとすればそれこそ迷わずの大森海のような人類未踏破の領域だろう。

「なんだ、そういうことか。つまらぬな。ま、それもそうか。確かにあの娘、整った顔立ちはしているがそれだけだ。魔女は美に魔力が宿る」

 やはり私くらいのレベルでないとな、と胸をはるように体を反らすハク。最後の自慢は無視しつつ、アルテアも同意を示す。
 ティアにターニャ、ノエル、そしてイーリスと、身近にいた女性陣が人間離れした美しさを誇るだけに、アルテアの評価基準はとてつもなく高い。

「お姉ちゃんのほうがびじん……!」

 リリネットがノエルを仰ぎ見て、絶対の真理を告げるように力強く言うと、ノエルはにこりと笑って彼女の頭を撫で回した。

「まぁ、美女だけど一般的な範疇だな」

「師匠の方が綺麗……かな?」

「私の足元にも及ばぬなぁ」

 各々が女性を見ながら好き放題に品評すると、ちっ、と舌打ちのような音が聞こえた気がした。

「ん? どうした、ねえちゃん」

「……いや、別に……」

 リードの問いに、なんでもないと女は首を振る。

「恥を承知で言うのだが……あとひとつ、頼みを聞いてもらえないだろうか」

「乗りかかった船だ。構わねぇぜ、言ってみな」

 申し訳なさそうに切り出す女性に、リードは鷹揚に頷いてみせる。

「本当に助かる。では──そちらの娘を置いていってくれ」

「……はぁ?」

 唐突な要求にリードが首を捻る。

「二度、言わせるな」

 女性の声が一段と低く下がった。切れ長の目に怪しい光を灯し、それまでの実直そうな雰囲気を一変させる。瞬間、しんと空気が冷えついた。

「その娘を、置いていってもらおうか」

 女性は繰り返し、射るような眼差しでリリネットを睨みつける。

「ちっ! おい、てめえ等──」

 すぐに荷車から離れろ、とリードが男たちに言いかけた次の瞬間、荷車にかけてあった布が舞い上がり、そこから幾人もの者たちが飛び出してくる。そして荷車を押そうと近づいてきた男たちを、一瞬のうちに組み伏せてしまう。

「なにっ!?」

「動くな」

 貫頭衣の中に隠していたのか、女はリードが動くよりはやく隠し持っていた剣を抜く。リードの首筋にぴたりと鋼の刃が添えられた。その剣身は、人の命を吸い込んでしまいそうな冷たい光を内に宿していた。
 いや、実際に何人もの命を吸っているのだと、リードとアルテア、何人かの男たちは直感的に理解した。
 そして、女が空いた方の手をさっと上げると、周囲の木々から大勢の者たちが姿をあらわし、アルテアたちに弓や杖を構えた。
 どうやら、あの女は魔女ではなく賊だったらしい。

「と、取り囲まれています!」

 スレインが上擦った声で叫んだ。アルテアはノエルとリリネットを庇うように少しずつ位置を変えながら状況把握につとめる。
 相手の人数は自分たちより少し少ないくらいだが取り囲まれている上、リードにいたっては女の気分次第でいつ首をはねられるかもしれない状態だ。リリネットも守らなくてはいけない。自分ひとりならどうとでも切り抜けられそうだが、これでは下手に動くわけにはいかなかった。

「り、リードさん……!」

 突然の事態にスレインは混乱しているようだった。

「へぇ……やるじゃねえか、ねえちゃん。見事な剣さばきだ」

 リードも不敵に笑ってはいるが、明らかに声はかたい。

「安心しろ。我々の狙いはそちらの娘だけだ。大人しく引き渡すというのなら、他の者に危害は加えない。それとも、犠牲を承知で抗ってみるか?」

 女は冷たく言い放ち、顎で周囲を指し示す。今にも放たれんと、ぎりぎりと引かれた矢の先端は、暗い緑色で濡れていた。
 毒だ、と見ただけでもわかるほど危険な色をしている。
 遅効性の毒なら当たっても最悪ノエルが治療できるが、もし即効性の致死毒なら、この人数を一度には救えない。大勢が死んでしまうだろう。

「ちっ……しゃあねえ」

 リードは剣を女の方へ放り投げ、両手を上げた。

「おめえ等も武器を捨てろ。暴れたり、余計な真似はするなよ」

 そう言ってリードがその場にどかりと座り込むと、男たちも観念したのか、皆が武器を捨てていった。

「おい、何してる。お前らもはやく武器を捨てろ」

 微動だにしないアルテアとノエルに、賊の女が武器を捨てるよう促してくる。一連の流れに、アルテアはなんとなく違和感を覚えたが。

「ニイちゃん、姐ちゃんもすまねえが、今は言う通りにしてくれ」

 リードにそう促され、リリネットをかばうように抱くノエルと目を合わせ、アルテアは黙って剣を捨てた。

「アルくん……!」

 ノエルは承服できないと声を荒らげるが、アルテアがそれを諌める。

「今は言う通りにしよう。リードさんにも何か考えがあるはずだ」

 そう。突然のことで面食らったが、当初から賊に襲撃されるのも計画のうちだ。つまり、リードの計画通りに進んでいるということだ。このまますんなり終わるはずがない。
 その意図を察したのか、ノエルも渋々、杖を放った。

「いいだろう。では、拘束させてもらう」

  女が部下に指示を出し、何人かの部下が縄を持って近づき、ひとりひとり縛り上げていく。そして、賊の女がリリネットに近づき手を伸ばす。

「ひぅっ……」

「リリちゃん!」

 ひどく怯えるリリネットをノエルが咄嗟に庇おうとするが、縛られて上手く動けず、賊の女にあっけなく押さえつけられる。

「動くなと、言ったはずだ。命が惜しければじっとしていろ」
 ノエルの頭を片手で地面に押さえつけながら、耳元に口を寄せて女はそう囁いた。
 女の身のこなしに隙はなかった。縛られたままではどうにもならないと悟り、ノエルは歯噛みする。
 女はノエルから体を離しリリネットを抱え、荷車の方へと踵を返す。

「目的は達した。撤収するぞ」

 女が静かに告げると、部下の男たちは、はっ! と短く返答しリリネットを荷車に載せた。女の言動に、アルテアはまた違和感を覚えた。いったいどこに、としばらく考えていると、視界の端で、一部の男がちらちらと下卑た視線をノエルに向けているのに気がついた。その中の数人が鼻息を荒くしながらノエルに近づく。

「おい、こんな良い女……王都でもめったにお目にかかれねえぜ。少しくらい、いただいちまってもいいよなぁ」

 アルテアは嘆息する。危害を加えないというのは所詮は賊の口約束だったようだ。ノエルに手を出そうと言うなら、たとえこちらに犠牲が出たとしても抵抗するつもりだった。

「止まれ」とアルテアが男たちを制止する。

「あ? なんだ、このガキ。ナイト気取りか?」

 ひゃひゃひゃ、とドブみたいな汚い声で笑う男たちに冷淡に告げる。

「その子に近づくな」

 ずん、と重い空気が男たちを襲う。

「お、おい!」と焦るリードを無視して、容赦なく殺気を放った。
 苛烈ではなかった。だが、死を想起させるには十分だった。
 蛇が足元からゆっくりとせり上がるように、黒い威圧がじわじわと男たちを蝕んでいく。

「あっ……かっ……」

 あまりの威圧に身体の自由を奪われ息ができないのだろう、魚のように必死に口をぱくぱくとさせる男たちを、アルテアは冷たい目の色でさげすむように睨んだ。

「止めろ!」

 厳格な声が響いた。さすがに異常に気づいたようだ。賊の女が険しい顔つきで向かってきた。戦闘になる。そう思い、まずは最も厄介そうなこの女から無力化しようと動き出そうとしたところで。 

「部下が失礼をした」

 女はそう言って軽く頭を下げた。予想外の展開に、アルテアはきょとんとしながら「あ、いや……」と呟き殺気を抑えた。
 ノエルも驚いたようで大きな目をぱちくりさせている。
 それまで張り詰めていた空気が弛緩していき、賊の男たちがどさりと地面に膝をつく。

「我らが奪うのは悪辣な下種共からだ。それ以外の者に刃は向けん。この愚か者共には後ほど罰を与える」

 背後の男たちを尻目に女はまた頭を下げ、行くぞ、と男たちに声をかけて踵を返した。

「運べ」

 女が言って手を振ると、賊たちは傾いた荷車を持ち上げ、山道の奥へ引っ張っていった。アルテアたちが乗っていた馬車もまた、賊たちによって薮の奥へ消えていった。

「機会があればまた会おう。さらばだ」

 全てを見届けた女は盗人らしからぬことを言い、藪の中へ姿を消した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

前世で薬漬けだったおっさん、エルフに転生して自由を得る

がい
ファンタジー
ある日突然世界的に流行した病気。 その治療薬『メシア』の副作用により薬漬けになってしまった森野宏人(35)は、療養として母方の祖父の家で暮らしいた。 爺ちゃんと山に狩りの手伝いに行く事が楽しみになった宏人だったが、田舎のコミュニティは狭く、宏人の良くない噂が広まってしまった。 爺ちゃんとの狩りに行けなくなった宏人は、勢いでピルケースに入っているメシアを全て口に放り込み、そのまま意識を失ってしまう。 『私の名前は女神メシア。貴方には二つ選択肢がございます。』 人として輪廻の輪に戻るか、別の世界に行くか悩む宏人だったが、女神様にエルフになれると言われ、新たな人生、いや、エルフ生を楽しむ事を決める宏人。 『せっかくエルフになれたんだ!自由に冒険や旅を楽しむぞ!』 諸事情により不定期更新になります。 完結まで頑張る!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】487222760年間女神様に仕えてきた俺は、そろそろ普通の異世界転生をしてもいいと思う

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
 異世界転生の女神様に四億年近くも仕えてきた、名も無きオリ主。  億千の異世界転生を繰り返してきた彼は、女神様に"休暇"と称して『普通の異世界転生がしたい』とお願いする。  彼の願いを聞き入れた女神様は、彼を無難な異世界へと送り出す。  四億年の経験知識と共に異世界へ降り立ったオリ主――『アヤト』は、自由気ままな転生者生活を満喫しようとするのだが、そんなぶっ壊れチートを持ったなろう系オリ主が平穏無事な"普通の異世界転生"など出来るはずもなく……?  道行く美少女ヒロイン達をスパルタ特訓で徹底的に鍛え上げ、邪魔する奴はただのパンチで滅殺抹殺一撃必殺、それも全ては"普通の異世界転生"をするために!  気が付けばヒロインが増え、気が付けば厄介事に巻き込まれる、テメーの頭はハッピーセットな、なろう系最強チーレム無双オリ主の明日はどっちだ!?    ※小説家になろう、エブリスタ、ノベルアップ+にも掲載しております。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...