上 下
70 / 131

第70話 ミー? ミーが生きている?(オヤブン視点)

しおりを挟む
 もう、ミーに逢う事はない。
 逢いたくても逢えない。


 ずっとそう思っていた。

『ミーちゃんはココにいる。生きているんだ。傷を負ってしまっているけど、ちゃんと、生きているんだ』


 え?

 生きている?

 傷を負っているけど、生きている?



 俺は自分の耳を疑った。

 ミーが生きている、このチビ白猫はそう言った。



 もしかして動けないけど生きているのか?
 それとも俺に逢いたくないのか?

 だけど、あの例の事故の前の晩まで、ミーからの俺に対する想いは、くすぐったいくらい伝わってきていた。

 嫌われてはいないはずだ。

 だけど、生きているんなら、なんらかの形で、覗き込んだ時、俺には見えた筈だ。





 だから、アイツ、あのチビ白猫からの心の声は、きっと俺の妄想なんだ。

 俺はもう、ミーの事を考えすぎて、妄想するようになってしまったんだ。

 チビ白猫との頭の中の会話は、きっと俺の願望なんだろう。



 そう思った。



 そう思ったけど......生きている。
 そう、一度聞いてしまったら、俺の心の一部がちょっとだけだけど期待した。


 もう、絶対逢えない。

 そう思っていたミーに逢える。逢えるかもしれない。


 俺は確かめずにはいられなくなり、ミーの飼い主達に見つからないよう、忍び足でだけど素早く、ミーの家の庭に下りた。


 少し前まで、雑草が生い茂っていた草が、やけにこざっぱりとしていた。


 そうか、飼い主達もミーが居なくなった事への寂しさを乗り越えたのかもしれないな。


 だからあのチビ白猫を飼い始めたのかな......。


 俺も乗り越えなきゃならねーのか?


 やるせねーよ。

 俺はちゃんと現実を見ようと、窓から顔を出してミーの家の中を見渡した。


 そして、チビ白猫のさらに奥に、俺の目がおかしくなったのか、ミーによく似た猫が塞ぎ込んでいる様に下を向いていた。


 俺の心臓の鼓動がドクッと大きくなった。

 そしてミーに良く似た猫が、顔を上げてこちらを向く。


 目が合った。


 ミーだ。


 あの色っぽい艶のある顔はミーだ。

 鼻の横に生えている1cm四方の黒毛が愛嬌あって可愛らしい。


 口元の傷は痛々しいが目の前に、夢にまで見たミーが居た。

 ミーと目が合い、あの艶っぽい緑の目と目が合い、ドキッとして、思わず俺は飛び上がった。



 ミー、ミーが目の前に居る。

 俺はミーに語りかけた。

「ミー、ミー」


 俺が呼ぶとミーは辛そうに顔を背ける。

 小さな可愛らしい前足で自分の顔を隠している。

「み、見ないで。私のこんな汚い顔見ないで」

 本当に辛そうに言うミーの声。


 だけど、何度も夢に見たミーの声。


「な、何言っているんだ。ミーは綺麗だよ。
傷は痛々しいけど、痛くないか、心配だけど、その色っぽい目元、変わらず綺麗だよ。
何より、生きてて良かった。本当に良かった」


 俺はそう叫んでいた。

 家の中の人の事も気にしていたから、そんなに大きな声ではないが......。

 もう、俺の声は安堵からの感情の昂りがすごく、悲鳴の様に震えていた。

「う、嘘よ」

 そう呟いたミー。
 そんな風には言っているが、俺の声がミーの心に届いたのかゆっくりと俺の側、窓際まで、歩いて来てくれた。


 戸惑っている様子で、信じられないとでも言うように、でも少し嬉しそうに、ゆっくりと俺の近くまできてくれた。

 窓を挟んでだが、ココならミーの声がハッキリ聞こえる。

 それに、ミーの足取りを見ると、外傷は顔だけだったのかふらつきも無く、しっかり歩いていた。


 よ、良かった。


 本当に、良かった。

「避けていて、ごめんなさい。こんな姿になった私は、もうアナタに嫌われてしまうかと思っていたの。辛かった。

貴方に、オヤブンさんに逢いたかった」


 恥ずかしそうにミーが呟く。

「ミー、嫌いになんかなるものか。ミー、俺の可愛いミー。生きていてくれた。良かった。本当に良かった」

 俺は窓ガラスの向こうに居るミーに向かって右の前足を伸ばした。

 ミーも、戸惑いながらも、窓ガラス越しに俺の右の前足に自分の左の前足を重ねた。



 視線を感じる。

 

 チビ白猫がニヤニヤした顔でこちらを見ている。



 き、気まずい......。




 なんだか俺は無性に恥ずかしくなった。

 それに、子供には教育上良くないよな。

「ミー、まだ傷に触るから夜の散歩は無理だよな? 日中に、許してくれるなら、また逢いにきても良いか? そして傷が治ったら、また二人で一緒に夜の散歩に行きたい」

 俺がそう言うと恥ずかしそうにミーは頷いた。


「じゃー、またな」

 そう言い、また俺は歩きだした。

 後ろを振り向かなかった俺はミーがどんな表情をしているか分からなかったけど、子猫の前で臭い台詞を言い過ぎたからか、恥ずかしさで、どうにかなりそうだった俺は少し早足で、足を前に進めた。


 でも、また明日、ミーに逢える。

 ミー、何度も言うけど......良かった。

 本当に良かった。

 ミー、生きててくれて、ありがとう。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

星の子星夜と異世界チート能力者

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:3

公爵令嬢は死んだふりで危機回避します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:275

儚い花―くらいばな―

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:0

獅子騎士と小さな許嫁

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:873

前世は剣帝。今生クズ王子

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:18,211

過去と現代を行き来する時代

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

私に、ふさわしい人。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

PRISONER 3

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:6

処理中です...