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第二章 新たな始まり
第18話 腕の中再び (ショウ視点)
しおりを挟む俺はタイアンさんに触れている間、マッサージをさせていただいている間、今、俺が触れているのはタイアンさんではない。そう思い込んでなんとかマッサージをやり続ける事ができていた。
そうしないと練習どころではない。
実際俺の雇われている店では服を着たままのコースもあるが、だいたいは服を脱いでバスタオルをかけて、オイルを塗りながら直接肌に触れたりするんだが、なんだかそんな格好でマッサージをするなんて今の俺の心臓にも良くない。
タイアンさんに、この前、温かい湖の中で抱きしめられていた時、筋肉質でとても良い身体をしていると内心俺は思っていた。
そんな身体を直視してしまったらバスタオルをかけていたとしてもそれこそ練習どころではない気がする。
それにこんな寒い所でそんな格好になる訳にも行かない。
服の上でも、人形ではなく生身の人で練習するというのは充分練習になる。こんなラッキーな事はない。
俺自身、練習をするのは人形でするのと休み時間や家(洞窟)に帰ってから自身の掌や足の裏ぐらいしかしたことがない。
明日ぐらいから少しずつアースさんが練習相手になってくれるとは言っていたけれど……。
俺は深呼吸を繰り返し仕事モードになれるように意識を集中した。
気持ちを切り替えたことが良かったのか、そんな風にうだうだと考えていた俺だったが……マッサージを始めるとなんとか仕事モードになれたみたいで、俺は頭の中でアースさんに教えていただいた知識を思い返しながら、繰り返しながらタイアンさんの硬くなっている身体を解した。
タイアンさんに触れていた自分の掌はずっとポカポカと暖かいような気がしてその間、俺自身もその温もりが気持ち良かった。
「どうでしょうか? 習ったこと一通り試させて頂きました。痛かったりしなかったでしょうか?」
なんだが夢中になっていた俺はかなり長い間、マッサージをさせて頂いていた気がする。
不快ではなかっただろうか?
ゆっくり起き上がったタイアンさんが振り返った。
タイアンさんは顔が少し赤いが眉間には皺は寄っていない。
「いや、身体が軽くなった気がするよ。ありがとう。先程言っていたお礼と言うのはコレで十分だ。貰いすぎている気さえする」
そう言ってタイアンさんが僅かに口元を緩ませた。
整った顔立ちだから普段、怖そうに見えるタイアンさんが少し口元を緩めただけで、なんだか心を開いてくれている様に見える。
「とんでもないです。ありがとうございます。これでお客様に触れることも怖くなくなった気がします」
嬉しくなって俺の顔も緩む。
きっと今俺は、だらしなく笑ってしまっている様な気がする。
だけど嬉しいんだ。
少しだけ本当に少しだけど自信がついた。
今日はお客様を怒らせてしまって凹んでいたけど、明日もそんなことを気にせずに出勤する事ができる。
「汗をかいただろう? また水を温めたから……眠る前は身体を温めた方が良い」
俺が少し考え事をしている間にいつの間にやらタイアンさんが湖の側まで移動しており、また魔法で、湖の温度をお風呂の様に温めてくれたみたいだ。
俺は前世の記憶が戻ってから実は湯船がとても恋しかった。
しかし俺は魔法が使えないし未だにお金もないから暖かいお湯に浸かるなんてそんな夢の様なこと物理的に無理だった。
たまにアースさんの家で入らせてもらった事はあるけど……この世界には湯船に浸かるという習慣がないのかシャワーのみだったしアースさんに頻繁に浴室を借りるのは流石に非常識だろう。
給料を頂いたら俺も清潔面に関しても考えなくてはならない。
今までは一人で生活していたから少々臭ったとしてもなんとでもなったがこれからは客商売だ。
清潔感はとても重要になってくる。
まあ今までもある程度身体を拭いたりはしていたのだが……。
そんな訳でタイアンさんが言ってくれている事は俺にとってすごく嬉しい事だった。
だけど……。
一緒に入るんだろうか?
もちろん裸でだよな?
まあ別々に入るとしても衝立とかないし……それに恥ずかしがる事ないよな男同士だし……。
「何をぼーっとしている。早く身体を温めて、休まないと明日も早いのだろう?」
そう言ってタイアンさんが服を脱ぎ始めた。
これはやはり一緒に入るという流れだよな?
それに男同士だしこんな風に意識してしまう俺がおかしいんだ……。
「早くしろ、ここは入浴するには足がつかない場所もあって危ないから……」
そう言いながらタイアンさんは顔を赤くして俺から目線を外す。
そうか……タイアンさんは俺のことを心配してくれているんだ……。
それに確かに俺は魔力もうまく使えないし、この湖、どこぐらいから足がつかないのかも分からない。
運動神経すら皆無な俺はタイアンさんに支えてもらわないと入ることも難しいだろう、というか一人で入ると溺れてしまう危険性があるということだ……。
そりゃ入らないという選択肢もあるだろうが……。
俺は目の前の湯に少しだけ手を入れた。
温かい。
俺は前世で風呂が大好きだったんだ。
せっかく目の前に風呂がある。
俺は恥ずかしさは後回しにして衣服を脱ぎ始めた。
タイアンさんはもう脱ぎ終わって待っていてくれている。
多分俺一人で湯船に入っていくのは危ないと思っているんだ……。
一枚一枚衣服を脱ぐ。
なんだろうここの空間の気温自体をタイアンさんが上げてくれているのだろうか?
思ったよりも寒くない。
だけど緊張と恥ずかしさで手が震えてしまって上手く脱げない……。
そんな俺を見かねてか、いつの間にか離れた所にいたと思っていたタイアンさんが目の前に来ていた。
そしてタイアンさんが俺の衣服に触れた途端、俺は裸になっていた。
俺の衣服が一瞬で消えてしまったのだ。
へっ、こ、こんな魔法もあるというのか?
衣服を消してしまった訳ではないらしい。衣服は先程、タイアンさんにマッサージを行ったベッドの上に畳まれて置かれている様だった。俺の衣服の隣にタイアンさんの豪華な衣服も置かれている。
自分の身体を隠すものが急に無くなった俺は狼狽えてしまい、なんだか湖に飛び込んでしまいたい衝動に駆られた。
あんな良い身体の前でこの貧相な身体を晒したくはないのに、俺の細い腕ではさほど隠せない。
ないものねだりと言うものだろう。
前世では俺はかなり鍛えていたからタイアンさんほどではないがある程度逞しい身体をしていた。
あの時は理性、欲望を打ち消そうと親友を邪な気持ちで見てしまう自分が嫌で身体を鍛えたりスポーツばかりに打ち込んでいた。
だから前世の俺はある程度運動神経も良かったし、なんでもそつなくこなしていた。
だけどこんな俺はアイツ(前世の親友)の恋愛対象になんてなり得ないと思っていた。
あの頃は女性の様な細くて綺麗な身体を羨ましく思ったものだが……。
まあ今はあの頃と違って色も白いし身体も細い、子供に間違えられてしまうほどだから、だからといって女性の様な丸みもないし柔らかさも全然ないのだけれど……。
とにかく俺はこの身体を見られることが恥ずかしかった。
顔、身体、全てが熱い。
ここの気温を上げてくれているからかそれとも俺の羞恥心のせいなのか……。
「では入ろうか? 危ないから嫌かもしれないがこちらに来てくれ」
タイアンさんが当たり前のように自分の腕の中に来る様に促してくる。
この前の様にタイアンさんに抱きしめられながら湯の中に入ると言うことだろうか?
ちょっと待て確かにそうしてもらうのは2回目だ。
だけどあの時は半分意識がない様なものだった。
それに体だけ綺麗になれば何も中に入る必要もない。
ここはお礼だけ言ってココで布を使って温かい湯で拭かせて貰えば身体の汗は充分流すことができる。
何もタイアンさんに迷惑をかけてまで湯船に浸かる必要もない。
分かっているのに自分の口から中々断りの言葉が出てこない。
温かく気持ち良さそうな湯船と、温かそうで気持ちよさそうなタイアンさんの胸板に目を奪われ俺の喉がゴクリとなった。
気がつくと俺は吸い寄せられるようにタイアンさんの胸の中に遠慮がちにゆっくりと飛び込んでいた。
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