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お昼の時間、二人の取り巻きを失った私は一人だった。

教室ではそれぞれグループができていたから、こちらをチラチラ見て「誘ってもいいのか?」なんて気を利かせた囁きが聞こえてきた。言葉の中には聖薇への遠慮があって、怖がっているようにも聞こえる。

彼らは力に振り回される日和見の人間ということだ。私が虐められていれば虐めるのだ。醜ければ馬鹿にするのだ。気を使われて嬉しくても、私は既にそれ素直に受け入れるほど真っ直ぐな心根の愚かな人間ではなくなっていた。

私は誰かが行動を起こす前にお弁当を持って教室を移動した。一つ、行きたいところがある。主人公の教室だ。

主人公は――花園香穂は、素晴らしい女の子だった。私は彼女のようになりたかった。彼女になれない今、私は彼女と友達になりたい。彼女しか信頼できない。だって、ゲームは心の中がつまびらかに語られる。心の声に嘘はつけないはずだ。

私が廊下を歩くと、人はスっと道を開けて「こんにちは」なんて声をかけてくる。嬉しくて微笑み返してみると、人は喜んでくれる。美しい人間は視線一つで人を幸せにできるのだ。その逆が然りである、ということもよく知っている。私がブスならこいつらは足を引っ掛けたりクスクス笑うのだ。そういう、汚い連中なのだ。

Cクラス――主人公の教室。賑やかしい仲良しクラスだ。聖薇は弱者が傷を舐め合っているだけだと、Cクラス自体嫌っていた。その中でも特に主人公を目の敵にしていたけれど、Cクラスは特進科を嫌って聖薇を目の敵にしていたから、おあいこと言えるだろう。

故に、入り口に立っただけで目を付けられてしまった。

「何か御用ですかね、特進科の御崎様」

虚勢を張るように腕を組んで私を睨みつけてくるのは、相沢悠介。彼も攻略キャラである。

熱血漢のクラス委員。毎日のバイトに耐えられるよう、体は鍛えていて、スポーツも万能。でも卒業したら一人暮らしをするために部活ではなくバイトをするバイト戦士だ。意志の強い瞳と、全体から溢れ出てくる粗野さが、ワイルドという扱いを受けている。苦労しているし勤勉な性格だと思う。猫と主人公に優しくて、日々の癒しとして扱っていた。

彼は、父親が御崎財閥関連の銀行で御崎財閥関連のトラブルの責任を負わされてしまい身代わり出向をさせられてしまった。それがきっかけで彼の両親は離婚して、今は新しいお父さんがいるそうだ。御崎財閥の縁の怨かもしれないが、聖薇には直接関係ない。でも憎き御崎財閥の令嬢だから、と恨まれている。ルートの終わりには彼に土下座をさせられる。

私は、彼はあまり好きじゃない。私は土下座慣れをしているからだ。「生まれて来てごめんなさい」と全裸で土下座させられた体験と、聖薇の「ごめんなさい」という土下座が、私の中で重なったのだ。醜くバカに生まれたのは私のせいじゃないし、彼の父親が出向させられたのは聖薇のせいじゃない。

「花園さんとご一緒しようと思って、お誘いに来たのですけど」

私は嫌だなぁと思ってしまったから、少しだけ顔に出たのだろう。入り口で通せんぼしている相沢が反吐を吐くように睨みつけて来た。

「はぁぁ? お前が? 香穂ちゃんと?」

フンと鼻で笑ったあと――けたたましく爆笑。あっはっは! と馬鹿にしたように手を叩いた笑う。

やっぱり彼は嫌いだ。こんな動作の一つ一つで私は怯える。嫌なことを思い出す。何かするたびに私は笑われて、馬鹿にされて、屈辱だった。生きていていけないと思った。いちいちにビクついて怖くなって、もっと何もできなくなった。そんな体験を喚起させる。だから、どんなに他のシーンが素敵だと思っても、彼のルートだけは一回切りだ。

「はぁ」とため息をついて、彼は笑い止んだ。それから私のことをまた睨みつけて来た。鋭く射抜き、斬り殺されそうな眼光だった。

「帰りな」

「……花園さんとお話させてください」

「やだね。俺が許さない」

まるで自分の所持下のように彼は言う。まだ付き合っていないとしたら、一体どんな権利があってそんなことを言うのだろう。

人の視線も集って、私は堂々として高飛車な聖薇のはずなのに、居心地が悪くて萎びてしまいそうだった。

そのとき、教室の友達の静止の声を振り切って、花園さんがこっちへ来た。ボブカットと膝丈のスカートがフワフワと揺れて、こちらにも甘い香りが漂ってきそうだった。

「ねえ、相沢君」

こちらに目一杯だった相沢は「香穂ちゃん?」と驚いた様子だ。花園さんはほんのりと笑って「ちょっとごめんね」と、少し気まずそうだった。

薄い色の瞳がこちらに向く。綺麗な、ビー玉みたいな瞳だ。

「お昼、誘いに来てくれたの?」

「そう。ご一緒したいと思ったのだけど、不躾だったかしら……」

「ぜんぜん」

花園さんは横に首をブンブン振った。女の子らしいのに、こういう動作は子供っぽい。無邪気なのだ。

「あの、お友達の方は……」

「大丈夫! 今行くから、ちょっと待ってて!」

「おい!」という相沢の制止を振り払い、花園さんは自分の机に向けて駆け出していった。

「やめろよ! 何されるかわかんねぇぞ!」

「でも私、御崎さんときちんと話したことないから……なんだか誤解しちゃってるところ、あると思うの」

相沢君の目つきは怖い、なんて主人公は心の声で言っていた。それでも真っ直ぐ見つめ返す強さは、自分の芯を持っている証拠だ。

綺麗な瞳に見つめ返されて、相沢はぐぐぐっと喉を詰まらせた。色々な言葉が競り上げては止まってしまう。やがてため息を吐いて「わかった」とうなだれた。
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