小足姫 ~Fake~

睦月

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―――ぴちゃり、ぴちゃり… 

 石造りの居室の大きな天蓋つきの寝台。

 下げられたヴェールの中から、荒い鼻息と何かを貪る水音。

 醜く太った男が、恭しくその手に持ち丹念に舐め回すのは… 


 彼の娘の足。


「ふぅ……

愛らしい…まるで花の蕾のようだ…」

 うっとりと夢見るようにその足に頬擦りをする。

 彼がその昔旅の商人から聞いた遥か異国の美姫達の話し。

 閨での為だけに存在する彼女達は、小さな小さな足をしていると。

 その小さな足自体が欲望を受け入れる場所となり、そのバランスのとりずらい足で歩くことにより性器もまた発達するらしい。

 ただ、男を受け入れ悦ばせる為だけに存在するオンナ。

 話しを聞いてから、好色な彼は密かに憧れ続けていた。 

 まさか… 

 領主として表向き信頼を得ている自分が、こんな性癖を持つなどと知られる訳にはいかない。 

 成人してからでは、もうその「加工」を施すことは出来ないということだし、その辺の幼女を拐かすことも出来ない。 

 話しを持ちかけて来たのは例の商人で… 

 奴隷市から買って来ましょうか、と。 

 その囁きは甘美に胸を擽る。 

 世間には遠縁の娘を引き取ったとでも言えばいいと。 

 病弱な可哀想な娘を引き取り、ヒッソリ育てていると言えば、外に出さずとも良いのではないか。 


 このご時世当たり前の政略で結婚した妻は、山ほど持参金を持ってきた凡庸でつまらない女。 

 おとなしく従順なのだけが取り柄だ。 

二人の娘が出来た後は、全く寝室を共にすることもなくなっていた。 


 日毎に彼の中で高まる欲望。 

 今までだって… 

 側付きの侍女と称した妾は常にいたのだ。 

 固く口止めし、身分に不足のない男に嫁がせていた。 

 その為か、彼の性癖について表向きとやかく言う者もいない。 

 そして、ついに彼はその誘惑に負け、商人に小さな娘を買ってくるようにと申し伝えた。 

 にんまりと金貨の入った袋を持ち、商人はそそくさと居城を辞去していき、闇の市場で極上の娘と、もう1人必要な人物を探しだした。 

「小さな足」を拵える人物だ。 

 技術を知らなければ、ただいたずらに腐らせてしまう…と聞いたことがあるからだ。 

 顔の広い商人のこと、すぐさまその人物を見つけ出し、彼に助言を受けて娘を選んだ。 

 可愛らしい、手頃と思える少女はたくさんいたのだが、なかなか首を縦には振らない。 



 命を受けて三月ほども経ち、まだか…と催促が届くようになってから、ようやくこれをという娘を見つけた。

 商人から見たら、代わり映えのしない薄汚れた幼女なのだが。

 まだ自分がなぜ両親から離されここに連れて来られたかも解っていない、ほんの三歳の少女。

 風呂に入れて綺麗にし、たらふく食べさせてやると満足してぐっすりと眠り込んだ。


 その夜が、幸せに眠れる最後の夜とも知らずに。

 その薔薇色の頬を見ていると、さすがに非情な商人もちくりと胸が痛んだ。

 ところが、施術をする男…凱は涼しい顔でいる。

「あなたは何をそんなに苦しげな顔をするのですか?私の国では上流の婦人ならば皆することです。野良に出る女でもあるまいに、小さな足は女性の美しさの条件の一つなのですから」


 領主に娘が見つかった…と書状を送り、その中に凱からあと一月は施術の為居城には連れて行けないと言われたとしたためた。 


 便箋を封筒に入れ、封緘するとほぉ…と重い息が漏れる。 

――明日、からか… 

 あの小さな足を更に小さく育たないようにしていく。 

 彼の国では成人しても10cmに満たない足の美姫が存在したらしい。 

 凱からは、この国では人の目に奇異に映るだろうから、人里離れた住居を用意してほしいと言われていたので、村から外れた森の入り口近くの元猟師小屋を手配してある。 

――まぁ、俺は仲介するだけのこと… 

 一抹の後ろめたさを与えられた金貨の対価と宥めて、眠りについた。 



 翌日、凱と娘を小屋まで送り、一月後に迎えにくる約束をして商人は去っていった。 


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