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しおりを挟む翌早朝…
まだ森に乳色の靄が掛かる時刻に凱に起こされて、見たこともない綺麗なドレスを着せられた。
すべすべとした手触り、柔らかな真珠色の上質の絹。
小さな足を包むのも、とも布で作られたビーズと刺繍のあしらわれた可愛らしい靴だった。
物珍しさに袖口のレースをつまんでみたり。
「ああ、良くお似合いですね。
さあ行きましょうか」
一月暮らした小屋には生活用品がそのまま残されて、凱の様々な小瓶だけがきれいさっぱり片付けられていた。
抱き上げられて表に出ると、見たことのない立派な紋章のついた二頭立ての馬車。
馭者が恭しく頭を下げて扉の前で待っていた。
馬車の中に乗り込むとすぐに馬車は走り出した。
村に差し掛かると、領主の紋章のついた馬車を村民は興味深く見つめ、窓から見えた美しく愛らしい少女に息を飲んだ。
まるで人形のような美しい少女が、その後何年も村人達の噂の種になった。
見られなかった者は酷く悔やみ、自慢気にそのさまを話す人々を羨んだものだ。
村がそんな騒ぎになっているとは知らない少女は、窓から見える田舎の風景を珍しく眺めていた。
「凱…
あの生き物は何?」
「あの人は何をしているの?」
街中で育った彼女は、見るもの全てが新鮮だった。
彼女の問いに静かに答えながら、凱は教える。
この人々、土地全てが領主である貴女のお父様のモノなのだと。
やがて市街地に差し掛かり、その頃には早くに起こされた彼女は眠ってしまっていた。
そのため街の人々は彼女の姿を見ることはなかった。
街を抜け、小高い丘の上にある領主の居城。
働き者の領民と豊かな土地柄で、代々賢主と呼ばれる領主は裕福だった。
一地方の領主の住まいにしては豪奢な造りで、民の誇りでもあった。
「お嬢様、そろそろ着きますよ。お住まいが見えて参りました」
「ん、んぅ…」
「ご挨拶は覚えてらっしゃいますか?私と練習しましたでしょう?」
「ん。大丈夫…」
「そうですか。では、背中をしゃんとしていつも通りにしてらして下さいね」
きゅ…と珊瑚の唇を結び、こくりと頷く。
凱はその姿を満足げに眺めた。
――足は…
まだまだ完成ではないが、この少女は領主に気に入られるだろうと確信していた。
門を潜り、大きな扉の前に馬車が停まる。
外側から馭者が馬車の扉を開き、黒いマントをまとった凱が彼女を抱いて下りる。
扉の前に待ち構えていた使用人が、その姿に息を飲む。
闇をまとったような美しい男と、生き人形のように可愛らしい少女。
数秒見とれた後に、ごほんと咳払いをして屋敷内へと案内をした。
「真っ直ぐ前だけ…」
小声で凱が囁き、見たこともない調度品に目を奪われそうになるのをぐっとこらえる。
天井の高い玄関ホールを抜け、廊下を進む。
突き当たりにある扉を開けると、そこが領主が対面する部屋のようだ。
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