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果実 10
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十列並ぶ製造機の一番奥の更に奥、五機だけが、取り残されたように壁際に設置されていた。
「これは予備として置いてあるものなんだけど、二機は今稼働していて、一機は私が私用で使っているんだ。この左端のだね」
次郎はそれを慈しむように撫でた。五機のうち、これとその隣のもう一機は稼働しているようだ。
「君には右端のものを使ってもらおう」
「これを、どう使うんですか?」
果実製造機で作ることができるのは果実だ。もしかして、千秋の頭部から取り出した種でもって新しい果実を作って、それを心の慰みにしろとでも言うのだろうか。しかしそれでは、もう一度千秋に会うということにはならない。
「私がここまで勿体つけたわけが分かるかな?」
「いえ、全然」
「そうか。なら、心して聞いてくれ。ここから先は、果実業界のタブーに触れることになる。それに、このことは絶対に口外してはならない。君が私から聞いたことを口外すれば、果実業界全体を揺るがしかねないし、私と私の家族に、と言っても、子供はいないから妻の冬美だけだが、とにかく危険が及ぶことになりかねない。
もうそうなれば、私は君にどんなことをしても、復讐するよ。それくらいの覚悟で聞いて欲しい……ま、君のように若い人からしたら、私なんかが凄んでも怖くはないだろうけどね」
次郎は場を和ませるように言った。怖くない、なんてことはありえなかった。確かに次郎は初老だし、自分は若いから、正面きって殴り合いになれば、勝てるとは思う。しかし、その座った目の本気さを前にすれば、それを恐ろしいと思わずにはいられなかった。
「誰にも話したりしません、絶対」
「ありがとう。では、ここからが本題だ。果実は果実の種とその他の材料を使って作られるのはもう分かったね」
「はい」
「果実は死ぬと種を残す。その果実の種を使って作られる果実は、種を残した果実とはまったくの別物だ。しかし、果実の記憶や意識、それに容姿までをそのまま引き継ぐことができる。これを我々は転生と呼んでいる」
「てことは、千秋さんは?」
「千秋の記憶を持ったまま、また生まれることができるんだ」
言われた瞬間、光はその場に座りこんだ。膝から力が抜けて、動けなくなる。手が震えていた。千秋にもう一度会える。今までは半信半疑だったが、だんだんとそれが現実味を帯びていくような気がした。
「これは、橘果実店の創業者、私の前の社長が見つけた方法なんだ。その昔、今から五十年以上前だね。果実が市場に流通する前の話だ。今現在では、果実の元になる果物の種は、リンゴや柿、柑橘類などが多いんだ。それはなんでかと言うと、種の数がちょうどいいから。単純だね。
例えば桃や梅なんかだと、種子は一つしかないから、果実の数を増やすには不適切だ。逆に、キウイみたいに種が多すぎるものは一つ一つの種が貧弱で増やすことが難しかった。自然と、今のやり方に収まったんだよ。
でも、それ以前には、桃や梅で試されていた時期もあった。その時期に、前任の橘社長がこの方法を見つけたんだ。たまたまね。
一つの種に、自分の精液、それに今はかなり改良されているけれど、当時の培養液。それと、昔は製造機もまだ黎明期だった。粗雑な作りだったんだろうね。橘社長は指を切って、血を流して、それが果実の材料と混ざってしまって、その結果、姿や記憶のすべてを引き継いだ果実が生まれたそうだ。
それから橘社長は独自に実験を続けて、種が複数あるものでも、すべての種を同じ製造機に入れることで、転生させることが可能だということを発見したんだそうだ。
それと、精液と血液の提供者は、生きていた頃の果実と関わっていたものでなければならないらしい。特に、恋愛感情などは、直接の相手でなければ、引き継がせることができないらしいんだ。これも、橘社長は試したらしいよ」
「てことは、千秋さんを転生させることができるのは」
「そう、君しかいない。ただ転生させるなら、私にもできるがね、君と千秋の二人だけが持った感情は、君と千秋にしか転生させることはできない」
「そうなんですね。でも、なんでこれ、社外秘なんですか? 別に悪いことではなさそうなのに」
「いや、悪いことだよ」
次郎は断言した。
「なんでですか?」
自分と千秋の関係が悪いものだと言われたような気がして、光はカチンときていた。
「いいかい、果実ってのは、社会通念上、物ということになっているんだ。それが記憶を引き継いだらどうなる? 魂の存在を認めなければならないだろう? 果実はあくまで道具や食料でなければならない」
「なんでですか? 魂があるならあるでいいと思うけど……」
「ちょうど私くらいの世代はね、谷間の世代と呼ばれているんだ。聞いたことがあるだろう?」
「はい」
ある年代だけが、急に未婚率が上がり、出生率が減った世代があった。それが次郎の年代で、谷間の世代と呼ばれていることも、光は知っている。
「我々の世代はね、ちょうど果実が市場に流通しだした時に、結婚するかどうか、という年齢だったんだよ。その時期に果実が流行ってしまったってのは、後々大問題になった。果実にハマってしまう人が多かったんだよ。
それこそ、人間の女の人と違って、果実ってのは都合がいい存在だからね。機嫌を取る必要もないし、やりたい時にやれる。男からしてみたら、最高の相手だったんだ。それで果実に溺れて、婚期を逃した男がたくさんいる」
そういえば、次郎の妻の冬美もかなり若い。三十歳くらいの歳の差がありそうだ。もしかしたら、次郎もその口だったのかもしれないと思いながら、光は突っ込むのはやめておいた。
「果実自体を禁止するという手もあったんだが、一度手に入れてしまった果実の有用性を手放すことはできなかったんだ。玩具としてはもちろんだけど、果実は食料として非常に優秀だった。何せ、栄養価が高い。体に必要な栄養素を相当多くを含んでいるからね。給食にだって出ているんだから。
そういうわけで、禁止はせず、徹底的に果実を”物”として扱うという空気が、政府主導で作られたってわけだ。
だからね、果実が物なんだという概念を覆すことは、国といてはあってはいけないんだ。だから、こうして記憶やらを引き継がせ、魂があるのではないかと考えさせられてしまうような行為は、圧倒的に悪なんだよ。
さぁ、そうと分かっても、君は千秋とまた会いたいかい? 圧倒的に悪な行為に手を染めてでも、一緒にいたいと思うかい?」
愚問だった。
「会いたいです。一緒にいたいです」
「誰にも話さないと誓えるね」
「もちろんです。社員が社外秘を人に話すなんて、問題外じゃないですか、この時代に。コンプライアンス違反じゃないですか」
光がそう言うと、次郎はニヤリと笑った。
「よし、じゃあ早速やってごらんなさい。さっきまでの手順に、血液を加えてやってみればいい。一人でできるかな?」
「自分の血を種にかけるだけでいいんですよね?」
「そう。ま、やり方が違っていれば、機械を止めて種を洗って一からやればいいから、怖がらずにやってみなさい。じゃ、私は事務所にいるよ」
「え、ここにいてくれないんですか?」
「君の射精するところなんて見たくないからね」
「……失礼しました」
次郎は笑って手を振ると、製造所を出て行った。
「さて、どうしたものか」
とりあえず下半身裸になってみる。ただ、いきなり抜けと言われても。
「あ、そうだ」
光は下半身裸のまま、製造所の中を移動した。製造機の丸窓を覗いて、ひとつひとつ確認する。
「この辺かな」
そろそろ出荷される成熟した女性型の果実を見つけて、その裸体をオカズに、光はマスを掻いた。
光は一連の作業を終えて、次郎に報告をしに行くと、製造所での今日最後の作業を始めた。果実の搬入だ。五体の果実、内訳は女性型が三に男性型が二。
製造室にはシャワー室が併設されており、まずそこで果実たちは自分でシャワーを浴びて、培養液を洗い流す。それからバスローブを着せて、ライトバンの後部座席に座らせる。
果実は、まったくの無知で生まれるわけではない。製造機の下部、タッチパネルが取り付けられている部分には、コンピューターが内蔵されている。それに学習装置が組み込まれているため、果実は成長過程である程度の知識を組み込まれているのだ。ホムンクルスというものは、初めから知識を持って生まれてくるらしく、その名残だそうだ。
だから、歩き方などはいちいち教えなくても知っているし、車に乗って座れと言えば座る。果実には個性があり、むっつりと押し黙っているものがいれば、やたらと話しかけてくるやつもいるし、そわそわと落ち着きなく、車に乗ってからもずっとおどおどしているものなどがいた。
それに加えて、決して人間には逆らわないようにという暗示もかけられている。もしも人間に逆らうことができてしまえば、果実が人間に危害を及ぼすかもしれない。物である以上、取り扱いを間違えれば危害があるということは当然のことだ。だからこそ、安全装置を取り付ける。
また、安全装置には、果実が深くものを考えないようにする、という機能が含まれていた。果実が深くものを考えてしまうことは、果実にとって不幸になる。なにせ、その運命は性玩具になるか、食料になるかなのだから。従って、果実は深く考えることを暗示によって制限されている。
これは法律で定められており、これに反すれば、製造業者は営業停止処分になり、出荷した果実は回収しなければならなくなる。ただ、食材として出荷された果実はその限りではない。
「今君に使ってもらっているものを含めて五台の製造装置はね、その学習装置を解除しているんだ。記憶を引き継ぐから、知識は与えていない。必要ないからね。
それに、安全装置も作動させていない。だから、この製造機で作られた果実は、人に危害を加えることだってできる。深くものを考えることができる。
このことがバレたら、製造所は営業停止になってしまう。立ち入りの検査が入るからね。そうすれば、最悪千秋を転生させることができなくなる。このことは、絶対に誰にも漏らしてはいけないよ?」
「はい肝に銘じます」
光は真剣に頷いた。そんなことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
会話しながら、白いライトバンは行きに来た道をたどって、店舗近くの駐車場に到着した。
車で五体すべてを店に搬入して、二体をスーパーに引き取ってもらうと、残りの三体に製造日と期限、それにバーコードが書かれた札を手首につけて、店頭に並んでもらう。今日店頭に並んだのは、女性型が二に男性型が一だ。
それが終わると、雉島にレジの打ち方や掃除のやり方を習って、十九時には上がっていいと言われた。
「明日からよろしくね。給与口座とか年金手帳とか、なるべく早く持ってきてもらえると助かるかな」
「はい、明日持って来られるものは全部明日持ってきます」
「じゃ、お疲れ様」
「お疲れ様です。お先に失礼します」
閉店は二十三時。会社帰りのサラリーマンなどの需要があるから、閉店は遅い。これから、仕事自体はシフト制になるようだ。
ただ、果実製造所の方には毎日顔を出すことになる。このまま放っておいても、千秋は製造機によって、四十日後にまた生まれる。
しかし、それをただ待っていることはできそうになかった。千秋が育っていく様子を見守りたい。何か不備があったら、なるべく早く気が付きたい。今日既に、製造所のスペアの鍵は預からせてもらうことができた。
毎日千秋に会いに行こう。光は千秋に再会できる日を思うと、これまで胸に架かっていた暗雲が綺麗さっぱり消え去っていることに気がついた。
自宅に戻り、ネクタイを緩めた光は、喉の渇きを覚えて冷蔵庫を開けた。ペットボトルの緑茶をラッパ飲みしながら、冷蔵庫の中を眺める。
そこには、ジップロックに納められた千秋の果肉がずらりと並んでいた。そしてそのど真ん中に、半分に割れた千秋の頭部が鎮座している。どちらとも、まだ一口も手をつけていない。
今までは、これがなくなってしまえば、千秋の痕跡がなくなってしまうのではないかと不安に駆られて、手をつけることができなかった。しかし、もう後四十日経てば、千秋に再会できることが確定的になった。
それならもう、これらに手をつけてもいいのではないか。むしろ、早く手をつけなければ、千秋の果肉をダメにしてしまうかもしれない。腐ったり傷んだりしたからといって、千秋の果肉を捨てるのには抵抗がある。
「食べようかな」
光はそうつぶやき、夕食の準備を始めた。
まず、鍋にたっぷりの水を張り、火にかけた。水が沸騰するのを待つ間に、レタスを流水で洗い、よく水を切ってから皿に並べる。
そして、冷蔵庫から千秋の果肉を取り出して、まな板の上に置いた。切り分けてから時間が立ってしまったので、果肉から果汁が逃げ出してしまっていた。せっかくの旨味をもったいないと思いながら、光はそれを薄切りにした。
果肉はその質感こそ肉に近いが寄生虫はおらず、食中毒菌も肉ほど神経質になる必要はない。生食、つまり刺し身にして食べることだってできる。醤油にわさびで食べる人もいるが、光は生姜の方が果肉の甘みを引き立たせるので、好みだった。
湯が湧くと、光は薄切りにした果肉を湯に投入した。そして、固まらないように菜箸でぐるぐると鍋の中をかき回す。乳白色だった千秋の果肉が、より白身を帯びてきた。光はざるを流しに置き、湯から取り出した果肉をあけた。そして、よく湯切りする。
それをレタスの上に乗せて、ごまだれをかければ、果肉のしゃぶしゃぶが完成だ。
光はテーブルについて、千秋の果肉を口に運んだ。そして、慈しむように噛みしめる。
噛めば噛むほど、果肉からは甘みと旨味が染みだしてくる。ごまだれが良くマッチして、果肉の甘みを引き立てた。レタスのシャキシャキ感がアクセントになり、我ながら上出来だと、光は初めて食べる愛する人の果肉に、舌鼓を打った。
まだ冬美にレシピを教わっていないので、このような簡単な料理しかできないが、これからもずっと千秋の果肉を食べていくことになるのだから、料理のレパートリーはどんどん増やしていかなければならない。料理本でも買ってみようかと、パソコンを広げた。
こうして、光の新たな生活の記念すべき初日の夜は更けていった。
「これは予備として置いてあるものなんだけど、二機は今稼働していて、一機は私が私用で使っているんだ。この左端のだね」
次郎はそれを慈しむように撫でた。五機のうち、これとその隣のもう一機は稼働しているようだ。
「君には右端のものを使ってもらおう」
「これを、どう使うんですか?」
果実製造機で作ることができるのは果実だ。もしかして、千秋の頭部から取り出した種でもって新しい果実を作って、それを心の慰みにしろとでも言うのだろうか。しかしそれでは、もう一度千秋に会うということにはならない。
「私がここまで勿体つけたわけが分かるかな?」
「いえ、全然」
「そうか。なら、心して聞いてくれ。ここから先は、果実業界のタブーに触れることになる。それに、このことは絶対に口外してはならない。君が私から聞いたことを口外すれば、果実業界全体を揺るがしかねないし、私と私の家族に、と言っても、子供はいないから妻の冬美だけだが、とにかく危険が及ぶことになりかねない。
もうそうなれば、私は君にどんなことをしても、復讐するよ。それくらいの覚悟で聞いて欲しい……ま、君のように若い人からしたら、私なんかが凄んでも怖くはないだろうけどね」
次郎は場を和ませるように言った。怖くない、なんてことはありえなかった。確かに次郎は初老だし、自分は若いから、正面きって殴り合いになれば、勝てるとは思う。しかし、その座った目の本気さを前にすれば、それを恐ろしいと思わずにはいられなかった。
「誰にも話したりしません、絶対」
「ありがとう。では、ここからが本題だ。果実は果実の種とその他の材料を使って作られるのはもう分かったね」
「はい」
「果実は死ぬと種を残す。その果実の種を使って作られる果実は、種を残した果実とはまったくの別物だ。しかし、果実の記憶や意識、それに容姿までをそのまま引き継ぐことができる。これを我々は転生と呼んでいる」
「てことは、千秋さんは?」
「千秋の記憶を持ったまま、また生まれることができるんだ」
言われた瞬間、光はその場に座りこんだ。膝から力が抜けて、動けなくなる。手が震えていた。千秋にもう一度会える。今までは半信半疑だったが、だんだんとそれが現実味を帯びていくような気がした。
「これは、橘果実店の創業者、私の前の社長が見つけた方法なんだ。その昔、今から五十年以上前だね。果実が市場に流通する前の話だ。今現在では、果実の元になる果物の種は、リンゴや柿、柑橘類などが多いんだ。それはなんでかと言うと、種の数がちょうどいいから。単純だね。
例えば桃や梅なんかだと、種子は一つしかないから、果実の数を増やすには不適切だ。逆に、キウイみたいに種が多すぎるものは一つ一つの種が貧弱で増やすことが難しかった。自然と、今のやり方に収まったんだよ。
でも、それ以前には、桃や梅で試されていた時期もあった。その時期に、前任の橘社長がこの方法を見つけたんだ。たまたまね。
一つの種に、自分の精液、それに今はかなり改良されているけれど、当時の培養液。それと、昔は製造機もまだ黎明期だった。粗雑な作りだったんだろうね。橘社長は指を切って、血を流して、それが果実の材料と混ざってしまって、その結果、姿や記憶のすべてを引き継いだ果実が生まれたそうだ。
それから橘社長は独自に実験を続けて、種が複数あるものでも、すべての種を同じ製造機に入れることで、転生させることが可能だということを発見したんだそうだ。
それと、精液と血液の提供者は、生きていた頃の果実と関わっていたものでなければならないらしい。特に、恋愛感情などは、直接の相手でなければ、引き継がせることができないらしいんだ。これも、橘社長は試したらしいよ」
「てことは、千秋さんを転生させることができるのは」
「そう、君しかいない。ただ転生させるなら、私にもできるがね、君と千秋の二人だけが持った感情は、君と千秋にしか転生させることはできない」
「そうなんですね。でも、なんでこれ、社外秘なんですか? 別に悪いことではなさそうなのに」
「いや、悪いことだよ」
次郎は断言した。
「なんでですか?」
自分と千秋の関係が悪いものだと言われたような気がして、光はカチンときていた。
「いいかい、果実ってのは、社会通念上、物ということになっているんだ。それが記憶を引き継いだらどうなる? 魂の存在を認めなければならないだろう? 果実はあくまで道具や食料でなければならない」
「なんでですか? 魂があるならあるでいいと思うけど……」
「ちょうど私くらいの世代はね、谷間の世代と呼ばれているんだ。聞いたことがあるだろう?」
「はい」
ある年代だけが、急に未婚率が上がり、出生率が減った世代があった。それが次郎の年代で、谷間の世代と呼ばれていることも、光は知っている。
「我々の世代はね、ちょうど果実が市場に流通しだした時に、結婚するかどうか、という年齢だったんだよ。その時期に果実が流行ってしまったってのは、後々大問題になった。果実にハマってしまう人が多かったんだよ。
それこそ、人間の女の人と違って、果実ってのは都合がいい存在だからね。機嫌を取る必要もないし、やりたい時にやれる。男からしてみたら、最高の相手だったんだ。それで果実に溺れて、婚期を逃した男がたくさんいる」
そういえば、次郎の妻の冬美もかなり若い。三十歳くらいの歳の差がありそうだ。もしかしたら、次郎もその口だったのかもしれないと思いながら、光は突っ込むのはやめておいた。
「果実自体を禁止するという手もあったんだが、一度手に入れてしまった果実の有用性を手放すことはできなかったんだ。玩具としてはもちろんだけど、果実は食料として非常に優秀だった。何せ、栄養価が高い。体に必要な栄養素を相当多くを含んでいるからね。給食にだって出ているんだから。
そういうわけで、禁止はせず、徹底的に果実を”物”として扱うという空気が、政府主導で作られたってわけだ。
だからね、果実が物なんだという概念を覆すことは、国といてはあってはいけないんだ。だから、こうして記憶やらを引き継がせ、魂があるのではないかと考えさせられてしまうような行為は、圧倒的に悪なんだよ。
さぁ、そうと分かっても、君は千秋とまた会いたいかい? 圧倒的に悪な行為に手を染めてでも、一緒にいたいと思うかい?」
愚問だった。
「会いたいです。一緒にいたいです」
「誰にも話さないと誓えるね」
「もちろんです。社員が社外秘を人に話すなんて、問題外じゃないですか、この時代に。コンプライアンス違反じゃないですか」
光がそう言うと、次郎はニヤリと笑った。
「よし、じゃあ早速やってごらんなさい。さっきまでの手順に、血液を加えてやってみればいい。一人でできるかな?」
「自分の血を種にかけるだけでいいんですよね?」
「そう。ま、やり方が違っていれば、機械を止めて種を洗って一からやればいいから、怖がらずにやってみなさい。じゃ、私は事務所にいるよ」
「え、ここにいてくれないんですか?」
「君の射精するところなんて見たくないからね」
「……失礼しました」
次郎は笑って手を振ると、製造所を出て行った。
「さて、どうしたものか」
とりあえず下半身裸になってみる。ただ、いきなり抜けと言われても。
「あ、そうだ」
光は下半身裸のまま、製造所の中を移動した。製造機の丸窓を覗いて、ひとつひとつ確認する。
「この辺かな」
そろそろ出荷される成熟した女性型の果実を見つけて、その裸体をオカズに、光はマスを掻いた。
光は一連の作業を終えて、次郎に報告をしに行くと、製造所での今日最後の作業を始めた。果実の搬入だ。五体の果実、内訳は女性型が三に男性型が二。
製造室にはシャワー室が併設されており、まずそこで果実たちは自分でシャワーを浴びて、培養液を洗い流す。それからバスローブを着せて、ライトバンの後部座席に座らせる。
果実は、まったくの無知で生まれるわけではない。製造機の下部、タッチパネルが取り付けられている部分には、コンピューターが内蔵されている。それに学習装置が組み込まれているため、果実は成長過程である程度の知識を組み込まれているのだ。ホムンクルスというものは、初めから知識を持って生まれてくるらしく、その名残だそうだ。
だから、歩き方などはいちいち教えなくても知っているし、車に乗って座れと言えば座る。果実には個性があり、むっつりと押し黙っているものがいれば、やたらと話しかけてくるやつもいるし、そわそわと落ち着きなく、車に乗ってからもずっとおどおどしているものなどがいた。
それに加えて、決して人間には逆らわないようにという暗示もかけられている。もしも人間に逆らうことができてしまえば、果実が人間に危害を及ぼすかもしれない。物である以上、取り扱いを間違えれば危害があるということは当然のことだ。だからこそ、安全装置を取り付ける。
また、安全装置には、果実が深くものを考えないようにする、という機能が含まれていた。果実が深くものを考えてしまうことは、果実にとって不幸になる。なにせ、その運命は性玩具になるか、食料になるかなのだから。従って、果実は深く考えることを暗示によって制限されている。
これは法律で定められており、これに反すれば、製造業者は営業停止処分になり、出荷した果実は回収しなければならなくなる。ただ、食材として出荷された果実はその限りではない。
「今君に使ってもらっているものを含めて五台の製造装置はね、その学習装置を解除しているんだ。記憶を引き継ぐから、知識は与えていない。必要ないからね。
それに、安全装置も作動させていない。だから、この製造機で作られた果実は、人に危害を加えることだってできる。深くものを考えることができる。
このことがバレたら、製造所は営業停止になってしまう。立ち入りの検査が入るからね。そうすれば、最悪千秋を転生させることができなくなる。このことは、絶対に誰にも漏らしてはいけないよ?」
「はい肝に銘じます」
光は真剣に頷いた。そんなことになってしまったら、悔やんでも悔やみきれない。
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「はい、明日持って来られるものは全部明日持ってきます」
「じゃ、お疲れ様」
「お疲れ様です。お先に失礼します」
閉店は二十三時。会社帰りのサラリーマンなどの需要があるから、閉店は遅い。これから、仕事自体はシフト制になるようだ。
ただ、果実製造所の方には毎日顔を出すことになる。このまま放っておいても、千秋は製造機によって、四十日後にまた生まれる。
しかし、それをただ待っていることはできそうになかった。千秋が育っていく様子を見守りたい。何か不備があったら、なるべく早く気が付きたい。今日既に、製造所のスペアの鍵は預からせてもらうことができた。
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そこには、ジップロックに納められた千秋の果肉がずらりと並んでいた。そしてそのど真ん中に、半分に割れた千秋の頭部が鎮座している。どちらとも、まだ一口も手をつけていない。
今までは、これがなくなってしまえば、千秋の痕跡がなくなってしまうのではないかと不安に駆られて、手をつけることができなかった。しかし、もう後四十日経てば、千秋に再会できることが確定的になった。
それならもう、これらに手をつけてもいいのではないか。むしろ、早く手をつけなければ、千秋の果肉をダメにしてしまうかもしれない。腐ったり傷んだりしたからといって、千秋の果肉を捨てるのには抵抗がある。
「食べようかな」
光はそうつぶやき、夕食の準備を始めた。
まず、鍋にたっぷりの水を張り、火にかけた。水が沸騰するのを待つ間に、レタスを流水で洗い、よく水を切ってから皿に並べる。
そして、冷蔵庫から千秋の果肉を取り出して、まな板の上に置いた。切り分けてから時間が立ってしまったので、果肉から果汁が逃げ出してしまっていた。せっかくの旨味をもったいないと思いながら、光はそれを薄切りにした。
果肉はその質感こそ肉に近いが寄生虫はおらず、食中毒菌も肉ほど神経質になる必要はない。生食、つまり刺し身にして食べることだってできる。醤油にわさびで食べる人もいるが、光は生姜の方が果肉の甘みを引き立たせるので、好みだった。
湯が湧くと、光は薄切りにした果肉を湯に投入した。そして、固まらないように菜箸でぐるぐると鍋の中をかき回す。乳白色だった千秋の果肉が、より白身を帯びてきた。光はざるを流しに置き、湯から取り出した果肉をあけた。そして、よく湯切りする。
それをレタスの上に乗せて、ごまだれをかければ、果肉のしゃぶしゃぶが完成だ。
光はテーブルについて、千秋の果肉を口に運んだ。そして、慈しむように噛みしめる。
噛めば噛むほど、果肉からは甘みと旨味が染みだしてくる。ごまだれが良くマッチして、果肉の甘みを引き立てた。レタスのシャキシャキ感がアクセントになり、我ながら上出来だと、光は初めて食べる愛する人の果肉に、舌鼓を打った。
まだ冬美にレシピを教わっていないので、このような簡単な料理しかできないが、これからもずっと千秋の果肉を食べていくことになるのだから、料理のレパートリーはどんどん増やしていかなければならない。料理本でも買ってみようかと、パソコンを広げた。
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