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果実 11
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就職してから、数日が経った。
初めての休日は果実製造所に千秋の様子を見に行き、胎児のような千秋を見つけて涙し、次の日そのことを次郎に報告すると、次郎は笑って光の頭を撫でた。頭を撫でられるなんていうことは本当に、十年ぶりぐらいなのではないかと思った光だったが、悪い気はしなかった。
次郎の妻の冬美は、店の上の階に住んでいるものの、わざわざ下に降りてきて、店の様子を見に来るということはなかった。商売に関してはノータッチのようだ。
従業員雉島や犬崎は、みっちりシフトに入って、がっつり休むという方式を取っているらしい。アルバイトということだから、きっと何か趣味に時間を費やしているのだろう。
バックパッカーでもやっているのだろうかと勝手に想像している光だが、そこまでプライベートな話ができるほど、まだ打ち解けていなかった。まだもう一人従業員はいるらしく、その彼は今、長期の休みとのことだ。
光の今日のシフトは閉店までだった。閉店作業を練習するためだ。鍵を閉めてシャッターを下ろし、在庫確認等の作業を覚えなければならない。
だが、今はまだ閉店まで時間がある。客も少ない時間で、いわゆるアイドルタイムだ。飲食店であれば仕込みなどをする時間かもしれないが、果実店でできることといえば掃除くらいなものだ。
掃除というのは、果実の身だしなみを整えることも含まれる。女性型には化粧をすることもあるし、服を選んでやったりもする。
だが今は、それも終わってしまい、本当にやることがない。光は次郎と雑談していた。
「だから、原付でも買おうと思うんですよね。終バス危ない時もあると思うし」
「そうだね。それなら店の脇に止めておいていいよ」
「次の休みにバイク屋に行ってみようかなぁ」
通勤方法について話していると、店のドアが開いた。
「あ、店長、また来ちゃいました」
男性客だ。何故かポリポリと頭を掻きながら、はにかんでいる。縦にも横にも大柄なサラリーマン風の男だ。
「やぁ、二宮さん、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
次郎が名前を知っている。ということは、常連だろうか。常連であれば、光も今後話す機会があるということだ。次郎と常連の二宮の話を、注意して聞くことにする。
「お恥ずかしながら、また来ちゃいました。ちょっと見てもいいですか?」
「もちろん。新しいのも入ってるから」
二宮は楽しげに、ニコニコと果実に笑顔を振りまきながら店内を見て回った。
彼の好みは分かりやすかった。胸の大きな果実の前で止まっては、製造日と金額を天秤にかけている。好みが分かりやすい分、その決断も早いようだ。
「ねぇ、店長。今日はこの子にしようかな」
二宮はまだ製造して間もない一体の果実を指差した。背は小さめで、胸は大きく、可愛らしい顔をした果実だ。値段ははっきり言って高い。この店ではランクの高い果実だ。
「はい、じゃあお会計しましょうか」
「お願いします」
「東くん、果実の準備お願い」
「はい」
光が果実を連れて、バックヤードに行こうとした時だった。
「かわいい系にしてね」
二宮が光にウインクしてきた。
「かしこまりました」
引き気味に笑顔を返しながら、光はバックヤードに回った。
随分と店に慣れているようだ。果実は店を出る前に、服や髪型などを準備する。今、この果実は胸元のざっくり開いた扇情的なドレスを着ていたが、どうやらそれはお好みではないらしい。
橘果実店では、服は果実のオプションとして無料で選べるようにしていた。それほどバリエーションがあるわけではないが、系統はいくつか用意してある。
安い量販店で大量購入だから、種類は雑多だし、統一性なんてまるでない。だから、そのコーディネートは自分たちで雑誌を見ながら、真似をして果実に着せていた。
「かわいい系かぁ」
「胸出しておかなくていいのぉ?」
果実が舌っ足らずにそう言ってくる。
「いいんだろ、お客さんが言うんだから」
「そっかぁ」
当たり前だが、果実は喋る。こうして果実と会話することも、ままあった。
ひらひらのブラウスに、ふわっとしたスカート、上からカーディガンを着せてやる。
「こんなもんでどうだ?」
「分かんないけど、いいんじゃない?」
くるっと回ってみせた果実は、なかなか可愛く仕上がっていた。
「よし、大丈夫だろ。それじゃ、いってらっしゃい」
「はぁい、いってきまぁす」
果実がバックヤードを出ていった。光もそのあとに続く。
「うん、いいねいいね。そそるよ、すっごい」
二宮は頬を上気させてそう言った。男のそんな姿見たくないなぁ、と思いつつも、光はにこやかに営業スマイルを向ける。
「それじゃ、ありがとね。店長も、君も」
二宮は手を降ると、そのまま果実の手を握って、店を後にした。
「彼は常連でね、よく来てくれるんだよ。たぶん、これから毎日ここに来るよ?」
「え、なんでですか?」
会計を済ませたらもうここに用はないはずなのだが。まさか、クレームでも言いにくるのだろうか。
「自慢しにくるんだよ。果実のどこが良かったとか、ネットに写真上げたら評判良かったとか」
「え、ネットに上げるんですか?」
「そういう趣味の人もいるんだよ」
光にも覚えはあった。ネットでそういった画像や動画を探していた時、果実のものを見つけたことがある。タグに果実とついたものもあった。
「ま、聞くのも面倒くさいと思うけど、適当に聞き流して、うんうん言っておけばいいから。ほら、彼上客だからさ、嫌な顔はできないだろ?」
「そうですね」
高額の果実をポンと買っていったのだ。上客にもほどがある。
「独身貴族ってやつだな。私も長らくそうだったけど」
そう言って、次郎は笑った。
二宮が帰ると、またアイドルタイムだ。もう今日は高額の果実が売れたため、売上を気にする必要はない。橘果実店では、果実の原価にほとんど差はないため、高額のものが売れれば、純利益も一気に上がる。
店にはのんびりした空気が流れていた。次郎もやることがないのか、有線放送のチャンネルを変えたり、本を読んだりしている。
光は近くの古本屋で買ってきた果実関係の本を読んでいた。この仕事に就いた以上、果実の勉強は必須だ。パラパラと順調にページをめくっていると、また、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
光はパタンと本を閉じて、光は立ち上がった。入店してきたのは、女性客だった。それも綺麗な。お世辞ではなく、本当に綺麗な人だ。
背は高く、スタイルがいい。顔も整っている。きつそうな顔をしているが、たまらない人にはたまらないのではないだろうかと、ついつい言葉を失った。だが、光のタイプではない。
「あら、新人さん?」
声は低めで、態度もかなり高圧的に感じられてしまう。ただそれが単に、自分が美人という存在に気圧されているだけなのだという自覚はあった。
それ以上にたじろいでしまうのはきっと、光が入店して以来、初めての女性客だったからだ。
心の中で色々言い訳しながら、光は気を取り直した。
「はい、よろしくお願いします」
お辞儀の角度は四十五度で。しかし、この美人は、光に大して興味はないらしく、さっさと商品を見に店の奥に行ってしまう。取り残された光は所在なく、レジカウンターの裏に回って仕事をしているふりをする。
「やぁ、鳳さん。この前はオカズありがとうね」
「いえいえ。それより、今日はなんかオススメある?」
バックヤードから店長が出てきた。どうやらこの人も、常連のようだ。それにしても、店長と鳳の話の内容が気になる。
オカズとは一体何だ。そのままの意味で取っていいのだろうか。お惣菜的なことでいいのだろうか。上には次郎の妻の冬美がいる。もしお惣菜的なことでなかったら、大問題なのではないか。
光が悶々としているうちに、鳳はさっさと商品を決めたようだ。
「それでいいや。ねぇ店長。今度は汚いおっさんみたいなの仕入れておいてよ」
「逆に難しいね、それは。もしできたら連絡するよ」
次郎は愉快そうに笑っていた。
「どうせ作ってくれないくせに。ま、いいや。ねぇ店長、ちょっと夕飯付き合ってよ。ホルモン焼き食べたいから」
「私は遠慮しておくよ。君が食べに行ってる間に果実の準備をしておくから。そうだ、彼に付き合ってもらえばいい。東くん、ご飯食べてきていいよ」
「え?」
勤務中なのだが、と戸惑うが、社長である次郎が言うのであれば、構わないということだろう。
「いいよ、君でも。おごってあげるから、おいでよ」
ホルモンなど、長らく食べていない。舌がホルモンを求めだす。
「いいですか?」
次郎の顔色を窺う。
「いいよ。閉店までに帰っておいで。鳳さんも、閉店までに彼を開放してよ。じゃないと、果実の受け取りは明日にするからね」
「はいはい。大丈夫ですよ」
ひらひらと手を振って、鳳はなおざりに答えた。
それからカードで支払いを済ませて、鳳は光を半ば引っ張り回す形で商店街にあるホルモン焼屋に入店した。
思えば、こんなに美人な年上の女性と二人で食事をするなど、初めての経験だった。しかし何故か、デートというような気分にはならない。
それは鳳の人柄によるところだということに気がついた。まだほんの僅かな時間しか接していないが、自分でさっさと注文を決めて手を挙げる姿や、パクパクと肉を焼き食う姿などを見ていると、男友達と食事をしている時のことを思い出す。
もちろん、千秋のことがあるからそれはむしろ光にとっては都合がいい。変に色気を出すような人と食事をするのは、千秋に対して不義を働いているような気がしてしまうから、そんな状況は光としては避けたかった。それだけに、鳳との食事は、光には気楽なものだった。
「ほら、どんどん食いなさいよ。焼けてんじゃない、そこ」
「はい」
初めは遠慮していたものだが、むしろ食べないことに腹を立てるようなので、遠慮せずに栄養を補給させてもらう。仕事を辞めてからは倹約の日々だったし、給料日はまだ先なため、食事は長いこと質素そのものだった。
だから、この機会に栄養の取り溜めをしておくくらいの気持ちに切り替える。
気持ちいいくらいに肉をかっくらい、腹のキャパシティの底が見えてきて、肉を焼くスピードもそれに伴い緩やかになっていった。
鳳はハイボールを、光はまだ勤務中なので遠慮して烏龍茶を飲み、会話もやや踏み入ったものになっていった。
「鳳さん、めっちゃ食いますね」
「そりゃね。これからヤりまくるわけだし」
光は思わず口に含んでいた烏龍茶を噴き出した。
「きったないなぁ」
「すいません、びっくりして……やりまくるって、すごいですね」
「だって果実買ってるんだよ? ヤるに決まってんじゃん」
ド直球の言葉に、光はたじろいだ。そんな話を、女性としてもいいのだろうかと。
「そうですよね、ヤりますもんね」
「もうね、明日休みだから、今夜はがっつりヤりまくるよ」
そう言って、ハイボールをぐいっと呷る。
男性型の果実をどうやって利用するのか、やり方は一応知っているが、実際にそれを利用する女性と会うのは初めてだった。気になる。どんな感じで果実とまぐわっているのか、気になって仕方ない。聞いてもいいだろうか。鳳なら、許してくれる気がする。意を決して、光は口を開いた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なになに?」
「果実とヤるってどんな感じなんですか?」
「なに? 私がヤってるとこ想像してムラムラしてきちゃった?」
「いやいやいや、勘弁してください」
大きく頭を振って、光はそれを否定した。
「失礼だね、あんた。まぁいいや。そうだねぇ、人間相手……って、普通人間相手にするんだからいちいちそう言うのはおかしいか。普通にセックスする時ってさ、やっぱどうしても気を使うじゃん?」
「はぁ」
経験がないので、当たり前のことのように同意を求められても、曖昧な返事しかすることができない。
「気持ち良くなくたって気持ち良いフリしないと悪いしさ、相手を気持ち良くさせないと何か悪い気がするじゃん? だからさ、結構気を使うわけ。それに私さ、歯医者なんだけど」
意外な事実だ。だが、高額の果実をポンと買えるのだから、それなりの収入があるのだろう。
「ま、開業じゃないし、雇われなんだけどさ、そこの院長の愛人してて」
「ぶっ」
この人は、口に飲み物を含んだタイミングで爆弾発言をするらしい。
「きったね! ほら、拭いて拭いて」
「はい、すいません」
「で、愛人やってたんだけど、やっぱセックスする時さ、死ぬほど気使うんだよ。気持ちよくもないクンニに喘いで、痛い手マン我慢して、チンコも肉に隠れて小さい上に早漏でさ、でも院長なわけだから、それでもアンアン喘いでさ。それでなんかやんなっちゃったんだよね、気使ってまでセックスするの。結局三十代半ばでまだ結婚できてないしさ」
「え、そんないってたんですか?」
「見えない? 見えないっしょ? でも多分、君の干支一回りは上だから」
「若いですね」
お世辞ではなかった。
「ありがとよ」
「でも、綺麗なんだし、これから結婚だって別にできそうですけど」
「もうめんどくさくなっちゃってんのよ。気をつかうの。別に、誰かに頼らなくても生きていけるしさ。だから、性欲だったら果実で発散するのが一番いいの。
クンニだって手マンだって、指示すればした通りしてくれるし、チンコないからディルドつけるじゃん。あっちはイカないからいつまででも腰振ってくれるし、好きなサイズの取り付けられるし、固さも自分で選べるし、好き勝手できるわけ。セックスだけで考えればさ、人間よりもずっといいんだよね」
「そういうもんですか?」
「そういうもんよ。だって所詮、果実は道具なんだから。道具はこっちがうまく使えば応えてくれるでしょ?」
鳳の言葉が、光の胸にぐさりと刺さった。果実は所詮道具。それなら、その道具を愛してしまった自分は一体なんなんだ。そう思うと、息がし辛くなっていた。
「でも、食事だけは人間としたいわね、やっぱ。一人でもいいけど、人と話しながら食べたいし。ま、これからたまにはご飯付き合ってよ」
「ははは、奢ってくれるなら」
それから先は作り笑いでごまかして、次郎都の約束の時間までを過ごした。
店に戻り、果実を受け取ると、鳳はご機嫌で帰っていった。思わず溜息が出る。
「疲れたかい?」
閉店作業をしながら、次郎が笑って聞いてくる。
「かなり」
苦笑いで答えた光だが、胸のうちにある本当の憂いは、吐き出すことができなかった。
初めての休日は果実製造所に千秋の様子を見に行き、胎児のような千秋を見つけて涙し、次の日そのことを次郎に報告すると、次郎は笑って光の頭を撫でた。頭を撫でられるなんていうことは本当に、十年ぶりぐらいなのではないかと思った光だったが、悪い気はしなかった。
次郎の妻の冬美は、店の上の階に住んでいるものの、わざわざ下に降りてきて、店の様子を見に来るということはなかった。商売に関してはノータッチのようだ。
従業員雉島や犬崎は、みっちりシフトに入って、がっつり休むという方式を取っているらしい。アルバイトということだから、きっと何か趣味に時間を費やしているのだろう。
バックパッカーでもやっているのだろうかと勝手に想像している光だが、そこまでプライベートな話ができるほど、まだ打ち解けていなかった。まだもう一人従業員はいるらしく、その彼は今、長期の休みとのことだ。
光の今日のシフトは閉店までだった。閉店作業を練習するためだ。鍵を閉めてシャッターを下ろし、在庫確認等の作業を覚えなければならない。
だが、今はまだ閉店まで時間がある。客も少ない時間で、いわゆるアイドルタイムだ。飲食店であれば仕込みなどをする時間かもしれないが、果実店でできることといえば掃除くらいなものだ。
掃除というのは、果実の身だしなみを整えることも含まれる。女性型には化粧をすることもあるし、服を選んでやったりもする。
だが今は、それも終わってしまい、本当にやることがない。光は次郎と雑談していた。
「だから、原付でも買おうと思うんですよね。終バス危ない時もあると思うし」
「そうだね。それなら店の脇に止めておいていいよ」
「次の休みにバイク屋に行ってみようかなぁ」
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「あ、店長、また来ちゃいました」
男性客だ。何故かポリポリと頭を掻きながら、はにかんでいる。縦にも横にも大柄なサラリーマン風の男だ。
「やぁ、二宮さん、いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
次郎が名前を知っている。ということは、常連だろうか。常連であれば、光も今後話す機会があるということだ。次郎と常連の二宮の話を、注意して聞くことにする。
「お恥ずかしながら、また来ちゃいました。ちょっと見てもいいですか?」
「もちろん。新しいのも入ってるから」
二宮は楽しげに、ニコニコと果実に笑顔を振りまきながら店内を見て回った。
彼の好みは分かりやすかった。胸の大きな果実の前で止まっては、製造日と金額を天秤にかけている。好みが分かりやすい分、その決断も早いようだ。
「ねぇ、店長。今日はこの子にしようかな」
二宮はまだ製造して間もない一体の果実を指差した。背は小さめで、胸は大きく、可愛らしい顔をした果実だ。値段ははっきり言って高い。この店ではランクの高い果実だ。
「はい、じゃあお会計しましょうか」
「お願いします」
「東くん、果実の準備お願い」
「はい」
光が果実を連れて、バックヤードに行こうとした時だった。
「かわいい系にしてね」
二宮が光にウインクしてきた。
「かしこまりました」
引き気味に笑顔を返しながら、光はバックヤードに回った。
随分と店に慣れているようだ。果実は店を出る前に、服や髪型などを準備する。今、この果実は胸元のざっくり開いた扇情的なドレスを着ていたが、どうやらそれはお好みではないらしい。
橘果実店では、服は果実のオプションとして無料で選べるようにしていた。それほどバリエーションがあるわけではないが、系統はいくつか用意してある。
安い量販店で大量購入だから、種類は雑多だし、統一性なんてまるでない。だから、そのコーディネートは自分たちで雑誌を見ながら、真似をして果実に着せていた。
「かわいい系かぁ」
「胸出しておかなくていいのぉ?」
果実が舌っ足らずにそう言ってくる。
「いいんだろ、お客さんが言うんだから」
「そっかぁ」
当たり前だが、果実は喋る。こうして果実と会話することも、ままあった。
ひらひらのブラウスに、ふわっとしたスカート、上からカーディガンを着せてやる。
「こんなもんでどうだ?」
「分かんないけど、いいんじゃない?」
くるっと回ってみせた果実は、なかなか可愛く仕上がっていた。
「よし、大丈夫だろ。それじゃ、いってらっしゃい」
「はぁい、いってきまぁす」
果実がバックヤードを出ていった。光もそのあとに続く。
「うん、いいねいいね。そそるよ、すっごい」
二宮は頬を上気させてそう言った。男のそんな姿見たくないなぁ、と思いつつも、光はにこやかに営業スマイルを向ける。
「それじゃ、ありがとね。店長も、君も」
二宮は手を降ると、そのまま果実の手を握って、店を後にした。
「彼は常連でね、よく来てくれるんだよ。たぶん、これから毎日ここに来るよ?」
「え、なんでですか?」
会計を済ませたらもうここに用はないはずなのだが。まさか、クレームでも言いにくるのだろうか。
「自慢しにくるんだよ。果実のどこが良かったとか、ネットに写真上げたら評判良かったとか」
「え、ネットに上げるんですか?」
「そういう趣味の人もいるんだよ」
光にも覚えはあった。ネットでそういった画像や動画を探していた時、果実のものを見つけたことがある。タグに果実とついたものもあった。
「ま、聞くのも面倒くさいと思うけど、適当に聞き流して、うんうん言っておけばいいから。ほら、彼上客だからさ、嫌な顔はできないだろ?」
「そうですね」
高額の果実をポンと買っていったのだ。上客にもほどがある。
「独身貴族ってやつだな。私も長らくそうだったけど」
そう言って、次郎は笑った。
二宮が帰ると、またアイドルタイムだ。もう今日は高額の果実が売れたため、売上を気にする必要はない。橘果実店では、果実の原価にほとんど差はないため、高額のものが売れれば、純利益も一気に上がる。
店にはのんびりした空気が流れていた。次郎もやることがないのか、有線放送のチャンネルを変えたり、本を読んだりしている。
光は近くの古本屋で買ってきた果実関係の本を読んでいた。この仕事に就いた以上、果実の勉強は必須だ。パラパラと順調にページをめくっていると、また、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
光はパタンと本を閉じて、光は立ち上がった。入店してきたのは、女性客だった。それも綺麗な。お世辞ではなく、本当に綺麗な人だ。
背は高く、スタイルがいい。顔も整っている。きつそうな顔をしているが、たまらない人にはたまらないのではないだろうかと、ついつい言葉を失った。だが、光のタイプではない。
「あら、新人さん?」
声は低めで、態度もかなり高圧的に感じられてしまう。ただそれが単に、自分が美人という存在に気圧されているだけなのだという自覚はあった。
それ以上にたじろいでしまうのはきっと、光が入店して以来、初めての女性客だったからだ。
心の中で色々言い訳しながら、光は気を取り直した。
「はい、よろしくお願いします」
お辞儀の角度は四十五度で。しかし、この美人は、光に大して興味はないらしく、さっさと商品を見に店の奥に行ってしまう。取り残された光は所在なく、レジカウンターの裏に回って仕事をしているふりをする。
「やぁ、鳳さん。この前はオカズありがとうね」
「いえいえ。それより、今日はなんかオススメある?」
バックヤードから店長が出てきた。どうやらこの人も、常連のようだ。それにしても、店長と鳳の話の内容が気になる。
オカズとは一体何だ。そのままの意味で取っていいのだろうか。お惣菜的なことでいいのだろうか。上には次郎の妻の冬美がいる。もしお惣菜的なことでなかったら、大問題なのではないか。
光が悶々としているうちに、鳳はさっさと商品を決めたようだ。
「それでいいや。ねぇ店長。今度は汚いおっさんみたいなの仕入れておいてよ」
「逆に難しいね、それは。もしできたら連絡するよ」
次郎は愉快そうに笑っていた。
「どうせ作ってくれないくせに。ま、いいや。ねぇ店長、ちょっと夕飯付き合ってよ。ホルモン焼き食べたいから」
「私は遠慮しておくよ。君が食べに行ってる間に果実の準備をしておくから。そうだ、彼に付き合ってもらえばいい。東くん、ご飯食べてきていいよ」
「え?」
勤務中なのだが、と戸惑うが、社長である次郎が言うのであれば、構わないということだろう。
「いいよ、君でも。おごってあげるから、おいでよ」
ホルモンなど、長らく食べていない。舌がホルモンを求めだす。
「いいですか?」
次郎の顔色を窺う。
「いいよ。閉店までに帰っておいで。鳳さんも、閉店までに彼を開放してよ。じゃないと、果実の受け取りは明日にするからね」
「はいはい。大丈夫ですよ」
ひらひらと手を振って、鳳はなおざりに答えた。
それからカードで支払いを済ませて、鳳は光を半ば引っ張り回す形で商店街にあるホルモン焼屋に入店した。
思えば、こんなに美人な年上の女性と二人で食事をするなど、初めての経験だった。しかし何故か、デートというような気分にはならない。
それは鳳の人柄によるところだということに気がついた。まだほんの僅かな時間しか接していないが、自分でさっさと注文を決めて手を挙げる姿や、パクパクと肉を焼き食う姿などを見ていると、男友達と食事をしている時のことを思い出す。
もちろん、千秋のことがあるからそれはむしろ光にとっては都合がいい。変に色気を出すような人と食事をするのは、千秋に対して不義を働いているような気がしてしまうから、そんな状況は光としては避けたかった。それだけに、鳳との食事は、光には気楽なものだった。
「ほら、どんどん食いなさいよ。焼けてんじゃない、そこ」
「はい」
初めは遠慮していたものだが、むしろ食べないことに腹を立てるようなので、遠慮せずに栄養を補給させてもらう。仕事を辞めてからは倹約の日々だったし、給料日はまだ先なため、食事は長いこと質素そのものだった。
だから、この機会に栄養の取り溜めをしておくくらいの気持ちに切り替える。
気持ちいいくらいに肉をかっくらい、腹のキャパシティの底が見えてきて、肉を焼くスピードもそれに伴い緩やかになっていった。
鳳はハイボールを、光はまだ勤務中なので遠慮して烏龍茶を飲み、会話もやや踏み入ったものになっていった。
「鳳さん、めっちゃ食いますね」
「そりゃね。これからヤりまくるわけだし」
光は思わず口に含んでいた烏龍茶を噴き出した。
「きったないなぁ」
「すいません、びっくりして……やりまくるって、すごいですね」
「だって果実買ってるんだよ? ヤるに決まってんじゃん」
ド直球の言葉に、光はたじろいだ。そんな話を、女性としてもいいのだろうかと。
「そうですよね、ヤりますもんね」
「もうね、明日休みだから、今夜はがっつりヤりまくるよ」
そう言って、ハイボールをぐいっと呷る。
男性型の果実をどうやって利用するのか、やり方は一応知っているが、実際にそれを利用する女性と会うのは初めてだった。気になる。どんな感じで果実とまぐわっているのか、気になって仕方ない。聞いてもいいだろうか。鳳なら、許してくれる気がする。意を決して、光は口を開いた。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なになに?」
「果実とヤるってどんな感じなんですか?」
「なに? 私がヤってるとこ想像してムラムラしてきちゃった?」
「いやいやいや、勘弁してください」
大きく頭を振って、光はそれを否定した。
「失礼だね、あんた。まぁいいや。そうだねぇ、人間相手……って、普通人間相手にするんだからいちいちそう言うのはおかしいか。普通にセックスする時ってさ、やっぱどうしても気を使うじゃん?」
「はぁ」
経験がないので、当たり前のことのように同意を求められても、曖昧な返事しかすることができない。
「気持ち良くなくたって気持ち良いフリしないと悪いしさ、相手を気持ち良くさせないと何か悪い気がするじゃん? だからさ、結構気を使うわけ。それに私さ、歯医者なんだけど」
意外な事実だ。だが、高額の果実をポンと買えるのだから、それなりの収入があるのだろう。
「ま、開業じゃないし、雇われなんだけどさ、そこの院長の愛人してて」
「ぶっ」
この人は、口に飲み物を含んだタイミングで爆弾発言をするらしい。
「きったね! ほら、拭いて拭いて」
「はい、すいません」
「で、愛人やってたんだけど、やっぱセックスする時さ、死ぬほど気使うんだよ。気持ちよくもないクンニに喘いで、痛い手マン我慢して、チンコも肉に隠れて小さい上に早漏でさ、でも院長なわけだから、それでもアンアン喘いでさ。それでなんかやんなっちゃったんだよね、気使ってまでセックスするの。結局三十代半ばでまだ結婚できてないしさ」
「え、そんないってたんですか?」
「見えない? 見えないっしょ? でも多分、君の干支一回りは上だから」
「若いですね」
お世辞ではなかった。
「ありがとよ」
「でも、綺麗なんだし、これから結婚だって別にできそうですけど」
「もうめんどくさくなっちゃってんのよ。気をつかうの。別に、誰かに頼らなくても生きていけるしさ。だから、性欲だったら果実で発散するのが一番いいの。
クンニだって手マンだって、指示すればした通りしてくれるし、チンコないからディルドつけるじゃん。あっちはイカないからいつまででも腰振ってくれるし、好きなサイズの取り付けられるし、固さも自分で選べるし、好き勝手できるわけ。セックスだけで考えればさ、人間よりもずっといいんだよね」
「そういうもんですか?」
「そういうもんよ。だって所詮、果実は道具なんだから。道具はこっちがうまく使えば応えてくれるでしょ?」
鳳の言葉が、光の胸にぐさりと刺さった。果実は所詮道具。それなら、その道具を愛してしまった自分は一体なんなんだ。そう思うと、息がし辛くなっていた。
「でも、食事だけは人間としたいわね、やっぱ。一人でもいいけど、人と話しながら食べたいし。ま、これからたまにはご飯付き合ってよ」
「ははは、奢ってくれるなら」
それから先は作り笑いでごまかして、次郎都の約束の時間までを過ごした。
店に戻り、果実を受け取ると、鳳はご機嫌で帰っていった。思わず溜息が出る。
「疲れたかい?」
閉店作業をしながら、次郎が笑って聞いてくる。
「かなり」
苦笑いで答えた光だが、胸のうちにある本当の憂いは、吐き出すことができなかった。
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昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
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