アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第一話「クリスマス・プレゼント(まず、はじめに)」

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 ここは日本。
 今日は「クリスマス・イヴ」。
 まだ日本では十二月二十四日が、そう呼ばれることが当たり前ではなかった時代のお話。

「ただいまぁ!」
 
 一人の少女が白い息を吐きながら、「ガラリ」と元気良く玄関の引き戸を開けた。
 頭頂部とうちょうぶに大きなリボンを飾った、お下げ三つみ。着物の下には、海老茶えびちゃ色の袴姿はかますがた
 女学校から運転手付きの自家用じかよう車で帰宅した少女は、教科書と筆記用具が入った風呂敷包みを両手に抱えている。

「お帰りなさいませ、櫻子さくらこお嬢様」

 割烹着かっぽうぎ姿の年配女性が、笑顔で出迎でむかえる。

ふきさん、ただいま。お母様の具合はどうかしら?」
「はい。今日は、お嬢様が学校に行ってらっしゃる間も、ずっとお元気でしたよ」
「そう!良かったあ」

 櫻子は草履ぞうりを脱いで、玄関を上がった。

「お嬢様。只今ただいま倪門がいもん様の研究所の方々が、お荷物を届けにいらっしゃってます」
「まあ!お父様ったら、本当にプレゼントして下さったのね!」
「でも、あんまりにも大きなお荷物で…」
「蕗さん、それは何処どこにあるの?」
「はい。作業するのに応接室では広さが足りないようでしたので、居間に運んで頂きました」

 それを聞いた櫻子は早速、小走りで居間へと向かい、両扉りょうとびらを開けた。
 広い居間の中には男性二人と、大きなはちに植えられたモミの木に飾り付けをしている一人の女性がいた。
 
「お帰りなさい、櫻子」

 女性は椅子に座ったまま、櫻子に優しく微笑む。
 櫻子は風呂敷包みをテーブルに置いて、その女性に走り寄った。
   
「ただいま、お母様。そのお着物、寒牡丹かんぼたんね!」

 この女性は櫻子の母親。名は「濱子はまこ」である。
 持病のある濱子は普段、長い髪を下ろしてゆるたばねた、寝巻ねまきの着物姿が多い。
 だが今日は庇髪ひさしがみに後ろ髪もい上げて鼈甲べっこうかんざしし、青紫の地に寒牡丹かんぼたんが多色使いで描かれたはなやかな着物をよそおっている。

「ええ。今日は、我が家で行う初めてのクリスマスパーティーでしょう?わたくしも最近は体調が良いものだから、久しぶりにこの柄が着てみたくなって。ツリーの飾り付けもしてみたのよ。どうかしら?」

 モミの木の枝には金銀カラフルなボールやベル、松ぼっくりやトナカイなど様々な形のオーナメントが飾られている。

「うわぁ、素敵ね!クリスマスツリー!朝はまだ、緑一色いっしょくだったのに…。飾ってあげると、こんなにもちがうのねぇ」
「外は寒かったでしょう?」 
「ええ!でもね、帰る途中に雪が降ってきたの。とっても綺麗きれいで雪にさわりたくって、車の窓を開けて手を伸ばしてしまったわ」
「櫻子、手を出してごらんなさい」

 櫻子が両手を差し出す。
 濱子は持っていた飾りを置いて、櫻子の手に触れた。
 
「まあ…、こんなに冷たくなっているじゃないの」

 愛娘まなむすめの両手を、濱子が長い指で包んだ。

「うふふ。お母様の手、あったかい」
「ほら、櫻子。暖炉だんろのそばに行って体を温めなさい」

 居間の壁には石造りの暖炉があり、赤々と薪を燃やして部屋を暖めている。

「平気よ、お母様。それより、見て!お父様からのクリスマスプレゼント!」
「ええ。前々から、この家やわたくし達を守って働く、お人形を下さるとうかがってはいたのだけれど…、私は冗談だと思っていたのよ。まさか、そんなお人形が実際に存在するなんて…」

 櫻子達の視線の先には、ふたの開いた縦長の大きなアルミケースが「ドッカリ」と場所をとっている。
 それは大人一人が入れるであろう棺のような箱だ。その半分以下の大きさのアルミケースも幾つか、周りに置かれている。
 背広を着た二人の男性が、その箱の両端に立つ。男性達は箱の中に敷かれた保護材ほござい隙間すきまに手を入れ、一体の人形を抱き上げた。
 一人の男性は人形の両脇から上半身を抱え、もう一人が両足を持って下半身を抱える。
 慎重に箱から出すと、人形の足裏を絨毯敷じゅうたんじきの床に付かせて真っ直ぐに立たせた。

「まあ!大きなお人形さん!」

 櫻子が驚きの声を上げる。

滉月こうづき様。こちらが簡単な家事と防犯の機能をそなえた、『からくり人形』でございます」

 銀縁ぎんぶち眼鏡をかけた白髪交じりの中年男性が、人形の両肩に手を置き、口を開いた。

「からくり人形?」

 濱子が聞き返す。 

「はい。私共わたしどもの研究所で誕生しました『からくり人形』シリーズから、『女中じょちゅう童顔わらべがおタイプ壱号いちごう』です」

 背丈せたけは、百四十㎝。
 別注べっちゅうで人形職人が丁寧ていねいり上げた、幼い子供のような顔立ち。
 舞妓まいこが使う白粉おしろいを顔から足の爪先まで満遍まんべん無く、全身にりたくったような真っ白な肌。
 前髪は眉毛の上で切りそろえられた、おかっぱ頭。
 長く量のある睫毛まつげが植えられた目蓋まぶたは、しっかり閉じられて瞳は見えない。
 その『からくり人形』は、まるで市松人形をそのまま大きくしたかのような形貌けいぼうだ。

 中年男性が説明を続ける。

「長い間、研究に研究を重ねて試行錯誤しこうさくごを繰り返してきましたが、この度、ようやく完成にいたりました。完成後も機能性や耐久性などの実験を十分じゅうぶんに行い、無事に合格した私共研究所の自信作でございます。倪門がいもん所長とご親友でいらっしゃる滉月様には、一番にご予約頂きましたのに大変長らくお待たせしてしまいました。ですが、こうしてクリスマスにお届けすることがかないました」

 『からくり人形』ははだかぼうの状態で、「ピッシリ」と姿勢良く自分の両足で立っている。

「すごいわねぇ、お母様」
「ええ…、本当に」
「でも、お母様。このお人形さん、何も着ていなくって寒そうだわ」
「ああ。ご安心下さい、お嬢様。只今、この人形に着物を着せますので」

 そう答えた中年男性が、若い男性の方へ顔を向ける。
 櫻子と濱子が若い男性に視線を移すと、別のアルミケースから畳まれた着物を取り出している。そして、それを大きく広げて人形の背中から羽織はおらせた。

「…ん?おい、足袋と長襦袢ながじゅばんが先だろう」

 中年男性が、若い男性をたしなめる。

「あ、そうでした。えーと長襦袢、長襦袢…」

 人形の体に着物を羽織らせたまま、若い男性はアルミケースに戻って長襦袢を取り出す。

「長襦袢よりも、足袋を先に履かせた方が良いんじゃないか?」
「あ、そうですね。えーと足袋、足袋…」
「いやはや私共は毎日、『からくり人形』の製造ばかりに専念していたもので、こうゆうことはまだ慣れませんで…」 

 中年男性が苦笑いする。

「ちょっとお待ちになって」

 小首こくびかしげて人形を見つめていた濱子が、男性達に呼びかける。

「はい、奥様。如何いかがなさいましたか?」

 若い男性が手を止め、中年男性がたずねる。

「お人形の着物は、その色しか無いのかしら?」

 人形に羽織らせている着物は、無地の紺色だ。

「はい。こちらは女中の仕事をするための人形ですので、比較的ひかくてき地味な物をご用意させて頂きました」
「帯の色も見せて頂ける?」
「こちらでございますが…」

 若い男性が、黒色の帯を取り出して見せる。

「そうねぇ、その色も悪くはないのだけれど…。できれば、もっと明るい柄の物を着せたいと思うの。構わないかしら?」
「なるほど。では…」

 中年男性が腕時計で、時間を確認する。

「これから人形の背丈に合う物を、呉服屋まで調達して参ります。少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、いえいえ。櫻子の着ていた物が使えないかと考えていたところなので、改めて揃えて頂く必要はございませんのよ。櫻子、お人形の隣に立ってちょうだい」
「はい、お母様」

 櫻子が人形の横に並ぶ。

「やっぱり、櫻子よりも少し背が低いのね。…それにしても櫻子、随分ずいぶんと背が伸びたわねぇ。櫻子も、もう十二歳。元気に育ってくれて、私はとても嬉しいわ」

 濱子が感慨深かんがいぶか深げな面差おもざしで、櫻子を見つめる。

「うふふ」

 濱子の言葉に、櫻子も笑顔で返す。 

「お母様!私、お人形さんに似合いそうなお着物を探してくるわね!おじさま方も、お待ち頂けるかしら?」
「はい、お嬢様」

 櫻子が「ニッコリ」と笑顔を向けると、釣られたように男性二人も笑顔で答えた。
 櫻子は直ぐ様、開いたままの両扉をけて居間を飛び出して行った。

「奥様。聡明そうめいで、とても可愛らしいお嬢様でいらっしゃいますねぇ」
 
 中年男性が、櫻子をめる。


「ええ。あの子は、わたくし自慢じまんの娘なの」


 濱子は、ほこらしげに答えた。




(続)
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