アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第二話「電源を入れてみましょう」

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「お母様!こちらで、どうかしら?」

 しばらくして櫻子が、何枚も重ねてそうになった着物と帯の山を両腕にかかえて、居間に戻ってきた。
 それらは花や動物などの様々な絵柄が、色とりどりに描かれた物だ。

「あらあら。沢山、持ってきたのね」
「だってぇ、こぉんな大きなお人形さんに着せ替えできるのよ!ワクワクするわ!ねぇ、お母様。私が選んでも良いかしら?」
「ええ、良いわよ」

 櫻子が着物を取りに行っている間に、人形の体には長襦袢ながじゅばんが着せられ、足袋を履かせ終えていた。長襦袢は男性達が手間取っていたので、ほとんど濱子が一人で着せていた。

 櫻子は抱えた物を大きなテーブルに置くと、一番上にった緑色の地に蝶々を描いた着物を取って、広げながら人形にけ寄った。
 「フワリ」と、人形の両肩に掛ける。

「わあ、可愛い!」 
 
 櫻子は着物を人形から外し、「パタパタ」と小走りでテーブルに戻る。次は赤色地につばさを広げた鶴模様つるもようの着物を取ると、また広げて人形に掛けた。
 
「まあ、これもお似合いだわ!」
 
 その往復おうふくを五回ほど、り返す。

「う~ん、どれも可愛くって迷っちゃう」

 櫻子は両頬に手の平を当てて、悩み顔。

「櫻子、そろそろ決めてしまわないと。研究所の方々をお待たせしては、いけないわ」
「あっ、おじさま方。ごめんなさい」

 櫻子が首をすくめ、「ペコリ」と男性達にお辞儀する。

「いやいや、私共のことはお気になさらず」

 中年男性が優しく答える。

「それじゃあ…、これにするわ!お人形さん、お肌がとっても白いでしょ?だから、この黄色がえると思うの」
「そうね。わたくしも、その色が良いと思うわ」
「決まりね!じゃあ早速、お人形さんに着せてあげなきゃ」
「櫻子、私と一緒に着せましょう。よろしいかしら?」
「はい、奥様」

 濱子がたずねると、中年男性はこころよ承諾しょうだくした。

「うふふ、楽しみ!」

 櫻子は母親と一緒に着せ替え出来るのが、嬉しくてたまらない様子。
 濱子が椅子から立ち上がり、櫻子と談笑だんしょうしながら人形の体に着付けてゆく。
 それは男性達の目から見ても微笑ましい、楽しそうな雰囲気ふんいきだ。
   
「できたわ!」 

 きちんと半襟はんえりも重ね、蒲公英たんぽぽのようなあざやかな黄色地の着物をまとったお人形。
 特にそですそ部分には、紅赤べにあか色の大きな五弁花ごべんかを中心にして、多種多様な小花こばなが描かれている。
 められた帯は、若草色地に手鞠てまり刺繍ししゅう
 裸ん坊だった「からくり人形」は、そのまま人形専門店で飾って販売できるような、すっかり見違えた姿になっていた。

「ほぉ~、これは素晴らしいですなぁ」

 中年男性が感心したように言う。

「これからずっと居て頂くのだから、お人形が着る物も華やかな方が家の中も明るくなると思いましたの。ごめんなさいね。折角せっかく、ご用意頂いたのに」
「とんでもございません。私共の研究所は男ばかりなもので、着物も安易あんいに選んでしまいました。いや、お恥ずかしい。是非ぜひとも、今後の参考にさせて頂きます」
「あのー…エプロンもございますが、如何いかがいたしましょう?」

 若い男性が、フリルのついた真っ白なエプロンを広げながら言うと、櫻子と濱子の方へかざして見せる。

「馬鹿っ、必要無いだろう!仕舞しまいなさい!」

 中年男性が、若い男性をたしなめる。が、

「あら!そちらのエプロン、フリルがいっぱいで素敵!」

 櫻子が、エプロンに飛びついた。

「そちらのエプロン、貸して下さる?」
「あ…、はい」

 若い男性が、櫻子にエプロンを渡す。
 櫻子は人形に駆け寄り、着物の上にエプロンを重ねて袖を通し、腰紐こしひもを結んだ。そして人形から離れると、遠目にそのエプロン姿を確認する。

「うわぁ、とっても可愛いわあ!お母様も、そうお思いにならない?」 
「そうね、櫻子。それに家事をするのなら、エプロンも着けた方が良いわね。ではあちらのエプロン、使わせて頂きますわ」
「ええ、どうぞどうぞ」

 中年男性がうなづきながら笑顔で答え、人形に歩み寄って隣に並ぶと両肩に手を置いた。

「それでは…これから人形の電源を入れさせて頂きます。ですが、その前に充電をしなければいけません」
「充電?」

 櫻子が聞き返す。

「はい。こちらが人形専用の『充電箱じゅうでんばこ』です」

 人形の着付けをしている間に、男性達がアルミケースから出しておいた充電箱を、櫻子と濱子に見せる。
 それは茶色い木製の箱型スツールのような物で、縦面たてめん下部かぶの左右に一つずつ車輪が付いて、移動可能な造りになっている。
 車輪が付いていない面の後方側の上下には、それぞれ小さな穴が空いている。その二ヶ所の穴からは黒いコードが通されており、長さもあるので紐で束ねられた状態でおもてに出ている。

「人形は充電する間、この箱に座ります。奥様、どこかに空いているコンセントはございますか?」
「コンセント…。ああ、あちらでしたら」

 濱子は居間を見渡し、すみにあるコンセントを指差した。

「ではひとまず、コンセントを使って充電させて頂きます」

 中年男性がそう言うと、若い男性は充電箱を「ガラガラ」と押して、コンセントのある壁まで移動する。
 箱を角に寄せ、二つのコードを各々おのおの束ねている紐を外した。

「奥様、お嬢様。ごらん下さい、箱の下部にあるコードが『電源プラグ』です。まず、この電源プラグをコンセントに差します」

 若い男性は片膝をついて、電源プラグをコンセントに差し込んだ。

「次に、人形をこの箱に座らせます」

 アルミケースから出した時と同様に、中年男性が人形の両脇に手を入れ、若い男性も人形のそばに行って両足を持ち上げて、人形を充電箱まで運んで座らせた。
 充電箱は、人形が座るのに丁度良い高さだ。
 櫻子と濱子も、よく見ようと人形のそばに歩み寄る。

「続いて、箱の上部にあるのが『充電プラグ』です。この充電プラグを人形の部分にある穴に差し込みます」

 若い男性が人形の髪の毛を掻き上げて、充電プラグを穴に差し込んだ。
 
「こちらが、人形の充電している状態です。ただ、今はまだ電源が落ちているので、人形は全く動きません。では、これから電源を入れます。電源は人形のにございます」

 人形の顔には唇の両端からあごにかけて、縦二本の平行線が入っている。
 若い男性が人形の顎をつかんで下ろすと、「パカッ」と縦線に沿って口を開いた。

「お母様、お人形さんの口が開いたわ!」
「あら、ちゃんと歯も生えているのねぇ。丁寧な造りだこと」
 
 櫻子と濱子が屈んで人形の顔に近寄り、興味津々な様子で口の中をのぞいている。

「口の中には、舌もございます。このが、『電源ボタン』となります」

 中年男性が言うように人形の口の中に舌があり、その舌の真ん中辺りに丸くて平たい飴玉のような「スイッチボタン」が見える。

「おじさま。どうして、お口の中にボタンがあるのかしら?」

 櫻子が振り向いて、中年男性に尋ねる。

「はい、お嬢様。私共研究所では、人形を『女中じょちゅうタイプ』と銘打めいうっております。ですが…、私共がより重視したのは、です。もし泥棒や強盗が家屋かおく侵入しんにゅうした場合、まずは奥様とお嬢様の身の安全を図ることを最優先とし、次に金品の強奪ごうだつを防がなければなりません。その際、人形が侵入者を撃退するために稼働かどうします」
「まあ」
「万が一、侵入者と鉢合わせになった時も、人形が奥様とお嬢様をお守りするためのたてとなります。人形が侵入者と格闘した時、体の外側に電源がございますと、攻撃された拍子に電源が落ちてしまうやも知れません。電源が落ちますと人形の動きも止まってしまい、お二方ふたかたをお守りすることも出来なくなってしまいます。それを避けるために、電源は口の中に取り付けました。この電源も、人形が認めた人間以外は触ることが出来ないように造っております」
「じゃあ私は、ボタンに触れないの?」

 櫻子は不安そうな表情をする。

「いいえ、お嬢様。今はまだ設定前なので、どなたでも触ることが可能です。お嬢様、電源を入れてごらんになりますか?」
「良いの!?」

 櫻子が大きく目を見開く。

「はい。どうぞ口の中に指を入れて、舌を押してみて下さい」

 櫻子が右手の人差し指を出しておそおそる、人形の開いた口の中に指を入れようとする。
 だが中に入れる寸前、指を引っ込めてしまった。

「お嬢様、如何いかがなさいましたか?」
「…まないかしら?」

 櫻子が苦笑いする。

「ハハハ。大丈夫ですよ、お嬢様。これは、奥様とお嬢様をお守りするための人形ですから。決して、お二方に危害を加えることはございません。どうぞ安心して、ボタンを押して下さい」

 櫻子が濱子の顔を見ると、優しく微笑み頷いている。


「じゃあ、押すわね!」


 櫻子は意を決して口の中に人差し指を入れ、「ポチッ」と人形の舌を押した。




(続)
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