アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
3 / 39
第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第三話「顔と名前を覚えてもらいましょう」

しおりを挟む
 櫻子が舌のボタンを押すと、人形の電源が入った。
 
 ブウゥゥ~ン……

 小さな起動音きどうおんが、その体内から発生する。
 閉じていた人形の目蓋まぶたが「パッ」と上がって、大きな茶色のひとみが現れた。

「お人形さんが目を覚ましたわ!」
「はい、お嬢様。電源が入ると、目蓋が開きます」

 人形は「パチッパチッ」と、まばたきをしている。

「人形の目は、照明の役割も果たします。例えばですが…、ちょっと失礼致します」

 中年男性が両扉の横に取り付けられた照明スイッチまで歩いて行き、天井のシャンデリアや壁掛けの飾り電灯などの明かりを全て消した。
 窓のカーテンが閉まっているので居間の中は暗くなり、暖炉のらいだ炎だけがともっている。

 人形は一旦いったん、目蓋を閉じる。
 一拍いっぱくほど置いて目蓋を上げると、人形の両目から瞳が消えて照明に切り替わり、オレンジ色のあわい光を放ち始めた。

「お母様、お人形さんの目が…」

 櫻子が濱子に抱きつき、濱子も櫻子の手をにぎる。

「こうして夜間に常夜灯じょうやとうとして、お使いになれますし…」

 人形の両目から放つ光は、オレンジ色から白色に変化して徐々じょじょに強くなってゆく。

「きゃっ、まぶしい!」 

 櫻子と濱子は自分達の目を守るように、二点の白くまばゆい光から顔をそむけ、手でさえぎる。

「このように、懐中電灯かいちゅうでんとうの代わりにもなります」

 中年男性が居間の照明スイッチを点ける。居間が明るくなると、人形は目蓋を閉じた。
 再び目蓋を開けると、両目は元の茶色の瞳に切り替わっていた。

「部屋が明るくなれば、また普通の目に戻ります。両目から出す光の明るさは、主人の命令に従って調節ちょうせつします。例え、急な停電になったとしても、主人にって足元を照らし続け、安全に移動できるようお手伝いします」

 説明をしながら、中年男性は照明スイッチから離れて、人形のそばに戻った。

「…はぁ」

 櫻子と濱子は、軽くめ息をく。

「ちょっぴり…吃驚びっくりしましたけれど、いざという時に便利ですし心強いですわねぇ」
「あ、お母様!見て!」

 櫻子が人形を指差す。
 濱子も人形を見ると、辺りを見渡すかのように首を上下左右に動かしている。
 暫く首を動かした後、櫻子と濱子に瞳を向けて止まった。
 櫻子と濱子は人形と目が合い、息をむ。

ハジメマシテ」

 人形が口を開く。

「喋ったわ!」
「まあ!なんてこと!?」
 
 櫻子と濱子が仰天ぎょうてんする。

只今タダイマ、充電中デス。着座チャクザデノ御挨拶ゴアイサツ、ドウカ、御許オユルシ下サイマセ」

 ゆっくりと丁寧に、人形が言葉を発してゆく。

女中じょちゅう童顔わらべがおタイプ・壱号」

 中年男性が人形に呼び掛ける。

「ハイ。製造責任者ノ、小林様コバヤシサマ

 自分の型番号で呼ばれた人形は、小林の方へ顔を向ける。

此処ココハ、何処ドコデショウ?」
「ここは今日から、お前がおつかえする滉月こうづき様のお宅だ。こちらが奥様。そして、お嬢様。お前の『ご主人様』となられる方々だ」
奥様オクサマ御嬢様オジョウサマ

 再び人形の顔が櫻子と濱子の方を向いて、言葉を復唱する。

「では、奥様」
「え?はい」
「奥様のお名前を教えて頂けますか?」

 中年男性が濱子に質問し、若い男性の方は背広のポケットから、メモ帳とボールペンを取り出している。

わたくし?私は、『濱子はまこ』と申します」
「漢字は、どのように書きますか?」
「『さんずい』に『うかんむり』、右下に『貝』という字を書いた『はま』に、『子供』の『子』と書きますの」

 濱子が空中に右手の人差し指で、「濱」の文字を書いて見せる。

「なるほど。よし、壱号。奥様のお名前は『滉月こうづき 濱子はまこ』様だ」

 中年男性が人形に名前を伝える。
 若い男性がメモ帳を開き、ボールペンで『滉月 濱子』と書いて、人形の顔の前にかかげて見せる。 

滉月コウヅキ濱子ハマコサマ

 人形がメモ帳を見つめ、濱子の名前を復唱する。

「お嬢様のお名前もよろしいですか?」
「はい!私の名前は、『滉月こうづき 櫻子さくらこ』です!」

 櫻子が右手を真っ直ぐ上げて、張り切って答える。

「左が『へん』でしょ?右は『かい』が二つある方の『さくら』に、『子供』の『子』よ」

 櫻子も濱子の真似をして、空中に『櫻』の文字を大きく書いてゆく。

「お母様にも私にも、名前に『かい』という字が入っているのよ。お人形さん、解るかしら?」
「ああ、左様さようでございますねえ。人形は平仮名ひらがな片仮名かたかな、そして粗方あらかたの漢字も理解出来ますので、きちんと紙などに書いて教えれば問題ございません。壱号、聞いたかい?お嬢様のお名前は『滉月 櫻子』様だ」

 若い男性が、今度は『滉月 櫻子』と書いた紙を人形に見せる。

滉月コウヅキ櫻子サクラコサマ
「そうだ。奥様とお嬢様のを、しっかりと覚えるように」
承知ショウチシマシタ。只今タダイマカラ、記録キロクヲ開始シマス」 
 
 人形はニ、三度瞬きをした後、メモ帳から櫻子と濱子に視線を移し、目蓋を大きく開けて「ジッ」と見つめる。

「あっ、お人形さんの目が大きくなったわ!」
「はい、お嬢様。人形が只今、奥様とお嬢様のお顔を記録中です。恐れ入りますが暫くそのままで、動かずにお願い致します」

 櫻子と濱子は言われた通り、その場で動きを止めた。

 カシャカシャカシャカシャカシャ……

 小さな機械音が、人形の体内から聞こえてくる。
 その状態が、一分ほど続いた。
 機械音が消えると、人形は見開いていた目蓋を下ろした。

「奥様、お嬢様。どうぞお楽になさって下さい」

 櫻子と濱子は体の力をいた。
 人形はしばし、目を閉じたまま。

「記録、完了シマシタ」

 次に目蓋を上げると、人形の目は通常の大きさに戻っていた。

「滉月、濱子、様。櫻子、様。タビハ、ワタクシ、『女中〈童顔ワラベガオタイプ・壱号』、ヲ、御購入ゴコウニュウ頂キマシテ、マコトニ、有難アリガト御座ゴザイマス」

 人形は口を「パクパク」と動かしながら、言葉を発し続ける。

誕生タンジョウシタバカリノ、不束フツツカナ、『カラクリ人形』、デハ御座イマスガ、ドウゾヨロシク、御願オネガイ致シマス」

 人形が言葉を終えると座ったまま、櫻子と濱子に対して一礼した。

「あらま、礼儀正しいお人形さんだこと」
「うふっ、どういたしまして。こちらこそ、どうぞよろしくね」

 櫻子は、「ニッコリ」と人形に笑いかけた。

 その時、外から車が敷地内に入ってくる音が聞こえてきた。

「あっ、お父様だわ!」

 そう言うと、櫻子は居間を飛び出した。

「主人が帰って来ましたわ。少々、お待ちになって」
「はい、奥様」

 男性二人が同時に返事をした後、濱子は静静しずしずと歩いて、居間を出て行った。

 櫻子が小走りで玄関に向かう。
 先に櫻子が玄関に到着し、姿勢良く立つ。後から来た濱子が櫻子の隣に並ぶと、「ガラガラ」と玄関の引き戸が開いた。

 入ってきたのは山高帽やまたかぼうかぶった、スマートな紳士だった。
 鼻の下には「逆『へ』の字型」に整えられた「カイゼルひげ」を生やし、オーダーメイドで仕立てた厚手の高級コートを纏っている。
 そばには紳士のかばんを抱えて、雪でれた傘を閉じている半纏はんてん脚絆きゃはん姿の年配男性が立っていた。
 
「お帰りなさい、お父様!」

 櫻子が父親に抱きついた。

「ハッハッハッ。ただいま、櫻子!」

 父親は満面の笑顔で、櫻子を抱き締める。
 櫻子から体を離すと、今度は濱子の方に両手を伸ばして抱き締めた。

「あなた、お帰りなさい」

 濱子が微笑み、夫に靴ベラを渡す。

 紳士の名は「数仁かずひと」。濱子の夫であり、櫻子の父親である。

「ただいま、濱子。やあ、今日はまた一段と美しいじゃないか!」
「まあ、あなたったら」
「うんうん、顔色も良いようだ」
「お父様!今ね、研究所のおじさま方にお人形さんのことを色々と教えてもらっていたの!」
「おお、とうとう届いたか!」

 数仁は靴を脱ぎ、玄関に上がる。
 スリッパをくと早速、櫻子と濱子の肩を抱いて居間へと向かった。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...