アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第十六話「お茶を淹れてもらいましょう」

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 アヤメは今、滉月家の敷地内に建てられた離れに居る。
 ここは、鉉造の住居だ。
 数仁達が暮らす広い屋敷に比べたら、ぢんまりとした建物で、中に置かれた物も地味な和家具わかぐばかりだ。しかし、ここに訪れた者達を落ち着かせ、くつろげるような雰囲気ふんいきがある。
 
 鉉造は囲炉裏いろりのそばに敷いた座布団の上に、胡座あぐらをかいている。
 周りは畳敷たたみじきになっており、アヤメと鉉造は囲炉裏を挟んで斜向はすむかいに座っている。
 鉉造に座布団をすすめられたが、アヤメはかたくなに断って座布団を後ろにずらし、畳の上に正座している。
 アヤメは鉄瓶てつびんつる布巾ふきんで包み持ち、湯呑みに湯を注ぐ。
 
 ここには鉉造が「ひまなら来い」と、アヤメを連れて来た。
 始めは鉉造が自分で緑茶をれようとしたが、アヤメの申し出で任せているところだ。
 囲炉裏は、卓袱台ちゃぶだい程度の高さがある。炉縁ろぶちかどに置かれた丸盆まるぼんには、茶缶と急須、それに大小異なる夫婦めおと用の湯呑み茶碗が二客載っている。
 アヤメは湯呑みに注いだ湯を、茶葉を入れた急須に移す。
 
「鉉サン。御茶オチャノ、サハ、如何イカガ致シマショウ?」
「んん?」
「緑茶ハ、濃イホウト、ウスイ方、御好オコノミガ、御座イマスカ?」
「ああ、そうだな。わしは、しっかり濃いのが良い」

 鉉造がしゃがれた声で、ぶっきらぼうに答える。

「承知シマシタ」

 急須に蓋をして、アヤメは両手を膝の上に揃える。そして、「左・右・左・右」と頭をらし始めた。
 
「…何をしとる?」
「只今、時間ヲ、ハカッテオリマス。暫シ、御待チヲ」
「おぉ…」

 頭と一緒にアヤメの上半身も、ゆっくりと揺れるメトロノームのように扇状せんじょうに動いている。
 鉉造は腕を組んで、静かに待つ。
 茶葉の蒸らしが頃合ころあいになり、「ピタリ」と頭の揺れが止まる。
 アヤメは急須の取っ手に指をくぐらせて持ち上げると、湯呑み茶碗へ交互に、少しずつ緑茶を注いでゆく。
 二客両方に淹れるのは、鉉造の要望だ。
 緑茶が二客共、丁度良く注がれたところで、鉉造が湯呑み茶碗に手を伸ばした。

御待オマチ下サイ!」

 アヤメが突然、「ピシッ」とした口調で制する。

「ああ?何だ?」

 鉉造が眉間みけんしわを寄せる。

ダ、最後ノ一滴イッテキガ、抽出チュウシュツサレテオリマセヌ。今暫イマシバラク、ドウカ、今暫ク御待チヲ」

 アヤメは膝立ひざだちをして、急須の注ぎ口を湯呑み茶碗の真上まうえに構えて動かない。

ノ、最後ノ一滴、此ノ一滴ガ、大事ナノデス」

 鉉造は口を半開きにしてあきれ顔で、アヤメを見ている。

「…こいつは、もう良いだろうが」

 急須を向けられていない大きい方の湯呑み茶碗を、「クイッ」と鉉造が指差す。

「ハッ、如何イカニモ。確カニ其方ソチラハ、御待チ頂ク、必要ガ無イノデス。シカナガラ、アヤメノ右手ハ、急須ノ、取ッ手ヲ持チ、左手デ蓋ヲ、押サエテイルノデス」

 アヤメが説明しているのも気にせず、鉉造は大きい湯呑み茶碗を「スッ」と取り上げる。
 アヤメの瞳は、急須の注ぎ口に一点集中して、寄り目になってしまっている。そのせいか、すでに鉉造が緑茶を飲み始めても、アヤメはなおも説明を続ける。
 
ユエ、鉉サンニ、其方ノ湯呑ミヲ、差シ上ゲル事ガ、出来マセヌ。ドウカ、モウ暫ク御待チヲ」

 ついに急須の注ぎ口から、「ぽたり」としずくが落ちる。

「只今、最後ノ一滴ガ、抽出チュウシュツサレマシタ。大変、御待タセ致シマシタ」

 アヤメが急須を丸盆に置いて、湯呑み茶碗を持ち上げる。
 熱した鉄瓶は直接触れると、肌部分がける可能性もあるので、布巾に包んで持っていた。だが、熱さ自体を感じることは無いため、湯呑み茶碗のどう部分を、アヤメは普通に手の平で包み持っている。

此方コチラノ湯呑ミハ、何方ドチラニ…」
「はあぁ~っ」
 
 鉉造が湯呑み茶碗の縁から、唇を離して息を吐く。

「ハッ、鉉サン。何時イツニ」 

 鉉造が緑茶を飲んでいるのを、やっと気づいたようだ。
 アヤメが持つ湯呑み茶碗を上から取り、鉉造はアヤメの向かい側の炉縁に置いた。

「ここで良い」

 鉉造が小さい方の湯呑み茶碗を置いた場所には、座布団が敷かれているが、誰の姿も無い。

「全く…お前自身は飲み食いせんのに、ずいぶんとご丁寧ていねいに茶を淹れるのう」
「ハイ。御茶ノ作法ハ、ノ道ノ先生ニ、厳シク、御指導ゴシドウ頂キマシタ」

 アヤメは膝立ちの体勢から、腰を下ろして正座した。

「アヤメハ、本来、防犯ヲ重視ジュウシシテ、造ラレタ人形。併シ乍ラ、昼間ニ屋敷内ヲ、此ノ図体ズウタイデ歩キ回レバ、カエッテ邪魔者ジャマモノ。其レ故、『防犯ノ、御役目オヤクメ以外ニモ、女中ノ仕事ヲ、出来ルダケオボエテ、働ク様ニ』、ト、倪門ガイモン所長カラ、御下命ゴカメイヲ、タマワリマシタ」

 緑茶を飲みながら、鉉造は黙って聞いている。

「アヤメハ人形故、女中ノ仕事モ、出来ル事、出来ナイ事ガ、御座イマス。アヤメノ、出来ル仕事ノヒトツ、其レハ、御人様オヒトサマニ、御茶ヲ淹レテ、差シ上ゲル事デス。昔カラ、『茶運チャハコビ人形』、ト、呼バレル、カラクリ人形ノ先輩方ガ、ラッシャイマス。鉉サンハ、御存知ゴゾンジデスカ?」
「茶運び人形か…」

 鉉造が湯呑みを炉縁に置いた。

「見たことあるぞ。儂が仕事で訪問した屋敷に、からくり人形の蒐集家しゅうしゅうかってな。儂に茶を出す時も、その人形を使ってきたわい。こんな小さい人形だったが、上手いこと茶を運んどったなぁ」

 自分が見た茶運び人形の大きさを、鉉造が両手を上下に広げて表す。

「文字を書いたり…、あぁ、こうやってなぁ…弓を引く人形も実際に動かして、見せてもらったぞ」

 続けて右肘を後ろに曲げて、弓を引く動作をする。

ホド

 アヤメは頷く。

「アヤメヲ設計シ、製造シテ下サッタ、倪門ガイモン研究所ノ、所長デラセラレル、『倪門 杞壹キイチ』様、モ、御幼少ゴヨウショウミギリ、茶運ビ人形ヲ、初メテ御覧ゴランニナリ、強イ衝撃ショウゲキヲ、受ケラレタソウデス。其レ以来、夏休ミニハ、アラユル種類ノ、カラクリ人形ヲ見ル為、全国ヲメグリ、作リ方ヲ学ボウト、職人ノ家ニマデ、押シ掛ケタ事モ、ッタソウデス」

 アヤメは、語り続ける。

「ソシテツイニ、倪門所長ハ、決意サレタノデス」

 アヤメが顔を上げる。

「『自分ハ将来、人ノ為ニ働イテ、助ケニナル様ナ、人形ヲ造ロウ』、ト」
「それは…倪門が直接、アヤメに言ったことか?」
「イイエ」

 アヤメは首を、左右に振った。

「只今、御伝オツタエシマシタ内容ハ、倪門所長ノ、来歴ライレキツヅッタ、倪門研究所ノ、所員皆様、御推薦ゴスイセンノ、書物ショモツカラ、引用インヨウシタ物デス。アヤメガ、倪門所長ニツイテ、御人様方オヒトサマガタニ、御説明ゴセツメイ出来ル様ニト、過去ニ発行サレタ、書物ヲ拝読ハイドクシ、知識トシテ、記録シマシタ」
「ふん、なるほどな」

 鉉造が鼻でわらう。

チナミニ次回、発行予定ノ題名ハ、『ダカラ、ワタシハ研究スル』、ト、イマシテ、詳細ショウサイニチハ、未定ナノデスガ、近々チカヂカ、全国ノ書店ニテ、発売予定。只今、絶賛ゼッサン、御予約受付中…」
「わかった、わかった。その話は、もういい」

 今度は鉉造が、アヤメの言葉を制した。

「あいつは、数仁の親友らしいがな…。儂も何度か会ったことはあるが、どうも気に食わん」

 両腕を組み、鉉造は苦虫にがむしつぶしたような表情をする。

「ハテ?」

 アヤメが首を右に傾ける。

「鉉サン。『彼奴アイツ』、トハ、『倪門所長』、ノ、事デショウカ?」
「ん?ああ…。お前にとっちゃあ、生みの親か。すまんな、ただのごとだ。気にせんでくれ」

 アヤメは首を傾けたまま、「パチパチッ、パチパチッ」と瞬きをする。

 その時、「トントントン」と土間の引き戸を叩く音がした。




(続)
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