アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

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第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第ニ十話「一緒にお片付けしましょう」

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 女性達は食事を終えて、蕗が淹れたほうじ茶を飲み、食休みをしていた。
 大皿の蛤や帆立は五人で食べくし、数仁と鉉造は残った料理をつまみながら、年中行事やパーティーなどで贈られた銘柄めいがら豊富な日本酒の蓋を次々と開けている。二人のそばには数本のびんと同じ数のお猪口が並んでいる。
 出張先で外国人への手土産として適した日本酒を、この三が日を通して味や香りの違いを堪能たんのうしながら、検討しているところだ。

 その時、アヤメの目蓋が「パッ」と開いた。充電が終了したのだ。
 アヤメは「パチッパチッ」と瞬きをしながら、首を上下左右に動かしている。
 すぐに櫻子が気づく。アヤメが自分のうなじから充電プラグをくのを見届けると、櫻子は鉉造に向かって手の平を合わせた。

「鉉さん。蛤と帆立、ご馳走様ちそうさまでした」 
「おう」
「蕗さん、ご馳走様でした。お夕飯、美味しかったわ」

 鉉造から蕗に笑顔を移して、櫻子が立ち上がる。 

「いいえぇ、お粗末様そまつさまでございました」

 両手で包んでいた湯呑みを置いて会釈し、蕗も立ち上がろうとする。それを「バッ」と、櫻子が両手を出して制した。

「お嬢様?」
「お母様と蕗さんは、ゆっくりしていてね。お片付けは、私がするわ」

 そう言って櫻子は、自分の席から向かい側に座る濱子と蕗の席まで、下座側しもざがわの長いテーブルを「パタパタ」と小走りで回り込んで行く。濱子と蕗の席に到着とうちゃくすると、二人の間に入って茶碗や皿を重ね始めた。
    
「あらまぁ、櫻子お嬢様。お一人では大変ですよ」
「平気よ、蕗さん。アヤメちゃんもいるんだから」

 アヤメが居間のすみから、テーブルまで歩いて来た。

「櫻、子姉様。アヤメモ、御手伝オテツダイタシマス」
「ええ。アヤメちゃん、お願い。えっと…まずはぁ、おひつとおなべを、あっちのカートに載せちゃいましょう。私がお櫃を持つから、アヤメちゃんはお鍋を運んでちょうだい」
「ハイ。櫻、子姉様」

 カートは、鉉造と櫻子の席のそばにあった。三段あるカートの下段にありったけの日本酒の瓶がまれ、鉉造がそこから代わるわる出し入れしていたからだ。 
 
 蕗のそばには飯櫃と鍋が置いてある。櫻子は飯櫃をかかえて、先ほどとは逆方向に歩いて自分の席へと戻って行く。アヤメも鍋の取っ手を左右に持ち、後をついていく。
 その間に蕗が「ススス…」と、櫻子の手が届くように重ねた食器を向かい側へ寄せていく。
 鉉造も周りの空いた食器を、櫻子の席の方へ動かしている。
 カートまで到着すると、櫻子とアヤメは上段に飯櫃と鍋を載せた。

「あっ。アヤメちゃんと私で、ちゃんと出来るのにぃ」

 櫻子は自分の席に集まった空の食器を見て、腰に両手を当て口を尖らせる。

「えぇ、えぇ。櫻子お嬢様のおっしゃる通りですとも」

 蕗が柔和にゅうわな笑顔で、何度も頷く。
 
「カートごと、こいつらも片付けられちまったら困るからなあ」

 言いながら鉉造は、カートの下段から日本酒の瓶を両手に取って、皿や器を退かして空いたところに、次々と置いていく。 

「んもう、いいわ。それじゃあ、アヤメちゃん。次は、こっちの食器を片付けましょう。私がアヤメちゃんに食器を渡していくから、アヤメちゃんはカートに載せていってくれるかしら?」
「ハイ、櫻、子姉様。喜ンデ」

 アヤメは、カートのそばで両膝をいた。  

「手伝いを張り切るのは良いが、櫻子もアヤメも気をつけておくれよ。高価な食器もあるんだからねえ」

 うっすら顔が赤くなってきた数仁が、心配そうに言う。

「解ってるわ。ちゃあんと蕗さんに、り方を教えてもらってるんだから。お父様達はどうぞ、楽しくお話してらして」

 蕗が寄せてくれた二人分の食器に、自分用の食器をさらに重ねた物を、櫻子は用途ようと別にアヤメに手渡してゆく。アヤメはそれらを両手で受け取り、カートの中段に置いてゆく。
 大人達は談笑しているものの目線は、その様子を見守っている。
 焼く前の蛤や帆立が盛られていた大皿を渡した後、櫻子はそのからが積まれて山になった大きな器を持ち上げた。
 途端とたんに、「ツルッ」と手をすべらせる。
 
「あっ」
「おぉっ!?」

 櫻子と同時に、数仁が声を上げる。蕗も「ビクッ」と肩を動かすが、かろうじて声はおさえる。

 シュッ!

 その瞬間しゅんかん、アヤメが両手を出した。
 いくつか殻が絨毯じゅうたんに落ちたが、器はしっかりと受け止められ、アヤメの両手の上に収まっている。
 
「はあ~っ、びっくりしたっ!」

 櫻子が息をいて、胸に手を当てる。
 数仁と蕗も「ホウッ」と胸をで下ろす。
 鉉造と濱子は、そこまで動じていない。鉉造は植木仕事で経験の浅い弟子の失敗を見慣れているし、「失敗しながら覚えろ」という考え方だ。それに鉉造も濱子も殻入れにしている器が安物なのも知っている。下町の家に住んでいた時から、それこそ自分達が殻入れに使っていた物だったからだ。
 
「殻ガ、落下ラッカシテシマイマシタガ、此方コチラノ、モノヲ、優先ユウセンサセテ頂キマシタ」
「ええ。アヤメちゃん、ありがとう!」
御役オヤクニ立テテ、光栄ナノデス」

 アヤメは、下段に置いた大皿の隣に器を置いて、絨毯に転がっている殻を拾う。

「おいおい、櫻子。言ってるそばから、これかい?」 
「ごめんなさい、お父様」

 櫻子は数仁の方を向き、「ペコリ」と頭を下げて謝る。

「でも見て!アヤメちゃんのおかげで、器を割らずに済んだわ。それにほらっ、カートに食器がこ~んな、綺麗に並んでるわ」

 居間から台所への運搬うんぱんが一度で済むように、アヤメは余計な隙間すきまの無い、カートの面積に見合った食器の配置をしていた。

「ねっ、アヤメちゃんはすごいでしょ?」

 櫻子が数仁の方を向いて、自慢気じまんげに言う。

「うん?…ああ。まあ、そうだねえ」
「お手伝いも、私一人だったら失敗もあるけれど、アヤメちゃんの手助けがあれば安心だわ。それにお手伝いだけじゃなくって他にもも~っと、アヤメちゃんが一緒なら色んなことが出来ると思うの」
「う~む…。よく解らないなあ。何だい、櫻子?結局、何が言いたいんだい?」
「え?あの…だからね、お父様。その、えっと…」

 櫻子がしどろもどろになり、だまる。
 数仁が口元のカイザル髭を指先で整えながら、いぶかしげに濱子の顔を見る。
 濱子は微苦笑びくしょうを浮かべて、椅子から立ち上がった。

「櫻子。とりあえず、そちらの食器を片付けてしまいましょう。わたくしも台所に行きますから。洗い物も皆でしてしまえば、早く終わるわ。ねぇ、蕗さん?」
左様さようでございますね、奥様」

 蕗も立ち上がる。

「櫻子はアヤメちゃんと一緒に、カートを運んできてちょうだいね?」
「…はい、お母様」
「ほれ、数仁。こいつは今年の新作だ」
「うん?新作?」

 「ポンッ」と、鉉造が未開栓みかいせんの瓶の蓋を開ける。
 反射的に、数仁は呑み干したお猪口を両手に構え、「トクトク」と酒が注がれる。

「これと同じ蔵元くらもとの九代目が試行錯誤しこうさくごしながら、やっとこさ完成させてな。十四年ぶりの自信作だそうだ」

 鉉造がテーブルの上の数多あまたの瓶から、一本を取って見せる。

「ほう、十四年ぶりですか」

 一旦、数仁が注いだばかりの冷酒をテーブルに置いて、グラスに入った水を飲んで口直しする。それからお猪口を持ち、香りをいでから口をつける。

「おお!これは何とも芳醇ほうじゅんな味わいだぁ」
「こいつは蔵元と古馴染ふるなじみの茂吉もきちさんが分けてくれた限定もんだ。今のうちに頼めば、少しぐれえなら取り寄せしてくれるっつってたな。だけど、こいつを呑ませるんだったら、味のわかる奴じゃねえと勿体もったいねえな」
「う~ん、確かに…。ああ、そうだ!英国に『ジェファーソン』って家具職人がいましてね。僕は親しみを込めて『ジェフ』と呼んでるんですが…、彼なら気に入るんじゃないかなあ。歳は…鉉さんと同じくらいか…いや、もっと上だな。何だかねえ、鉉さんと似てるんです。丸眼鏡を掛けていて真っ白な、こう…顎髭あごひげの立派なおじいさんで…」

 数仁がお猪口を置いて、自分の顎の周りを「ワサワサ」と両手指を動かして形作る。

「ああ、見た目は全然、違いますけどね。鉉さん同様に根っからの職人気質っていうか、なかなかの頑固者がんこものでしてねえ。いや、良い意味でですよ。いやあ、もう彼の作る家具は実に素晴らしい!これは是非、日本でも販売すべきだと。何より僕が欲しかった!しかし…初めての交渉こうしょうでは、ろくに相手にもしてもらえない。でもねえ…ある日、手土産に日本酒を一本だけ持っていったんです」

 数仁はテーブルに集まった日本酒から、小さめの瓶を一本、つかんで掲げる。

「彼には『こんなもんいらん!帰れ!』って、怒鳴どなられてしまいましたがね。『まぁまぁ、手軽に買える位の物なんで。仕事はきにして、味の感想だけでも』とか何とか適当に言って、作業場に置いていったんです」

 その時の事を再現するかのように、掴んでいた日本酒を下ろす。

「それで次に行った時は違う銘柄を一本。その次にも、また別なのを一本。…そうやって彼の作業場へ頻繁ひんぱんにしつこくしつこく通ううち…気づけば、すっかり飲み仲間ですよ。ハッハッハッ」

 数仁は豪快ごうかいに笑い、「ゴクリ」と酒を呑む。

「はぁ~…。聞けば…彼の生家せいかは貧しくて、まだ子供の時分に家具造りの世界に放り込まれて、ずいぶんと厳しい修行にもえてきたそうで…。ほら、あのキャビネットがそうです!」

 しみじみとした話の途中で突然、数仁が居間の壁際に設置された、ガラスキャビネットを指差す。
 壁を背にして、半月形にカーブを描くように木材とガラスがめられ、キャビネットを支える四本のあしには、りゅう鉤爪かぎづめがしっかりと玉を掴んだ彫刻ちょうこくが力強くほどこされている。
 
「ああ~、あのなめらかなフォルム。百万回見たとしても、きないなあ~」

 数仁が片手を上げて、ガラスキャビネットの曲線を「スラリ」と空中でなぞる。

「それでね」

 数仁のお喋りは続く。
 こうなると滉月家の者なら、数仁が完全にっ払っているのがわかる。この内容の話を聞くのは、初めてではないからだ。
 鉉造は顔が赤い割りに、意識はハッキリしているようで、ぶっきらぼうながらも数仁の聞き慣れた話の相手をしている。

 そうして数仁が会話に夢中になっている間に、濱子と蕗は居間から出て行き、櫻子とアヤメも残りの食器を全て移し終え、カートを押して居間を後にした。




(続)
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