20 / 39
第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」
第ニ十話「一緒にお片付けしましょう」
しおりを挟む
女性達は食事を終えて、蕗が淹れた焙じ茶を飲み、食休みをしていた。
大皿の蛤や帆立は五人で食べ尽くし、数仁と鉉造は残った料理をつまみながら、年中行事やパーティーなどで贈られた銘柄豊富な日本酒の蓋を次々と開けている。二人のそばには数本の瓶と同じ数のお猪口が並んでいる。
出張先で外国人への手土産として適した日本酒を、この三が日を通して味や香りの違いを堪能しながら、検討しているところだ。
その時、アヤメの目蓋が「パッ」と開いた。充電が終了したのだ。
アヤメは「パチッパチッ」と瞬きをしながら、首を上下左右に動かしている。
すぐに櫻子が気づく。アヤメが自分の項から充電プラグを抜くのを見届けると、櫻子は鉉造に向かって手の平を合わせた。
「鉉さん。蛤と帆立、ご馳走様でした」
「おう」
「蕗さん、ご馳走様でした。お夕飯、美味しかったわ」
鉉造から蕗に笑顔を移して、櫻子が立ち上がる。
「いいえぇ、お粗末様でございました」
両手で包んでいた湯呑みを置いて会釈し、蕗も立ち上がろうとする。それを「バッ」と、櫻子が両手を出して制した。
「お嬢様?」
「お母様と蕗さんは、ゆっくりしていてね。お片付けは、私がするわ」
そう言って櫻子は、自分の席から向かい側に座る濱子と蕗の席まで、下座側の長いテーブルを「パタパタ」と小走りで回り込んで行く。濱子と蕗の席に到着すると、二人の間に入って茶碗や皿を重ね始めた。
「あらまぁ、櫻子お嬢様。お一人では大変ですよ」
「平気よ、蕗さん。アヤメちゃんもいるんだから」
アヤメが居間の隅から、テーブルまで歩いて来た。
「櫻、子姉様。アヤメモ、御手伝イ致シマス」
「ええ。アヤメちゃん、お願い。えっと…まずはぁ、お櫃とお鍋を、あっちのカートに載せちゃいましょう。私がお櫃を持つから、アヤメちゃんはお鍋を運んでちょうだい」
「ハイ。櫻、子姉様」
カートは、鉉造と櫻子の席のそばにあった。三段あるカートの下段にありったけの日本酒の瓶が詰め込まれ、鉉造がそこから代わる代わる出し入れしていたからだ。
蕗のそばには飯櫃と鍋が置いてある。櫻子は飯櫃を抱えて、先ほどとは逆方向に歩いて自分の席へと戻って行く。アヤメも鍋の取っ手を左右に持ち、後をついていく。
その間に蕗が「ススス…」と、櫻子の手が届くように重ねた食器を向かい側へ寄せていく。
鉉造も周りの空いた食器を、櫻子の席の方へ動かしている。
カートまで到着すると、櫻子とアヤメは上段に飯櫃と鍋を載せた。
「あっ。アヤメちゃんと私で、ちゃんと出来るのにぃ」
櫻子は自分の席に集まった空の食器を見て、腰に両手を当て口を尖らせる。
「えぇ、えぇ。櫻子お嬢様の仰る通りですとも」
蕗が柔和な笑顔で、何度も頷く。
「カートごと、こいつらも片付けられちまったら困るからなあ」
言いながら鉉造は、カートの下段から日本酒の瓶を両手に取って、皿や器を退かして空いたところに、次々と置いていく。
「んもう、いいわ。それじゃあ、アヤメちゃん。次は、こっちの食器を片付けましょう。私がアヤメちゃんに食器を渡していくから、アヤメちゃんはカートに載せていってくれるかしら?」
「ハイ、櫻、子姉様。喜ンデ」
アヤメは、カートのそばで両膝を突いた。
「手伝いを張り切るのは良いが、櫻子もアヤメも気をつけておくれよ。高価な食器もあるんだからねえ」
うっすら顔が赤くなってきた数仁が、心配そうに言う。
「解ってるわ。ちゃあんと蕗さんに、遣り方を教えてもらってるんだから。お父様達はどうぞ、楽しくお話してらして」
蕗が寄せてくれた二人分の食器に、自分用の食器を更に重ねた物を、櫻子は用途別にアヤメに手渡してゆく。アヤメはそれらを両手で受け取り、カートの中段に置いてゆく。
大人達は談笑しているものの目線は、その様子を見守っている。
焼く前の蛤や帆立が盛られていた大皿を渡した後、櫻子はその殻が積まれて山になった大きな器を持ち上げた。
途端に、「ツルッ」と手を滑らせる。
「あっ」
「おぉっ!?」
櫻子と同時に、数仁が声を上げる。蕗も「ビクッ」と肩を動かすが、辛うじて声は抑える。
シュッ!
その瞬間、アヤメが両手を出した。
幾つか殻が絨毯に落ちたが、器はしっかりと受け止められ、アヤメの両手の上に収まっている。
「はあ~っ、びっくりしたっ!」
櫻子が息を吐いて、胸に手を当てる。
数仁と蕗も「ホウッ」と胸を撫で下ろす。
鉉造と濱子は、そこまで動じていない。鉉造は植木仕事で経験の浅い弟子の失敗を見慣れているし、「失敗しながら覚えろ」という考え方だ。それに鉉造も濱子も殻入れにしている器が安物なのも知っている。下町の家に住んでいた時から、それこそ自分達が殻入れに使っていた物だったからだ。
「殻ガ、落下シテシマイマシタガ、此方ノ、容レ物ヲ、優先サセテ頂キマシタ」
「ええ。アヤメちゃん、ありがとう!」
「御役ニ立テテ、光栄ナノデス」
アヤメは、下段に置いた大皿の隣に器を置いて、絨毯に転がっている殻を拾う。
「おいおい、櫻子。言ってるそばから、これかい?」
「ごめんなさい、お父様」
櫻子は数仁の方を向き、「ペコリ」と頭を下げて謝る。
「でも見て!アヤメちゃんのお陰で、器を割らずに済んだわ。それにほらっ、カートに食器がこ~んな、綺麗に並んでるわ」
居間から台所への運搬が一度で済むように、アヤメは余計な隙間の無い、カートの面積に見合った食器の配置をしていた。
「ねっ、アヤメちゃんは凄いでしょ?」
櫻子が数仁の方を向いて、自慢気に言う。
「うん?…ああ。まあ、そうだねえ」
「お手伝いも、私一人だったら失敗もあるけれど、アヤメちゃんの手助けがあれば安心だわ。それにお手伝いだけじゃなくって他にもも~っと、アヤメちゃんが一緒なら色んなことが出来ると思うの」
「う~む…。よく解らないなあ。何だい、櫻子?結局、何が言いたいんだい?」
「え?あの…だからね、お父様。その、えっと…」
櫻子がしどろもどろになり、押し黙る。
数仁が口元のカイザル髭を指先で整えながら、訝しげに濱子の顔を見る。
濱子は微苦笑を浮かべて、椅子から立ち上がった。
「櫻子。とりあえず、そちらの食器を片付けてしまいましょう。私も台所に行きますから。洗い物も皆でしてしまえば、早く終わるわ。ねぇ、蕗さん?」
「左様でございますね、奥様」
蕗も立ち上がる。
「櫻子はアヤメちゃんと一緒に、カートを運んできてちょうだいね?」
「…はい、お母様」
「ほれ、数仁。こいつは今年の新作だ」
「うん?新作?」
「ポンッ」と、鉉造が未開栓の瓶の蓋を開ける。
反射的に、数仁は呑み干したお猪口を両手に構え、「トクトク」と酒が注がれる。
「これと同じ蔵元の九代目が試行錯誤しながら、やっとこさ完成させてな。十四年ぶりの自信作だそうだ」
鉉造がテーブルの上の数多の瓶から、一本を取って見せる。
「ほう、十四年ぶりですか」
一旦、数仁が注いだばかりの冷酒をテーブルに置いて、グラスに入った水を飲んで口直しする。それからお猪口を持ち、香りを嗅いでから口をつける。
「おお!これは何とも芳醇な味わいだぁ」
「こいつは蔵元と古馴染みの茂吉さんが分けてくれた限定物だ。今のうちに頼めば、少しぐれえなら取り寄せしてくれるっつってたな。だけど、こいつを呑ませるんだったら、味の判る奴じゃねえと勿体ねえな」
「う~ん、確かに…。ああ、そうだ!英国に『ジェファーソン』って家具職人がいましてね。僕は親しみを込めて『ジェフ』と呼んでるんですが…、彼なら気に入るんじゃないかなあ。歳は…鉉さんと同じくらいか…いや、もっと上だな。何だかねえ、鉉さんと似てるんです。丸眼鏡を掛けていて真っ白な、こう…顎髭の立派なお爺さんで…」
数仁がお猪口を置いて、自分の顎の周りを「ワサワサ」と両手指を動かして形作る。
「ああ、見た目は全然、違いますけどね。鉉さん同様に根っからの職人気質っていうか、なかなかの頑固者でしてねえ。いや、良い意味でですよ。いやあ、もう彼の作る家具は実に素晴らしい!これは是非、日本でも販売すべきだと。何より僕が欲しかった!しかし…初めての交渉では、ろくに相手にもしてもらえない。でもねえ…ある日、手土産に日本酒を一本だけ持っていったんです」
数仁はテーブルに集まった日本酒から、小さめの瓶を一本、掴んで掲げる。
「彼には『こんなもんいらん!帰れ!』って、怒鳴られてしまいましたがね。『まぁまぁ、手軽に買える位の物なんで。仕事は抜きにして、味の感想だけでも』とか何とか適当に言って、作業場に置いていったんです」
その時の事を再現するかのように、掴んでいた日本酒を下ろす。
「それで次に行った時は違う銘柄を一本。その次にも、また別なのを一本。…そうやって彼の作業場へ頻繁にしつこくしつこく通ううち…気づけば、すっかり飲み仲間ですよ。ハッハッハッ」
数仁は豪快に笑い、「ゴクリ」と酒を呑む。
「はぁ~…。聞けば…彼の生家は貧しくて、まだ子供の時分に家具造りの世界に放り込まれて、ずいぶんと厳しい修行にも耐えてきたそうで…。ほら、あのキャビネットがそうです!」
しみじみとした話の途中で突然、数仁が居間の壁際に設置された、ガラスキャビネットを指差す。
壁を背にして、半月形にカーブを描くように木材とガラスが嵌められ、キャビネットを支える四本の脚には、龍の鉤爪がしっかりと玉を掴んだ彫刻が力強く施されている。
「ああ~、あの滑らかなフォルム。百万回見たとしても、飽きないなあ~」
数仁が片手を上げて、ガラスキャビネットの曲線を「スラリ」と空中でなぞる。
「それでね」
数仁のお喋りは続く。
こうなると滉月家の者なら、数仁が完全に酔っ払っているのが判る。この内容の話を聞くのは、初めてではないからだ。
鉉造は顔が赤い割りに、意識はハッキリしているようで、ぶっきらぼうながらも数仁の聞き慣れた話の相手をしている。
そうして数仁が会話に夢中になっている間に、濱子と蕗は居間から出て行き、櫻子とアヤメも残りの食器を全て移し終え、カートを押して居間を後にした。
(続)
大皿の蛤や帆立は五人で食べ尽くし、数仁と鉉造は残った料理をつまみながら、年中行事やパーティーなどで贈られた銘柄豊富な日本酒の蓋を次々と開けている。二人のそばには数本の瓶と同じ数のお猪口が並んでいる。
出張先で外国人への手土産として適した日本酒を、この三が日を通して味や香りの違いを堪能しながら、検討しているところだ。
その時、アヤメの目蓋が「パッ」と開いた。充電が終了したのだ。
アヤメは「パチッパチッ」と瞬きをしながら、首を上下左右に動かしている。
すぐに櫻子が気づく。アヤメが自分の項から充電プラグを抜くのを見届けると、櫻子は鉉造に向かって手の平を合わせた。
「鉉さん。蛤と帆立、ご馳走様でした」
「おう」
「蕗さん、ご馳走様でした。お夕飯、美味しかったわ」
鉉造から蕗に笑顔を移して、櫻子が立ち上がる。
「いいえぇ、お粗末様でございました」
両手で包んでいた湯呑みを置いて会釈し、蕗も立ち上がろうとする。それを「バッ」と、櫻子が両手を出して制した。
「お嬢様?」
「お母様と蕗さんは、ゆっくりしていてね。お片付けは、私がするわ」
そう言って櫻子は、自分の席から向かい側に座る濱子と蕗の席まで、下座側の長いテーブルを「パタパタ」と小走りで回り込んで行く。濱子と蕗の席に到着すると、二人の間に入って茶碗や皿を重ね始めた。
「あらまぁ、櫻子お嬢様。お一人では大変ですよ」
「平気よ、蕗さん。アヤメちゃんもいるんだから」
アヤメが居間の隅から、テーブルまで歩いて来た。
「櫻、子姉様。アヤメモ、御手伝イ致シマス」
「ええ。アヤメちゃん、お願い。えっと…まずはぁ、お櫃とお鍋を、あっちのカートに載せちゃいましょう。私がお櫃を持つから、アヤメちゃんはお鍋を運んでちょうだい」
「ハイ。櫻、子姉様」
カートは、鉉造と櫻子の席のそばにあった。三段あるカートの下段にありったけの日本酒の瓶が詰め込まれ、鉉造がそこから代わる代わる出し入れしていたからだ。
蕗のそばには飯櫃と鍋が置いてある。櫻子は飯櫃を抱えて、先ほどとは逆方向に歩いて自分の席へと戻って行く。アヤメも鍋の取っ手を左右に持ち、後をついていく。
その間に蕗が「ススス…」と、櫻子の手が届くように重ねた食器を向かい側へ寄せていく。
鉉造も周りの空いた食器を、櫻子の席の方へ動かしている。
カートまで到着すると、櫻子とアヤメは上段に飯櫃と鍋を載せた。
「あっ。アヤメちゃんと私で、ちゃんと出来るのにぃ」
櫻子は自分の席に集まった空の食器を見て、腰に両手を当て口を尖らせる。
「えぇ、えぇ。櫻子お嬢様の仰る通りですとも」
蕗が柔和な笑顔で、何度も頷く。
「カートごと、こいつらも片付けられちまったら困るからなあ」
言いながら鉉造は、カートの下段から日本酒の瓶を両手に取って、皿や器を退かして空いたところに、次々と置いていく。
「んもう、いいわ。それじゃあ、アヤメちゃん。次は、こっちの食器を片付けましょう。私がアヤメちゃんに食器を渡していくから、アヤメちゃんはカートに載せていってくれるかしら?」
「ハイ、櫻、子姉様。喜ンデ」
アヤメは、カートのそばで両膝を突いた。
「手伝いを張り切るのは良いが、櫻子もアヤメも気をつけておくれよ。高価な食器もあるんだからねえ」
うっすら顔が赤くなってきた数仁が、心配そうに言う。
「解ってるわ。ちゃあんと蕗さんに、遣り方を教えてもらってるんだから。お父様達はどうぞ、楽しくお話してらして」
蕗が寄せてくれた二人分の食器に、自分用の食器を更に重ねた物を、櫻子は用途別にアヤメに手渡してゆく。アヤメはそれらを両手で受け取り、カートの中段に置いてゆく。
大人達は談笑しているものの目線は、その様子を見守っている。
焼く前の蛤や帆立が盛られていた大皿を渡した後、櫻子はその殻が積まれて山になった大きな器を持ち上げた。
途端に、「ツルッ」と手を滑らせる。
「あっ」
「おぉっ!?」
櫻子と同時に、数仁が声を上げる。蕗も「ビクッ」と肩を動かすが、辛うじて声は抑える。
シュッ!
その瞬間、アヤメが両手を出した。
幾つか殻が絨毯に落ちたが、器はしっかりと受け止められ、アヤメの両手の上に収まっている。
「はあ~っ、びっくりしたっ!」
櫻子が息を吐いて、胸に手を当てる。
数仁と蕗も「ホウッ」と胸を撫で下ろす。
鉉造と濱子は、そこまで動じていない。鉉造は植木仕事で経験の浅い弟子の失敗を見慣れているし、「失敗しながら覚えろ」という考え方だ。それに鉉造も濱子も殻入れにしている器が安物なのも知っている。下町の家に住んでいた時から、それこそ自分達が殻入れに使っていた物だったからだ。
「殻ガ、落下シテシマイマシタガ、此方ノ、容レ物ヲ、優先サセテ頂キマシタ」
「ええ。アヤメちゃん、ありがとう!」
「御役ニ立テテ、光栄ナノデス」
アヤメは、下段に置いた大皿の隣に器を置いて、絨毯に転がっている殻を拾う。
「おいおい、櫻子。言ってるそばから、これかい?」
「ごめんなさい、お父様」
櫻子は数仁の方を向き、「ペコリ」と頭を下げて謝る。
「でも見て!アヤメちゃんのお陰で、器を割らずに済んだわ。それにほらっ、カートに食器がこ~んな、綺麗に並んでるわ」
居間から台所への運搬が一度で済むように、アヤメは余計な隙間の無い、カートの面積に見合った食器の配置をしていた。
「ねっ、アヤメちゃんは凄いでしょ?」
櫻子が数仁の方を向いて、自慢気に言う。
「うん?…ああ。まあ、そうだねえ」
「お手伝いも、私一人だったら失敗もあるけれど、アヤメちゃんの手助けがあれば安心だわ。それにお手伝いだけじゃなくって他にもも~っと、アヤメちゃんが一緒なら色んなことが出来ると思うの」
「う~む…。よく解らないなあ。何だい、櫻子?結局、何が言いたいんだい?」
「え?あの…だからね、お父様。その、えっと…」
櫻子がしどろもどろになり、押し黙る。
数仁が口元のカイザル髭を指先で整えながら、訝しげに濱子の顔を見る。
濱子は微苦笑を浮かべて、椅子から立ち上がった。
「櫻子。とりあえず、そちらの食器を片付けてしまいましょう。私も台所に行きますから。洗い物も皆でしてしまえば、早く終わるわ。ねぇ、蕗さん?」
「左様でございますね、奥様」
蕗も立ち上がる。
「櫻子はアヤメちゃんと一緒に、カートを運んできてちょうだいね?」
「…はい、お母様」
「ほれ、数仁。こいつは今年の新作だ」
「うん?新作?」
「ポンッ」と、鉉造が未開栓の瓶の蓋を開ける。
反射的に、数仁は呑み干したお猪口を両手に構え、「トクトク」と酒が注がれる。
「これと同じ蔵元の九代目が試行錯誤しながら、やっとこさ完成させてな。十四年ぶりの自信作だそうだ」
鉉造がテーブルの上の数多の瓶から、一本を取って見せる。
「ほう、十四年ぶりですか」
一旦、数仁が注いだばかりの冷酒をテーブルに置いて、グラスに入った水を飲んで口直しする。それからお猪口を持ち、香りを嗅いでから口をつける。
「おお!これは何とも芳醇な味わいだぁ」
「こいつは蔵元と古馴染みの茂吉さんが分けてくれた限定物だ。今のうちに頼めば、少しぐれえなら取り寄せしてくれるっつってたな。だけど、こいつを呑ませるんだったら、味の判る奴じゃねえと勿体ねえな」
「う~ん、確かに…。ああ、そうだ!英国に『ジェファーソン』って家具職人がいましてね。僕は親しみを込めて『ジェフ』と呼んでるんですが…、彼なら気に入るんじゃないかなあ。歳は…鉉さんと同じくらいか…いや、もっと上だな。何だかねえ、鉉さんと似てるんです。丸眼鏡を掛けていて真っ白な、こう…顎髭の立派なお爺さんで…」
数仁がお猪口を置いて、自分の顎の周りを「ワサワサ」と両手指を動かして形作る。
「ああ、見た目は全然、違いますけどね。鉉さん同様に根っからの職人気質っていうか、なかなかの頑固者でしてねえ。いや、良い意味でですよ。いやあ、もう彼の作る家具は実に素晴らしい!これは是非、日本でも販売すべきだと。何より僕が欲しかった!しかし…初めての交渉では、ろくに相手にもしてもらえない。でもねえ…ある日、手土産に日本酒を一本だけ持っていったんです」
数仁はテーブルに集まった日本酒から、小さめの瓶を一本、掴んで掲げる。
「彼には『こんなもんいらん!帰れ!』って、怒鳴られてしまいましたがね。『まぁまぁ、手軽に買える位の物なんで。仕事は抜きにして、味の感想だけでも』とか何とか適当に言って、作業場に置いていったんです」
その時の事を再現するかのように、掴んでいた日本酒を下ろす。
「それで次に行った時は違う銘柄を一本。その次にも、また別なのを一本。…そうやって彼の作業場へ頻繁にしつこくしつこく通ううち…気づけば、すっかり飲み仲間ですよ。ハッハッハッ」
数仁は豪快に笑い、「ゴクリ」と酒を呑む。
「はぁ~…。聞けば…彼の生家は貧しくて、まだ子供の時分に家具造りの世界に放り込まれて、ずいぶんと厳しい修行にも耐えてきたそうで…。ほら、あのキャビネットがそうです!」
しみじみとした話の途中で突然、数仁が居間の壁際に設置された、ガラスキャビネットを指差す。
壁を背にして、半月形にカーブを描くように木材とガラスが嵌められ、キャビネットを支える四本の脚には、龍の鉤爪がしっかりと玉を掴んだ彫刻が力強く施されている。
「ああ~、あの滑らかなフォルム。百万回見たとしても、飽きないなあ~」
数仁が片手を上げて、ガラスキャビネットの曲線を「スラリ」と空中でなぞる。
「それでね」
数仁のお喋りは続く。
こうなると滉月家の者なら、数仁が完全に酔っ払っているのが判る。この内容の話を聞くのは、初めてではないからだ。
鉉造は顔が赤い割りに、意識はハッキリしているようで、ぶっきらぼうながらも数仁の聞き慣れた話の相手をしている。
そうして数仁が会話に夢中になっている間に、濱子と蕗は居間から出て行き、櫻子とアヤメも残りの食器を全て移し終え、カートを押して居間を後にした。
(続)
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる