アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
25 / 39
第一章「わが家にアヤメちゃんがやってきた!」

第ニ十五話「結果を伝えましょう」

しおりを挟む
「アヤメちゃん!」

 アヤメが三面鏡に映り、櫻子が振り向く。
 濱子の手によって、櫻子の髪は綺麗に三つ編みされている。
 アヤメは戸を閉めて、櫻子と濱子の方へ身体を向けた。

「あっ、それって…鉉さんの半纏はんてんね!」

 櫻子はスツール椅子から立ち上がって、アヤメに駆け寄る。
 アヤメは着物にエプロンを着けた姿の、更にその上に濃藍色こいあいいろの半纏を羽織っていた。

「ハイ。『庭デ、ワシノ、手伝イヲスルナラ、レヲロ』、ト、鉉サンガオッシャッテ、此方コチラヲ、シテ下サイマシタ」

 説明するアヤメの周りを歩いて「じっくり」と、半纏姿を櫻子が眺める。
 半纏のえりには「椴部 鉉造たんべ げんぞう」と達筆たっぴつな筆文字、背中の上部には大きな円の中に松の木を描いた大紋だいもん各々おのおの、「くっきり」と白くえている。
 ただ鉉造の半纏は、アヤメが着るには大きい。そのため、かなりそでまくっている。

「うふふ、そうなのね。アヤメちゃん、半纏もお似合いよ」
有難アリガト御座ゴザイマス」

 アヤメが櫻子に会釈する。

「朝は、どんなお手伝いをしたの?」
御庭オニワノ、ヲ、キマシタ」
「あ~ん、私も早起きすれば良かったっ。そうすれば一緒に出来たのにぃ」

 櫻子は両肘を後ろに曲げて、「パタパタ」と振る。

「落チ葉ヲ掃キ終エタノチ、鉉サンガ、葉焚バタキヲサレマシタ。ノ中デ焼キマシタ、薩摩芋サツマイモガ御座イマシテ、『ミンナデ、エ』、ト、鉉サンカラ、言付コトヅカッテマイリマシタ」
「わっ、焼き芋ね!お母様」

 櫻子が振り返って、濱子の顔を見る。
 濱子は微笑んで頷く。

「只今、蕗様ニ、御用意ゴヨウイ、頂イテマス」
「そう。そろそろ、食事の支度も整ったころじゃないかしら」

 濱子はドレッサーから静静しずしずと歩いて、を左右に開いた。

 隣の居間では、登代とよが櫻子の朝食を、ダイニングテーブルに配置していた。
 登代は地方から上京して来た、住み込みの若い女性使用人だ。素朴そぼくな顔をした大人しい性格で、まだ勤務年数は浅いが田舎の家族に仕送りしながら毎日、真面目に働いている。
 タツゑと同様に、登代も仕事中は白い胴着どうぎはかま姿だ。

「登代ちゃん、おはようございますっ」

 料理が盛られた皿や器の配置を終えて、登代が居間から立ち去ろうとするところを、濱子の部屋から出て来た櫻子が、元気良く挨拶する。
 登代は足を止めて振り向くと、櫻子に会釈する。「櫻子お嬢様、おはようございます」と一応、登代の口元は動いているのだが声量が小さいため、大きなダイニングテーブルの横幅よこはばへだてた距離きょりだと、「ボソボソ」としか聞こえない。

「登代ちゃん、ちょっと良いかしら?」
「はい、奥様」
 
 か細い声で登代が返事をして、ダイニングテーブルを回り込み、濱子の方へ小走りで近づいて行く。
 
「お父さんが、薩摩芋を焼いてくれたんですって?」

 濱子も登代に穏やかに尋ねながら、歩み寄る。

「はい。銭湯に行かれた時に沢山、頂いたそうで…。私達の分も、焼いて下さいました」

 濱子のそばまで来た登代が、ぎりぎり聞こえる程度の声量で、恥ずかしそうに答える。
 登代にはなまりがあり、育った場所特有の方言もあって、そのままの言葉で喋ると東京では、ほぼ何を言っているのか解らない。 
 タツゑ達から標準語を教えてもらい、少しずつ慣れてはきたが元々、極度の人見知りで家族や地元の親友以外と話す時はどうしても声が小さく、たどたどしい話し方になってしまう。

「そう」
「あの…」
「ええ、なあに?」

 濱子が優しく返事をする。

「あの…奥様にも、…あっ」

 田舎では、いつも薩摩芋を「お芋さん」と言っていたので、思わず口をいて出てしまったのに気がつき、登代が片手で口を押さえる。

「えっと…を、お持ちして…よろしいでしょうか?」

 登代は顔を赤くして、更に恥ずかしそうな口調で確認する。

「ふふふ、可愛いらしい言い方ね。ええ。わたくし、頂くわ」

 濱子が笑いながら答える。
 その日の体調によって、濱子の食欲にも変動があるので、念のために登代が確認したのだ。

「はい。では…すぐに、お持ちします」

 登代は少し困ったような笑みを浮かべて、答えた。
  
「それが済んだら、櫻子の食事中の世話はしなくて良いから、登代ちゃんは休憩してちょうだいね。蕗さん達にも、『お芋さんが冷めてしまわないうちに、休憩して召し上がってちょうだい』と伝えてくれるかしら?」
「はい、お伝えします。ありがとうございます」

 登代は濱子に会釈し、居間を出て行った。
 ダイニングテーブルには、切り分けて皿に載せられた焼き芋の他に、小振こぶりの稲荷寿司いなりずしや小鉢が整えられ、櫻子が自分で汁椀に味噌汁をよそって、椅子に座っていた。
 アヤメは櫻子にうながされ、居間の隅で充電の準備をしている。

 濱子が櫻子の向かいの席に座る。
 
「いただきまぁす」

 櫻子は両手の平を合わせ、明るく挨拶をしてから食事を始めた。


    *   *   *


 遅めの朝食を終えた櫻子は、居間の三人掛けソファに濱子と並んで座っていた。
 二人の向かい側では暖炉が「パチパチ」と音を立てて、燃えている。

「ふぅ~っ、もうお腹いっぱぁい」

 櫻子が、満腹まんぷくになったお腹を撫でる。

「お芋さん、美味しかったわね」
「ええ。お芋さんも、お稲荷さんもどっちも美味しくって、食べ過ぎちゃった!」
「ふふふ」

 濱子は笑みを浮かべながら湯呑みを取って、アヤメのれた緑茶を飲む。
 アヤメは、ソファのそばで直立ちょくりつしている。
 
「ねぇ、お母様」

 櫻子が濱子に話しかける。

「なあに、櫻子?」
「アヤメちゃんに、『研究所へ戻らなくて良い』って、まだお話ししてなかったの?」
「ええ。今朝は数仁さんの支度であわただしかったし、櫻子も一緒の時に話した方が良いと思ったのよ。さっき数仁さんからも連絡があってね、『そのことは、ちゃんと小林さんに伝えたから』って」
「そうなのね。ほらぁ。ね、アヤメちゃん?お父様も、ちゃあんと許してくれているわ」

 櫻子がソファから立ち上がって、アヤメに語りかける。

「オハ…オ、奥様。アヤメハ、ヨウナ、大失敗ダイシッパイヲシテ、滉月家ノ皆様二、多大ナ御迷惑ゴメイワクヲ、御掛オカケシテシマイマシタ。コンナニイタラヌ、アヤメガママ、皆様ニ御仕オツカエシテモ、ヨロシイノデショウカ?」
「勿論、この前みたいに充電を忘れて、動けなくなってしまうのは困るわね。だから二度と同じ失敗が無いように、工夫をしなくてはいけないわ」
工夫クフウ
「ええ。明日、小林さんが充電箱を二台届けて下さるそうよ。これで充電箱が三台、そろうわね」
「充電箱ガ、三台サンダイ
「そう。だから、一台は居間に」

 濱子は、充電箱が置いてある居間の隅を指差す。
 櫻子とアヤメが、濱子の人差し指を追って同時に首を向ける。

「もう一台は、櫻子のお部屋に」

 続いて、濱子は天井を指差す。
 櫻子とアヤメも天井を見上げる。

「残りの一台は、お父さんの離れに置かせてもらうの」

 濱子は最後に、鉉造の住む離れの方角を指差した。
 櫻子とアヤメも、同じ方角へ首を向けた。

「これだけ充電箱があれば、いつでも充電出来るでしょう?」
「ええ、そうね!お母様」
「これで足りなかったら、また充電箱を追加してもらうわ」
「うふふ。良かったわね、アヤメちゃん」

 櫻子が、アヤメに顔を近づける。

「櫻、子姉様」

 アヤメの瞳には、櫻子の満面の笑顔が映っている。

「あ。それから私、考えたのだけど」
「なあに?お母様」

 櫻子が「スッ」と、濱子に顔を向ける。

「これからは櫻子も、私のことを「お母様」ではなく、『』、と呼ぶのはどうかしら?」
「えっ?」

 櫻子が聞き返す。

「私は名前が『濱子はまこ』でしょう?最初の『』の文字を、『お母様』の二番目の文字にめると思えば、他所様よそさまとはちょっぴり違った、私達だけの呼び方になると思うの」
「おあさま」

 櫻子が言葉にしてみる。また自然と笑い顔になった。
 その櫻子の表情を見て、「ふふっ」と濱子も笑う。
 櫻子と濱子の会話を、アヤメが「パチッパチッ」と瞬きしながら見つめ、静かに聞いている。

「それでね、アヤメちゃんにも『』と呼んでもらうの。そうすると今までよりも何だか、もっと毎日が面白くなりそうじゃない?櫻子、どうかしら?」
「うん、とっても素敵!我が家だけの特別な呼び方ね!」
「では、決まりね」
「ええ!
「ふふふ」 
「うふふ」

 櫻子と濱子は、互いの顔を見ながら笑い合う。

「ねぇ。アヤメちゃんも、『』って呼んでみて?」

 アヤメは、櫻子と濱子の顔を交互に見る。

「『奥様』、デハ無ク、『』、ト、御呼オヨビシテモ、宜シイノデショウカ?」  
「ええ、どうぞ」

 濱子が微笑んだまま、頷く。



 アヤメは、ゆっくりと発する。

「はい、アヤメちゃん」

 濱子が返事をする。



 今度は、櫻子が元気良く呼びかける。櫻子が更に笑い顔になる。

「はい、櫻子」

 濱子も更に微笑み、返事する。

「あはっ。何だか、『』って呼んでると、だんだん楽しい気分になってきちゃう!ねぇねぇ、アヤメちゃん。もう一度、呼んでみて?」

「はい、アヤメちゃん」
「うふふふふっ」
 
 櫻子が楽しそうに笑いながら、アヤメと向かい合って両手を取る。

「これでアヤメちゃんも、我が家の一員ねっ!」

 櫻子はアヤメと両手をつないで、「ブラブラ」と左右に揺らした。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...