アヤメちゃん

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
27 / 39
第ニ章「アヤメちゃん、奮闘中」

第一話「家族の歴史を聞いてもらいましょう ①」

しおりを挟む
 アヤメが滉月こうづき家にとどまることが決まって、数日が経った。

 櫻子さくらこの冬休みも終了し、女学校の新学期が始まってから、今日が初めての土曜日だ。
 土曜の授業ははんドンのため、お昼には帰宅して昼食を食べ終えた櫻子は、アヤメと共に離れに居た。

 鉉造げんぞう囲炉裏いろりの奥に胡座あぐらをかき、左はす向かいの紗冬さとの席に櫻子が座っている。アヤメは正座して、櫻子と向かい合っている。

「この写真の中に立っている男の人がいるでしょ?」

 高さのある炉縁ろぶちには、がくに飾った写真が立て掛けられ、櫻子が向かって右側に写る一人の男性を指差す。

 上半身は鯉口こいぐち腹掛はらがけを重ねて半纏はんてん羽織はおり、下半身は乗馬じょうばズボンに脚絆きゃはんを巻いた地下足袋じかたび姿。写真が白黒なのでわかりにくいが、全てが藍色系あいいろけい統一とういつされた仕事着である。 
 その長身で体格の良い男性は腕を組んで仁王立におうだちになり、写真機に向かってにらみをかせている。

「この人が鉉さん。若い時の写真だから、現在いまと違うでしょ?」
此方コチラノ、御若オワカイ男性ノ、御人様オヒトサマガ、鉉サン」
 
 アヤメが目蓋を見開いて首を左右に振りながら、写真の若い鉉造と、実物の白髪頭で浅くしわの入った現在の鉉造を見比べる。

「…おい。あんまり、ジロジロ見るんじゃねぇ」

 鉉造が眉間みけんに皺を寄せ、顔をアヤメかららして緑茶を飲む。

「此方ノ鉉サンヨリ、御年オトシサレテイマスガ、アマ御変オカワリガ無イヨウニ、見受ミウケラレマス」

 アヤメは写真に右手を向けて、答える。

「あはっ、そうかも。どっちも恐い顔してるものね」
「ほっとけ」

 鉉造がしゃがれた声で、ぶっきらぼうに言う。

「うふふ、アヤメちゃん。紗冬さとお祖母ちゃまはねえ、ここよ」

 次に櫻子は鉉造の前にいる、髪を丸髷まるまげった着物姿の女性を指差した。
 ななめ左に設置された椅子に背筋を真っ直ぐに伸ばして座り、隣の女性に抱かれた幼児に視線を向けて微笑んでいる。

椴部タンベ 紗冬サト、様」

 アヤメは名前を繰り返す。
 鉉造は湯呑みを炉縁ろぶちに置いた後、そばにある煙草盆たばこぼんの引き出しを開けた。中には細長く切った和紙が束になって仕舞しまってある。
 そこから一枚抜いて、自分の親指を一舐ひとなめする。「クルクル」と鉉造が指を使い、天辺てっぺんを少し残して和紙をねじり始めた。

「そうよ。それでね、この小さな女の子が『おはあさま』」

 櫻子も最近では、ずっと濱子はまこのことを「おはあさま」と呼んでいる。
 
「三歳の時の写真よ」

 三歳の濱子は、振り袖に被布ひふを重ねた姿で母親のひざに座り、つぶらな瞳で写真機を不思議そうに見つめている。
 白黒写真からでも、大きく描かれた花々はなばなや翼を広げた鶴の模様もようあざやかさがうかがえる。

「七五三の日にったのよね、鉉さん?」
「おう」

 鉉造の手の中では、一本の紙撚こよりが出来上がっていた。
 煙草盆の鉤手かぎてに引っ掛けた煙管きせるまんで「クルッ」とかえすと、くちに紙撚を通して中を掃除する。

 炉縁には広告の紙も一枚あり、それを裏返した真っ白い面に鉉造と濱子以外の写真に写る人物の名前を漢字で三人分、櫻子が鉛筆で書いていた。

「おはあさまを抱いてる女の人が、園子そのこお祖母ちゃま」
椴部タンベ 園子ソノコ、様」
「そう。おはあさまを産んで下さったのは、園子お祖母ちゃまよ。園子お祖母ちゃまはね、鉉さんの妹なの」

 紗冬と同様に丸髷頭、着物に長羽織ながばおりを重ねた姿で、斜め右に設置された椅子に座る園子。その腕には幼い我が子をしっかりと抱き、写真機に向かって微笑んでいた。

 七五三の晴れやかな日に撮られた、一枚の写真。

 慣れない写真機を前にした大人達の緊張感きんちょうかん若干じゃっかん、伝わってくる。だが、ここに写った者達をよく知る人間が見たならば、濱子のすこやかな成長を願う大人四人の、撮影現場でのなごやかな雰囲気を察して、思わず笑みを浮かべるだろう。

 アヤメは目蓋を大きく開いたまま写真を見つめ、櫻子の話すことに黙って耳を傾けている。

「そして…」

 櫻子が最後に、園子の後ろに立つ男性を指差した。

「ここにいるのが、園子お祖母ちゃまの旦那様。『亜里倉ありくら 英嗣えいじ』って、いうの」
亜里倉アリクラ 英嗣エイジ、様」

 そこには温和な表情で、写真機に視線を向ける青年が居た。
 端正たんせいな顔立ち、髪は七三分しちさんわけ、ぞろえのスーツをまとった英嗣は、園子が座る椅子の背もたれに右手を載せて、体を右斜めに向けて写っている。浅黒い肌の鉉造が横にいるので、英嗣の肌の白さが判りやすい。

「英嗣お祖父ちゃまはね、園子お祖母ちゃまとの苦難の恋を成就じょうじゅさせたのよ」
苦難クナンノ、恋、デスカ?」
「そう。英嗣お祖父ちゃまと園子お祖母ちゃまはね、学生時代に出逢ったの。その頃の二人は何をするにも意見が合わなくって、喧嘩けんかばっかり。でも何度も会って、お話していくうちに仲良くなっていって…英嗣お祖父ちゃまはね、園子お祖母ちゃまのことが大好きになったの。園子お祖母ちゃまも最初は、英嗣お祖父ちゃまが大っ嫌いだったんだけど、優しくって面白いところもあるって気付いて段々だんだん、好きになっていって…。それで、二人は…両思いになってね…、結婚の約束をしたの」

 櫻子はまるで自分が、その状況を見てきたかのように手振りを加えながら、アヤメに語り続ける。
 
 鉉造は煙管の掃除を終えて、今度は引き出しから細長い和紙の束を全て取り出し一枚一枚、黙々もくもくと捩り始めた。

「でもね…英嗣お祖父ちゃまは、華族かぞくのお家の長男だったの。あ、華族って解るかしら?そっちじゃないのよ」

 櫻子は鉛筆を取り、名前を書いた紙の余白よはくに「家族かぞく」と書いてから、その上に「×バッテン」を入れる。その後、隣に「華族」と書く。
 
「こっちの方ね」
「『華族カゾク』。日本ニッポンサダメラレタ、身分ミブンノ、名称メイショウノ、ヒトツデスネ」
「ええ、そうよ。英嗣お祖父ちゃまはね、園子お祖母ちゃまを家族に紹介して…『結婚したい』って伝えたの。あ、今言ってる『かぞく』は…この『家族』よ」

 櫻子はまた紙に新しく「家族」と書いて、「まる」で囲んだ。

「ハイ。亜里倉 英嗣様ノ、御家族ゴカゾクデスネ」
「うん、そうそう。だけどね…」

 今まで楽しそうに話していた櫻子の表情が、くもってゆく。

「『二人では、身分が違う』って…お父様とお母様に大反対されてしまったの」

 櫻子の口調も、悲しそうだ。

「英嗣お祖父ちゃまのお父様とお母様は、二人の仲をこうと、英嗣お祖父ちゃまをだまして、お金持ちのお嬢様とお見合いさせて…。英嗣お祖父ちゃまは断ったのよ。それなのに勝手に婚約させられて、結婚式の日取りも決められてしまったの。それで亜里倉家の執事しつじが…園子お祖母ちゃまに会いに来てね、こう言ったの」

 櫻子はあごを引いて、眉間に皺を寄せる。

「『英嗣おっちゃまは、亜里倉家に相応ふさわしい家柄いえがらのお嬢様と、ご結婚なさいます。どうか英嗣おっちゃまのことは、お忘れ下さい』って…」

 櫻子が声色を低く変えて、実際に会ったことも無い執事の声真似をする。

「それを聞いて園子お祖母ちゃまは、とっても思いなやんだわ…」

 櫻子は声を元に戻すと、目蓋まぶたを閉じてうつむき、「フルフル」と首を左右に振る。

「『身を引かなきゃ駄目だ』って、自分に言い聞かせて…英嗣お祖父ちゃまをあきらめようとしたの…」

 櫻子が目蓋を開いて、鼻をすする。もはや、その瞳からは涙があふれている。

「ふあ~あぁ~~っ」

 鉉造は和紙を捩りながら、大欠伸あくびをする。

「英嗣お祖父ちゃまも、お父様とお母様を説得して結婚を認めてもらおうと頑張ったんだけど、なかなか上手くいかなくって…。それでもね、『必ず、園子お祖母ちゃまと一緒になる』って心に誓った英嗣お祖父ちゃまは、かばん一つでお家を飛び出して…、園子お祖母ちゃまを迎えに行ったの!」

 櫻子が自分の両手を握り締め、アヤメに顔を近づける。

「園子お祖母ちゃまは、吃驚びっくりして追い返そうとしたわ。でもね、英嗣お祖父ちゃまの決心は、とっても固かったの。だから園子お祖母ちゃまも、『信じてついて行こう』って覚悟かくごして、とうとう…」

 一瞬、櫻子の動きが止まる。

「一緒に、駆け落ちしたのよっ!」

 言うと同時に櫻子が「ギュッ」と、アヤメを抱きしめた。 




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...