記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
37 / 57
第2章「籠の中の子供達」

十三話「琉詩のピンポンごっこ」

しおりを挟む
「ねぇ、おねえちゃん。ぼくの、おしてみて?」

 琉詩は少女の瞳を「ジッ」と見つめ、「ツンツンツンツン…」と自分のを人差し指で触る。
 今日は琉詩の面会も、少女の『お仕事』もお休みだ。
 リビングルームのベッドの横端に腰掛ける少女。琉詩は、少女の真ん前に立っている。

「こうして…」

 琉詩は小さな両手で、少女の右手を取る。

「こうだよ」

 少女の人差し指を、自分の鼻先に引き寄せ触れさせる。

「ピンポーン♪」

 チャイムの音を、琉詩は言葉にする。

「ね?おねえちゃんがぁ、ぼくのココ、おしたらぁ、『ピンポーン♪』っていうね。それでね、ぼくがぁ、いろ~んな〈どうぶつ〉のぉ、〈なきごえ〉するからぁ、おねえちゃん、見ててね?」
 
 琉詩に持たれた自分の指を追って、少女は顔を向けているようにも見える。が、無表情で焦点も合っていない。
 それでも琉詩は、少女の瞳を見つめて話しかける。

「それじゃあ、いくよ?」

 琉詩は、少女の人差し指を使って自分の鼻先を押した。

「ピンポーン♪…ワンワン、ワンワンッ」

 少女の右手を離し、犬の鳴き真似をする。

「…これはね、犬の〈なきごえ〉だよ。ワンッワンッ」
「……」

 人差し指だけ伸ばした右手は浮かんだまま、琉詩の顔を指して留まり、何の反応も示さない。

「えっとぉ…」

 琉詩が後ろを向く。
 隣の琉詩のベッドには、大きさも厚みも異なる何冊もの動物写真集が広がっている。
 これらは会員達からのプレゼントだ。
 
「これっ」

 琉詩は一冊を取って捲り、少女に開いて見せる。その頁は様々な犬種が集まり、お行儀良くお座りして映っている写真だった。

「おねえちゃん、見て見て。これ、ぜ~んぶぅ犬、だよ。でもぉ、〈しゅるい〉もちがうしぃ、〈なきごえ〉もちがうよ。おっきいのはぁ、ウ~ワンッワンッワンッ」

 出来る限りの太い声を出して、琉詩なりに大型犬の鳴き声を真似ようとする。

「ちっちゃいのはぁ、キャンキャンキャンッ」

 今度は高い声で、小型犬の鳴き真似をする。それから犬の写真集をベッドに置いて、少女の前に戻る。
 
「おねえちゃん。また、おしてみて?」

 再び、少女の右手を両手で包んで、自分の鼻先を押す。

「ピンポーン♪…ニャアニャア、ニャアニャア。これはぁ、ネコだよ」 

 ベッドから猫の写真集を取って開き、少女に見せる。     

「ニャアニャア、ニャオ~ン…」

 少女は右手を下ろし、太股の上で休ませているが、人差し指だけは伸ばしたままだ。

「えっとぉ、つぎはぁ…」

 琉詩が後ろを向き、猫の写真集をベッドに置いてから、振り返る。
 すると少女は「スッ」と、自ら右手を上げた。そして人差し指を真っ直ぐ伸ばし、琉詩の顔の前で止まった。  

「あっ、おねえちゃん。あははっ、ピンポーン♪」
 
 琉詩は顔を前に出し、自分の鼻先を少女の指先に押し当てた。

「メエェ~メエェ~、メエェ~ッ。これはぁ、ヒツジだよ。ヒツジはぁ…」

 また別の写真集を取って、開いて見せる。半円型の逞しい二本の角を生やして、モコモコの毛を纏った羊達の群れ。

「これっ。このヒツジはね、大人になって〈ツノ〉が生えたヒツジだよ。こ~んなイッパイだとぉ、ちょっと…コワイよねぇ」

 琉詩は頁を捲って、羊の親子の写真を開く。

「こっちはぁ、ヒツジの赤ちゃん。すっごくぅかわいいよね~」
「琉詩」
 
 ドレッサーでヘアメイクを終えたユキが、琉詩に声を掛けた。そばには昴が、ユキと手を繋いで引っ付いている。

「あっ、ユキちゃん。スバルおにいちゃん」

 琉詩は、ユキと昴を見る。だが、昴は「プイッ」と琉詩から目を逸らした。それに気付いて琉詩も、寂しそうな表情になる。

「お前…、何してんだ?」
「あのね、ドールおねえちゃんとぉ、、してるんだぁ」

 ユキに尋ねられ、琉詩はすぐに明るい表情に戻って答えた。

「は?ピンポンごっこ?」
「うんっ。ねぇねぇ、ユキおにいちゃん。ボクの、おしてみて?」
 
 琉詩はユキを見上げて「ツンツンツンツン…」と、自分の鼻先を指先で触る。

「ここか?」

 ユキが左手を伸ばし、人差し指で琉詩の鼻先を押した。

「ピンポーン♪…チュンチュン、チュンチュンチュン」

 琉詩が口を尖らせて、「パタパタパタ…」と両手を上下に動かしている。

「これ、な~んだ?チュンチュンチュン、チュンチュンチュン…」
「…雀」
「ピンポーン♪せいか~いっ!」

 両手を真っ直ぐ上げる琉詩。

「ぼくね、ママとぉ、いっつもこーやってぇ、いろ~んな〈どうぶつ〉の〈なきごえ〉したりぃ、うごいたりしてぇ、〈あてっこ〉するんだぁ」
「ん~…あ。ジェスチャーゲームみたいなやつか?」
「あっ、そうそうそう。ぼくは〈なきごえ〉するんだけどぉ、ママはぁ、〈こえ〉がでないからぁ、うごくだけでぇ、ぼくがあてるんだよ。ママうごくの、と~っても上手なんだよぉ。ゾウさんとか、こーやってぇ〈ハナ〉、うごかすんだぁ」

 琉詩は屈んでから、自分の顔に二の腕をくっ付けて象の鼻のように「ブラブラ」と動かした。

「へぇ~。琉詩のママ、すげぇな」
「うんっ。ママ、すごいんだよぉ」

 上半身を起こして、琉詩はユキに笑いかける。

「…で、それをアイツにもやってたのか?」

 ユキが少女を指差す。

「うん、そうっ。だってドールおねえちゃん、〈どうぶつえん〉とかぁ、いったことないんでしょ?トオルくんにきいたら、そういってた。おじさんたちとはぁ、〈おへや〉であってぇ、いっしょに〈えいが〉みたり、〈おんがく〉きくんだって」
「あ~まぁ…。アイツ、あんな感じだし…外に連れてってもな…」

 ユキは少し困った表情で「ポリポリ」と、頭を掻きながら答える。

「ぼくね、〈どうぶつ〉見たりぃ、さわったりするとね、うれしいしぃ、たのしくなるんだぁ。だからね、おねえちゃんにもぉ、〈どうぶつ〉のこと、おしえてあげたいんだぁ」
「へぇ…」
「あ、見て見て。おねえちゃん、ちゃんとぉ、してくれるんだよ」 

 琉詩はユキ達から離れ、少女の前に立った。

「ねぇねぇ、おねえちゃん。ぼくの、おしてみて?」
「……」

 暫し間があり、少女は右手を上げて琉詩の顔を指差した。

「ピンポーン♪…ウホッウホッウホッ、これはぁゴリラ、だよ」

 どちらかと言えば琉詩の方から、少女の指先に鼻を押し付けているように、ユキには見える。
 そのまま琉詩はゴリラの鳴き真似をしながら、両手をグーにして肘を曲げて、自分の胸を叩いている。

「ウホッウホッ、ウホホッ…ね?」

 琉詩が、ユキを見上げて「ニコッ」と笑う。

「…うん、ホントだな。すげぇすげぇ」

 ユキは「コクコクコクコク…」と細かく頷きながら、琉詩に同調する。
 
「ユキちゃん。早くアッチ、いこー」

 昴がつまらなそうに、繋いでいるユキの右手を引っ張る。

「え?」

 ユキが昴を見てから、リビングルームの壁掛け時計を見上げて、時間を確認する。

「…あ、そうだな」
「ユキちゃん、いまから学校いくの?」

 ユキは黒色の学ランを着ている。今日、ユキを予約した会員からのリクエストだ。
 昴の方は、迷彩柄のフード付きパーカーに中はTシャツにジーンズと、普通にカジュアル。
 
「え?あ、うん。まあな」
「ぼくたち、〈つうしんせい〉だから学校、いかないんでしょ?」

 『施設の子供達は学費を抑えるため、全日制の学校には通わず、通信制で学習する』ことは、予め琉詩には伝えてある。

「あ~、そーそー。でも…たまーに生徒が集まって、どれだけ勉強できたか、先生と答え合わせすんだよ」
「よるも学校、やってるの?」
「ああ。夜じゃないと…ほら、教室に昼間の生徒が一杯居て、俺達は入れないだろ?」
「あっ、そうだねっ」
「そーそー」
「じゃあ、そのときぃ〈ともだち〉、できるね?」
「ん?友達?うん、うん」

 ユキは「コク、コク」と頷く。

「ふぅん、そっかぁ」

 琉詩の表情は嬉しそうだ。

「ユキちゃん、いこうってばー」

 昴が苛立ち、ユキの腕を揺さぶる。

「ああ、昴。じゃあな、琉詩」
「うん、いってらっしゃ~いっ」

 琉詩は両手を振って、リビングを立ち去るユキと昴を見送った。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...