記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
36 / 57
第2章「籠の中の子供達」

十二話「琉詩とお出掛け(会員・木己島)②」

しおりを挟む
「でも良かったよ。琉詩君、乗り物酔いしなくて。朝からずっと車に乗ってたけど、大丈夫だった?」

 ビーフシチューを食べ終えて、木己島と伊勢谷は珈琲を飲んでいる。
 動物園に入ってから、ずっと琉詩と木己島が会話を交わし、伊勢谷は控え目な付き添い役に徹した態度だ。

「うんっ。ぼく、へいき」

 琉詩は明るく答える。琉詩の前には、兎を可愛くキャラ風にした特製ケーキが置かれ、好みの味なのか、一口食べる毎に嬉しそうな表情になる。

「ねぇ」
「なに?琉詩君?」
「ぼく…〈おなか〉いっぱいになってきちゃったから、みんなでぇ〈いっしょ〉にたべよう?これ、おいしいよ?」

 琉詩は、木己島と伊勢谷の顔を交互に見ながら言った。
 木己島と伊勢谷は顔を見合わせ、「フッ」と笑う。

「そうか。じゃあ、ジミーも頂こうか。ああ、でもフォークが一つしか無いな。琉詩君が、ジミーに食べさせてくれるかな?」
「うんっ」

 まだ形の崩れていない長い片耳にフォークを刺して、琉詩は一口分を、向かい側の木己島に差し出す。

「はぁい、どうぞ」

 木己島はテーブルに身を乗り出し、口を大きく開けて、ケーキを食べた。

「ジミー、おいしい?」
「うん、美味しいよ」
「あははっ」

 木己島が答えると琉詩は嬉しそうに笑い、また一口分をフォークに刺す。

「はぁい。いっくんも、どうぞ」

 今度は横を向いて、右隣の伊勢谷に差し出す。

「あ、琉詩君。折角だけど僕はもう、お腹いっぱいなんだ」

 伊勢谷は、右手を胸の前に上げる。

「あ、そっかぁ」
「ああ。だから、木己島様と二人で食べなさい」
「うん」
「琉詩君」

 木己島に呼ばれ、琉詩は伊勢谷の方に向けていた顔を正面に戻す。

「次はさっきよりも、もっと餌やりが出来る所に行くからね。いっぱい、動物に触れるよ」

 木己島が明るく語りかける。

「ほんとう?やったぁ」
「どう?琉詩君、楽しい?」
「うんっ、楽しいっ」

 琉詩は差し出したフォークを戻して、「パクッ」と自分の口の中に入れる。

「そうかそうか。琉詩君が喜んでくれたら、ジミーも嬉しいよ。ジミーはね、琉詩君が大好きなんだ」

 木己島は『ジミー』と言う度に、「トントン」と自分の胸に人差し指を当てながら話す。

「どう?琉詩君は…ジミーのこと、好きかな?」
「うん」

 琉詩は口に頬張ったケーキを、モグモグと咀嚼しながら頷く。

「ぼくも、ジミーだいすきっ!」

 口の中の物を飲み込んだ後、琉詩は無邪気な笑顔で答えた。


     *   *   *


 日も暮れて三人は今、帰りの車中に居る。
 午後も琉詩は動物と触れ合い、遊び疲れて木己島の膝を枕にして後部座席で熟睡中だ。木己島は、琉詩の寝顔を見つめている。

「木己島様。お疲れではございませんか?」

 運転席の伊勢谷が、バックミラー越しに話しかける。

「いや。琉詩君は会うと、いつもフレンドリーだからね。逆に元気を貰えるよ。今日は俺も、すっかり楽しんじゃったな」
「僕も、他の会員様との面会の様子を拝見していますが…やはり木己島様に一番、懐いてます」
「そう?どうせ会員皆に、同じこと言ってるんじゃない?」
「いいえぇ」

 伊勢谷は首を左右に振る。

「決して、その様なことは。思ったままを、お伝えしたまでです」
「フッ、どうかな?それに…君にも大分、懐いてるようだしね?」

 木己島は嫉妬交じりの瞳を、バックミラーに映る伊勢谷に向ける。

「木己島様…。ハハ、困りましたねえ」

 伊勢谷は太い下がり眉を更に下げ、苦笑いする。

「確かに…僕が担当ですから『倉庫あそこ』に連れて行くために、どうしても多少は好かれないといけませんし…ハハ。どうか、ご勘弁下さい」
「うん…。まあ、いいや」

 木己島をバックミラーから視線を外し、琉詩の頭を撫でながら、窓の外の流れる景色を見る。

「しかし久々だな、オークション…。気合いが入るね」
 
 そう言って木己島は、不敵な笑みを浮かべた。



     ◇   ◆   ◇


 
 その後も琉詩は会員達と面会を繰り返し、様々な場所へお出掛けした。
 琉詩は、どの会員に対しても人見知りせず、笑顔で接した。面会した会員達は、漏れなく琉詩を気に入った。
 だがオークションに対しては、『参加する会員』・『不参加の会員』と、二手に分かれた。
 余りにも人怖ひとおじしない純真無垢な天使を、一番手で汚してしまうことに尻込みしてしまっていたからだ。
 それでも参加を選ぶ会員も、少なくは無かった。


 琉詩の知らないところで刻一刻と、は近付いていた。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

処理中です...