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第2章「籠の中の子供達」
二十一話「ランチ①」
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琉詩の熱は完全に下がり、起きられるようになった。
今日まで数日の間、琉詩の看病をしていた者達は、こんな印象を受けていた。
『あの一夜に起きたことは、事後に飲まされた睡眠薬と、熱に浮かされた数日間によって、琉詩の頭の中で、夢と現実の記憶との境が曖昧になっているようだ』
「ホ~ント、お熱下がって良かったわあ」
琉詩は、ベッドの横端に腰掛けている。
今まで着ていたパジャマを脱がせて、ルーシーは長袖のTシャツを、琉詩の頭から被せて着せる。
パジャマを脱いだ時に見えた琉詩のお腹。そこに赤い花弁のような跡。それが、保養所から戻って来た日から、未だ消えないでいるのをルーシーは確認するが、敢えて触れない。
「よかったね、るうた君」
おっとりと菜々美が喋り、持っていたスウェットパンツを、ルーシーに渡す。
「…うん」
琉詩は半ば、ボンヤリとした頭で頷く。
「でもまだ、病み上がりなんだからぁ無理しちゃダメよぉ。琉詩ちゃん、どぅお?どっか…その、痛いトコとか…無い?」
「…いたいとこ?……ううん」
少し考えてから、琉詩は首を左右に振る。
「…そう。じゃあ…また夕方にでも、お熱測ってみましょ。ホントはぁ、また一緒にかくれんぼして遊びたいトコだけど…今日はぁ、の~んびり過ごしましょうねぇ。はい、両足上げて~」
スウェットパンツの中を広げて、琉詩の両足を入れる。
「はい、じゃあベッドの上に立ってちょうだあい」
琉詩が言われた通りにすると、ルーシーはスウェットパンツをお腹まで、たくし上げた。
「は~い、オッケーよぉ。じゃぁあぁ、上に行ってぇ、ランチしましょ。み~んな、琉詩ちゃんのことぉ心配してたのよ~。ね~、菜々美?」
「うん」
菜々美は頷き、右手を開いて差し出す。
「るうた君。みんなと、ゴハン食べよ?」
「…うん」
琉詩は、菜々美と手を繋ぐ。
「さぁさ、行きましょ行きましょ」
ルーシーが部屋のドアを開けて、琉詩と菜々美を廊下へ促した。
「ハイハイハ~イ。階段、慌てないでぇゆっくりね~」
小さな二人の背中を軽く押しながら、ルーシーが移動中も明るく声を掛け続ける。三人は階段を上がり終えると四階の廊下を通り、キッチンルームへ入って行った。
IHコンロで温めた鍋から、スープを器に注いでいる手を止め、早瀬が振り返る。
「あ、起きられたんだね」
「…おはようございまぁす」
いつも元気良く挨拶していた琉詩だったが、今日は何だか声を出すのも力無い。
「…お早う、琉詩君」
そんな琉詩に一瞬、早瀬は哀れみの表情を向ける。が、すぐに微笑みを作って話しかけた。
「ちょうど皆も、集まって来たところだよ。今、スープ出すから座って待ってて」
「うん…」
三人はキッチンルームから、ダイニングルームへと移動する。
大きな二卓のテーブル。数種の大皿料理が並んだ一卓のテーブルを子供達が囲んで、仕切り皿に少しずつ料理を取り分けている。
「あっ、琉詩」
「るうた君」
「おいで」
「ここ、座りなよ」
「琉詩達の分も、用意してあげるね」
数日振り、ダイニングに顔を見せた琉詩を、年上の子供達は温かく迎えた。
琉詩を椅子に座らせ、両隣にルーシーと菜々美が座る。
そこへ柚子が四角盆を両手に持って、傍に来た。そこには、ストローを挿した三個のグラスが載っている。
「はい、リンゴジュース」
言いながら、テーブルに四角盆を置く。
「柚子ちゃん、ありがとね~」
ルーシーが二個のグラスを両手で取り、琉詩と菜々美の前に置いた。
「リンゴジュース、すきぃ。いただきまぁす」
菜々美は早速、ストローに口を付ける。
「これ、一びんで二千円するんだって」
「んまっ。一瓶、二千円!?」
残りのグラスを柚子から受け取ると、ルーシーはグラスを掲げて揺らし、リンゴジュースの色味を「しげしげ」と見つめて、高級感を確認する。
「ん、おいし~」
「菜々美、美味しいの?どれどれ~?」
ルーシーはグラスを下ろして、ストローを吸う。
琉詩はまだ手を触れず、ボンヤリと目の前のグラスを見ている。
「や~ん、濃厚っ。こ~んなリンゴジュース、初めてっ」
「ピクッ」と、琉詩の両肩が僅かに反応する。
「るうた君。リンゴジュース、おいしいよ?」
「…うん」
菜々美に勧められ、漸く琉詩は両手でグラスを持ち、一口飲んだ。
「琉詩」
柚子が離れて、入れ代わるように一馬が琉詩の前に現れ、長方形の皿を置いた。
六つに仕切られた乳白色の皿に、六種の惣菜が盛られている。
「適当に入れてきちゃった。いらないの、後でぇボク食べるから。好きなのだけ食べたら良いよぉ」
「…うん」
「オーブンで、ドリアとグラタンも焼いてるんだ。チーズたっぷりだよぉ。だから、まだ〈おなか〉いっぱいにしない方が良いよぉ」
そう言って一馬が離れて行き、今度は別の子達が、ルーシーと菜々美のために取り分けた皿を置いて行った。
そこへ早瀬が人数分の器を載せ、サービスワゴンを押して入って来た。
ランチに集まった子供達は皆、一卓のテーブルに固まって着席した。それぞれの前には、自分好みに盛り付けした仕切り皿が置いてある。
早瀬がテーブルを周って、スープの器を配り終えるのを、着席した全員が黙って待っている。
「じゃ…食べよっか?」
この場に居る子供達の中で、一番年上の柚子が口を開いた。
「いただきま~す」
全員、目配せしながら挨拶する。
「…いただきまぁす」
琉詩も少し遅れて挨拶した。
皆と食事。
厳密に言えば外出中の子や個室で休んでいる子もいて、全員揃ってはいない。ユキ・陽・莉央・知夏・昴、そして少女も不在だ。
『蕾初めの儀式』の日を通過する前、いつも琉詩は食事中、料理の感想を言ったり誰かに質問したり、屈託無く何かしら喋っていた。そして出された料理の品々も、満腹になるまで積極的に食べていた。
しかし、今はまだ頭が覚醒してないのか、フォークやスプーンを口まで運ぶのも、咀嚼するのも休み休みで、挨拶してから一言も喋っていない。
皆は何気無い会話をしながら、そんな琉詩の様子を本人に気付かれないよう、見つめ過ぎること無く、見守っていた。
(続)
今日まで数日の間、琉詩の看病をしていた者達は、こんな印象を受けていた。
『あの一夜に起きたことは、事後に飲まされた睡眠薬と、熱に浮かされた数日間によって、琉詩の頭の中で、夢と現実の記憶との境が曖昧になっているようだ』
「ホ~ント、お熱下がって良かったわあ」
琉詩は、ベッドの横端に腰掛けている。
今まで着ていたパジャマを脱がせて、ルーシーは長袖のTシャツを、琉詩の頭から被せて着せる。
パジャマを脱いだ時に見えた琉詩のお腹。そこに赤い花弁のような跡。それが、保養所から戻って来た日から、未だ消えないでいるのをルーシーは確認するが、敢えて触れない。
「よかったね、るうた君」
おっとりと菜々美が喋り、持っていたスウェットパンツを、ルーシーに渡す。
「…うん」
琉詩は半ば、ボンヤリとした頭で頷く。
「でもまだ、病み上がりなんだからぁ無理しちゃダメよぉ。琉詩ちゃん、どぅお?どっか…その、痛いトコとか…無い?」
「…いたいとこ?……ううん」
少し考えてから、琉詩は首を左右に振る。
「…そう。じゃあ…また夕方にでも、お熱測ってみましょ。ホントはぁ、また一緒にかくれんぼして遊びたいトコだけど…今日はぁ、の~んびり過ごしましょうねぇ。はい、両足上げて~」
スウェットパンツの中を広げて、琉詩の両足を入れる。
「はい、じゃあベッドの上に立ってちょうだあい」
琉詩が言われた通りにすると、ルーシーはスウェットパンツをお腹まで、たくし上げた。
「は~い、オッケーよぉ。じゃぁあぁ、上に行ってぇ、ランチしましょ。み~んな、琉詩ちゃんのことぉ心配してたのよ~。ね~、菜々美?」
「うん」
菜々美は頷き、右手を開いて差し出す。
「るうた君。みんなと、ゴハン食べよ?」
「…うん」
琉詩は、菜々美と手を繋ぐ。
「さぁさ、行きましょ行きましょ」
ルーシーが部屋のドアを開けて、琉詩と菜々美を廊下へ促した。
「ハイハイハ~イ。階段、慌てないでぇゆっくりね~」
小さな二人の背中を軽く押しながら、ルーシーが移動中も明るく声を掛け続ける。三人は階段を上がり終えると四階の廊下を通り、キッチンルームへ入って行った。
IHコンロで温めた鍋から、スープを器に注いでいる手を止め、早瀬が振り返る。
「あ、起きられたんだね」
「…おはようございまぁす」
いつも元気良く挨拶していた琉詩だったが、今日は何だか声を出すのも力無い。
「…お早う、琉詩君」
そんな琉詩に一瞬、早瀬は哀れみの表情を向ける。が、すぐに微笑みを作って話しかけた。
「ちょうど皆も、集まって来たところだよ。今、スープ出すから座って待ってて」
「うん…」
三人はキッチンルームから、ダイニングルームへと移動する。
大きな二卓のテーブル。数種の大皿料理が並んだ一卓のテーブルを子供達が囲んで、仕切り皿に少しずつ料理を取り分けている。
「あっ、琉詩」
「るうた君」
「おいで」
「ここ、座りなよ」
「琉詩達の分も、用意してあげるね」
数日振り、ダイニングに顔を見せた琉詩を、年上の子供達は温かく迎えた。
琉詩を椅子に座らせ、両隣にルーシーと菜々美が座る。
そこへ柚子が四角盆を両手に持って、傍に来た。そこには、ストローを挿した三個のグラスが載っている。
「はい、リンゴジュース」
言いながら、テーブルに四角盆を置く。
「柚子ちゃん、ありがとね~」
ルーシーが二個のグラスを両手で取り、琉詩と菜々美の前に置いた。
「リンゴジュース、すきぃ。いただきまぁす」
菜々美は早速、ストローに口を付ける。
「これ、一びんで二千円するんだって」
「んまっ。一瓶、二千円!?」
残りのグラスを柚子から受け取ると、ルーシーはグラスを掲げて揺らし、リンゴジュースの色味を「しげしげ」と見つめて、高級感を確認する。
「ん、おいし~」
「菜々美、美味しいの?どれどれ~?」
ルーシーはグラスを下ろして、ストローを吸う。
琉詩はまだ手を触れず、ボンヤリと目の前のグラスを見ている。
「や~ん、濃厚っ。こ~んなリンゴジュース、初めてっ」
「ピクッ」と、琉詩の両肩が僅かに反応する。
「るうた君。リンゴジュース、おいしいよ?」
「…うん」
菜々美に勧められ、漸く琉詩は両手でグラスを持ち、一口飲んだ。
「琉詩」
柚子が離れて、入れ代わるように一馬が琉詩の前に現れ、長方形の皿を置いた。
六つに仕切られた乳白色の皿に、六種の惣菜が盛られている。
「適当に入れてきちゃった。いらないの、後でぇボク食べるから。好きなのだけ食べたら良いよぉ」
「…うん」
「オーブンで、ドリアとグラタンも焼いてるんだ。チーズたっぷりだよぉ。だから、まだ〈おなか〉いっぱいにしない方が良いよぉ」
そう言って一馬が離れて行き、今度は別の子達が、ルーシーと菜々美のために取り分けた皿を置いて行った。
そこへ早瀬が人数分の器を載せ、サービスワゴンを押して入って来た。
ランチに集まった子供達は皆、一卓のテーブルに固まって着席した。それぞれの前には、自分好みに盛り付けした仕切り皿が置いてある。
早瀬がテーブルを周って、スープの器を配り終えるのを、着席した全員が黙って待っている。
「じゃ…食べよっか?」
この場に居る子供達の中で、一番年上の柚子が口を開いた。
「いただきま~す」
全員、目配せしながら挨拶する。
「…いただきまぁす」
琉詩も少し遅れて挨拶した。
皆と食事。
厳密に言えば外出中の子や個室で休んでいる子もいて、全員揃ってはいない。ユキ・陽・莉央・知夏・昴、そして少女も不在だ。
『蕾初めの儀式』の日を通過する前、いつも琉詩は食事中、料理の感想を言ったり誰かに質問したり、屈託無く何かしら喋っていた。そして出された料理の品々も、満腹になるまで積極的に食べていた。
しかし、今はまだ頭が覚醒してないのか、フォークやスプーンを口まで運ぶのも、咀嚼するのも休み休みで、挨拶してから一言も喋っていない。
皆は何気無い会話をしながら、そんな琉詩の様子を本人に気付かれないよう、見つめ過ぎること無く、見守っていた。
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