記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

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第2章「籠の中の子供達」

二十二話「ランチ②」

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「お待たせ」

 焼き上がったばかりのドリアとグラタン、そして重ねた丸い取り皿を載せて、早瀬がサービスワゴンを押して来た。
 
「ビーフドリアとシーフードグラタンだよ。お皿が熱いから、僕が取り分けるね」

 大きな二つの耐熱皿にサーバースプーンを入れて、ドリアとグラタンを少量ずつ取り皿に分けてゆく。
 取り分けた二枚の皿は、まずテーブル端の椅子に座る柚子の前に置いた。
 
「口の中、火傷しないように、フーフーして食べて。皆もね」

 早瀬は柚子に言ってから、顔を上げて呼び掛ける。

「ハァ~イ」

 ルーシーが右手を真っ直ぐ上げて、猫撫で声で返事する。
 一方で子供達は毎食のことだし、世話係の早瀬に対して、いちいち礼儀正しく返事はしない。説明する早瀬に注目して、食べながら頷く子も居れば、早瀬を見ずに、自分のペースで食べ続ける子も居る。 
 それは早瀬も承知の上で、なるべく子供達に余計な気は使わせないように接している。

「はい、一馬君」

 次に配られた一馬は、柚子よりも早く「こんもり」と、ドリアをスプーンに掬い、「フーフー」もそこそこに「パクッ」と口に頬張った。

「あふぅっ、あふあふあふっ」

 案の定、熱さに悶える一馬。その口から離れたスプーンとの間に、蕩けたチーズが「ビローン」と細く伸びている。

「あっ、一馬君。駄目だよ、そんな一口で」

 早瀬が慌てて、既にリンゴジュースを飲み干した一馬のグラスに、ピッチャーを傾ける。

「ほら、飲んで」

 早瀬は一馬に、冷えたミネラルウォーターを飲ませた。

「…フゥ~、熱かったあ」

 「ケロッ」とした一馬に、笑いが起こる。

「あら~。一馬ちゃんったら、ホンット食いしん坊さんねぇ」

 ルーシーも半ば呆れながら、笑う。

「もぉう、気を付けなきゃダメだよ。一馬」

 柚子は心配そうな表情と若干、怒った口調で注意する。

「うん」

 ポッチャリな頬っぺたを赤らめて、一馬は照れ臭そうに笑いながらも、すぐスプーンをフォークに持ち変え、グラタンのマカロニや海老を「グイグイ」と刺している。
 それを見て、また皆が「クスクス」と笑う。
 数日前だったら、一緒に笑っていたであろう琉詩は、笑っていなかった。仕切り皿に盛られた料理を少しずつ食べながら、ボンヤリと一馬を見るだけ。

 それでも、琉詩と共に、この場に居る皆が、和やかな雰囲気を保とうとしていた。


     *   *   *


「グラタン、お代わりっ」

 殆どの子達が食事を終える頃、一馬が早瀬に皿を差し出した。
 それを見て、また皆が笑う。もう三度目のお代わりだからだ。
 早瀬が皿を受け取り、グラタンを盛ってから一馬の前に置いた。
 
 「あらやだ、伊勢谷ちゃん?」

 ルーシーが気が付き、確認するように早瀬を見る。早瀬は戸惑った表情で、ルーシーに小さく首を振る。
 子供達の微かな笑い声や話し声も「ピタリ」と止まって一斉に、琉詩へ視線が集中する。
 リビングとダイニングの間仕切り扉は開放されている。リビングルームのドアから入って来た伊勢谷が、遠くから此方へ近付いて来る。
 早瀬は伊勢谷の方へ体を向け、姿勢を正す。
 
「…伊勢谷さん、お疲れ様です」

 早瀬が会釈する。

「お疲れ様。やあ、皆」

 伊勢谷は片手を上げ、いつものように太い下がり眉に、穏やかな笑みを見せて挨拶を返す。
 だが伊勢谷の態度とは反して、食卓には緊張した空気が張り詰める。一馬を含めた食事中の子達は、強張った表情で黙々と料理を咀嚼している。 

「あらァ、伊勢谷ちゃん。今日もスーツ姿、カッコ良いわぁ。でもぉ、ちょっとキツそう。ココの筋肉、増えたんじゃなあい?」

 ルーシーが明るく喋りながら、自分の胸周りを擦る。

「うん。ちょっと、メニューを変えてみたんだ。そろそろ、これも新調しないとね」

 窮屈そうな紺色の背広に付着した埃を「パンパン」と叩きながら、伊勢谷も気さくに答え、ルーシーから隣の琉詩へ視線を移す。

「琉詩君、こんにちは」

 琉詩のフォークを動かす手が止まる。

「…いっくん、こんにちはぁ」
「体の具合は、どうかな?」
「……んっと…わかんない」

 琉詩は左右に首を振る。

 琉詩自身も、今の自分がどんな状態なのか判らない。
 母親と生活していた頃は、熱や風邪で寝込んでも数日休めば体も軽くなって、幼稚園でも小学校に入ってからも休み明けは、友達と外で遊ぶのが楽しみでワクワクした。
 だけど今は体温計も確認して、熱が下がったのも知っているのに、琉詩の体は怠さが抜けず、ワクワクもしていなかった。

「ずーーーっと、心配してたんだよ。やっと…お熱、下がったみたいだね?」
「……ん」
「良かった。じゃ…明日からまた、会員の小父さん達と面会できるね?」     
「え…」
「ヤダァ。ちょっと待ってぇ、伊勢谷ちゃん。そんなこと、誰が言ったのぉ?琉詩ちゃん、まだ本調子じゃないわよぉ?」
「だって、ここで食べてるじゃない?」

 伊勢谷が穏やかな口調で、琉詩を指差す。

「あの…熱は上がったり下がったりを繰り返してる状態で…。ずっとお粥ばかりでしたし、少し確りした物を食べさせようと思って、僕が勝手に判断してしまいました。すみません…」

 早瀬が頭を下げる。

「ああ、そう…」
「ですから…明日の面会は、まだ難しいかと…」
「そうなのよぉ。お熱も完全に下がってるってワケじゃ無いしぃ。ほら。面会中にまた、お熱が上がって吐いちゃったりしたら、会員さんも困っちゃうじゃなあい?だからぁ、もうチョッとだけ、様子見たらどうかしらぁ?」
「うん。そうしたいのは山々なんだけど…」

 リビングとダイニングの間に佇み、話していた伊勢谷が歩き出す。
 
「琉詩君」

 後ろから伊勢谷の骨太で大きな両手が、琉詩の小さな両肩を包み込んだ。

「明日、予約された会員様がね、首を長ーくして待ってらっしゃるんだ」  

 伊勢谷は真っ直ぐ立ち、顔だけ下を向いて、琉詩の頭の天辺に優しく話し掛ける。

「早く、琉詩君と会いたいなーって…」

 言いながら、上半身を左斜め下へと傾け、琉詩の頭と距離を縮めてゆく。
 菜々美が自分側に下りてくる伊勢谷から、当惑した表情で体を反らせる。
 一馬すらフォークを動かす手が止まり、皆が為す術も無く、伊勢谷の動向を見つめる。

「ああ、そうだ。さっき、連絡があってね」

 琉詩の左耳に、伊勢谷の顔面が寄ってくる。

「早速、次の予約を入れて下さったよ…」
「いっくん…、ぼく…」
様が」 

 耳許で囁く伊勢谷。
 
「やだっ!」

 その名を聞いた途端、琉詩は目を見開き、叫んだ。




(続)
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