記憶をなくした子守歌

胡花宝 愛芽

文字の大きさ
23 / 57
第1章「0(ゼロ)」

二十三話「少女の『蕾初め』②」

しおりを挟む
「はい…出来上がり」

 その少女の首元から下は、純白に包まれていた。
 つややかな紺味こんみがかった長い黒髪に純白の着物姿の少女は、まさしく日本人形のようだった。

「後は…アレだけね」

 ルーシーがキッチンルームへ行き、またすぐに戻って来た。

「…さぁ、ドールちゃん。コレを持ちましょうねぇ…」

 ルーシーが少女の前に両膝をついて、ラッピングされた生花せいかを手渡す。
 
 その中にあるのは、一輪の薔薇。

 薔薇の花片はなびらは、闇のように深い黒。
 
 この日のために『黒薔薇の遊宴』倶楽部が特別に取り寄せた、稀少な色の薔薇だった。

 予約時間にはまだ余裕はあったが、ユキと少女を迎えに男性従業員がやって来た。
 男性従業員は、少女の着物姿に息を呑む。

「ドレスも似合ってたけど、着物もバッチリじゃないですか~」

 男性従業員の言葉に、誰も返事はしなかった。
 少女を連れて行こうと男性従業員が近づき、手を伸ばしたところをユキが間に立った。 

「俺が連れてくよ」

 ユキが少女の手を取る。

「どうせ、途中まで一緒だしな」
「そうね」

 ルーシーが頷く。

「それじゃあ、行きますよー」   
 
 男性従業員がそう言って踵を返し、ドアの方へ向かった。
 ユキが少女と手を繋いで、後に続く。

「二人共…いってらっしゃい」

 ルーシーは、いつもより抑えた声で二人に声を掛けた。
 ユキと少女の後ろ姿を、残った子供達は黙って見送ることしかできなかった。



 男性従業員はユキと少女をエレベーターに乗せ、二階へ降りた。
 エレベーターの扉が開くと、そこには園田がいた。受付カウンターに設置されたPCに向かって、マウスをカチカチと動かしている。
 
「二人共、とりあえず一号室で待機ね」

 園田はそれだけ言うと、少女の着物姿にも触れることなくPC画面に視線を戻した。
 男性従業員が先に進み、ユキと少女を一号室に連れて行く。 
 誰もいない一号室に二人を通すと、男性従業員は退室した。
 ユキは少女をソファーに座らせ、自分も隣に座る。
 
 十分ほど経ってから、いきなり一号室のドアが開いた。

「やあ、ユキ」

 やって来たのは、典厳社長だった。

「…ようこそ、典厳社長」

 ユキがソファーから立ち上がり、典厳に向かってお辞儀した。

「さあさあ、どうぞ中へ」
 
 典厳が声をかけると、白髪交じりの中年男性が入室してきた。

「ユキです」

 典厳が自信ありげに紹介した。
 ユキは、再びお辞儀する。

「ようこそお出で下さいました、『葦川あしかわ様』」

 頭を上げたユキは穏やかな笑みを浮かべ、しとやかに歓迎の言葉を述べた。
 チャイナドレス姿のユキを見た葦川は、たちまち目が釘付けになる。
 
「…これはこれは。写真を拝見して楽しみにしていましたが、実物は更に見目麗しい」
「ええ。どこへ出しても恥ずかしくない自慢の逸品です」
「失礼致します」

 ドアが開いたままの部屋に、男性従業員が入室してきた。
 シャンパングラスが載ったトレーを運び、立ち話している葦川と典厳に勧める。
 二人がグラスを取ると、男性従業員はドアを閉めて退室した。 

「典厳さん。しつこいようですが、その…本当に構わないんですね?」
「無論です、ご安心下さい。今夜、ユキは葦川様の貸し切りですから。何でしたら葦川様がご滞在中の間、ずっと側でお世話させて頂くことも可能ですよ」

 ユキは葦川の目を見詰め、首を横に傾けて微笑む。

「こんな美しい少年と共に夜を過ごせるとは…夢のようですな」

 葦川が目を輝かせた。


 典厳グループでは事業を拡大させるため、掌握が必要な人間を徹底的に調査する。
 の傾向が有力な人間は、それとなく誘い込み此処の子供達に接待させる。
 大概は一番年上で、相手の好みに合わせて臨機応変に演じられるユキが指名される。


「…この子は?」

 ちょうど立っているユキに隠れていた少女に、葦川が気がついた。

「ああ、これは本日『蕾初めの儀式』が行われる子です」
「では、あのオークションの…」
「ええ。『初夜権』を落札された会員様の客室に、これから向かうところです」
「良いんですか?この子の前で、そんなことをはっきり言ってしまって?」
「これはね…ちょっと特殊なんですよ。どうです?話しかけてみて下さい」

 そう言われた葦川が少女に近づき、屈んだ。

「…君、名前は?」
「……」
「年は、幾つなんだい?」
「……」

 少女は何も答えず、動かない。
 葦川が振り向いて、典厳を見る。
 
「うん。いつもこんな状態なんでね、我々の会話も理解出来てるかどうか…」
「いや、変わった子ではあるが…それ以上に美しい。この白い着物も、この子が着ると何だか神秘的ですなあ…」
「ええ、期待の新人です。本来であれば、オークションから『蕾初めの儀式』が終了するまでは、他の会員様との面会は一切禁止でしてね。但し葦川様は此処を初めてご利用されますし、我が典厳グループとは今後、末永くお付き合いさせて頂く御方ですから…今回は特別です。他の会員様には、くれぐれもご内密に」
  
 典厳が、自分の口に人差し指を当てる。

「わ、分かりました。いやあ…これは良いタイミングでしたなあ。しかし今はどこでも写真の修正なんか当たり前だというのに、実物で二人共このクオリティーの高さとは…。他の子達にも会ってみたくなりましたよ」
「ええ。これからは予約して頂ければ、いつでもご用意出来ますよ。先ずは、このユキを心ゆくまでご堪能下さい」

 ユキが両手を伸ばして、葦川の手を握った。途端に葦川の表情がデレデレ顔になる。

「さあ。此処もご覧頂いたので、葦川様のお部屋までお送りしましょう。これも、同行させても?」

 典厳が少女を指差す。

「…ああ、構いませんよ」
 
 葦川は、微笑みを絶やさないユキの顔に見惚みとれながら了承した。



 『倉庫』の外に出た四人は、待機していた送迎車に乗り込んだ。
 助手席に典厳、後部座席には葦川が真ん中に座っていた。ユキは右隣に座って寄り添い、葦川の腕に自分の両腕を絡ませる。
 男性従業員が左隣に少女を座らせ、後部座席のドアを閉めると送迎車は発車した。
 保養所の客室に向かう車中では少女と、甘えるような目をして太股に触れてくるユキとの間に挟まれて、葦川が満足げな表情をしている。
 その葦川の顔をバックミラー越しに見ながら、典厳は薄ら笑いを浮かべていた。
 
 
 
 暫く走り、葦川が泊まる客室の建物前に送迎車が停車した。
 『倉庫』とは別の男性従業員が出迎え、後部座席のドアを開けた。

「では葦川様、どうぞ楽しい夜を」

 典厳が助手席から声をかけた。

「早く早くぅ」

 ユキが先に降りて、無邪気に葦川の手を引っ張る。

「おいおい、そんなに引っ張らないでくれよ」

 そう言いながらも、葦川の顔はニヤけている。
 葦川が車を降りると、ユキはその体に抱きついた。

「ボクぅ、お腹ペコペコなの。葦川様がいらしてくれるの、ずっと待ってたんだからぁ」
「そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったねえ」
「葦川様、ディナーの用意が整っております。どうぞ」

 男性従業員が後部座席のドアを閉めてから、二人を客室建物の玄関に誘導する。
 後部座席には少女が一人残り、次の客室に行くべく送迎車が発車した。
 
 葦川の体にピッタリと寄り添って歩くユキが、後ろを振り返る。
 束の間、ユキから笑顔が消える。遠ざかる送迎車を見詰めるユキの瞳は、悲しげに憂いていた。




(続)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...