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第1章「0(ゼロ)」
二十三話「少女の『蕾初め』②」
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「はい…出来上がり」
その少女の首元から下は、純白に包まれていた。
艶やかな紺味がかった長い黒髪に純白の着物姿の少女は、正しく日本人形のようだった。
「後は…アレだけね」
ルーシーがキッチンルームへ行き、またすぐに戻って来た。
「…さぁ、ドールちゃん。コレを持ちましょうねぇ…」
ルーシーが少女の前に両膝をついて、ラッピングされた生花を手渡す。
その中にあるのは、一輪の薔薇。
薔薇の花片は、闇のように深い黒。
この日のために『黒薔薇の遊宴』倶楽部が特別に取り寄せた、稀少な色の薔薇だった。
予約時間にはまだ余裕はあったが、ユキと少女を迎えに男性従業員がやって来た。
男性従業員は、少女の着物姿に息を呑む。
「ドレスも似合ってたけど、着物もバッチリじゃないですか~」
男性従業員の言葉に、誰も返事はしなかった。
少女を連れて行こうと男性従業員が近づき、手を伸ばしたところをユキが間に立った。
「俺が連れてくよ」
ユキが少女の手を取る。
「どうせ、途中まで一緒だしな」
「そうね」
ルーシーが頷く。
「それじゃあ、行きますよー」
男性従業員がそう言って踵を返し、ドアの方へ向かった。
ユキが少女と手を繋いで、後に続く。
「二人共…いってらっしゃい」
ルーシーは、いつもより抑えた声で二人に声を掛けた。
ユキと少女の後ろ姿を、残った子供達は黙って見送ることしかできなかった。
男性従業員はユキと少女をエレベーターに乗せ、二階へ降りた。
エレベーターの扉が開くと、そこには園田がいた。受付カウンターに設置されたPCに向かって、マウスをカチカチと動かしている。
「二人共、とりあえず一号室で待機ね」
園田はそれだけ言うと、少女の着物姿にも触れることなくPC画面に視線を戻した。
男性従業員が先に進み、ユキと少女を一号室に連れて行く。
誰もいない一号室に二人を通すと、男性従業員は退室した。
ユキは少女をソファーに座らせ、自分も隣に座る。
十分ほど経ってから、いきなり一号室のドアが開いた。
「やあ、ユキ」
やって来たのは、典厳社長だった。
「…ようこそ、典厳社長」
ユキがソファーから立ち上がり、典厳に向かってお辞儀した。
「さあさあ、どうぞ中へ」
典厳が声をかけると、白髪交じりの中年男性が入室してきた。
「ユキです」
典厳が自信ありげに紹介した。
ユキは、再びお辞儀する。
「ようこそお出で下さいました、『葦川様』」
頭を上げたユキは穏やかな笑みを浮かべ、淑やかに歓迎の言葉を述べた。
チャイナドレス姿のユキを見た葦川は、たちまち目が釘付けになる。
「…これはこれは。写真を拝見して楽しみにしていましたが、実物は更に見目麗しい」
「ええ。どこへ出しても恥ずかしくない自慢の逸品です」
「失礼致します」
ドアが開いたままの部屋に、男性従業員が入室してきた。
シャンパングラスが載ったトレーを運び、立ち話している葦川と典厳に勧める。
二人がグラスを取ると、男性従業員はドアを閉めて退室した。
「典厳さん。しつこいようですが、その…本当に構わないんですね?」
「無論です、ご安心下さい。今夜、ユキは葦川様の貸し切りですから。何でしたら葦川様がご滞在中の間、ずっと側でお世話させて頂くことも可能ですよ」
ユキは葦川の目を見詰め、首を横に傾けて微笑む。
「こんな美しい少年と共に夜を過ごせるとは…夢のようですな」
葦川が目を輝かせた。
典厳グループでは事業を拡大させるため、掌握が必要な人間を徹底的に調査する。
その趣味の傾向が有力な人間は、それとなく誘い込み此処の子供達に接待させる。
大概は一番年上で、相手の好みに合わせて臨機応変に演じられるユキが指名される。
「…この子は?」
ちょうど立っているユキに隠れていた少女に、葦川が気がついた。
「ああ、これは本日『蕾初めの儀式』が行われる子です」
「では、あのオークションの…」
「ええ。『初夜権』を落札された会員様の客室に、これから向かうところです」
「良いんですか?この子の前で、そんなことをはっきり言ってしまって?」
「これはね…ちょっと特殊なんですよ。どうです?話しかけてみて下さい」
そう言われた葦川が少女に近づき、屈んだ。
「…君、名前は?」
「……」
「年は、幾つなんだい?」
「……」
少女は何も答えず、動かない。
葦川が振り向いて、典厳を見る。
「うん。いつもこんな状態なんでね、我々の会話も理解出来てるかどうか…」
「いや、変わった子ではあるが…それ以上に美しい。この白い着物も、この子が着ると何だか神秘的ですなあ…」
「ええ、期待の新人です。本来であれば、オークションから『蕾初めの儀式』が終了するまでは、他の会員様との面会は一切禁止でしてね。但し葦川様は此処を初めてご利用されますし、我が典厳グループとは今後、末永くお付き合いさせて頂く御方ですから…今回は特別です。他の会員様には、くれぐれもご内密に」
典厳が、自分の口に人差し指を当てる。
「わ、分かりました。いやあ…これは良いタイミングでしたなあ。しかし今はどこでも写真の修正なんか当たり前だというのに、実物で二人共このクオリティーの高さとは…。他の子達にも会ってみたくなりましたよ」
「ええ。これからは予約して頂ければ、いつでもご用意出来ますよ。先ずは、このユキを心ゆくまでご堪能下さい」
ユキが両手を伸ばして、葦川の手を握った。途端に葦川の表情がデレデレ顔になる。
「さあ。此処もご覧頂いたので、葦川様のお部屋までお送りしましょう。これも、同行させても?」
典厳が少女を指差す。
「…ああ、構いませんよ」
葦川は、微笑みを絶やさないユキの顔に見惚れながら了承した。
『倉庫』の外に出た四人は、待機していた送迎車に乗り込んだ。
助手席に典厳、後部座席には葦川が真ん中に座っていた。ユキは右隣に座って寄り添い、葦川の腕に自分の両腕を絡ませる。
男性従業員が左隣に少女を座らせ、後部座席のドアを閉めると送迎車は発車した。
保養所の客室に向かう車中では少女と、甘えるような目をして太股に触れてくるユキとの間に挟まれて、葦川が満足げな表情をしている。
その葦川の顔をバックミラー越しに見ながら、典厳は薄ら笑いを浮かべていた。
暫く走り、葦川が泊まる客室の建物前に送迎車が停車した。
『倉庫』とは別の男性従業員が出迎え、後部座席のドアを開けた。
「では葦川様、どうぞ楽しい夜を」
典厳が助手席から声をかけた。
「早く早くぅ」
ユキが先に降りて、無邪気に葦川の手を引っ張る。
「おいおい、そんなに引っ張らないでくれよ」
そう言いながらも、葦川の顔はニヤけている。
葦川が車を降りると、ユキはその体に抱きついた。
「ボクぅ、お腹ペコペコなの。葦川様がいらしてくれるの、ずっと待ってたんだからぁ」
「そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったねえ」
「葦川様、ディナーの用意が整っております。どうぞ」
男性従業員が後部座席のドアを閉めてから、二人を客室建物の玄関に誘導する。
後部座席には少女が一人残り、次の客室に行くべく送迎車が発車した。
葦川の体にピッタリと寄り添って歩くユキが、後ろを振り返る。
束の間、ユキから笑顔が消える。遠ざかる送迎車を見詰めるユキの瞳は、悲しげに憂いていた。
(続)
その少女の首元から下は、純白に包まれていた。
艶やかな紺味がかった長い黒髪に純白の着物姿の少女は、正しく日本人形のようだった。
「後は…アレだけね」
ルーシーがキッチンルームへ行き、またすぐに戻って来た。
「…さぁ、ドールちゃん。コレを持ちましょうねぇ…」
ルーシーが少女の前に両膝をついて、ラッピングされた生花を手渡す。
その中にあるのは、一輪の薔薇。
薔薇の花片は、闇のように深い黒。
この日のために『黒薔薇の遊宴』倶楽部が特別に取り寄せた、稀少な色の薔薇だった。
予約時間にはまだ余裕はあったが、ユキと少女を迎えに男性従業員がやって来た。
男性従業員は、少女の着物姿に息を呑む。
「ドレスも似合ってたけど、着物もバッチリじゃないですか~」
男性従業員の言葉に、誰も返事はしなかった。
少女を連れて行こうと男性従業員が近づき、手を伸ばしたところをユキが間に立った。
「俺が連れてくよ」
ユキが少女の手を取る。
「どうせ、途中まで一緒だしな」
「そうね」
ルーシーが頷く。
「それじゃあ、行きますよー」
男性従業員がそう言って踵を返し、ドアの方へ向かった。
ユキが少女と手を繋いで、後に続く。
「二人共…いってらっしゃい」
ルーシーは、いつもより抑えた声で二人に声を掛けた。
ユキと少女の後ろ姿を、残った子供達は黙って見送ることしかできなかった。
男性従業員はユキと少女をエレベーターに乗せ、二階へ降りた。
エレベーターの扉が開くと、そこには園田がいた。受付カウンターに設置されたPCに向かって、マウスをカチカチと動かしている。
「二人共、とりあえず一号室で待機ね」
園田はそれだけ言うと、少女の着物姿にも触れることなくPC画面に視線を戻した。
男性従業員が先に進み、ユキと少女を一号室に連れて行く。
誰もいない一号室に二人を通すと、男性従業員は退室した。
ユキは少女をソファーに座らせ、自分も隣に座る。
十分ほど経ってから、いきなり一号室のドアが開いた。
「やあ、ユキ」
やって来たのは、典厳社長だった。
「…ようこそ、典厳社長」
ユキがソファーから立ち上がり、典厳に向かってお辞儀した。
「さあさあ、どうぞ中へ」
典厳が声をかけると、白髪交じりの中年男性が入室してきた。
「ユキです」
典厳が自信ありげに紹介した。
ユキは、再びお辞儀する。
「ようこそお出で下さいました、『葦川様』」
頭を上げたユキは穏やかな笑みを浮かべ、淑やかに歓迎の言葉を述べた。
チャイナドレス姿のユキを見た葦川は、たちまち目が釘付けになる。
「…これはこれは。写真を拝見して楽しみにしていましたが、実物は更に見目麗しい」
「ええ。どこへ出しても恥ずかしくない自慢の逸品です」
「失礼致します」
ドアが開いたままの部屋に、男性従業員が入室してきた。
シャンパングラスが載ったトレーを運び、立ち話している葦川と典厳に勧める。
二人がグラスを取ると、男性従業員はドアを閉めて退室した。
「典厳さん。しつこいようですが、その…本当に構わないんですね?」
「無論です、ご安心下さい。今夜、ユキは葦川様の貸し切りですから。何でしたら葦川様がご滞在中の間、ずっと側でお世話させて頂くことも可能ですよ」
ユキは葦川の目を見詰め、首を横に傾けて微笑む。
「こんな美しい少年と共に夜を過ごせるとは…夢のようですな」
葦川が目を輝かせた。
典厳グループでは事業を拡大させるため、掌握が必要な人間を徹底的に調査する。
その趣味の傾向が有力な人間は、それとなく誘い込み此処の子供達に接待させる。
大概は一番年上で、相手の好みに合わせて臨機応変に演じられるユキが指名される。
「…この子は?」
ちょうど立っているユキに隠れていた少女に、葦川が気がついた。
「ああ、これは本日『蕾初めの儀式』が行われる子です」
「では、あのオークションの…」
「ええ。『初夜権』を落札された会員様の客室に、これから向かうところです」
「良いんですか?この子の前で、そんなことをはっきり言ってしまって?」
「これはね…ちょっと特殊なんですよ。どうです?話しかけてみて下さい」
そう言われた葦川が少女に近づき、屈んだ。
「…君、名前は?」
「……」
「年は、幾つなんだい?」
「……」
少女は何も答えず、動かない。
葦川が振り向いて、典厳を見る。
「うん。いつもこんな状態なんでね、我々の会話も理解出来てるかどうか…」
「いや、変わった子ではあるが…それ以上に美しい。この白い着物も、この子が着ると何だか神秘的ですなあ…」
「ええ、期待の新人です。本来であれば、オークションから『蕾初めの儀式』が終了するまでは、他の会員様との面会は一切禁止でしてね。但し葦川様は此処を初めてご利用されますし、我が典厳グループとは今後、末永くお付き合いさせて頂く御方ですから…今回は特別です。他の会員様には、くれぐれもご内密に」
典厳が、自分の口に人差し指を当てる。
「わ、分かりました。いやあ…これは良いタイミングでしたなあ。しかし今はどこでも写真の修正なんか当たり前だというのに、実物で二人共このクオリティーの高さとは…。他の子達にも会ってみたくなりましたよ」
「ええ。これからは予約して頂ければ、いつでもご用意出来ますよ。先ずは、このユキを心ゆくまでご堪能下さい」
ユキが両手を伸ばして、葦川の手を握った。途端に葦川の表情がデレデレ顔になる。
「さあ。此処もご覧頂いたので、葦川様のお部屋までお送りしましょう。これも、同行させても?」
典厳が少女を指差す。
「…ああ、構いませんよ」
葦川は、微笑みを絶やさないユキの顔に見惚れながら了承した。
『倉庫』の外に出た四人は、待機していた送迎車に乗り込んだ。
助手席に典厳、後部座席には葦川が真ん中に座っていた。ユキは右隣に座って寄り添い、葦川の腕に自分の両腕を絡ませる。
男性従業員が左隣に少女を座らせ、後部座席のドアを閉めると送迎車は発車した。
保養所の客室に向かう車中では少女と、甘えるような目をして太股に触れてくるユキとの間に挟まれて、葦川が満足げな表情をしている。
その葦川の顔をバックミラー越しに見ながら、典厳は薄ら笑いを浮かべていた。
暫く走り、葦川が泊まる客室の建物前に送迎車が停車した。
『倉庫』とは別の男性従業員が出迎え、後部座席のドアを開けた。
「では葦川様、どうぞ楽しい夜を」
典厳が助手席から声をかけた。
「早く早くぅ」
ユキが先に降りて、無邪気に葦川の手を引っ張る。
「おいおい、そんなに引っ張らないでくれよ」
そう言いながらも、葦川の顔はニヤけている。
葦川が車を降りると、ユキはその体に抱きついた。
「ボクぅ、お腹ペコペコなの。葦川様がいらしてくれるの、ずっと待ってたんだからぁ」
「そうかい、そうかい。そりゃあ悪かったねえ」
「葦川様、ディナーの用意が整っております。どうぞ」
男性従業員が後部座席のドアを閉めてから、二人を客室建物の玄関に誘導する。
後部座席には少女が一人残り、次の客室に行くべく送迎車が発車した。
葦川の体にピッタリと寄り添って歩くユキが、後ろを振り返る。
束の間、ユキから笑顔が消える。遠ざかる送迎車を見詰めるユキの瞳は、悲しげに憂いていた。
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