20 / 144
第一章 幼少期編
第十九話 本物の無気力は帝都に上陸する(2)
しおりを挟む誕生日の前日。
周囲が何かと慌ただしくしている中いつも通り自室のカーペットで寝転んでいた。
季節は既に冬に突入していて外で眠るのは難しい。ユーリとのんびり日向ぼっこをしていた日々を思って冷たい風が流れ込んでくる窓へ目を向けた。
想像もしていなかった景色に喉がおかしな音を立てた。
「おお。始めましてご子息」
「………」
俺の部屋は大きな屋敷の二階にある。
それなのにまるで正門から入るような堂々とした態度で窓の桟に手をかけて顔を覗かせた怪しすぎる男は顔の右側だけ隠れる奇妙な仮面を被っていた。
その仮面の目は半月みたいな綺麗な半円を描いていて唇の端も緩やかにつり上がっている。
何が一番奇妙って半分だけ明かされている男の素顔も仮面と大差ない狂的な笑顔を浮かべていることだ。
「………」
こ、声。声出ない。反射的に身体を起こしたは良いがあまりの恐怖に肝心の逃げるという動作が出来なかった。
むり。むりむりむりむりむり。
なんでこういう時に限ってリッツェはいないんだ。呪われたら絶対リッツェのせいだ。それ以外あり得ない。もし俺がお、おおおおばけさんになったら最初にリッツェを呪ってやる。
「この屋敷の使用人厳しすぎない?何を言っても入れてくれないから壁よじ登って来ちゃったよー」
男はヘラヘラ笑いながら桟に足をかけて軽々部屋の床に着地した。マントのように羽織っていた無駄に長い白衣が軽やかに揺れる。その拍子に細い足首が見えた。
「あし………」
「ん?足がどうかしたの?」
「足あう………」
「うん。有り難いことに五体満足で生きてるよー」
なんだ。ただの人間じゃないか。ならいいや。
「あれ?ご子息?なんで急に素っ気なくするの?お話しようよー」
「………ふあぁ」
今日は朝から明日の準備だと言って肌に色々塗りたくられ、既にサイズ合わせが済んだはずの衣装を再度着せられて試しにヘアセットまでしてみて………等々かなりのハードスケジュールをこなした。眠たくなって当然だ。
「この状況であくび?なるほどー。エドくんが心配になるのも分かるなあ」
エド先生の知り合いなのか?
寝転んだまま男の方を見る。男は俺の側で胡座をかいて誂うように片手で頬を挟んできた。
「お。プニプニだー。そういえば挨拶してないね。ボクはラーセン。とっても優秀な薬屋だよ。仲良くしてねん」
ラーセンはほっぺ遊びに飽きると今度は俺の手を握ると激しく振り回す。
これまた意外なご職業だ。でもそれならエド先生の知り合いというのも納得だな。
―――コンコンコン
いつも通りの丁寧なノックだった。
彼は俺が返事をしないと知っているためノック音を響かせた後すぐに扉を開ける。
「失礼します。リッツェさんに代わって本日のおやつを………何してんだお前」
「わーエドくんだー!あはは、そんな睨まないで………え、ちょ、待って待って待って落とさないで!」
エド先生は素早かった。
ラーセンを見つけた途端いつもの冷え冷えとした目に軽蔑という感情を浮かばせ、すぐさま首根っこを掴むと窓の方へ引き摺っていく。
「ルシオン様には近づくなとあれほど言っただろ。消えろ」
「そんなこと言わないでよー。だって明後日にはもう帝都に戻っちゃうんでしょ?その前に一目見ときたかったんだもん!」
「明日の祝祭で見ればいいだろバカ」
「ふぇーんご子息ー。エドくんがボクを突き落とそうとするよー」
ラーセンがわざとらしく嘘泣きする。
エド先生は焦ったように俺を見るとすぐさまラーセンの首から手を離した。
「申し訳ありませんルシオン様。少々取り乱しました」
今のが少々………?
エド先生は俺の前に来て律儀に頭を下げる。少々の具合に疑問を持ちつつ丸見えの頭を撫でた。
エド先生も色々苦労してるんだな。
「ご子息、今日はお誕生日のお祝いを持ってきてあげたよ」
「あげたじゃねぇだろ。口の利き方に気をつけろマヌケ」
出てる出てる。エド先生素が出ちゃってるよ。
「ほらこれ!ボク特製毒殺セットー!帝都は危険がいっぱいだからね。これなんか触るだけで腹痛を引き起こす超強力な下剤!しかも即効型。殺すほどじゃないけどちょっと憎らしい貴族に使うのがオススメだよん」
一体何処から出したのか、床に大量の小瓶がばら撒かれる。この全てが毒薬だと思うと恐ろしい。ていうかコイツ三歳児に何渡そうとしてんだ。
勿論こんな愚行をエド先生が許すはずもなく、床に落とされた瓶を全て回収すると一つ一つ開封して窓から捨て始めた。
「あー!ボクの最高傑作達が!」
「………」
遂に無視されてる。これは相当お怒りだぞ。
「はあ。まあ仕方ないかー。エドくんボク帰るね。バイバーイ」
「ああ?おいコラ!ドアから帰るんじゃねえよ!」
「じゃあどっから帰るのさ………」
一体何がしたかったのやら。ラーセンは嵐のように去って行った。
「おやつを取り替えてきますね。アイツと同じ空間にあったものを食べさせるわけにはいかないので」
全ての薬の処理を終えたエド先生は通常運転に戻り感情の読めない真顔で部屋を出て行く。
なんなんだあの人。あの人自身が毒かなんかなの。
「ヤッホー!また来たよ!」
おお。毒が来た。しかもまた窓から。
ついさっきと全く同じスタイルで登場したラーセンは俺の真正面で胡座をかくといきなり適当な指を立てた。
「ねえご子息。これとこれ。あわせて何本?」
右手と左手でそれぞれ四本と三本の指を立てている。なめてもらっちゃ困る。俺はこう見えて中学校まできっちり卒業してるんだからな。
「ななほん」
「せーかい!それじゃあ次の問題。このお薬、ご子息はどうするべきだと思う?」
今度は白衣のポケットから薬瓶を一つ取り出した。先程言っていた強力な下剤と同じ瓶だ。
「そえあぶない。すてた方がいいよ」
てか三歳児の前に出すなよ。うっかり触っちゃったらどうすんのさ。
「………へえ。エドくんの言ってた通りだ。子どもらしくない子どもだねぇ。確かに面白い」
ラーセンはクツクツと喉を鳴らして笑う。
そして結局薬瓶を捨てることはなく俺のベッドの側においてある箪笥を勝手に開けて奥に仕舞い込んだ。
「これ。ご子息の好きに使ってね。あはは、そんな怯えた顔しないでよー。大丈夫、誤って赤子に使っても同じようにお腹を壊すだけで命を落とすことは絶対無いよ。おまけに魔物でも神官でも生物に対してなら同じ効果が出る。この瓶も魔法がかかっててちょっとやそっとじゃ壊れない。この天才薬師様が言い切るんだから間違いない!」
そんな自信満々に言い切られると余計心配になるんだが。頼むから物騒なものはさっさと持ち帰ってくれ。
―――コンコンコン
几帳面なエド先生がまた三回ノックをしたようだ。ラーセンはその音を聞いた瞬間大急ぎで窓へ向かった。
「やべっ。じゃあねご子息~。またね~」
なんかよく分からん人だが一応プレゼントを受け取った身なので手くらい振り返しておこう。
「失礼します。それではルシオン様、おやつにしましょう」
―――ドンッ
「いったああああ!!」
あの人マジで飛び降りたんか。
「外が騒がしいですね。寒いですし窓を閉めましょうか。………おや。下に大きい害虫が。ちょっと駆除してます」
颯爽と下へ向かうエド先生の背中をおやつ片手に見送った。ラーセンよ。健闘を祈るぞ。
1,343
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
悪役令嬢の兄に転生!破滅フラグ回避でスローライフを目指すはずが、氷の騎士に溺愛されてます
水凪しおん
BL
三十代半ばの平凡な会社員だった俺は、ある日、乙女ゲーム『君と紡ぐ光の協奏曲』の世界に転生した。
しかも、最推しの悪役令嬢リリアナの兄、アシェルとして。
このままでは妹は断罪され、一家は没落、俺は処刑される運命だ。
そんな未来は絶対に回避しなくてはならない。
俺の夢は、穏やかなスローライフを送ること。ゲームの知識を駆使して妹を心優しい少女に育て上げ、次々と破滅フラグをへし折っていく。
順調に進むスローライフ計画だったが、関わると面倒な攻略対象、「氷の騎士」サイラスになぜか興味を持たれてしまった。
家庭菜園にまで現れる彼に困惑する俺。
だがそれはやがて、国を揺るがす陰謀と、甘く激しい恋の始まりを告げる序曲に過ぎなかった――。
【8話完結】魔王討伐より、不機嫌なキミを宥める方が難易度「SSS」なんだが。
キノア9g
BL
世界を救った英雄の帰還先は、不機嫌な伴侶の待つ「絶対零度」の我が家でした。
あらすじ
「……帰りたい。今すぐ、愛する彼のもとへ!」
魔王軍の幹部を討伐し、王都の凱旋パレードで主役を務める聖騎士カイル。
民衆が英雄に熱狂する中、当の本人は生きた心地がしていなかった。
なぜなら、遠征の延長を愛する伴侶・エルヴィンに「事後報告」で済ませてしまったから……。
意を決して帰宅したカイルを迎えたのは、神々しいほどに美しいエルヴィンの、氷のように冷たい微笑。
機嫌を取ろうと必死に奔走するカイルだったが、良かれと思った行動はすべて裏目に出てしまい、家庭内での評価は下がる一方。
「人類最強の男に、家の中まで支配させてあげるもんですか」
毒舌、几帳面、そして誰よりも不器用な愛情。
最強の聖騎士といえど、愛する人の心の機微という名の迷宮には、聖剣一本では太刀打ちできない。
これは、魔王討伐より遥かに困難な「伴侶の機嫌取り」という最高難易度クエストに挑む、一途な騎士の愛と受難の記録。
全8話。
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
悪役の僕 何故か愛される
いもち
BL
BLゲーム『恋と魔法と君と』に登場する悪役 セイン・ゴースティ
王子の魔力暴走によって火傷を負った直後に自身が悪役であったことを思い出す。
悪役にならないよう、攻略対象の王子や義弟に近寄らないようにしていたが、逆に構われてしまう。
そしてついにゲーム本編に突入してしまうが、主人公や他の攻略対象の様子もおかしくて…
ファンタジーラブコメBL
シリアスはほとんどないです
不定期更新
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる