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第一章 幼少期編
第六十一話 本物の無気力はお勉強する(7)
しおりを挟む「えじー、ほっぺいちゃいぃ」
片手で頰を包みながら座り込む。
なんだこれは。
三歳児のお手々に入り切らないレベルで膨らんでるぞ。
やたら喋りづらい気はしてたけどまさかこんなに腫れているとは。夫人の底力恐るべしだな。
「全然平気じゃないじゃないか!今お前のとこの執事が医者を呼びに行ってるはずだ、もう少し待ってろ」
エディは呆れ半分心配半分といった風で俺の背中をさすってくれた。優しさが染みるぜ。
俺は完全にほっぺの痛みに気を取られていたし、エディはエディで大袈裟に痛がる俺に気を取られいた。
だからさっきまで目を離さないようにしていた夫人のことは完全に頭から抜け落ちていて、後ろで起きている異常事態に全く気付いていなかった。
「殿下、ルシオン様!」
騎士さんが突然俺とエディ二人を抱えて夫人から距離を取る。
夫人に背を向けた状態で俺達の顔を自分の胸に押し当てた。
鍛えられた胸筋の感触がなかなか………
とか言ってる場合ではない。
真っ暗になった視界の中炎が上がる轟音と夫人の声にならない悲鳴だけが聞き取れて嫌な予感が胸をよぎった。
一瞬。本当に一瞬だったが、騎士さんが俺達の顔を隠す前に夫人の姿が見えた。
真っ黒の炎に包まれて全身を焼け焦がし、苦しみ悶えながらも手足をバタつかせる夫人の姿が。
既に視界は塞がれているのに自然と強く瞼を瞑ってしまう。
エディは大丈夫だろうか。夫人を心から慕うエディにあの光景が見えてないことを祈る。
声をかけなければと思いながらも身体が震えて上手く言葉が出てこなかった。
だってこんな展開、小説にはなかった。
小説では魔塔主を攫った罪でエディに捕らえられて皇族の命で処刑されるのだ。
けれどこの炎は知っている。
この小説最大の敵が使う魔法『黒炎』。
大神官と夫人が心の底から敬愛している神様もどきの魔法だ。
何故こんなことになったのか。
俺には一つ心当たりがあった。
小説では、夫人が捕らわれた時には既に黒炎の使い手の正体は割れていた。しかし今はまだ誰も彼の尻尾すら掴めていない状態だろうし、何より小説で夫人の企みが暴かれる時期よりかなり早い。
だからこれはきっと………いや絶対、神様もどきによる口封じだ。
体感ではかなり長く感じられたが、実際には一瞬の出来事だったようにも思う。
いつの間にか炎の音は終息し、夫人の声も聞こえなくなった。
「坊ちゃま!遅くなってすみません!エド先生ってばこんな時に買い物に出てい、て………」
「これは………。
すみません、そのまま二人を抱いて外に出ていただけますか?リッツェさんは一応この部屋に残ってください」
声だけで分かる。リッツェがエド先生を連れて戻って来たんだ。
「は、はい!」
「えー?僕だけ置いてけぼりですかー?」
元ヤンではあるものの冷静沈着で大変頼りになるエド先生の指示に従って騎士さんはそのまま部屋を出た。
やはり見せるわけにはいかないような光景が広がっていたようだ。
廊下に出て扉を閉めると、騎士さんはそっと下ろしてくれる。
気分を悪そうにしながらも辛うじて立っているエディに反して、足に力が入らず倒れそうになる俺をすかさずエド先生が抱き止めた。
「大丈夫ですよ。ゆっくり息を吐いてください」
「………っ、」
ズキズキと頭が痛む。
頬の痛みが瞬時に消え去ったのは衝撃的な出来事のせいではなくエド先生が治癒したからだろう。
珍しいな。子どもの頃から神聖力に頼ると自己再生力が低くなるからと言って、ちょっとした怪我くらいでは神聖力は使わないのに。
ああでも、結構腫れてたから跡に残ると思われたのかな………
「おいルシオン、ルシオン!」
「殿下、少し下がりましょう」
「ルシオン様、私の声を聞いてください。
ゆっくり息を吸って。そうです、今度は深く吐いて」
曖昧になる思考の中でもエド先生の声はハッキリと聞こえた。
無意識にその声に従って呼吸をする。
自分で言うのもなんだが、ここまで取り乱すなんて珍しい。
悪者であっても、意図したものでないとしても、どのみち処刑される身であったとしても………それでもここまで重たいものなんだな。
誰かの死が自分のせいで早まってしまった罪悪感に押し潰されそうになっていると、必然の如くユーリの顔が頭に浮かんだ。
そっか。俺でもこんなに苦しいんだから、小説の中のユーリはもっと苦しかったよな。
「………ユーリ、」
「ルシオン様?」
ていうかアイツは今何処で何してるんだ。
いや、魔塔で修行してるんだろうけどさ。
だからって手紙の一つも寄越さないってのはどうなんだ?
俺は結構仲良くなったつもりだったんだけどユーリにとってはそうでもなかったのか?
なんだか一周回って苛立って来た時自分の手首に目が行った。
大切に縛ってある赤色のリボン。
そうだ、ユーリは俺があげたリボンをちゃんと持っているだろうか?
もしかして今も前髪に縛って………
「ふ、」
ユーリの前髪。生きてるみたいにピョコピョコするんだよなぁ。思い出したら笑えてきた。
「ふふっ」
「………落ち着かれたようですね。良かったです」
エド先生が安堵の表情で俺を見る。
「もうへーき」
「ルシオン様の平気ほどあてにならない物はありません」
そんなことはない。実際俺はもう結構へーきだ。
先程までの動揺が嘘のようにすっかり元気を取り戻した俺はポケットからペンを取り出して騎士さんに渡した。
「どーじょ」
「え」
ついでにいきなり元気になった俺を見て驚いているエディのポケットからもペンを取り出して騎士さんに渡す。
「こえもどーじょ」
「な!?おい、それは俺のだぞ」
「一回どーじょすうの」
「なんでだよ。お前がくれたんだろ。ほら返せ」
律儀に両手に一本ずつペンを握っている騎士さんからペンを取り戻そうとエディがぴょんぴょん跳ねる。
主の命に従うべきか悩んでいる騎士さんを見てエド先生がすかさず一言。
「それ、リッツェさんが魔塔から持ってきた魔道具ですよね?文字を書くのと同時に音声が録音される」
「そうだ。俺はこれで夫人の授業を録音して復習してるんだ。チビは意外とセンスがいいんだな」
む。意外とはなんだ意外とは。
これまでプレゼントをあげて喜ばれなかったことは一度も無いぞ。
「殿下、そのことは夫人も知っていたんですが?」
流石はエド先生。勘が良い。俺の意図に気付いてくれたらしいな。
「いや、録音機能付のペンは未発表だから誰にも言うなってチビに言われたから言ってない。別に公開するわけでもないし構わないだろ」
エディの返事を聞いて、騎士さんもやっと気付いてくれた。
「すみません殿下。これ、少し預かります」
「はあ!?なんでだよ!」
エディは訳が分からず怒っているし、もしかするとあのペンはもう戻って来ないかもしれないけどこれで良いのだ。
その代わり俺がエディにあげられる一番のプレゼントをあげるから。それはペンなんかよりずっとエディの為になる物だと信じている。
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