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第一章 幼少期編
第六十三話 本物の無気力は詮索される?
しおりを挟む『皇太子殿下と比べてしまうと劣る部分はありますが………エイデン殿下が精一杯頑張っていらっしゃること、私はきちんとわかっておりますわ』
『褒められたんですか?確かにすごく頑張ってらっしゃいますものね。
皇太子殿下の時はこのくらいでは褒めてもらえなかったはずですが、陛下もエイデン殿下には甘いのですね』
『第二皇子は皇帝にこそなり得ませんが皇帝を補佐する大切な存在です。それなのに両陛下も皇太子殿下もエイデン殿下にここまで甘いなんて………国を導いていく者の一人としてはあまり期待されていないのでしょうか………』
皇帝の執務室。
両陛下とゼオンは一つのテーブルを囲っていた。
ゼオンの向かい側に並んで座っている両陛下は二人して眉間に皺を寄せて夫人の声を聞いている。
同情するような、優しさを感じさせるような甘い声音で囁かれる悪魔のような言葉の数々。
大人であれば裏に眠る醜悪な企みに気づけただろうが、子どもには到底無理な話だ。
ショックで言葉も出ない二人に代わって珍しくゼオンから話を振る。
「皇太子殿下の時はこのようなことはなかったんですよね」
「なかった、と思う。夫人に任せるのは初めてだったから時折授業を見せてもらうようにしていたんだ。ロイデンも特に変わった素振りはなかった」
皇后陛下は顔色を悪くしながらもハッキリとした口調で答える。
「ということは初めからエイデン殿下に取り入ることを目的としていたんでしょうか」
「彼女がロイデンの教師になった時、まだエイデンは生まれてもいなかったんだぞ」
「お二人の仲睦まじい様子を見ていたら弟が生まれることなど容易く想像できると思います」
ゼオンの最もな意見に皇帝は何も言い返さなかった。この状況でも皇后の肩に回した手はピクリともしないのだからやはりゼオンの意見が正しい。
「今回のことは完全に私達の失態だ。エイデンにもきちんと謝罪しなければ」
「それは当然だけど、あの子に必要なのはもっと別のことだよ。これからはちゃんと伝えていかないと。エイデンもロイデンも二人とも比べようもないかけがいのない存在だって」
皇后は固く拳を握り、皇帝もそれに頷いた。
幸い今回の事態により皇家の絆が揺らぐことななさそうだ。
「それにしても、君の息子には感謝しなければ。気づくのが遅れていれば取り返しのつかないことになっていたかもしれない」
取り返しのつかないこと。
皇族が誰かの操り人形になっていたなら最悪国が滅ぶような事態にすらなり得る。
実際エイデン殿下が自尊心を失い兄に対して嫌悪感を抱こうものなら皇位争いくらい簡単に起こるだろう。
そう考えれば夫人の思惑を炙り出したルシオンの功績は言うまでもなく絶大なものだ。
「ゼオン、君の息子は何処まで計算していたんだい?」
「………」
「神子の力を持っているとはいえ中身はただの三歳児だろう。皇族のように精神的成長が著しく早くなるわけでもない。
天啓を授かったからといって、普通の三歳児がこれまで数々の大人を欺いてきた夫人の皮を剥がせるとは到底思えないんだが」
「………」
「それとも神子の力にも魔力と同じように人の成長を促進させるような側面があるのだろうか」
「………」
畳み掛けるように質問されてもゼオンは何の反応も示さなかった。あまりにも微動だにしないため皇帝は不満気に息をついて椅子に乗っていたクッションを投げつける。
ボフッ。
一応顔には命中した。しかし特に何の衝撃も与えられずにクッションは呆気なく床に落ちた。
「何してるんですか。失礼でしょう。
ごめんねゼオン、答えたくないことは答えなくていいから」
「ちょっと待て。何でゼオンの味方をするんだ?私は皇帝だぞ。皇帝の問いかけに答えないなんて許されないだろう」
「そんなことばかり言ってるから友達が出来ないんですよ。ゼオンもルシオンくんも僕達の敵じゃない。それどころかとても心強い味方だ。それさえ分かっていればいいじゃないですか」
「いやだが………」
「陛下」
「………まあ、確かに君の言う通りだ」
力関係が丸分かりの夫夫の会話を右から左へ聞流しながら、ゼオンは漸く皇帝の問いにどう答えるか決めることができた。
「ルシオンが普通の子とは違うということにはとっくの昔に気づいていました」
前置き無く突然話し始めたゼオンに二人揃って注目する。
「成長の仕方や順序、加えて言動も育児書とはまるで違いましたし、エドワルドも戸惑っていましたから。
恐らくはルミナス神の加護を授かるよりずっと前。根本的な部分からあの子は私達とは何か違うのだと思います」
成長の仕方?順序?
ルシオンの成長過程など一切把握していない二人にとってはよく理解できない話だが、それでも黙って耳を傾ける。
「ですが、よく考えてみてください。
この世に自分の子どもを特別に思わない親が一体何人存在しているでしょう?
あの子が何を隠していようと、何を抱えていようと、俺達夫婦にとって特別であることに変わりありません。
ルシオンは優しい子です。あの子が自ら何かを成す時はあの子以外の誰かが決まって救われている。そしてルシオンは健康です。今のところ神子の力の影響もなくスクスク育っている。
それさえ分かっていれば十分です」
皇后は口にこそ出さなかったものの心底感心していた。
ルシアと出会うまで感情の起伏を一切見せなかったゼオンがここまで変わるとは。
もしこの声を国民に聞かせてもまさかゼオンが言っているとは誰も思うまい。
我が子を思って僅かに伏せられた瞳からは無条件の愛情と感謝が感じられた。
そして一方、皇帝は。
「つまり君は自分の息子の得体の知れない部分について何も把握していないし今後も把握するつもりはないということじゃないか。それじゃあ面白くないだろう。とびきり愉快な何かを隠していると期待していたのに」
全く答えになっていないゼオンの言葉に頰を膨らませたのだった。
「陛下ってば、いい加減にしてくださいよ。これはエリュースト家の問題ですよ。友人とはいえ部外者なんですから、僕達が口を出すべきじゃありません」
「なるほど。よし分かった。エイデンとルシオンを婚約させよう。幸いエイデンは君の息子を好いているようだし。そしたら僕達は晴れて家族だ。よろしくゼオ、ン………」
皇帝が親しげに手を差し出したところでテーブルが割れた。綺麗に真っ二つだ。
この場で剣を持っている人間は一人しかいないため犯人は丸分かりなのだが、当の本人は悪びれもせず剣を鞘に収める。
「このテーブル、結構高いんだよ………」
沈黙を貫くゼオンと呆れてかける言葉もない皇后は皇帝のボヤキを涼しい顔で無視するのだった。
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