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第一章 幼少期編
第六十六話 本物の無気力は悪戯する(1)
しおりを挟む夫人との騒動から数日間、俺は屋敷でリッツェとともに過ごした。
リッツェはお世話係だからこれまでもわりと一緒にいたが、ここ数日は言葉の綾でも何でもなく本当に片時も離れず側にいた。
なんなら俺の部屋にリッツェ用の折りたたみベッドまで持ち込まれる始末だ。
今更緊張する間柄でもないし別にいいけど。
「こえ」
「はいはい。スープですね。偶にはこっちの果物なんかもいかがですか?」
「………」
「ちぇ、分かりましたよー」
この生意気な執事が主人に対して平気で舌打ちをかましてくるのを甘んじて受け入れていると侍女さんが部屋にやって来た。
「御食事中失礼します。ルシオン様にお客様がみえていますよ」
「お客様?」
予定にない来客にリッツェが首を傾げた。
侍女さんが嬉しそうに微笑んでるってことは良いお客さんってこと。
そして俺にはこの数日間ずっと待っていた人物がいる。
夫人との騒動以降家族水入らずの時間を過ごして貰う為に訪問を控えていたのだ。
「だっこ」
「はいはい。後でちゃんと食事の続きをしましょうね」
「………」
「残したら料理長が悲しみますよ」
「………あい」
確かに残すのは良くないもんな。
因みに俺が食べ切れなかった分は基本リッツェがバクバク食べているので処分されることはない。
でも料理長とエド先生が俺のために試行錯誤した料理なので残すのは気が引ける。
まさかエド先生、そこまで計算してるわけじゃないよな………。
「家族四人でピクニックなんていいわねぇ」
「楽しかったよ。その分ゼオンの仕事が増えて申し訳なかったけど………」
「いいのよー。あの人頑丈だし家にいてもルシオンに構うくらいしかすることないものー」
侍女さんに案内されて応接室に向かうと扉越しに母親組の盛り上がっている会話が聞こえてきた。
流石のリッツェも今回はしっかりノックをして俺を抱っこしたまま中に入る。
「失礼いたします」
「しつれーしましゅ」
「ルシオンくんこんにちは」
「こんちあ」
既に母さんとお茶していた皇后陛下はわざわざ立ち上がって挨拶してくれた。そして皇后陛下の影から顔を覗かせたのは予想していた通りの人だった。
「えじ、こんちあ」
「こ、こんにちは」
エディとこんな風に挨拶を交わしたのは始めてだ。さてはお母さんの前だから良い子ぶってるな。可愛い奴め。
「………」
「………」
エディは何か言いたげな顔で俺の方を見るくせに口をモゴモゴさせてばかりで何も言わない。
そして俺も自分から話しかけにいくほどの積極性は持ち合わせていないので二人の間に沈黙が流れた。
取り敢えず元気そうで何よりだ。
皇后の背中に隠れているところを見るとこの数日で随分仲が深まったらしい。親に甘えている姿はただの可愛い四歳児だな。
「私達はもう少しここでお話ししてるからルーたんは殿下に庭園で遊んでもらうのはどうかしら?」
「それはいいね。エイデン、行っておいで」
明らかに空気を読んだ親二人は俺達を満面の笑みで送り出した。
リッツェに抱っこされて進む俺をエディはやっぱりチラチラ見ている。
ものすごーく言いたいことがあるんだろうな。
てっきり皇后と離れたらすぐに話し始めると思ったのだが、どうやらそもそもが言いにくい内容らしい。
「エイデン殿下はご立派ですね!ご自分でちゃんと歩けるなんて!」
「それくらいで褒めるな。不快だ」
「ええ!?『それくらい』!?」
空気を読まないリッツェのおかげでエディが漸くいつもの調子を取り戻した頃庭園に着いた。
リッツェが芝生の上に俺を下ろしたのでその場にちょこんと座る。
「なんで座るんですか!立ってください!遊ぶんでしょう?」
そんなこと言われても。
誰かにとって簡単なことが誰かにとっては至極困難な場合もあるのだ。
「………」
「今日はそういう遊びの日なんですか…?」
まさかの展開に俺も目をパチクリ。
なんとエディが俺の隣に腰を下ろしたのだ。
不慣れそうに俺を真似て体操座りをしている。
大丈夫なのかこれ。高級なお洋服に芝生が付きまくってるぞ。
「んー。じゃあ僕も混ぜてくださいっ」
リッツェまで隣に座ってきてどういうわけか三人仲良く並んで体操座りする形になった。
「………」
「………」
「………」
まだ肌を刺す寒さが続く今日この頃だが分厚い服を着込んで燦々とした太陽に当たれば十分心地良い。
「………」
「………」
「………」
おまけにこの静けさ。これは間違いなく昼寝へと誘われて………
「母上に全部聞いたんだ」
誘われていなかったみたいなのでなんとか薄目を開ける。危なかった。あと0.01秒で爆睡してた。
「夫人の言葉は嘘ばかりだったんだと。夫人はもういないから真相は分からないが、初めから俺を皇家から孤立させるために近づいた可能性が高いらしい」
エディは足に回した腕に力を入れて斜め下に視線を向けた。
陛下は包み隠さずに全てを話す選択をしたのか。
残酷とも思えるがエディの立場を考えれば妥当にも感じる。
本人が望んでもいないのに手に入れてしまった第二皇子という立ち位置は今後も腹に一物を抱えた人間を集めてしまう。
重要なのは信頼出来る人の存在を知っていること。皇后陛下はエディにとってのそんな存在の一人で、そこまできちんと伝えたはずだ。
それでもエディの瞳は未だ陰ったままだった。
「悪かった」
「………?」
どういう話の流れだ?
さっきまでのチラ見が嘘みたいに此方に視線を向けないエディ。俺より大きいはずなのになんだか今日はとても小さく見える。
「違和感はあったんだ。だけど見て見ぬふりしてた。父上達が信頼している人だから大丈夫だって言い聞かせてた。
そんなわけないのにな。父上も母上も兄上も同じ人間なんだ。見落とすことも間違えることもある。
おかしいと思った時に俺がきちんと伝えるべきだった」
なんだか意外だ。
家族をかなり神格化していたエディが彼等のことを『間違えることがある』って言うなんて。
家族のことを前よりずっと身近な存在として捉えているみたいだ。
「そうしたら、ルシオンも叩かれなくて済んだのにな」
やっとこっちを見たと思ったらエディの目は俺の頰に向けられていた。
「悪かった」
再び謝られて漸く謝罪の意味に気が付く。
「お前、わざと殴られたんだろ?」
「………」
取り敢えず首を横に振った。
嘘つくのは下手だから喋らないでおこう。
「嘘つくな」
おかしい。秒でバレた。
「神子の力で全部知ってたからあのペンをくれたんだろ?
ルシオンのおかげで俺は楽になったけど、神子の力を使ったらお前は………」
エディが言わなかった…いや、言えなかった言葉の続きは簡単に想像出来る。
前の一ヶ月ニート生活の時もそれを心配して何度もお見舞いに来てくれたからな。
「おれへーき」
「嘘だ」
嘘じゃない。そもそも俺は神子の力の使い方自体知らない。ただ前世の記憶を活用しただけだ。
それをどう説明したら良いものか。
でもその前にもっと説明すべきことがあるか。
「えじはともだち」
「あ、ああ」
「ともだちのためだからへーき」
「そ………そうか」
素っ気なく返事したって真っ赤な耳が丸見えだ。
まあ半分は俺の無気力生活維持のためでもあるんだけど。
取り敢えずエディはもっと自己肯定感を上げていかないと。
エディのためなら何だってするって人を俺は結構たくさん知ってる。エディの家族は勿論、エディの宮殿の使用人達だって『第二皇子』じゃなく『エイデン』という人を大切に思ってる。
まずはそれに気づかないと同じことの繰り返しになってしまうからエディはもっと自分に自信を持って欲しい。
隣にいる俺がだらしなくしていればエディも自然と自信がつくはずだ。
というわけでこれからはもっとダラダラしよう。目指せ反面教師。
「あとおれちなないよ。長生きしゅる。いっぱいねう」
「お前は既に一生分くらい寝てるだろ」
「んーん。もっとねう」
「ははっ、それで長生きしてくれるならいいけどな」
うんうん。完全に吹っ切れた笑顔。大人びたエディも笑うと一気に年相応になる。
「うぅっ、ぐすっ、絶対長生きしてくださいよ」
隣で大の大人が号泣しているのは無視しよう。ここまで静かにしていてくれただけで及第点だ。
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