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第一章 幼少期編
第六十五話 関心と無関心(2)
しおりを挟む喋らない。
近づかない。
こっちを見ない。
動かない。
その代わり寝る。とにかく寝る。
言うまでもなくおかしな奴だ。
おかしいのは言動だけではない。
これまで見てきた同い年の奴等よりずっと小さい。そのくせ容姿は人形みたいで本を読みながら盗み見てしまうくらいには綺麗だった。
珍しく俺に無関心な奴。
親の命令で仕方なく来ている者はこれまでもいただろうが、それを包み隠さない者は始めてだった。
小さい見た目通り中身もお子ちゃまなんだな。
何で父上はこんなのを遊び相手に選んだんだ?
媚の売り方を知らない子が親に言われるがままここに来て暇を持て余している。そう考えるとなんだか同情してしまう。
「いつまでここに来るつもりだ」
「………」
「皇太子でもない第二皇子との繋がりなんて得たところでなんの得もない。大したもてなしをされるわけでもないのに来たって暇なだけだろ」
もう来なくて良い。
そういう意味で言ったつもりだった。
いくら鈍くて年相応の頭脳しか持っていなくともこれまでの態度を鑑みれば真意は伝わるはずだ。
そう思ったのに。
「おじゃまちます」
チビはその次の日も平然とした態度でやって来た。
喋りかけない俺に文句の一つも言わず、その場に座って数秒後には横になり寝息を立て始める。
昨日あからさまに冷たい態度を取ったのにどうしてそんなに穏やかに眠りにつけるのか。
考え無しのただの馬鹿なのかもしれない。それともこれも計算か?敢えて関心が無いフリをして興味を引こうとしてるとか。
………いや。そんな器用な真似が出来るようには見えない。
そんなことを考えていたら自然とチビの方に足が向いていた。読んでいた本をテーブルに置いて音を立てないようゆっくり近づく。
チビはカーペットに頰を引っ付けて野性を失った小動物みたいに警戒心の欠片もなくスヤスヤ寝ている。
カーペットにモッチリと乗った頬が目に留まる。何かを誘うように淡く色付いたそこにまんまとつられて手を伸ばした。
ぷに。
床についていない方を指でつつく。
ぷにぷにぷに。
「………ふ、」
なんとも言えない感触と不躾に触れられているというのに全く気付いていない呑気な寝顔。
皇子の部屋にいるとか、皇家との繋がりとか、親からの期待とか。そういったしがらみなんて一切眼中にない自由気ままな姿。
気持ち良さそうに眠るチビの寝顔は張り詰めていた心を緩ませた。
「ッくしゅっ」
チビが突然クシャミをする。
「んん………すぅー、すぅー」
少しの間身動ぎをして直ぐに元の落ち着いた睡眠を取り戻しす。
寒いのか?
この部屋は魔法で一定の温度が保たれているはずだが………確かにチビは普通より薄いし小さいし、放っておくと簡単に風邪をひきそうだ。
「風邪ひいたら、明日からもう来れないよな………」
数秒悩んだ後仕方なくお気に入りのブランケットをかけてやった。
それから少しずつチビと話すようになった。
喋りかければ舌足らずな口調で返事をくれて、絵本を読んでやれば案外熱心に聞いている。
睡眠にしか興味が無さそうなチビが俺の目を見て喋ったり必死に絵本を目で追ったりしているのを見るのはなかなか楽しかった。
楽しかったんだ。勉強なんかよりよっぽど。
「二人はとっても仲が良いんだね」
俺とチビの様子を見た兄上がにこやかにそう零す。
嫌な汗が背中を伝った。
『第二皇子として期待されていないんですね』
時々こういうことがある。
家族との会話が引き金になって夫人の言葉が頭を過るのだ。
『皇太子殿下を補佐する立場として、せめてロイデン殿下にだけは認めてもらえるよう頑張りましょう』
警鐘のように際限なく鳴り響く言葉の数々は一瞬で思考を支配してしまう。
「な、仲良くない!」
違う。こんなことを言いたいわけじゃない。
「仲良いわけないだろ!今だって勉強したいのに父上の命令だから仕方なく一緒にいてやってるんだ!」
そうじゃない。そうじゃないけど。
でも兄上に、遊んでるって思われたくない。
気付いた時には手遅れだった。
チビを傷つけたかったわけじゃないのに考えるより先に声が出ていた。
急激に熱が下がっていく。
兄上の手前本音を言いたくないけれど今すぐにさっきの発言を撤回したいという矛盾した考えのせいでチビの顔を見ることすら出来なかった。
―――「めんちゃいちて」
相変わらず破茶滅茶な喋り方だ。
でも言わんとすることはわかる。
「めんちゃいちて。そちたら仲良ちに戻れうよ」
とめどなく押し寄せる最悪感に苛まれながらチビが出て行った扉を見つめる。
兄上が何か言っているけど全然頭に入って来なかった。
念を押すように同じ台詞を繰り返したチビは一体何を思っていたんだろうか。
『謝ったら仲良しに戻れる』
毎日夫人に将来の為になることを幾つも教えてもらっているが、何かを教えてもらってこんな気持ちになったのは始めてだ。
期待しているから教える。
夫人はよくそう言うけれどチビが俺に何かを期待しているというのは何か違う気がする。
もっと別の意味があったように思えて、俺はそれが嬉しかったんだ。
そしてこの日から何故か夫人の発言に胸がざわつくことが増えた。
「今日は一問間違えていますね。明日までにきちんと復習しておいてください。明日は満点を取れると信じております」
「ああ」
「今日のテストの結果は皇后陛下には秘密にしておきますね。私はいつでも殿下の味方ですので」
信じてるとか味方とか。
まるで口癖みたいに簡単に言う。
ああそうか。夫人の言葉は軽いんだ。
心が籠もっていない分、チビの気怠げに発せられる一言よりもずっと軽い。
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