12 / 43
両親への報告.2
しおりを挟む
頬の火照りを手のひらで扇ぎながら、バーバラさんに教えてもらうのは初めてのお仕事。
渡された書類に並ぶ沢山の数字は、各領地で採れた穀物の量。
去年の収穫量が一番左にかかれ、その横に税率、それを掛けた数字がさらに右にあり、最後にはその年の気候や洪水などの被害状況が書かれている。
それがひとつの縦長の表になっていて、同様に作られた過去四年分が同じページに並んでいる。
「これは穀物についてだけれど、他にも海産物や農産物、加工品、石炭、服飾品など様々な項目について同じ書類を作っているの。で、私達の仕事はこの書類を作るための下準備よ」
簡単にいえば、補佐文官が今年の書類を作成する前段階のお手伝いとして、過去四年分の数字を去年の書類から書き写すこと。
わざわざ書き写さなくても前の書類に書いてあるものを見れば良いのではと思う私に、一覧にすることによってこそ分かることもあると教えてくれた。
「たとえば、洪水などの天候被害がなく去年と同じ収穫高なのに税率が下がり国に治める金額が減っていたなんてことは、一覧にしたほうが分かりやすいの。各項目ごとに過去の書類を捲って見比べるのってかなりの手間だし、見落とす可能性が高いでしょう」
「確かに。何冊も書類を捲るより結果として書き写したほうが良さそうですね」
「ええ。で、その下準備を私達がして、担当文官が今年の数字を記入しつつ不自然な点がないかチェックするのよ」
僅かな誤差から納税を誤魔化しているかもしれない領地を探し、その証拠固めまでするというのだから膨大な作業量になるはず。
宰相様の仕事はこれ以外にも、外交関係や、国の法案、時には裁判についても意見を求められることがあるから、それぞれを補佐文官が役割分担して手伝っている。
改めてこの部屋が任されている仕事の幅広さに驚いてしまった。
「他国では納税について調べる専用の部署があるそうよ。それだけ大変な仕事なの。以前は計算が得意な女性文官が一人でされていたけれど、本当に怪しいと思う領地についてしか詳細に調べられないと仰っていたわ」
「その方は今?」
「子供ができたので辞めたの。出産してから復帰する侍女は多いけれど文官は仕事がハードだから続ける人は少ないのよね」
そもそも女性文官は少ないので、数年のブランクののち復帰するような職場環境ではないらしい。それに対し侍女は、子供を産んでも働く人が多く、バーバラさんも二児のお母さんだ。
そんな話を聞きながらぱらぱらと書類を捲っていた私は、あれ、と手を止める。
「あの、ここの税率の変化、おかしくないでしょうか」
「どこ? あぁ、それは洪水があったから税率を下げたのよ」
バーバラさんは表の一番端のメモ書きを指さすけれど、私もそれには気が付いている。
「そうなのですが、洪水があった年は税率が七パーセント下がっているのに、翌年の税率は五パーセント戻しただけです。さらに同じようなことが次の年にもあるので、五年間で税率は三パーセント下がっています」
翌年も、昨年の洪水被害の爪痕が残っていて、元の税率に戻さなかっただけなのかもしれない。
税率を完全に元の数値に戻す前にまた洪水被害がおき、再び税率を下げということが、たまたま繰り返されただけとも考えられるけれど、なにか不自然なものを感じる。
たとえば洪水のあった翌年、農民からは七パーセント戻した元の税率通りに徴収し、国へは低い税率で申請していたとしたら、領主がその差を着服したことになる。
「この領地は海に面しているので海産物もとれますよね。その資料を見てもいいでしょうか」
「ええ、そこの棚にあるわ」
教えてもらった棚に向かえば、今度は大時化(おおしけ)を理由として同じような税率の変化があった。
私達のやり取りに気付いた宰相様が隣にきて、資料に目を通し始める。
「あ、あの。この程度の税率の変動でしたら問題ないのでしょうか」
「微妙だな。正直穀物だけなら気にならないが他でもとなると……数字の変動に意図的なものを感じる。ナイル、担当外で悪いがちょっと調べてくれないか」
「分かりました。手持ちの案件が今日で片付きそうなので終わり次第調べます」
本来ならこの仕事は女性文官の代わりに入ったルージェックが担当なのだけれど、ちょっと複雑な作業になるようで、先輩文官が指名された。
ルージェックはナイル様に一緒にさせて欲しいとお願いしている。
仕事熱心だなと感心していると、隣から「ふむ」という宰相様の声が聞こえた。
渡された書類に並ぶ沢山の数字は、各領地で採れた穀物の量。
去年の収穫量が一番左にかかれ、その横に税率、それを掛けた数字がさらに右にあり、最後にはその年の気候や洪水などの被害状況が書かれている。
それがひとつの縦長の表になっていて、同様に作られた過去四年分が同じページに並んでいる。
「これは穀物についてだけれど、他にも海産物や農産物、加工品、石炭、服飾品など様々な項目について同じ書類を作っているの。で、私達の仕事はこの書類を作るための下準備よ」
簡単にいえば、補佐文官が今年の書類を作成する前段階のお手伝いとして、過去四年分の数字を去年の書類から書き写すこと。
わざわざ書き写さなくても前の書類に書いてあるものを見れば良いのではと思う私に、一覧にすることによってこそ分かることもあると教えてくれた。
「たとえば、洪水などの天候被害がなく去年と同じ収穫高なのに税率が下がり国に治める金額が減っていたなんてことは、一覧にしたほうが分かりやすいの。各項目ごとに過去の書類を捲って見比べるのってかなりの手間だし、見落とす可能性が高いでしょう」
「確かに。何冊も書類を捲るより結果として書き写したほうが良さそうですね」
「ええ。で、その下準備を私達がして、担当文官が今年の数字を記入しつつ不自然な点がないかチェックするのよ」
僅かな誤差から納税を誤魔化しているかもしれない領地を探し、その証拠固めまでするというのだから膨大な作業量になるはず。
宰相様の仕事はこれ以外にも、外交関係や、国の法案、時には裁判についても意見を求められることがあるから、それぞれを補佐文官が役割分担して手伝っている。
改めてこの部屋が任されている仕事の幅広さに驚いてしまった。
「他国では納税について調べる専用の部署があるそうよ。それだけ大変な仕事なの。以前は計算が得意な女性文官が一人でされていたけれど、本当に怪しいと思う領地についてしか詳細に調べられないと仰っていたわ」
「その方は今?」
「子供ができたので辞めたの。出産してから復帰する侍女は多いけれど文官は仕事がハードだから続ける人は少ないのよね」
そもそも女性文官は少ないので、数年のブランクののち復帰するような職場環境ではないらしい。それに対し侍女は、子供を産んでも働く人が多く、バーバラさんも二児のお母さんだ。
そんな話を聞きながらぱらぱらと書類を捲っていた私は、あれ、と手を止める。
「あの、ここの税率の変化、おかしくないでしょうか」
「どこ? あぁ、それは洪水があったから税率を下げたのよ」
バーバラさんは表の一番端のメモ書きを指さすけれど、私もそれには気が付いている。
「そうなのですが、洪水があった年は税率が七パーセント下がっているのに、翌年の税率は五パーセント戻しただけです。さらに同じようなことが次の年にもあるので、五年間で税率は三パーセント下がっています」
翌年も、昨年の洪水被害の爪痕が残っていて、元の税率に戻さなかっただけなのかもしれない。
税率を完全に元の数値に戻す前にまた洪水被害がおき、再び税率を下げということが、たまたま繰り返されただけとも考えられるけれど、なにか不自然なものを感じる。
たとえば洪水のあった翌年、農民からは七パーセント戻した元の税率通りに徴収し、国へは低い税率で申請していたとしたら、領主がその差を着服したことになる。
「この領地は海に面しているので海産物もとれますよね。その資料を見てもいいでしょうか」
「ええ、そこの棚にあるわ」
教えてもらった棚に向かえば、今度は大時化(おおしけ)を理由として同じような税率の変化があった。
私達のやり取りに気付いた宰相様が隣にきて、資料に目を通し始める。
「あ、あの。この程度の税率の変動でしたら問題ないのでしょうか」
「微妙だな。正直穀物だけなら気にならないが他でもとなると……数字の変動に意図的なものを感じる。ナイル、担当外で悪いがちょっと調べてくれないか」
「分かりました。手持ちの案件が今日で片付きそうなので終わり次第調べます」
本来ならこの仕事は女性文官の代わりに入ったルージェックが担当なのだけれど、ちょっと複雑な作業になるようで、先輩文官が指名された。
ルージェックはナイル様に一緒にさせて欲しいとお願いしている。
仕事熱心だなと感心していると、隣から「ふむ」という宰相様の声が聞こえた。
44
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる