私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

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両親への報告.3

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「? なにかございましたでしょうか?」
「これだけの数字が並ぶ書類から不自然な箇所を瞬時に見つけるのは難しい。今までに領地経営に関わったことがあるのか?」
「父が伯爵家の執事をしていまして、簡単な計算を手伝ったことならあります。数字は得意なんです」

 そう答えると、宰相様は私の手から書類を取りじっと眺める。
 暫くそうしていたので、そろそろ持ち場に戻ってもいいかと聞こうとすると、パッと顔をあげられた。

「どうして侍女に? 文官になろうとは思わなかったのか? 確か学園での成績はルージェックに続く二位だったと聞いているが」
「あっ、それは……」

 文官になることを全く考えなかったわけではない。
 でも、カージャスに相談したらダメだって言われてしまった。
 子供ができたら仕事を辞めるのだから、そんな難しい試験を受ける必要はない。しかも文官は忙しいのだからお前には絶対に無理だ、侍女なら許可してやると言われ諦めた。

 たどたどしく、オブラートに包みながらそのことを説明すれば、宰相様は分かりやすく眉間に皺を寄せた。

「前にいた女性文官にも言ったが、俺は子供を産んでブランクがあっても仕事をしたいなら再雇用するつもりだ。彼女は辺境伯の嫡男と結婚して領地に戻るから復帰はしないけれど、そうでなければ再び働いてもらうつもりだった」
「そうなのですか」
「ところで、その男とは別れたんだろう? ルージェック、お前はどう思うんだ?」

 急に話を振られたルージェックが目を丸くしてこっちを見る。
 だから、早く誤解を解くべきだったのよと私は額に手を当て項垂れてしまう。
 目の端に、にまにまと楽しそうに笑う宰相様の顔が見えた。この人、意外とゴシップ好きだ。

「私はリリーアンがその能力を生かせるのが一番良いと思います」
「ルージェック!」

 なに話を合わせているの。その言葉は友人として本音なのでしょうけれど、この場でそう捉える人は誰もいない。
 案の定、先輩方が資料の隙間からこちらを窺い、次いで目を合わせ笑いあっている。
 忙しいはずなのに余裕ですね。

「うむ、それなら来年は文官の試験を受けてみないか。一年間の侍女経験と俺の推薦状があれば試験を受けることは可能だ」
「そ、そんな。私には無理です」

 とんでもないと首を振ったのに、宰相様は「良く考えればいい」と私の肩を叩き席に戻ってしまった。
 そんな。私なんてちょっと数字に強いだけで、他はたいしたことがないのに。
 

 そんな予想外のことや、生温い視線に耐えつつ仕事をして一週間。私は寮に届いた手紙に青ざめてしまった。

「ルージェック、どうしよう」
「うん、何かあったのか?」

 仕事が終わり寮に戻ろうとするルージェックを呼び止め、お城の裏庭に連れていき、手紙を見せた。
 ルージェックは目を丸くするも、すぐに「ま、そうなるよな」と頷く。
 
「そうなるな、じゃないわ。どうしよう、お父様達に決闘のことが知れてしまったわ」
「いや、むしろ当然のことではないか。そもそも婚約解消についてまだ言っていなかったのか?」
「だって。決闘で婚約解消が決まったなんて言ったら、ルージェックについてあれこれ聞かれるでしょうし。だから、落ち着いたらカージャスに婚約解消の書類にサインをもらって話し合いの結果別れることになったと伝えるつもりだったの」

 決闘による婚約解消の手続きは、この場合勇者マーベリック様、もしくはオリバー様のサインと私のサインがある書類を教会に提出して終わる。そこに両親のサインもあればなお良しとされるけれど、必須ではない。
 ただ、教会がその経緯を手紙で両親に知らせることになっている。

 だから、私としてカージャスとの話し合いで婚約解消を進めたかったのだけれど。
 まさか、タブロイド紙が馬車で二日かかる伯爵領にまで出回っているなんて思いもしなかった。
 そう言えば、ルージェックは呆れたように「楽観視しすぎだ」とため息をついた。

「手紙にはルージェックも連れてくるように書かれているけれど、これ以上迷惑はかけられないから一人で行ってくるわ。宰相様に事情を離せば休みをいただけるでしょうし」
「行くって、辻馬車で? 途中で宿に泊まるのだから女性一人では危険だ。俺も同行するよ」
「そんな、これ以上私の事情に巻き込むわけにはいかないよ」
「それについては気にしないでくれ。でも、ひとつ確認してもいいか?」

 急に改まった声になったルージェックに、私も背筋を伸ばしてうん、と頷く。
 何を言われるのだろかと思っていると、

「リリーアンは……今、気になる男がいたりするのだろうか?」
「えっ?」

 突拍子もない質問に、間抜けな声が出てしまったのは仕方ない。
 だって、そんなこと聞かれるなんて思っていなかったもの。

「いないわ。それに、暫く恋愛はいいかな、って思っている。ううん、ずっと一人でもいいかな。文官……は無理かもしれないけれど、侍女のお給金で私一人暮らしていくことはできるし」
「それは……それだけカージャスのことが好きだったのか? だからもう誰も好きにならない、とか」
「違うわ。ただ、誰かに感情を振り回されるのに疲れてしまったの」

 カージャスに対する恋愛感情はこれっぽっちも残っていない。別れたこと――正確にはまだ婚約中だけれど――にも後悔していないし、むしろ、今となってはどうしてあそこまで尽くすことができたのか不思議なぐらいだ。

 はぁ、とため息をついてしまった私を、ルージェックは何とも言えない表情で見る。

「そうか。分かった。では時間をかけることにするよ」
「時間?」
「ううん、こっちの話。とにかく、ご両親には俺も会いに行く。きちんと挨拶をして話したほうがいいと思うんだ」
「そうね。これだけ話題になっているんだもの。では、申し訳ないけれどお願いします」

 改めて頭を下げると、ルージェックはちょっと眉を下げ困ったように笑った。

「どうしたの?」
「いや。リリーアンがあまりに純粋なので、ちょっと自分の腹黒さが申し訳なくなってきただけだ」

 ルージェックは肩を竦めると、「宰相様はまだ部屋にいるはずだから今から行って事情を話そう」と言って立ち上がり、私に手を差し出してきた。
 なんだか本当の婚約者のようだと思いつつ手を借り立ち、来た道を戻ることに。

 ルージェックの予想通り宰相様はまだお仕事をされていて、父からの手紙を見せれば二つ返事で五日間の休暇をくれた。
 なんだかさらに誤解を強めているような気もしないではないけれど、お言葉に甘え二日後、私達は王都を旅立った。
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