私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
20 / 43

夜会.3

しおりを挟む

 テオフィリン様の侍女を始めて二週間がたった。
 
 まだ幼いテオフィリン様付きの侍女には夜勤もあって、私とパレス、それから先輩侍女のエルマさんの三人で就いている。
 
 夜勤と言っても、テオフィリン様の部屋の隣にある小さな部屋で待機するだけで、簡易ベッドでの仮眠も許されているから、そんなに大変ではない。
 時折、夜にチリンと呼び出しのベルがなり、水を頼まれたりする程度だ。
 もっと小さい時は、夜中に突然泣き出されることもあって大変だったそうだけれど、今はそんなこともなく、大抵は朝までぐっすり眠られる。

 帰り道、私は久しぶりにルージェックの姿を見つけた。
 私が穀物の税率の怪しい変動を見つけてから、補佐文官全員で過去の資料を調べているらしく忙しいという話は聞いていた。

 私が発端にも関わらず、何も力になれていないのが申し訳ない。
 ルージェックの目の下に薄っすらとクマが浮かんでいるところを見ると、充分に休めていなさそうだ。
 それなのに、ルージェックは私に気付くと走り寄って来て、心配そうに眉を下げた。

「なんだか元気がないが、どうしたんだ?」

 覗き込まれ、近くにある濃紺の瞳と視線が合い、その距離に肩が跳ねた。
 私よりよっぽど疲れた顔をしているのに気遣ってくれるなんて、改めて優しい人だと思う。

 ルージェックは近くのベンチを指差すと、ちょっと座ろうと言った。
 腰掛けた私がどう答えようかと逡巡する間、ルージェックは何も言わずに夕暮れの空を見て待ってくれた。

 この二週間弱、私を悩ます出来事が続いていた。
 そのことで、もしかするとルージェックにまで迷惑がかかる可能性がある。それなら、この機会に全部話してしまおうと、ポケットに手を入れそれを取り出した。

「実は……ほぼ毎日のようにカージャスから手紙が届くの」

 出勤前に開けたポストに入っていた手紙を渡せば、読んでいいと聞いてくるので頷く。
 手紙を誰かに見せるのはマナー違反かもしれないけれど、もうどうしていいか分からないのだ。

「これは……」

 目を走らせたルージェックは、盛大に眉間に皺を寄せた。

 手紙に並ぶ文字は丁寧だけれど、書かれている文章はどうにも理解しがたい。
 「謝れば許してやる」「後悔しているんだろう」「リリーの本心は分かっている」挙句の果てに、「だからお前が働くなんて無理だと言ったんだ」と意味の分からないことが書き連ねられた手紙は、便箋五枚にも及ぶ。
 私を非難する言葉が続くと思えば「好きだ」「愛している」とここ数年言われたこともないむず痒いフレーズが並び、さらには自己陶酔しているかのような文章もある。

「こんなに筆まめではなかったはずなんだけれど……」
「いや、突っ込むべきはそこじゃないだろう」

 ルージェックは封筒に手紙を押し込むと、盛大なため息をついた。

「あれだけの観衆のもとで決闘をして負けたにも関わらず、この内容を送ってくるなんて理解を越えるな」
「それだけじゃないの。明日、お城で夜会があるでしょう。そこで着るドレスが昨晩届いたの」

 試験に受かり今年から本採用された騎士、文官、侍女をはじめ、昨年優秀な実績を残した者を集めた夜会が明日開かれる。
 貴族同士の交流というよりお城で働く人の懇親会に近いらしい。

 パートナーによるエスコートは必須ではないけれど、婚約者や配偶者がお城に勤めている場合は一緒に参加するのが慣例となっている。

 もちろん一人で参加するつもりだった私のもとに届いたのが、目の覚めるような鮮やかなグリーンのドレス。カージャスの瞳の色とよく似たそのドレスに絶句し、数秒後悲鳴をあげたのは仕方ないだろう。

 なぜ。
 別れた恋人にドレスを贈るその心境が分からない。
 そもそも婚約中にドレスを贈られたことは一度もなく、誕生日プレゼントはいつも決まった店のクッキーだった。

 私の話にルージェックも言葉が出ないようで、盛大に顔を顰め身を反らした。口の形が「げっ」と歪んでいる。

「マーベリック様に書いていただいた婚約解消の書類だけれど、教会に届けてくれたのよね」
「もちろん。ただ、決闘の場合、教会としても状況確認をする必要があるらしく、十日ほど待って欲しいと言われた。手続きが完了すれば、その旨を書いた手紙をリリーアンとカージャス、それから双方の両親に送るそうだ」
「でも、教会からの手紙はまだ届いていないわ」
「それはおかしいな。分かった、俺から司教に聞いてみるよ」

 私が教会を訪ねようと思ったのだけれど、提出したのは自分だからとルージェックが譲らないので、その件は任せることにした。
 
「それにしても、この手紙はいったいどういうことかしら。まるで私がまだカージャスの事を好きなように読み取れるわ。あれだけはっきりと伝えたというのに。まさか、明日の夜会もエスコートするつもりなのかしら」

 言いながら、悪寒が走る。
 こうやってルージェックと話しながらも、周りをきょろきょろ見てしまうのは、どこからかカージャスが見ているのではと思ってしまうから。

 手紙には、私の帰宅が遅いことや、その日身に着けていた髪飾りについても書かれていた。一体どこから見られているのか。最近はどこにいても落ち着かない。

「そんなことはさせないよ。リリーアン、明日の夜会は俺にエスコートさせてくれないか? そもそも、世間は俺達が婚約すると思っている。いや、中にはもう婚約者だと思っている人もいるだろう。それなのにお互い一人で出席するのは不自然だし、一緒にいればカージャスも近寄ってこないはずだ」
「でもそれじゃ、誤解がますます大きくなるばかりだわ。私はともかくルージェックに申し訳ない」
「俺に関しては気にしなくていいよ。そうだ、どうせならもっと婚約者らしく振る舞うというのはどうだろう。手紙を読むとカージャスはリリーアンがまだ自分のことを好きだと思い込んでいるようだから、いい牽制になるだろう」

 どんどん提案してくれるルージェックは頼もしい。
 ややいつもより饒舌で押しが強い気もするけれど、そこまで友人である私を心配してくれるなんて感謝だ。
 そう伝えれば、ルージェックがなんとも言えない顔で胸を押さえた。

「どうしたの?」
「いや、ちょっと良心が咎めただけだ」

 首を傾げる私に向け、ルージェックは微笑むと、突然私の髪を一束取った。

「ということで、改めてよろしくね。リリーアン」
「~~!!」

 チュッと小さなリップ音と一緒に髪に落とされた口づけに、私は真っ赤になってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...