21 / 43
夜会.4
しおりを挟む夜会当日、仕事はお休み。昼食後、迎えにきてくれたルージェックと一緒に馬車に乗って訪れたのはバーディア侯爵邸だった。
何も聞かされていなかった私がヒッと息を呑む中、あろうことか騎士団長であるアストリア様に出迎えられた。
自己紹介ののち、騎士団長はじっと私を見て腕を組んだ。
「なるほど。あれほど人前で剣を振るうのを避けていたルージェックが、大観衆の前で決闘をしてまで手に入れようとした女性とはあなたでしたか。やっと会わせてもらえた」
「えっ?」
「義父上、会ってすぐそれは、リリーアンが驚いてしまいます」
「だが、間違ったことは言っていないぞ」
そう言って、騎士団長はルージェックと同じ濃紺の瞳を細めると豪快に笑われた。
遠目で見た姿はいつも鬼神がごとく剣を振るっていたから、そのギャップに驚いてしまう。騎士団長としての貫禄は漂うけれど、気難しい方ではなさそうだ。
昨日、帰る間際に養子縁組の手続きが終わったことは聞いていた。昔から交友はあったようで、肩の力の抜けた二人は本当の親子のように見えた。
「リリーアンのドレスは二階に用意してある。既製品だけれど、お針子にも来てもらったから簡単なサイズ調整はできるよ」
「ありがとう。そこまでしてもらって申し訳ないぐらいだわ」
エスコートするのだからドレスも用意すると言われたのは、ベンチから腰を浮かせたとき。凄く自然に言われ、そうかと頷いたものの、よく考えればかなり厚かましい頼みをしてしまった。
あとで幾らだったか聞いて、ドレス代を払わなきゃ。
でも、それよりも先に聞いておきたいことがあると、私はルージェックの袖を引っ張り耳に口を近づけた。
「アストリア様はルージェックの求婚が演技だって知っているのよね?」
「義理の父だからね。全て、本当のことを言ってあるよ。だから心配ない」
それは良かったと、ほっと微笑む私達の会話が聞こえていたのか、アストリア様がクツクツと喉を鳴らせて笑った。
「あぁ、すまない。気にしないでくれ。確かに本当のことを聞いている」
何か含みのある言い方が気になるけれど、ご理解いただいているようでよかった。
侯爵令息となったルージェックには、今後すごい数の求婚がくるでしょうから、誤解されるわけにはいかない。
気さくなアストリア様に、緊張感もとけ、私は軽い足取りで二階へと向かったのだけれど。
「あの、ドレスってコレ、ですか?」
震える指先の向こうにあるのは、豪奢な濃紺のドレス。
裾に向けて色が淡く変わり、足もとは鮮やかなブルー。胸元を彩るようにあしらわれた宝石が濃紺の生地の上で輝くさまは、あたかも夜空の星のようだ。
こんな高価なドレスを用意してくれるなんて……お給料何か月分かしら。
ぽかんとする私に、部屋の隅で待機していた侍女が手早くドレスを着せてくれる。
着終わったところで今度はお針子さんが現れ、ウエストの生地を摘まむと何センチ詰めるかをメモしていった。
幸いドレス丈はぴったりで、ウエスト周りを調整すればいいだけらしい。しかもこの程度の直しなら着たままでいいと言われる。
お針子さんが仕事をこなす中、私は鏡に映る自分の姿をただただ呆気にとられ見ていた。
ドレスの調整が終わったところで鏡台の前に座らされ、髪に香油が馴染まされる。
あっという間に艶々になった髪をハーフアップに結い上げ、ドレスの胸元にある宝石と同じものが髪にもあしらわれた。
すっかり準備ができたところで部屋の扉が叩れた。
現れたルージェックは、ドレスと同じ濃紺のスーツ姿。ポケットチーフとクラバットは私の瞳の色と同じ水色だ。
二人並ぶと、お互いの色を身に着けた婚約者にしかみえない。
いささか私の容姿が見劣りするけれど、そこは仕方ないとしよう。
少し頬を紅潮させたルージェックはまるで私に見惚れているかのようだけれど、きっと気のせいね。
「なんだか、本物の婚約者のようね」
「そ、そうだな。あっ、これを渡そうと思っていたんだ」
ルージェックが後ろ手に持っていた箱を開け差し出してくれる。
軽い気持ちで目線を落とした私は、そのままカチンと動きを止めて目を丸くした。
「ルージェック、これって」
「サファイアだよ。俺が贈ったラピスラズリを着けてくれているのは嬉しいけれど、こちらに変えてもらってもいいかな」
ルージェックと一緒に夜会に出席するのならと、街でプレゼントしてもらったラピスラズリのネックレスを着けた。
婚約者らしく振舞おうという私の意気込みでもあったのだけれど、確かにこのドレスには合わないかもしれない。
背後に回ったルージェックがラピスラズリのネックレスを外し侍女に預け、新たに存在感あるサファイアのネックレスを着けてくれた。
侯爵家の婚約者ならラピスラズリよりサファイアが相応しいのかもしれないけれど、この大きさはちょっと落ち着かない。
落としたり汚したりすることなく、帰りにきちんと返さなきゃ。
「じゃ、行こうか」
「ええ、今夜はよろしくお願いします」
ツイッと出された肘に手をかけると、初めてみる甘い笑みが返ってきた。今までと違う距離感に思わず目線をそらしてしまう。
頬に熱が集まるのを深呼吸で何とか落ち着かせ、私達は夜会が行われる会場に足を踏み入れた。
お城の中央は王族専用となっていて、渡り廊下を通り東側にあるのが高官達の執務室。もちろんそこには宰相様の部屋も含まれる。
反対側、西側にある建物の一階が夜会が行われる大広間で、ぞくぞくと人がその中に吸い込まれていった。
大広間の天井は高く、ぶら下がる大きなシャンデリアがひと際存在感を放っていた。
すでに多くの人がいて、見知った顔もちらほら。新人がもれなく出席しているので平均年齢が若く、賑やかだ。
「同年代が多いのは少し気が楽だけれど、地位の高そうな方も意外といらしゃるのね」
四十代、五十代ぐらいの男性の姿もチラチラと見る。浮き足だっている若者と違いこちらは堂々としたものだ。
「古文書の解読に成功した方、新い薬を開発した研究者、それから身近なところだと副団長が呼ばれているらしい」
他にも数人いらっしゃるらしい。副団長は北方の遊牧民の侵入を防がれた功績だという。私にとっては身近ではないけれど、騎士団長を義父にもつルージェックは当然顔見知りだ。
そんな大広間を埋め尽くす人々が、私とルージェックに一斉に視線を注いできた。
チラリと右を見れば、扇子で口を隠したご令嬢達。左手側では、騎士や文官が物珍しそうにこちらを窺っている。
「もしかして、私達、注目されている」
「そうだ。なにせ、婚約を掛けた決闘は半世紀ぶり。タブロイド紙でも一週間以上連続し掲載されていたからな」
……一週間。
十分足らずの決闘をどれだけ掘り下げて書いたのかと頭が痛くなる。
最後のほうは勇者マーベリック様へのインタビュ―だったらしい。
さすがにネタ切れしたようだ。
学生時代からの知り合いも多く、祝福の笑顔を向けられるたびにどう返事して良いのか戸惑う私を、ルージェックはさりげなく背中に庇ってくれた。
話を合わせるルージェックの適応力に感心していると、居たたまれなさを打ち消すように音楽が鳴り始める。
44
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる